第33話 竜人王女編 『特化型魔装法衣』
「ティアナがなぜかご機嫌です」
フレアが職員室でリリアーヌに相談していた。それは登校する生徒の明るい喧騒が漏れ聞こえる爽やかな朝のことである。
リリアーヌもティアナクランの様子を思い出し思わず微笑がこぼれる。
「ああ、すっごくわかる。もうにっこにこだったよね」
フレアは昨日の朝、王女の屋敷で意識を失い気がつくと闇が夜の訪れを告げていた。授業も急遽休むこととなり生徒や教員、何よりフォローの手配をしてくれたティアナクランには恐縮してしまう。
「自己管理ができていない。そう怒られると思ったのですがすっごく優しいのです。それもティアナ自ら看病してくれたのです」
そのときを思い出しフレアは恐怖に震え上がる。
「良かったじゃない。なんで震えてるんだか」
「だってティアナに優しくされる理由が全くわかりません。相手は王女ですよ」
「あ、もしかして倒れる前にすっごく無茶ぶりされたとか」
それを聞いてフレアは考え込む。
(なぜか倒れてから目を覚ますまでの記憶が曖昧なのですが――はて?)
だが記憶を掘り返す内にあることを思い出す。
「ああっ、たしか新型魔導鎧の開発依頼をされた気がします」
「だったらそれじゃないの」
「よかったあーー。ってよくないですが。これって引き受けたうちに入るのでしょうか。非常に気が乗りません」
男のために新装備を作るくらいなら魔法少女のための道具を開発する。それがフレアだった。
そして、本日の最初の授業。1年G組の教室は緊張に包まれていた。
それはフレアが始まりにとんでもないことを発表したからだ。
「皆さんの魔装法衣に新形態を追加します」
そこまでなら生徒たちも素直に喜んだことだろう。実際、歓声も当初は上がったのだ。しかし――。
「それも私の『自信作』ですよ」
続く言葉によって一変。生徒たちは過酷な未来を予感した。
『自信作』
それはつまりフレアの趣味が反映された衣装である。
その衣装とはどれだけキラキラしているのか、どれだけ少女趣味なのか。
想像するだけで生徒たちは恐怖に顔が強張った。
中には恐怖のあまり現実逃避したり、神様に祈りを捧げたり、泣きそうな生徒もいる。それを見てフレアは感動していた。
「あはは、泣くほど喜ばなくてもいいのですよ」
「教官の目は節穴ですかっ!!」
アリアは思わず叫んだ。フレアは自分のセンスを全く疑っていない。そのため目の前で起こる生徒の混乱も都合のいいように解釈していた。そんなフレアにアリアは辛辣だ。
だが1人だけ待っていたとばかりにシャルが立ち上がる。
「ついにこのときが来たわ。これでルージュにでかい顔はさせないわよ。あいつだけすっごい魔装法衣使ってたけどこれで格差も埋まろうというものだわ」
そして、ルージュに指差そうとするといないことに気がつく。
「あれ、いない?」
シャルはライバル視しているルージュがいないことに気がつき拍子抜けする。
ルージュの上級魔装法衣を知って以降、シャルはフレアに新型法衣が欲しいと何度もせがんだ。
ルージュへの対抗意識から必死に頼んだ法衣ができたのいうのにルージュがいないのでは張り合いがない。
「ルージュさんには今回協力をお願いしています。それはリリーとティアナにも同様です」
「ど、どういうことですか」
生徒たちは3人とも教室にいないことに気がついた。
教室がざわつく中でフレアはその理由を明かす。
「今度の新装備はそれぞれ戦闘スタイルに特化した法衣となります。それを皆さんに選んでいただきます」
「はあっ?」
「これから3人のモデルを使ってお披露目しますよ」
フレアは手を叩き教室の外に合図を送る。
するとドアを開けて、ルージュ、ティアナクラン、そしてリリアーヌの順に入室し教壇の上に立った。
彼女たちは新しい魔装法衣に身を包みその場でくるりとターンするとその全貌をさらした。
言葉もない生徒たちの意味するところをフレアは気づきもしない。フレアは誇らしげに新型魔装法衣の説明を始めた。
「まずルージュさんの魔装法衣は近接特化型となります。堅い敵にもダメージを通す新システムを搭載。詳細は演習時に説明しますがガリュードや竜人を仮想敵と定め作成しました。いままで皆さんが使用していた法衣を標準型とするとあらゆる面で能力の向上に成功しました。特に身体強化においてはおよそ三倍の性能となっていますので高い運動センスが求められます。慣れないうちは振り回されるかもしれません」
