第3話 幼少編 『運命の魔法少女ティアナクラン』
時は真聖歴1094年。
場所はブリアント王国王都ロンドウィル。
城塞に囲まれ総構えの様相を見せる守りに特化した都市。その中心の高台に巨大で勇壮な石作りの城が鎮座する。それは住む人々に安心感と権威を見せつける。
いま、フローレア・グローランスとリリアーヌ・ピアスコートはその城の王族が住まう居住区の一室にいた。
第2王女にして魔法少女の長、ティアナクラン・ロシュフォード・ブリアントの招待をうけてのことである。
まだ12歳にして魔法少女の長となった彼女は類い稀なる魔法少女としての実力を有している。
そんな彼女にいまだ9歳のフレアは直接招かれる間柄となっていた。それはフレアの1年に及ぶ人間関係構築の成果であった。魔法少女至上主義のフレアがなぜ魔装宝玉の開発を後回しにしてそんなことに注力したのかといえば理由がある。
――事の発端は難民受け入れを独断で即決し約束してしまった1年前にある。それにはさすがのクラウディオも怒るしかない。
『じじさま、なぜ怒られるのですか? もともと難民受け入れとそれによる深刻な感染病の抑止が狙いだったと思っていたのですが』
クラウディオはふかいため息をついた。
おおむね間違ってはいない。クラウディオも難民うけいれを是とするかいかんを目の利く孫娘に見定めさせるため派遣した。更に感染病のことは言わずとも察した。それはさすがと褒めるべきことだった。
しかし、やり方がまずかった。
『フレアよ。今回の難民受け入れにしても手順というものがある』
『あう、もしかして根回しが必要だったと?』
察しのいいフレアにクラウディオは内心舌を巻く。
(相変わらず察しのいい。本当に8歳の子供かと疑いたくなるほどできた孫よ)
『そうだ、実際我が反乱を目論んでいるのでは? とうわさする貴族も出てくる始末よ』
ここに来てようやくフレアは事の深刻さを理解するにいたる。
『はわああっ、どうしましょう。そんなつもりはなくて、困っている人を助けたくて……』
『分かっている。難民を迅速に保護し、大きな問題もなく治めるのはさすがといった所だ。そこは褒めてやろう』
それでもしょんぼりするフレアにクラウディオは付け加える。
『我は前線の守りの要である。加えて国王陛下とも親交がある。流言に惑わされはしないだろうよ』
『でも……』
納得がいかなそうなフレアにクラウディオは諭す。
『お前はまだ若い。むしろ若すぎる。失敗することもあるだろう。だが同じ失敗をするのはゆるさん。年齢を言い訳にせず常に精進することだ。自らの才能を枯らしてはならん』
そこでフレアはしっかりとうなずいた。
『分かりました。今後は人間関係構築並びに根回しの方法を勉強いたします。御指導感謝します』
『ふっ、それでいい』
(我が孫は本当にさとい。くくく、人間関係までは明言しなかったのだがな)
フレアの返事に満足し、彼はそれ以上言葉を重ねることはしなかった。
して、祖父に迷惑をかけた罪悪感から驚くべき速さで人間関係を築く。ついには第2王女と親交を持つに至った。
3人はオーダーメイドのラウンドテーブルセットに腰掛けてティーカップを持ってお茶を口にする。テーブル一つとっても使うのをためらう装飾過多な調度品の数々。リリアーヌの方は落ち着かない様子だ。
「フローレアの提案で魔法少女を2人体制にしたわ。おかげで新種の無魔と戦っても今のところ誰も撃破されてはいない。ただでさえ魔法少女は足りないのだからもっと早くこうするべきだったわね」
メイドの入れた新しい紅茶に口をつけ、ティアナクランは言った。
「まあ、それも遺跡で新たに発見された8つの魔装宝玉のうち5つを前線投入させたおかげなのですが……」
「ええそうね。魔法少女はすべて前線に。今まではわたくしを除く5人で支えてきたけれどそれが倍の10人になった。これはとても大きいことね」
「理想は小隊単位(4人1組)で行動することなのです」
