第34話 竜人王女編 『無極性魔法』
学園生が座学や訓練を終えてお腹をすかせる正午のこと。フレアは学食の厨房に立っていた。フレアが自ら調理した料理が完成すると給仕によって長テーブルに配膳されていく。育ち盛りな彼らの胃袋を満たすためフレアは素早く、しかし大量に作る。この状況は今のフレアには都合がいい。
フレアの作る料理は北方貴族の婦人方を虜にしてその評判が広がっていた。そのうわさを耳にしている料理人はどれほどのものかと眺める。
彼らとてフレアによって集められた超一流の料理人たち。当初は子供に何ができると侮りがあったが徐々に真剣な表情に変わっていく。
よどみない手際とみたこともない手法。分量もきっちり計算して計る。料理人たちはフレアのする調理法が驚きが満ちていて目が離せなくなっている。
『早い、だが料理行程に我々にはないものが多いぞ』
前世の記憶を持つフレアによってもたらされる現代料理の数々。
それは目新しくこの世界の人々の興味を引く料理ではあるのだがフレアはさらなる研鑽を重ねる。それにはとある目的があった。
(竜人は食から攻めるのが有効のようです。魔法少女は数に余力がない以上今衝突するのは得策ではありません)
贈り物によって強敵との戦闘や二面作戦を避ける。今で言えば竜人との衝突。無魔との戦闘も激化している中、両方は相手にできない。フレアは王族でも貴族でもないが未来を憂い魔法少女のために策略を巡らせる。
「竜人を調略しなければなりません。それには竜人に特化した調理法と加工食品開発が必須」
現在共和国は不穏な動きを見せている。もし魔法少女が戦うことになったらと思うと怒りで牛刀を振り上げて大きな肉を力一杯たたき切る。
「魔法少女のためならこのフローレア・グローランス。竜人の胃袋からねじ伏せてみせましょう。――――ふふふ、あーーははははっ」
鬼気迫る調理風景に見ていた料理人は息を飲んだ。
『何という気迫だ。味の追求とは修羅の道なのか?』
学食の料理人たちは恐れおののき盛大に勘違いしていた。
魔法少女バカのフレアは彼女らのこととなると沸点が低いだけなのだ。
フレアの振る舞う料理はビュッフェ形式で提供され大盛況。学生ばかりか教職員も殺到して大混乱に陥った。
『お前皿に盛りすぎだ』
『うるせー、グローランス嬢の飯なんて大貴族が頼んでもまず食えねえって話だろ。俺ら平民は今しかねえんだよ』
『ううぅ、こんなうまいもの食べたことねえ』
それをみて給仕たちは涙ながらに嘆いたという。『私たちも食べたい』と。
屋外演習場にて。
昼食を終えて午後の授業からは新しい魔装法衣についての演習が行われる。
屋外といってもただの更地ではない。周囲には強力な結界が何重にも張り巡らされ、標的が自走する射撃場や的を空中に射出する魔導具など最先端の訓練場となっている。
さらに別の敷地には仮想の市街地戦を想定した建築群が存在している。それは市街地での救出作戦を想定したより実戦的な演習のためだけに作られている。
「わたくしはもうなにも言いません」
それを見たティアナクランはこの世界では考えられない現代的な軍用演習場に驚きを通り越してただ呆れる。
演習で壊されるために建てられた施設。彼女の常識と堪忍袋が破壊されていく。
そんなティアクランにフレアはあやまったフォローをする。
「大丈夫ですよ。壊れたら私がポケットマネーで建てなおさせますから」
フレアの気遣いは斜め上を行っていた。ある意味ティアナクランにとって想定内の返答でもある。
「国費がどうという問題ではありませんわ」
それにはフレアがはっとする。
「そうか、都市が消し飛ぶ砲撃でも耐える施設にしろということなのですね」
「理解が逆方向に猛進してますわよ」
あれっ、と心底不思議そうにしている様子がティアナクランには悩ましい。
そこでフレアは閃きにぽんっと手を打つ。
