第32話 竜人王女編 『ティアナとマコト。運命の出会い』
改めて学園に向かうフレアたち。授業の準備のために早く出たにもかかわらずレジーナの対応のために時間はなくなった。下手をすれば授業にも間に合わない可能性があったため今はリリアーヌがフレアを抱えて空中を飛んでいる。
新理論の習得でリリアーヌは格段に実力をつけていた。元々得意だった風の魔法で魔法少女レティカのように単独で飛行できるようになっている。
「フレアっち、どうしてあんな下手に出たの」
「レジーナさんのことですか?」
「そうだよ。外交で謝るのは悪手だよ。悪いのはあっちだし」
「あれは外交ではありませんよ」
「フレアっち、それは屁理屈」
そう言われてはフレアは肩を落とす。
「状況によりけりです。竜人はプライドが高く決して自分からは折れないのですよ」
「だからって」
「それにカードはこちらにあります」
「どういうこと?」
「実をいうと竜人は既にこちらに探りを入れてきています。すでに相応の捕虜を確保しました」
「はっ?」
「リリーに席を外してもらった間に幾つか交渉してあります。食事で大層気をよくしてくれてましたから好条件を引き出せました」
それには絶句する。
(いつの間にそんな話に……)
フレアが珍しく自ら手料理を振る舞ったのも駆け引きだった。だとするならばレジーナは今回フレアの手腕にしてやられたのかもしれない。
(そりゃあフレアっちの料理って見た目は芸術品だし。その上あり得ないくらいおいしいもんね。ひとたまりもないよ)
皿の選定から盛り付け、色合いまで計算され尽くしたもてなしはこの世界において激しい衝撃を受けてしまうことだろう。
「でもどうして竜人がブリアント王国に」
「それはわかりません。しかし推察はできます。誰かを探しているようなのですが詳細はつかめていません」
「フレアっちのことだから本当はわかってるんじゃないの」
「買いかぶりですね。まあ、相手も不確定な情報をもとに探しているようです」
(それだけわかれば十分だと思う)
相変わらず頭が回るとリリアーヌは呆れを通り越して感心する。
「案外フレアっちを探してたりしてね」
「どうしてですか」
「フレアっちって機密だけど魔装宝玉の量産しちゃったし」
「それはないと思います」
「えっ」
「竜人は魔法少女を必要としていません。むしろ排除しているようなのですよ」
そういうフレアはぎりっと歯を食いしばり拳もうっ血するくらい強く握りしめている。
「そういう意味で竜人は魔法少女の敵なのかも知れませんね。竜人憎し」
リリアーヌはそれを聞いてなぜかほっとする。フレアの魔法少女への熱狂ぶりは相変わらずだった。
(レジーナさんがフレアっちを攻略できる望みはないみたい)
そして心の中で手を合わせるのだった。
地上では始業が差し迫り足早に歩く生徒たちが散見する。フレアは飛翔による心地いい風を浴びながら眺めた。
(新理論でリリーも空を飛べるようになって助かりますね。風の気流防御もあるので快適です。空の移動もこうしてみるといいものです)
今度は移動魔工房を飛べるように魔改造しようかと不穏なことを考えていると王立ウラノス魔導騎士学園が見えてくる。障害物で迂回もしなくていい空の旅は非常に快適でありあっという間だった。
名残惜しさを感じているとフレアは地上でマルクスの姿を見つける。
「リリー、あそこに降ろしてください」
「了解」
地上には突如風が吹き荒れるとリリアーヌは気流を纏いつつ地上に降下する。マルクスの前に降り立つとフレアをそっと下ろした。マルクスはというとリリアーヌが空を飛んだことに驚いて後ずさる。
「おおっ、空を飛ぶだと!?」
「おはよう、マルクス」
「おはようございます、マルクスさん」
「お、おう。おはようさん」
フレアとリリアーヌに挨拶されて反射的に手を挙げたマルクス。
「怪我はもういいのですか」
「おうよ。折れた骨も前より強くなったぐらいだ」
「良かったですね」
「ありがとよ」
都市を襲った反魔剛騎ガリュードとの死闘によって体のあちこちを骨折していたマルクス。治癒魔法は万能ではない。全て魔法で治してしまうとつないだ骨がもろくなってしまう。ある程度の処置をしたら自然治癒に任せるのが一般的だ。
そして、マルクスはふんっと制服の上からでもわかる力こぶを見せつける。
「今日からヒーローの凱旋だぜ」
「大活躍でしたからね」
ニコニコと素直に褒めるフレアにマルクスはにへらっと笑みを浮かべる。
「俺の勇姿に惚れ込んだ年上の美女たちが押し寄せるにちがいない」
(それはどうだろう?)