「さ、3倍!?」
シャルはその驚きの性能に身を乗り出し驚愕した。今まで十分戦えていた標準型の3倍となるとその力は想像もつかない。
ルージュの着る近接特化型魔装法衣は動きやすさを重視しているため肌の露出も多めだ。衣装は日本の現代女子学生のセーラー服を連想させる。だが要所は精霊結晶を組み込んだ防具で固められていて魔導鎧をはるかに上回る防御性能値をたたき出す。中級魔法程度の直撃ではビクともしないようフレアが睡眠時間を削り目を充血させて作り上げた自信作だ。
アリアは悩ましいと頭を抱えた。ほんとはどれも選びたくない。選びたくないのだが説明された性能はあまりにも魅力的だった。
「無駄に可愛らしい見た目は相変わらずですわね。これでも他の形態に比べれば1番おとなしいのですわ」
一方、ミュリはティアナクランの魔装法衣をみて踊り出しそうなほど感激していた。
「うわああ、王女様すっごくかわいいです」
ティアナクランの衣装は3つの中でもっとも少女趣味嗜好のふわふわした縫製が目立つ。スカートはプリーツが多くボリューミー。ミュリは全身桜色のフリルが目立つティアナクランの衣装を一目で気に入り目を輝かせている。
「ティアナの魔装法衣は砲撃特化型です」
アリアは耳を疑った。砲撃特化ではなく、少女趣味特化の間違いではないかと。
「3つの中では最も防御が厚い代わりに運動性能は標準型からそれほど目立った強化はありません。その代わり魔法威力向上。多重詠唱システム標準装備。また広域ロックオンシステムや反魔障壁を突破する特殊砲撃を可能とするなど機能満載です。これも演習で説明していくこととなります」
「くうっ、聞くだけで魅力的な機能なのにあれを選ぶのはとても抵抗がありますわ」
アリアは自分が着ることを想像すると恥ずかしさで逆に戦闘に支障をきたしそうであった。
見た目はドレスのようであり肌の露出は少ないがとにかく装飾過多である。戦闘の邪魔になりそうなリボンが無駄に多い。アリアの感覚から言わせればフレアのセンスはあり得ない。
「次は空戦型魔装法衣となります。これは数に限りがあるので指揮役の生徒やエース級の人に優先支給となります」
そう言ってフレアはアリアの前に立つとぽんと肩をたたいた。
「もちろんアリアさんはクラス委員長さんですから空戦型魔装法衣に決定ですよ。よかったですね」
「え、ええーーーーですわ」
3つの中で一番マシな近接特化型を選ぼうと思っていただけにアリアはショックを隠せない。
空戦型魔装法衣は銀と白の羽衣に魔力の翼を背にはやして全身から神聖な魔力光を放つ。特に慈愛が見た目にもあふれるリリアーヌが着ているとまるで天使様と錯覚しそうだ。
だからこそとてつもなく恥ずかしい。
「これを見れば誰もが魔法少女の偉大さを知り元気づけられることでしょう」
「ええそうでしょうとも。そして、崇められることでしょうね」
こんな衣装で民の危機に現れ救おうものなら天使様と勘違いされるかもしれない。しかも銅像など造られては恥ずかしくて外を歩けないとアリアは悲嘆に暮れる。
「……ああ、魔法少女とは一体何なのでしょうね」
「深いですね。アリアさんは既に悟りを開こうとしているのですか」
「教官のせいでアイデンティティーが崩壊しそうだとはお思いになりませんの?」
アリアがフレアの肩を掴むと怒りにまかせて振り乱した。
「あはは、大丈夫ですよ。デフォルトされた星を装飾し魔法少女っぽく、可愛らしい細工も用いています。あれを魔法少女と言わず何だというのです」
「何が大丈夫なのか意味がわかりませんわ」
ますます興奮しているアリアにフレアは遅れていた性能の説明も聞かせる。
「空戦型魔装法衣はその名からわかるように空を飛んで戦うことが出来ます」
「はあっ?」
「空から戦場を俯瞰して見ることで戦況を把握。適切な指示を魔装宝玉を通じてやりとりできる魔法通信システムを試験的に導入」
「はいっ?」
「近接、砲撃型と比べ突出した性能の強化はありませんが両方の特色ある機能はほとんど組み込んだ万能タイプと言えましょう」
それにはシャルが食いついた。
「わたし空戦型がいいわ」
遅れて次々と立候補する生徒が続出する。アリアは悔しそうにして押し黙るしかない。