「あ、すみません。むしろ可愛い施設にしろということですね」
それは違うと言いたげな生徒たち。だがフレアの提案にティアナクランが態度を豹変させる。
「いいわね。だったらお菓子のお城も作っちゃいましょう」
「……ティアナも大概破天荒ですよね」
それには生徒たちも往往にして頷いた。
いい加減に我慢しきれなくなったアリアが挙手をして発言する。
「そろそろ授業を始めて頂けませんこと?」
「ああ、すみません。それでは預かっていた皆さんの魔装宝玉をお返ししますね」
外に並べられていた椅子に座っている生徒たちは虚を突かれた形だ。なにせ午前中に魔装宝玉を回収し短い間に改良が完了しているというのだから驚きである。
「もう出来ましたの?」
「ええ、魔法少女が変身できない時間が延びただけ皆さんが危険にさらされます。その事態を解消するため工場に持ち帰り技術者のみなさんには頑張って頂きました」
生徒たちの脳裏にはフレアの無茶ぶりに悲鳴を上げる従業員たちが浮かんだ。
「ああ、工場で働く皆様、御冥福をお祈りします」
多くの生徒がアリアに習って目をつむり黙とうのように黙り込む。
「いや、別に彼らは死んでませんけど!?」
心外だと抗議するフレアだがリリアーヌが遠い目をして空を仰いでいるのが見える。
それが工場での過酷さを物語っていた。
フレアは意識をそらすようにパンと手を打って授業の話に切り替える合図をする。フレアの後方には甲斐甲斐しくキャスター付きの黒板を持ってきて踏み台を用意するルージュの姿が見える。
「フレアさん、準備ができたわよ」
「ありがとうございます」
フレアはぴょこっと踏み台に上がりせっせと図を書き込んでいく。その様にルージュはひそかに萌えていた。
フレアは書き終わると生徒たちに講義を始める。
「以前ガランを襲ったガリュードという強力な無魔がいたことは情報共有していると思います。私は移動魔工房の観測器と魔装宝玉の戦闘データから彼の無敵性の要因を突き止めました」
「――それが『虚無フィールド』です」
フレアは黒板に描いた属性の相関図を指ししめしながら説明する。
「虚無フィールドとは反魔の属性の中でも非常に希少な『虚無』によって引き起こされる防御障壁と考えられます。ガリュードの体表を覆うように展開され、触れた魔法攻撃を純粋な魔力に分解する性質を持っているようです」
「その性質は突き詰めて検証したところ、魔法属性のバランスを崩すことで魔法現象を崩壊させてしまうものと判明しました」
「結果、魔法を無力化する。そのような無敵障壁が擬似的に発生しているのです」
それでは打つ手がないのではと不安そうにざわめく生徒たち。だがフレアがそれで済ませるはずがないと幾人かの生徒は冷静に続きを待っていたりもする。
「対処法は幾つかありますよ。1つは魔法崩壊を超える速度、威力でガリュードの虚無フィールドを突き破ること。又は属性崩壊が比較的通じにくい光属性などで攻撃することです」
「しかし、ガリュードの虚無フィールドを突破し致命傷を負わせるために上級魔法の更に上を行く『特上魔法』。又は戦術級の『極大魔法』に匹敵する威力が求められるでしょう」
そんな魔法まだ使えるわけがないと困惑する生徒たちにフレアは3つ目の対処法を提示する。
「そして、皆さんにお勧めする対処法がこれから説明する『無極性魔法』になります」
「無極性魔法――ですの?」
アリアが聞き慣れない言葉だと反芻した。
「無極性魔法とは基本5属性ではなく光や闇にも属さないものであり純粋な物理エネルギーを発生させる無極属性です。これはどの属性にも影響されない安定したエネルギーであり虚無フィールドの影響を受けないのです」
おおっと生徒たちがどよめいた中でアリアが挙手をして質問する。
「ですか属性である以上適性があるのですわよね。寡聞にしてきいたこともない属性ですもの。どれだけの希少であることか……」
