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幕間 『動き出す共和国』

 まばゆい浄化の光がガランの都市中を照らした。その光は遠く離れた地でも観測することができた。

 ガランより離れた街道で人間の旅行者に化けた竜人がそれを確認する。

 その竜人は道中にある小さな宿場街に立ち寄り茶店の椅子に腰掛けた。

 ここは軍の兵も(ちゅう)(とん)し商人や旅行者などが都市間の長い行程に一休みする中継点。同じような格好の人間がいても珍しくない。


「強大な魔力による魔法現象を確認した。場所はやはりガランだ」

 

 背中合わせに腰掛けていた旅行者が他人のふりをしながら話す。


「そうか。あの都市は特に警戒が厳重だと聞いていた。有力候補の1つだった」

「我らであってもあの地での諜報活動は難しい。おそるべき諜報集団が存在し至るところで目を光らせている」

「分かっている。調査はガラン周辺でのみとせよ。奴らに捕縛された仲間は50を超える。これ以上の損失は無意味だ」


 竜人は人より優れている。それは諜報でも変わらない。にもかかわらず人間の諜報組織に歯が立たない。

 それが報告を受けた竜人には我慢できないことでもあった。

 わずかな心の揺れを感じ取った部下が諫める。


「北方領域はどこも『結界』が張り巡らせてある。妙な行動は慎むことを奨める。奴らは恐ろしいほどに基本に忠実で隙がない警邏をする。少しでも欲を出すと見破られる」


 現地に派遣した諜報員が上司である竜人に念を押して忠告した。


(それほどか。ブリアント王国は今にも滅びそうな弱小国と思っていたのだがな)


 上司の竜人はレジーナという。彼女はエクリス王女直属の部下である。遅遅として進まない調査に不満を募らせたエクリスの命令でレジーナが直接現地に赴いて指揮をとる羽目になった。

 彼女は共和国からここまでの道中幾つも都市や集落を見てきた。するとまず驚かされたのは西、北方に進む度に経済発展が著しいこと。とても今すぐ滅びるような悲壮感が感じられない。


(我々は隣接する南の領土しか調査していなかった。それは間違いだったな)


 南は貴族が肥え太り、下々の民の疲弊が著しい。街は鼻を押さえたくなるような異臭が漂い生活環境は(ひど)い有様だった。()()に痩せ細る人々を見てしまえば『ああこの国は長くないな』と判断しても仕方ないことだった。だが北方はまるで別の国にでも迷い込んだようだ。環境整備と治水が行き届き、食糧も充実して物価も安定している。


(報告では北方の食糧自給率が軽く見積もっても500パーセント。それだけでも我ら共和国にとっては有益な情報だな)


 聞いた当初は耳を疑ったが民の体を見れば隅々まで食糧が行き渡っていることがすぐに理解できる。肌の血色が良く飢えている者を見たことがない。

 大食らいの竜人種にとって食糧が潤沢な国は非常に魅力的だ。食糧不足は共和国で深刻になりつつある。レジーナは今までこのことに気づかなかったことが大いに悔やまれた。


(確か、北方の食糧流通のほぼ全てを取り仕切っているのがグローランス商会だったか。そして、我々を手こずらせているのもまたグローランス商会の諜報組織と聞く)


 捕らわれた部下を取り返す意味でもレジーナはある考えを巡らせる。


(エクリス様の目的とは別に是非とも商会の一族とは政略的な婚姻を結び関係を強化しておきところだな。まあ、それほど力があるなら私が直接という手もあるか)


 思考していると思わずおなかが鳴った。竜人とはいえ恥じらいはある。レジーナの顔は朱に染まる。

 日頃倹約しているがここでは豊富な食材と美味しそうな匂いが漂っていて我慢できそうにない。


(急いで報告に戻りたいところだが腹ごしらえが必要だな。うん、それと食糧の取引も私の権限で進めておこう。他の王位継承権を持つ王子らに先を越されないうちに動かないと。そう、けっして私欲のためではない)


 レジーナは食事が好きである。いや、大好きだ。食糧不足がなければ毎日おなかいっぱい美味しい料理を食べるのが夢だと言いたいほどに愛している。

 レジーナはその後、北方領域のさらなる調査と称してあちこちで食べ歩きを行ってから帰国する。大食いのレジーナは各地で悪目立ちし完全に『歩き商人』にマークされていた。しかし共和国の重鎮だと見抜いたルージュによって見逃されていた。