リリアーヌはマルクスの意見に懐疑的だ。そんないやらしい顔をしていては誰も近寄らないのではと考えたのだ。
フレアはそれでもニコニコと応じる。
「ええ、きっとたくさんの女子(幼女)に言い寄られると思います」
「ふふふ、やっぱりそうか。体を張って良かったぜ」
そこに小さな子たちが楽しそうに話しているのが聞こえる。
「うおおお、《筋肉無双》」
男の子がそう叫んで上半身裸になると拳を振るってガリュード役の子がのけぞり悲鳴を上げて演技する。
見ていたたくさんの子供たちがきゃきゃっ、とはしゃいでいた。
マルクスはそれを見て絞り出すようにフレアに問う。
「……あれは何だ?」
「マルクスとガリュードの戦闘ごっこが子供たちの間でいま大人気なのですよ」
「初耳だぞ」
「そりゃいままで寝込んでいたからでしょう」
そして、とある男の子が叫ぶ。
「あああーー、筋肉無双だーー」
「筋肉無双!?」
逃げる暇もなくマルクスは一気に子供たちに囲まれる。
「ししょー、俺を弟子にしてくれ」
「おい、師匠はやめろ」
「筋肉無双、筋肉見せて」
「俺の名前は筋肉無双じゃねえよ」
「マルクスは突っ込みも無双ですね」
「うれしくねえよ」
それを聞いた子供たちが一斉に叫ぶ。
「「「突っ込み無双ーー」」」
「はずかしすぎるわ!!」
打てば響くマルクスとのやりとりにますます子供たちは嬉しそうに騒ぎ出す。
マルクスの受難は終わらない。
騒ぎを見た周囲のおっさんたちが集まってくる。
「おう、にーちゃん。あの無魔へのストレートパンチ良かったぜ」
「何言ってやがる。ボディブローのキレだろ」
「いや、決め手のアッパーだ」
熱く盛り上がる大人たちにフレアは言う。
「良かったですね。大人気です」
「男ばっかじゃねえか」
「大丈夫ですよ」
フレアがマルクスの手を引いて集団から抜け出すと待っていたようにたくさんの女子が集まってくる。
「あ、あのマルクス様。これうけとってくだしゃい」
「わたしも」
女子は女子だがそれらは皆小さな女子ばかり。次々に恋文やらお弁当やらが渡されていく。それにはマルクスがフレアに抗議する。
「幼女ばっかじゃねえか!!」
「あははははは」
「笑いごとじゃねえ。幼女に興味はねえ。俺は年上のムチムチ美女がいいんだっ」
思わず男の欲望をはきだすマルクスにリリアーヌは冷ややかだ。
「うわあ、サイテー」
遠巻きにいたご婦人がたも頷いて同意する。
それでもマルクスの叫びに幼女たちは『すぐに大人になって見せます』と必死にアピールしていた。
「フレアっち、行こ」
「そうですね」
手を振って去っていくフレアにマルクスは助けろと目で訴える。しかし、フレアは以前食堂で見捨てられた件を忘れてはいない。
気づかなかったふりをしてその場を離れるのだった。
「はくじょうものーー」
学園正面入り口にはティアナクランが待っていた。フレアを見つけると挨拶する。
「おはようございます、フローレア」
「おはようございます、ティアナ」
リリアーヌも一歩下がったところで王女に礼をする。
「私に何か用でしょうか」
「ええ」
それにはフレアが首をかしげる。王女なのだから使いをよこして呼びつければいいのだ。わざわざ待っていた理由がわからない。
「どうしてティアナが直接ここに?」
「どうにも嫌な予感がしまして」
「嫌な予感?」
「フローレア、誰かに言い寄られたりはしていませんか」
どうして王女がそんなことを気にするのかわからなかったがフレアは否定する。
「あはは、私みたいな幼児体型に声をかける変態は宰相ぐらいですよ」
フレアは自分で言っていて落ち込んだ。
(いや、フレアっち今朝レジーナさんに言い寄られてたでしょ)
フレア的にはレジーナの件はノーカウント。というよりも既に忘れてしまっている。
「そうですか」
明らかにほっとしているティアナクランだが不意にフレアに向かってぶつかってくる生徒がいる。
「はわああ、遅刻遅刻ーー、ってどいてえええ」
パンをくわえたまま明らかに慌てて走ってきた様子のパティがフレアと正面衝突する。フレアはよけずにパティを抱きしめ受け止める。