聞き慣れない言葉に今まで誰も知らなかったような魔法であると考える生徒たち。アリアの危惧はもっともであった。しかし、フレアはむしろ何を言ってるのかと不思議そうにしている。
「えっ? 魔法少女である皆さんは全員適性があるのですよ。というかまだ気づきませんか」
「どういうことですの?」
「無極性魔法とは皆さん入学前から当たり前のように使えていた魔法ですよ」
生徒たちは顔を見合わせて話し合うがなかなか答えは出てこない。当然のようにルージュは知っている顔だが答えるつもりはないと沈黙を貫いている。
生徒たちの中で真っ先に気がついたのは同時に2人だ。それはユーナとセリーヌである。表情の変化に気がついたフレアはセリーヌを指名する。
「ではセリーヌさん、答えがわかりましたか」
「えっ? 面倒なのでユーナさんを指名してくださいよ。できる子と周囲に思われたら面倒じゃないですか」
「セリーヌさんはいい子なのにちょっとひねくれてますよね」
「あたしは目立たず適当がモットーなので。友達とかなれ合いとか疲れるだけですし、もうこりごりなのですよ」
こりごり。それはセリーヌの過去に何かかがあったことを暗にほのめかす。だから深く立ち入るなとセリーヌは警告した。
セリーヌはもういいだろうと深く座り直して口を閉ざした。
これにはフレアが奇妙な笑みを浮かべる。セリーヌはとある計算違いをしていることに気がついていないのだ。
――それは周りの生徒が『魔法少女』だということだ。
「そんなことないよ」
がたっと立ち上がったのはパティだ。セリーヌに近寄ると熱を持って説得に入る。
「私たち仲間じゃない。セリーヌちゃんに悩みがあるのなら言って。力になるよ」
「……あの、分かりづらかったのならはっきり言いますがあたしにかまわないでください。そういうのほんといらないんで」
なかなか辛辣な拒絶だったのだがこれでパティが止まるはずもない。
ルージュは額に手を当てて諦観する。そういう言葉は火に燃料を投下する行為だとよくわかっているのだ。
「そんなこと言われたらますます放っておけないよ」
「暑苦しいひとですね」
「決めた。今日から友達だよ」
「はあっ? 頭にお花畑でもわいているのですか」
「わかってるよ。照れ隠しだよね。私は気にしないよ」
「ひいい、誰か助けて。この子、話が通じません」
同情したアリアがパティの首根っこを捕まえて引き剥がす。パティの厄介さはアリアがクラスで一番身にしみているのだ。
「セリーヌさん、さっさと答えて終わらせることをお勧めしますわ」
セリーヌは助かったと胸をなで下ろしてアリアの言うとおりにする。
「……言いますよお。身体強化のことですよね」
「その通りです。セリーヌさんもういいですよ」
おとなしく座るもののセリーヌはすっかりパティに目をつけられてしまった。向けられるキラキラした視線に居心地が悪そうにしている。
(セリーヌさん、これから苦労しそうですね)
気を取り直してフレアは無極性魔法の話を続けた。
「身体強化は無極性魔法に分類されます。まあこれも私が勝手に定義したものですけどね」
そう言ってフレアは近接強化型の魔装法衣の図を黒板に貼り付けて指し示す。
「近接強化型は正に無極性魔法の特化型ともいえます。使いこなせば身体強化のさらなる向上はもとより純粋な物理エネルギーを手にまとわせ鋼鉄の塊すらお豆腐のように潰せます」
「さすがにそれは言い過ぎではありませんの」
フレアのたとえにはアリアがあり得ないと否定する。それにはむっとしたルージュが立ち上がり演習場に置かれた鋼鉄の塊を前に立つ。1メートルはあるような塊は金属の光沢を放っていて無機質で無骨な様子がまた強固な印象を与える。
「アリアさん、あり得ないとすぐに否定するのは悪い癖だわ」
「ちょっとお待ちなさい。あなた今変身していませんわよ」