 ――部下の忠告は無駄に終わったのである。




 竜人たちは空に浮かぶ無数の大陸に住んでいる。

 そこは基本空を飛べる者しか生活することを許されず下の大地に住む者たちと明確な線引きが行われている。

 共和国では翼を持つ竜人が上に立ち翼を持たず飛べぬ者を『(よく)なし』と呼んでいた。そこには明確な身分差が存在する。

 竜人は選民思想が強く、地上に生きる人々を見下してきた。それゆえに地上の出来事にも関心が薄く、特にいつ消えるとも知れないブリアント王国の情報は古いままだった。


 ファーブル翼竜共和国の第一王女エクリス。彼女が居城を構えるのは共和国の中心となる浮遊大陸エデン。その政治の中枢に隣接するドラグナー区が彼女の領地となる。

 エクリスの城は頑強で見るものを威圧する要塞のごとき武装が目立つ。

 

 竜人は権力闘争が激しく内乱が続いていた。次期王位を狙って継承権第一位のエクリスに他の王族が戦闘を仕掛けることも珍しくない。

 そして、そのことごとくをたたき潰してきたのもエクリスだ。彼女は竜人の中でもまさしく最強格である。

 

 エクリスは居城の(えっ)(けん)の間にてふてくされていた。弾力のある雲のようなふわふわの玉座に座って足を組み報告に来たレジーナを威圧的な沈黙で出迎えた。


「…………」

「ただいま戻りましたエクリス様」

「……意外と早かったではないか、レジーナ」

「ありがとうございます」


 皮肉を言ったつもりだったのだがレジーナはしれっと気がつかないふりをして応じた。


「貴様、戻ってきたら随分と血色が良くなったぞ。肉好きが良くなった」

「地上で筋肉をつけすぎたのでしょうか。気をつけなくては。無駄な筋肉は空中戦闘には不要ですものね」

 

 エクリスによる皮肉第2弾もレジーナは巧みにいなす。だが暗に太ったと言われたことに気がついたレジーナは深い精神ダメージを受けた。続いて頬が引きつった。

 それでようやく(りゅう)(いん)が下がったエクリスは報告を促す。


「で、幹部の貴様をわざわざ向かわせたのだ。調査に進展があったとみていいのだな」


 竜の目が魔力を宿して異様な威圧を漂わせる。レジーナは頷いて報告書をエクリスに渡した。

 エクリスがそれを読んで眉をひそめる。


「お前が指揮をとりこの程度の情報なのか。ふざけているのか?」


 ここで激昂しなかったのはレジーナの態度があまりにも落ち着きすぎていたから。報告書には記していない隠し球があると読んだ。


「むしろ私が出向いても得られた情報がこの程度だったのがある意味重要な情報と言えます」

「どういう意味だ」


 レジーナは単刀直入に言った。


「相手の方が諜報戦ははるかに強かったということです」

「相手は翼なしどもだぞ。そんなことはあり得ない」

「事実です。我々は認めなければなりません。ブリアント王国は決して無視をしていい国ではありません。むしろ関係強化を急ぐ必要があります。他の王子が動く前に」


 エクリスはレジーナの能力を認めている。そして、冗談を言っているわけでもなさそうだと判断する。


「……貴様は彼の国で何を見てきた」

「我々竜人の胃袋を満たせるだけの食糧生産能力」

「な、何だと!?」

 

 それは竜人にとっては無視できない魅力的な情報だった。だがレジーナの報告は終わらない。


「彼の国の軍事力は急激に増強されつつあります。前線に投入されている魔法少女は5人という情報でしたがそれはもう違います。現在は20人です」

「バカな。4倍だと!!」

「魔装宝玉の量産を可能にした天才魔導技師が現れたとか。これからも年々加速度的に魔法少女は増えていくことでしょう」

 

 諜報部はいままで何をしているのだと思ったがそもそも諜報に予算と人員はそれほどかけるものではない。それが常識だ。そんな余裕があるのなら武器や兵の増員に予算を使うのが共和国の価値観だ。


「そして、我々が探していた人物はブリアント王国変貌の中心地にいるらしいこと。これを偶然で片付けるのは愚か者のすることでしょう」


 レジーナの報告を聞いてエクリスは思わず笑い出す。


「ふふ、ふはははははっ、探し人は今だ不明だがこれは面白い。ますます興味が湧いてきたぞ」


 勢いよく立ち上がるとエクリスはスタスタと歩き出す。それをレジーナが追う。


「エクリス様、なにを!?」

「もう待てぬわ。後はわらわが直接出向き見極めてくれよう」


 その表情は嬉々としており生き生きとしていた。レジーナはこんなに楽しげで嬉しそうなエクリスを見たのはいつぶりだろうかと夢想する。多分、なかったのではなかろうか。


「では――」

「うむ。出向くとしよう。ブリアント王国へ」


 ブリアント王国の王族にとっては非常に(はた)(めい)(わく)な災害が人の形をしてやってくることになった。



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