ティアナクランは遠い未来を見る面持ちで同意する。
「それが理想ではあるわね。でもそれは本当に理想だわ」
「それがそうでもありません」
「……どういうことかしら」
フレアは持ち込んでいた小さなケースを解錠した。開くとティアナクランは思わず立ち上がった。
「これは魔装宝玉? それも10個も!? これはどういうことなの?」
リリアーヌも知らなかったので驚きフレアを見ている。
「つくっちゃいました」
事もなげに語るフレアにティアナクランはぽかんとした様子で固まった。
「まだ先行試作型ですが性能は従来の魔装宝玉を大きく上回ります。新種の夢魔を圧倒した後期型の魔装宝玉には未だ及ばないのが残念ですが……」
ティアナクランは突然のことに頭を抱えた。
「いえ、少し待ってくださらない。魔装宝玉の製造は国の最高峰の魔導技師たちが総力を挙げて5年でようやく1つ仕上げるの。それを、9歳のあなたが、10個も、1人で作ったというの」
「はい、何か問題が?」
問題大ありよ、とティアナクランは強烈な頭痛を覚えて天を仰ぐ仕草。リリアーヌは1年前に友となりフレアをそばで見てきた。だがいまだにその破天荒な行動に理解が追いつかない。まだ慣れていないティアナの心中を察するに余りある。
「ああ、頭が痛いですわ。お父様(国王陛下)に何と報告すればいいのやら」
「ありのまま報告すればいいのでは?」
「大ありね」
「大ありですわよ」
リリアーヌとティアナクランは声そろえて反論する。いまここに2人はかつてない共感と絆を形成しつつあった。
「フレアっちはどれだけ常識外れをやらかしているのかもう少し自覚すべきじゃないかな?」
「はあ、そうなのですか?」
「そうなのですわよ、はあ~~」
ようやく冷静になり始めた王女。しかしこれは国防においては重大な意味を持つことを自覚した。
「ですが、もし魔法少女がこれから飛躍的に増えるとなれば防衛しかできなかった戦略は大きく変わるかもしれませんわね」
それは人類の反攻作戦も夢ではなくなる。そう思い至った面々はうなずき合った。
「フローレア、魔装宝玉の量産はどのくらいで可能になるのかしら」
「まだ研究と開発が不可欠ですが量産体制確立まであと2年いただければ。年に20の生産体制が確立できるかと」
「年に、20……」
5年に1つという現状から見てこれは革命的といって差し支えない進歩だ。おのずとティアナクランの目には希望の展望が広がっていく。
「導入にあたり大きな問題が立ちふさがりそうですわね」
「ええ、資金の問題や国の支援は大前提ですが、担い手の不足がすぐに深刻化するのですよ」
魔法少女は誰もがなれるものではない。高い魔力とそれを扱う受容体。それに加えてなぜか善人しか変身できないという制約がつく。
いまだどういう原理かは分かってはいないがそれが世の定説になっている。魔法少女を育てるには高い情操教育も必要ということだ。
「つきましては王女殿下にお願いがございます」
内容は分かりきっているように思えるがティアナクランは促す。
「聞きましょう、続けなさい」
「ありがとうございます。2年後、私は北方最大の魔法学園に入学する予定なのです。そこで秘密裏に魔法少女専用育成施設を新設、並びに魔法少女専門の学科を開設し、国中から資質ある少女を入学させて欲しいのです」
フレアはとてもとてもキラキラした瞳で、とてつもない情熱をはらんだ瞳で王女を見た。ティアナクランが引くくらいに押せ押せだった。
これがフレアなりの根回しだ。国王に直接持ち込まず、王女を介して話を通しておく。王女の進言であればいらぬあつれきも回避できるだろうという狙いがあった。
「そうですね。前向きに検討しましょう」
それを聞いてフレアはにこっと破顔し、勢いで次なるお願いをねじ込む。
「それとですね。もう1つお願いが」
「まだあるのですか?」
「はい、これは個人的なことなのですが……。実は隣にいるリリアーヌ、――リリーは他国の魔法少女なのです」