「はあ~~、パティさんはまたですか。余裕を持って行動しないからですよ」
だらしない身だしなみを整えながら注意するとパティは恥ずかしそうに顔を赤らめて後ずさる。
「あわわ、ご、ごめんなさいーー」
なぜか全速力で逃げ出したパティをフレアは溜め息交じりに見送っていた。
「はあ~~、注意した矢先にこれですか」
「今のはフレアっちが悪い」
「ええっ、何で?」
なぜかティアナクランが怖い顔で同意するのでフレアは黙り込むしかない。
続いてサリィがフレアにいきなり抱きついて挨拶する。
「おはようございますわ~~」
「むが――」
豊満なサリィの胸に顔を埋められて息ができないフレアは激しく抵抗する。それを怒り心頭のティアナクランが無理矢理引き剥がす。
「サリィ、挨拶にしてはやりすぎですよ。侯爵家の者として節度ある振る舞いを心がけなさい」
「あらあら、ごめんなさいですわ~~。フレアちゃんを見ると嬉しくなって我を忘れてしまいましたわ~~」
「――(キッ)!!」
「し、失礼致しましたの」
さすがに王女の機嫌が悪いことに気がついたサリィは礼をすると立ち去っていく。
「はあはあ、ティアナ。助かりました」
「フローレア、あなたは隙が多すぎますね。もっと注意しなさい」
「うん? これでも悪意には常時気を配っているつもりですが」
「そういう意味ではありません」
「んん?」
ティアナクランが何を言いたいのかわからず首をひねっているとユーナが現れ説明する。
「フレアさん、ティアナクラン殿下は教官として例え生徒であっても毅然とした態度で接しなさいとそういっているのよ」
「そう、それです。ユーナはとてもいいことを言いましたよ」
助かったとばかりにティアナクランがユーナの言葉に乗っかった。それにはフレアもようやく理解する。
「そういうことですか。それならそうと言ってくれればいいのに」
それからもフレアは次々と慕われる生徒たちに声をかけられて対応に追われていった。そして王女から離れていく。
それを見ながらユーナは言った。
「殿下、フレアさんは前回の戦いで更にクラスの信頼を勝ち取ったようですよ」
「そうですか」
本来は喜ばしいことのはずなのにティアナクランの表情は優れない。
「時々フレアさんは男性のように頼もしい姿を見せるものね。それに戸惑う生徒も出てきているようよ」
冗談っぽく言ったのだがティアナクランはあからさまにうろたえる。それにはユーナがあれっ、と眉をひそめた。
「へ、へーー。ですがフローレアは女性ですよ」
その後のユーナのティアナクランを見つめる目はまるで全てを見透かすようでいて恐ろしさすらある。
「……そうですね。もしフレアさんの正体が実は男性かもしれないとなったらクラスの子たちが放ってはおかないでしょうね」
その言葉を受けての反応はユーナの予想をこえるのものだった。手が震え続く声も不安定なものだった。
「な、なぜですか?」
「……それだけクラスの子たちの好感度は高いということよ」
「っ!!」
それを聞くと慌ててティアナクランがフレアの元に向かっていった。そして、強引に用事があると腕を引っ張って王女の屋敷に連れて行ってしまう。
観察していたユーナは驚きとともにある疑念が芽生えるのだった。
「……まさか、でしょう」
「で、用事とは何でしょうか」
無理矢理連れてこられた王女の屋敷。執務室につくとティアナクランは思いついたように話を切り出す。
「フローレアにお願いがあったのです」
「まるで今思いついた言い方ですね」
「き、気のせいですよ」
それからフローレアに机の上にあった書類を渡した。受け取ったフレアは目を通す。その内容に気が乗らないと言いたげだ。
「新型魔導鎧開発の依頼ですか」
「ええ、以前から近衛より要請はあったのよ。王都の混乱に襲ってきた騎士がいたのだけどまるで歯が立たなかったことがあったので特にね」
「それは魔技研に頼んではどうでしょう」
ただでさえフレアは目をつけられている。それをしては完全に敵対関係となり得る。だからフレアはそう言ったのだが。