「よかったですね」
「正直にいいましてかなり複雑ですわ」
拒否するにはあまりにも性能と機能が魅力的であった。クラスメートを指揮する立場になりがちなアリアにとっては必須ともいえる通信システム。もともと選択権などなかったらしいと諦めるしかない。
空戦型を誰が手に入れるかもめている間にユーナはあっさりと砲撃特化型を選んでいた。
それにはフレアが意外そうに話しかける。
「ユーナさんなら空戦型の選考では優先しますのに」
「私は回復役よ。ならばこれがベスト。私は皆を引っ張るのではなく支える方が性に合っているわ」
「ユーナさんらしいですね」
するとなぜかフレアのことをじっと見つめてくる視線に気がつく。
「あの、どうしましたか」
「いえ、私あなたに興味が湧いてきたの。これからは頻繁にお茶会に誘ってもいいかしら」
「ん?」
フレアは首をかしげる。ユーナはクラスの中でも古い友達である。気軽に誘っていい間柄なのだ。だから違和感をおぼえた。
「ええ、かまいませんよ。突然どうしたのですか」
「ふふ、あなたのことをもっと知りたくなったの。それだけよ」
そう言ってふわりと笑みを残して離れていく。去り際ほのかに花の香りが鼻先をくすぐる。
「あれ、ユーナさんいままで教室では香水をしていなかったような?」
そうしている間もティアナクランの主導のもとにどの魔装法衣を選ぶのか、その振り分けが進められていた。
砲撃特化型は他にミュリやキャロラインなどといった生徒の姿が見える。
「ふむ、ミュリさんは面白い選び方をしますね」
「確かミュリさんはあれでいて身体強化がクラスでもトップクラスでしたわね」
「ですが重力属性という希有な能力もあります。彼女はそちらの強化を選んだようですね」
アリアは相手を跳ね返したり出来る斥力の障壁魔法の有用性を以前の戦いでよく知っている。
「ミュリさんは攻守ともに優れた斥力の魔法があります。極めれば守りながらに敵を殲滅するおそるべき魔法少女となるかも知れませんわよ」
「なるほど、そうかもしれません」
続いて空戦型にサリィが選ばれていた。それには納得の人選だがシャルが選ばれていることが驚きだった。
「えっ、シャルさんですか」
確か優先順位は中の上ぐらいだったのでは?
そう思いリリアーヌに目配せすると困った笑みが返ってくるだけだった。
「あはははは、どうよ。ルージュ。これでわたしも空を飛べるようになるわ。今に見てなさい。絶対にあなたを抜いてわたしがクラス最強になってみせる」
シャルが生き生きとした様子でルージュを指差した。
ルージュはといえばまるで眼中になく、手をおざなりに振っては適当にあしらう。それがシャルの怒りに火をつけていく。
「ふん、余裕ぶっているのも今のうちなんだから。絶対絶対後悔させてやるから」
ルージュの冷めた対応に涙目で癇癪するシャル。周囲の生徒はといえば生暖かい目でシャルのことを見守っていた。
「ああ、泣いてる子には勝てませんよね。きっと皆さんシャルさんに譲ったのでしょう」
「それにクラスで一番年下でしたわね」
他には3人の生徒が空戦型魔装法衣に選ばれている。その中の1人がフレアに向かって抗議にやってきた。
「ちょっと待ってくださいよ。なんであたしが強制的に空戦型なんですかっ。ありえませんよね」
そう言ってきたのはブリアント王国では誰もが知っている大商人マーキュリア家の令嬢セリーヌである。
衆目にも麗しい容姿ですらっと伸びた滑らかなブロンドの髪は美しい。所作においても上流階級で通用する風格が備わっている。整った顔立ちをしていて誰もが振り返りそうな美少女なのだが彼女は目立たない。いや、目立たないように生きてきた。
「いえ、順当かと。セリーヌさんは実力を隠していますよね。私の目はごまかせませんよ」
「なんと言われようが嫌です。とにかく私は空戦型だけは拒否します」
「どうしてですか」
「ええ~~、だって指揮とか面倒じゃないですか。過剰な期待とか正直ごめんなので」
周囲が彼女の言い分に眉をひそめる中フレアは実に愉快そうに話す。
「いえ、これはあなたの望みに沿った人選なのですよ」
「……どういうことですか?」
「あなたの戦術眼と知識はクラスで追随を許さないと見ています。楽をすることには一切を妥協しないその姿勢を軍師として活用して欲しいのです」
軍師?