「は?」
「更に私は無魔に付け狙われいます。今までは後期型魔装宝玉を扱う母が守ってくれていました。ですが今後は魔法学園魔法少女の教官を務めてもらいたいのです。そうなると私の護衛がいなくて困っていたのですが……」
「ちょっと、ちょっと待ちなさい。もう少し詳しく話してくださらない。いろいろ省略しすぎでしてよ」
そこでフレアは改めて王女にリリアーヌを専属の護衛につける許可を願い出た。元々フロレリアはその実力から遊撃要因として単独行動を許されいる例外的かつ枠外の魔法少女だ。そのためフレアをそばで守れた。そばにいられないときは歴戦の魔導騎士である祖父が、かなわないときはその部下の騎士たちが守ってきたのである。だがいつまでもそうはいかない。そのための相談だった。
――――
――
「確かに今後のあなたの重要性を思えば専属の護衛が必要とは思います。分かりました。検討してみましょう」
「ありがとうございます」
回りくどいとは思うがこれが社会で生きるということだと割り切る。フレアはひとまず成果を得た。
「わたくしも1つお願いがあるわ」
「何でしょうか?」
「本来はわたくしの用事でよびよせたのに話が大きく外れてしまいましたのよ」
いきなり壮大な戦略構想を持ち出されるとは思っていなかったティアナクラン。彼女はため息の後に話を続ける。
「……話とは3大公爵家の一つ、北方のアルフォンス家のことなの」
アルフォンス家とは北方の貴族を束ねる相談役であり貴族最大の爵位――公爵位を有する権力者だ。
一代限りの騎士爵グローランス家は公爵家領地の一部を貴族でいられる間だけ与えられる形となっている。
「公爵家の第1子にレイスティア・アルフォンスという子がいるの。だけどあの子は不治の病に冒されて……。どうにか助けられないかしら」
そっとテーブルの上に王女の紹介状が差し出された。フレアは目を丸くしてから遠回しに遠慮を試みる。
「あのーー、私は魔装技師志望であって医師を目指してはいないのですが?」
「それは分かっているのだけどね。あの子は降嫁したわたくしの叔母との子供なのよ。次々と新しい道具を世に送り出し、国の有様すら変えつつあるグローランス商会のあなたならって思ってしまったの」
それは本当にわらにもすがる思いなのかもしれない。王女の瞳も頼りないものとなっている。
(まあ、魔法少女たる王女様のお願いとあっては吝かではありませんが)
前世ではベンチャー企業の技術者だった。医学の知識は一般程度しかない。期待には応えられそうになかった。だが、お願いを聞いてもらった以上無下に断るのも気が引けた。
「分かりました。1度直接会って確認してみましょう。お役に立てるかは確約できかねますが」
「それで十分よ。ありがとう」
だがその次に続く言葉がフレアの心に火をつける。
「あの子は国1番の美人って小さい頃から評判なのよね。とても優しくてかわいいのだからあなたもきっと気に入ると思うの」
それを聞いてフレアは勢いよく立ち上がった。
「気が変わったのです。今から直接向かいましょう」
「へっ?」
突然の豹変にティアナクランは置いてきぼりになる。だがリリアーヌの方は理解した。
(きっと、フレアっちの頭の中は将来の魔法少女候補を失うわけにはいかないって思わくでいっぱいね)
事実リリアーヌの予想は外れていなかった。
(優しくて国1番の美少女!! きっと将来は素晴らしい魔法少女になるに違いないのです。これはいけない。お助けしなくては。ええ、是が非でも助けてみせますとも)
「リリー、時間が惜しいのです。すぐに出ますよ」
「ええっーー、君慌ただしすぎよ!?」
「殿下、申し訳ありませんがお暇させていただいても?」
「ええ、あの子をお願いするわ」
「請け負いましょうとも。魔法少女のためならばこのフローレア・グローランス、悪魔すら屠ってみせましょう」
そういって退出したフレアにティアナクランは首をかしげ、ぽつりつぶやく。
「魔法少女?」