「頼んだのだけど魔技研は激怒してね。『鎧のせいではない。騎士の力量不足だ』と反論してきてね」
「ああ、目に浮かぶようですね」
プライドを傷つけられて意固地になってしまっただろうとフレアは予想する。魔技研とはどうしようもないほどに腐敗した組織なのだ。
「確かに地力の底上げも必要ですがそうもいっていられない事情が判明しました」
そう言って差し出してきたのは鎧の破片である。
「これは?」
「あなたの『切り札』。ルージュが撃退した騎士の鎧を砕いた破片よ」
フレアは邪道騎士が着ていた鎧の破片を見て観察するとすぐに気がついた。
「これはまさか」
「そう、恐らくブリアント王国の近衛鎧と同系統の作り。だけど敵側の方がはるかに性能が優れているわ」
魔導鎧は魔力回路に特徴が現れる。つまりどこで作られたのかはおおよそ推察できるのだ。
「これを魔技研には見せましたか」
「見せていないわ」
「賢明ですね」
襲ってきた騎士は帝国の者であることはわかっている。さらには最先端の近衛鎧の技術は魔技研で機密性が高い国外不出のもの。それが外部に漏れているのは問題しかない。
「私を頼ってきた理由がわかりますね。これは場合によっては非常にまずい状況ですよ」
「そうよ。もし考え得る最悪のケースだった場合、その破片の解析と立証だけでは足りませんわ。対策としてより強力な鎧を開発してもらわなければなりません」
正直フレアは気が乗らなかった。魔法少女が絡むとやる気も出るものだが主に男が使う鎧の開発など吐き気がする。
ましてや、自分の技術がどこともしれないイケメンの手に渡ったりするなど前世の悪夢を思い出してしまう。
すると不意にフレアは視界がぶれるのを感じ気がつくと倒れていた。
「フローレア!?」
心配する声が聞こえるもフレアはすうっと意識が途絶えて気を失ったのだ。
ティアナクランの顔色は一気に青ざめた。一瞬パニックになったがすぐに治癒魔法が使えることを思い出した。
「急いで容体を見ないと」
質量制御でフレアの体を魔法で浮かせると近くのソファーに横たわらせる。そしてすぐに診察のための魔法を宿した手をかざしフローレアを診察する。
「これは以前フローレアが引きこもったときと似た症状ですね」
以前はフレアの中の魂から記憶を断片的だが見てしまった。記憶の逆流はティアナクランにも少なからずダメージが返ってきた。突然に膨大な情報が頭に流れるのだから仕方のないことでもある。
「あれからわたくしも魔法は上達しています。いまならもっとうまくやれるはず」
(そうなればフローレアの正体もわかるかもしれません)
他人のプライバシーに関わるので迂闊には出来なかったが今回は救命活動の一環。そう心の中で言い訳をしてティアナクランは精神治療を始める。
「庇護の魂よ。その魂に安らぎと平穏があらんことを。《スピリチュアル・ヒーリング》」
今度は魂に語りかけるように深く魔法を落とし込んでいくとティアナクランはふと周囲の景色が変わっていることを認識する。
地面と思われた床は水面のようであり、それがどこまでも続いているような世界だ。空は透き通るよな青がひろがりまっさらな雲が所々に見えている。それが真っ黒な水面に反射してはっきりと映り込むとなんとも幻想的であった。
「ここは一体どこなのかしら」
水面張力が高くティアナクランが足をつけようとも沈む気配はない。歩く度に波紋だけが広がっていく。わけもわからず歩いていると突然声をかけられる。
「お姉ちゃん?」
気がつくと目の前には可憐な女の子が座り込んでいた。ティアナクランはそのよく知る姿に安どする。
「フローレア? 良かったここは一体何なのですか」
「ここは泡沫の世界。目を覚ませば忘れてしまうような幻の時間」
そして、ティアナクランを見ると彼女はこう言った。
「初めまして。お姉ちゃん」
「初めまして?」
意味がわからず戸惑っているとティアナクランは違和感に気がつく。目の前にいるのは確かにフレアのはずなのに纏っている雰囲気は別人のようであった。
まるで弱々しい深窓の令嬢のようであまりに儚い印象を受ける。