生徒たちは首をひねる。この世界、この時代において軍師という職業はまだ根付いていない。だがフレアはこれからの戦いにおいては必要不可欠だとみている。
「何げにあたしをけなしてませんか」
「いいえ、むしろ褒めています。先の戦いで無魔シンリーのようなゲスな考えを読み切れるのは私とルージュを除けばあなたくらいでしょう」
「やっぱりあたしを馬鹿にしてますよね」
そこでフレアはセリーヌに耳打ちする。
「軍師とは策を指揮官に献上する役目を担います。考えるのが仕事ですから面倒な戦いが極力減りますよ」
ピクッとセリーヌは反応しフレアの甘言に食いついた。
「戦闘がより有利に運ぶ策を用いればもっと楽ができるようになります」
「むむ」
「何より、セリーヌさんはやればできる子ですから適度に信用してます」
「適度に、信用ですか」
セリーヌにはその言い回しが気持ちよかったのかご満悦だった。
「あなたあたしのことよくわかっていますね。前々から同類っぽいなあとは思っていたのです。いいでしょう。あなたが気に入りました。その役目引き受けてあげます」
「ありがとうございます。ほどほどに期待してますよ」
「ふふん、まあ。ほぼほぼの成果くらいは出してあげましょう。このクラスはいい子ちゃんばかりなので戦果の向上はそれほど難しくはありません。以前の戦闘でも対応が生ぬるいなあという場面は結構あったので」
フレアとセリーヌはなぜか短い間に一気に絆を深めて握手を交わしたのだった。
その後、近接特化型の集まりに視線を向けるとフレアは首をかしげる。
「あれ、エース級のパティさんはどうしてそんな所にいるのですか」
ルージュのそばにいたパティこそ不思議そうに答えを返す。
「あれ、だって私の長所を考えたらここしかありえないよ」
そこでフレアはぽんと手を打った。
「ああ、言い忘れていました。パティさんは特別仕様を提供する予定だったのです」
「ほえ、特別仕様?」
それにはクラスの生徒がざわついた。
「聞きましたよ。パティさんに感化された精霊たちが活性化したこと。シンリーがそれで苦しみだしたとか」
「ああ、そんなこともあったよね」
「その力を研究、開発するためにも特別な魔装法衣を作成しました」
フレアは魔装宝玉がすっぽりとはまり込んだブローチを取り出した。
「うわああ、きれーーい。それどうしたの」
「これをプレゼントします」
「えっ」
フレアはパティに近づくとブローチ型の魔装宝玉を胸元につけてあげた。
目を奪われるような宝石が魔装宝玉の周りにちりばめられていた。決して安くはないであろう贈り物にパティは思考が停止する。
「綺麗ですよ」
言われたパティは顔を真っ赤にして恥じらう。
それにはティアナクランが殊の外機嫌を悪くしているがフレアは気がついていない。
「パティさんの新型魔装宝玉は開発途中の後期型模倣タイプです。まだまだ手間がかかりすぎて量産できない規格外品なのです。そのため法衣の趣が異なります」
それにはアリアが食いついた。
「それはどういう意味ですか。まさか」
「これは可愛い路線ではなくどちらかといえば熱血系といいますか、遊び心がないといいますか」
「「「っ!!」」」
聡い生徒はすぐに気がついた。それはつまりフレアの悪趣味が反映されていない魔装法衣ではないのかと。
「パティさん、とりあえず変身してみてください」
「あ、はい」
いまだに緊張がとれていないがパティは新しい魔装宝玉を手に契約に入る。
「愛の円環を見守りし化身よ。我が名を汝に刻め。わが真名はパトリシア・ジェンヌ」
魔装宝玉は新たな主の真名を受けてピンク色の輝きを強めていく。それはどこまでも暖かい魔力を内包する。
魔装宝玉は主に自らの名を以心伝心で伝える。その名を受け取りパティは新しい相棒の名を呼んだ。
「《ラブハート》、変身・魔装法衣」
瞬間、パティは動きやすく、しかし派手さもない純白と薄桃色の2色による清楚な法衣に身を包み朱の精霊結晶が輝く防具に身を包む。
両腕は杖代わりにも盾にもなる洗練された形状の特殊手甲、パティの福音魔法を増幅する軽装鎧が全身装着されていく。それは騎士を連想させ言うなればマジックナイトというべき装い。
周りの生徒たちから見ても憧れる魔装法衣だった。
「うわああ、すっごくかっこいい。わくわくハッピーな気分だよ。ありがとう。フレアちゃん」
「それは何よりです」
パティが魔装法衣を見下ろしくるくると舞って喜びを表している。
するとシャルが不平を口にする。アリアも同調した。
「ずるい。わたしもそれがいい」
「そうですわ。明らかな贔屓ですわよ。フロレーア教官」
「はわああーー、なんでみんなそんなに怒るのですか」
多くの生徒がアリアに賛同しフレアに詰め寄った。パティにも同様で教室は大混乱に陥る。
結局は今後著しい活躍をした人には都度プレゼントします、という約束をすることでどうにか収まるのだった。