アリアの静止も間に合わずルージュは拳を鋼鉄に向かって振り降ろした。鋼鉄の塊はパァァーーンっと甲高い音とともにひしゃげて一部はじけ跳んでしまう。
ルージュの拳には純粋な魔法物理エネルギーが輝き、手を痛めている様子は見受けられない。それもまたアリアには信じられないようだった。
「まあ、こんなものね」
「うそでしょ。変身も無しに生身で……」
呆然とするアリアにルージュは当たり前だと余裕を浮かべつつ横髪を掻き上げて言った。
「わたくし天才だから」
そして、ルージュは飛び散った塊を手に取りアリアの前に持ってくる。
「無極性魔法はこんなこともできるわよ」
触ってみなさいと身振りするのでアリアは意味もわからず触れる。そして、とにかく驚いた。
「えっ、柔らかい」
指でつつくとぷにぷにと弾力のある感触が返ってくる。指に返ってくる柔らかな反発力がアリアには不思議で仕方ない。何度確かめても感触は変わらなかった。
それにはシャルが納得がいかないと駆け寄った。
「ふ、ふん。どうせ砕いたと思っていたのは鋼鉄じゃなくてもっと違う材質だったのよ」
シャルがルージュの持つ塊に指を突き入れると堅い感触に阻まれて指を痛める。
「ぴぎゃあーー」
「あ、今度は堅くなりましたわ」
シャルはユーナに泣きついて指を治療してもらい、アリアはつんつんと興味深そうにさわって確かめている。
「これはどういうことですの?」
「無極性魔法とは付与も可能なのよ。例えば剣の強度やしなり具合も極めれば自由自在に変えられるわ。何より驚くべきは対象強度の弱体化すら可能にするのよ」
「そんなことが」
武器に属性付与できる方法は知られている。強度強化も超一流の魔導騎士は会得している者もいる。しかし、弱体化はアリアも聞いたことがない。
「そして、近接強化型の真骨頂は弱体化にあるのよ。そうでしょ、フレアさん」
「その通りです。通称『アブソリュートアタック』。極めれば竜の堅い鱗すら薄い紙のように突き破ることが出来るものです。なにせ鱗の強度を弱体化させて攻撃するのですからね」
それにはティアナクランが本当に頭を抱えた。
「なっんてものを開発しているのですか。こんなシステムが開発されたと共和国に知られれば一気に国家間の緊張状態が高まりますわよ。竜人に対する挑発行為だと糾弾されます」
それにはフレアが笑い飛ばす。
「あはは、大丈夫ですよ。竜人には『鎧竜鱗』という無敵たらしめる能力があります。それを脅かしたわけではありませんし」
「……ほっんとうに大丈夫なのね。気のせいか午前中に竜人も仮想敵と定め作成したといっていた気がしますわ。本当に大丈夫なのね」
それにはフレアがあからさまに目をそらした。その態度は母親に悪いことをして見つかった子供に酷似してる。
「……多分大丈夫」
「言葉が尻すぼみになってますわよ」
そこでティアナクランはリリアーヌに視線を向ける。リリアーヌは隠し事が苦手でぎくりとわかりやすい反応を示す。
「いま話せばフローレアの罪は軽くなりますよ」
それを聞いてはリリアーヌはおとなしく白状する。
「『アブソリュートアタック』は多分鎧竜鱗も破壊できるとおもう。もともとガリュードじゃなくて対竜人用に開発してたものだから」
「リリーのうらぎりものーー」
それをきいてティアナクランはにこりと笑うとフレアに気持ちのいい表情を見せる。だが目が全く笑っていない。
「フローレア、申し開きはありますか」
「ひっ、だって魔法少女が万一竜人と戦うことになったら対抗手段が必要ではないですか」
「そうした考えが戦争を引き起こすかもしれないとは思いませんの」
「だって」
「だってではありません。フローレア、お説教です」
「ひいーー」
逃げようとするフレアをつかまえてティアナクランはどこかへと行ってしまう。アリアは頭痛をおぼえつつぶやく。
「残りの時間はどうしますのよ」
結局その後はリリアーヌが引き継いだ。近接型の習熟演習はつつがなく進められるのだった。