普段のフレアを知っているだけにその違和感は時間が経つにつれて大きくなっていく。
「あなたは本当にフローレアなのですか?」
「そうだよ。でも私はお姉ちゃんが知っているフローレアではないの」
「意味がわからないわ」
そもそもフレアはティアナと呼ぶ。お姉ちゃんなどとは呼ばない。
戸惑っているとまたも別の登場人物が現れた。といってもフレアに膝枕された状態で横たわり、目を閉じたまま起きる気配がない。
「ーーっ!!」
その少年を見るとまるで背筋に雷でも落ちたのかと錯覚するほどの刺激が駆け巡る。ティアナクランは知っている。以前見た謎の記憶の数々。そこに現れる男の人によく似ていた。
その子を見ているとティアナクランは鼓動が高鳴り顔が熱くなっていくのがわかる。
「この少年は誰ですか」
「お姉ちゃんが気になっていた人だよ。また発作を起こして消えかけているの」
「消えかけている?」
よく見るとその少年は色が薄くなったり戻ったりを繰り返している。まるで存在が消えかかっているかのように。
「お願いお姉ちゃん。お兄ちゃんに以前やってくれた魔法をかけて欲しいの」
「そうすればこの少年は助かるのですか?」
「うん」
そう言われるとティアナクランは迷いなく少年に光の治癒魔法を施していく。
その少年を見ているとティアナクランはそっと頬に手を添えて見つめた。
そして、目の前の少女に思っていた疑念をぶつける。
「この少年が、わたくしの知るフローレアなのですか?」
「そうでもあるし、違うともいえるかな。現実の私はお兄ちゃんでもあり、体は私でもある」
「……フローレアの魂の異常には気がついていました。魂が2つあることに」
「そうだよ。それはとても危険なこと」
1人の体に魂が2つ。それは異物側の魂がいつ消滅するかもしれない危険を伴う。
「この消えかけている少年があなたの体に宿っているのね」
「こうするしかなかったの。そうしないと世界は滅びるしかないから」
「世界が滅ぶ?」
物騒な言葉に驚くティアナクラン。フレアは訴える。
「『彼女』が私を、魔法少女を滅ぼそうとしている。お兄ちゃんはそのために……」
「彼女?」
少年に治療を終えたティアナクラン。フレアが疑問に答えずティアナクランの額に手を当てる。
「言ったようにここは泡沫の世界。起きれば全て忘れてしまうもの。それは私もお兄ちゃんだって例外じゃない」
フレアの手が魔力で輝きティアナクランの脳にとある魔法を落とし込んでいく。
「お姉ちゃんなら憶えていられるかもしれない。だからお願い。お兄ちゃんを助けてあげて」
すると突然世界は崩壊を始める。まもなく泡沫の世界は終わりを告げようとしていた。
「助けるにしてもどうすればいいのですか」
「竜人に、気をつけて……」
真っ白な光に世界は飲まれて消えていく。それでもティアナクランはもう一つ知りたいことがあった。
「最後に1つだけ。少年の名前は何というのですか」
「…………マコト……」
ティアナクランは確かに聞いた。その名は絶対に忘れない。そう強く願いながら意識は飲まれていった。
――――――
――――
――
意識が覚醒するとティアナクランはフレアにもたれかかるように倒れていた。ゆっくりと頭を起こすと先ほどの不思議な体験がよみがえってくる。
記憶が幾つか飛んでいるようだが大事なことはおぼえていた。
「竜人に気をつけろ。そして」
「――マコト」
その名をつぶやくとすぐにティアナクランの頬は熱を帯びて赤くなる。
胸に手を当てて自分の心に問いかける。
「わたくしが好きになったのは……やはり殿方でしたのね」
安心した表情でティアナクランはつぶやく。自分の気持ちの行き先がはっきりしたことで目指す道筋が見えた気がした。
生きた魂があるということはこの世界のどこかにマコトの体は安置されているはずだから。
そして、フレアの秘密を知っているのは自分だけなのだと思うと不思議と胸が躍る。
「まずは竜人をどうにかしないとね」
心当たりは外遊の要請を行っている竜人王女エクリス。
フレアの中のマコトを守るためティアナクランは動き出すことになる。




