第29話 魔法少女特訓編 『王女の責務と魔法少女の甘さ』
「何だし、それ……」
呆然とシンリーはつぶやく。
目にしたことが信じられないといった様子だ。
「よこし魔が、人間に戻ってるし。こんなのあり得ないし」
ライルは生きて人間に戻り友達の元にかえることができた。
シンリーにとってはそれが衝撃だった。
リリアーヌが言った。
「思い合う心が奇跡を起こすことだってあるのよ」
人についてシンリーはよく知っている。醜くて自己中心的。平気で他人を蹴落とす。それが彼女が見てきた人間だ。
「友達なんて幻想よ。他人は利用するためにある。それを美化して友達とかあほらし」
人間を見下し決めつけるシンリーにパティが否定する。
「そんなことないよ」
「はっ?」
「そんな関係は友達じゃないよ。困ってたら助けたい。嬉しいことは一緒に共有したい。それが友達だよ」
「くだらない。そんな感情錯覚よ。いざとなったら裏切るのが他人だし」
それは酷く悲しいことだとパティは思った。同時に理解して欲しいとも願う。そうすればお互い幸せになれると信じているから。
「そんなのぜんぜんハッピィーになれないよ。他人を疑って利用するなんて苦しいだけだよ」
「うるさい偽善者が。魔法少女ってきれい事ばっかりじゃん。だからいらいらするのよ」
そこにレナが主張する。
「きれい事じゃないよ。ライルちゃんは魔物になってもちゃんと帰ってきてくれた。約束をまもろうって一生懸命頑張ってた。それなのに悪く言わないで!!」
強大な力を持つ無魔に反論するのは怖かった。それでもライルの想いを軽くみられたようでレナは耐えられなかった。
パティはレナが震えながらも訴えたことをいたわりながら叫ぶ。
「レナちゃんとライルちゃんにはあなたの言うような浅ましい想いはないよ。見返りもなく大切な誰かを思う。それが友達なんだから」
パティの脳裏にはジルとの約束が浮かぶ。それがレナと重なって見えるからなおさら信じたかった。パティの言葉に反応するように突然精霊たちは光り輝き活性化を見せる。
それが辺り一面に広がっていくと唐突にシンリーが苦悶の表情でうずくまる。
「ぎゃああああーーーー」
「え、何?」
パティたちは何もしていない。にもかかわらずシンリーの体は焼けるような異臭と煙が立ち上っていく。
「精霊の加護が強まったじゃん。――はあはあ、離れないと……」
慌ててシンリーは空を飛びその場を離脱していく。
「待ちなさい」
放っておくと今度は何をするか分からない。
そう思ったリリアーヌはすぐに後を追う。
「パティさん、ミュリさん、わたくしたちも後を追いますわよ」
「うん」
「わかった」
「お姉ちゃん、待って」
呼び止められた3人はレナから感謝の言葉を受け取る。
「ライルちゃんを助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「それとね」
レナは決意を込めてパティたちに約束する。
「私、将来お姉ちゃんたちのような魔法少女になる。それで今度は私が誰かを幸せにするの。大切な人たちを守るの」
それには3人とも恥ずかしいような、だけどとても嬉しそうな顔になる。
「待ってるよ」
ポオオオーーーー。
不意に耳に良く通る汽笛音が入ってくる。
その音を頼りに視線を巡らせると金属装甲を纏った車輌が軽快に走ってきた。
「あれってもしかして《移動魔工房》ですの?」
「後ろから来たってことは取り残された西側の人を救出して学園で保護できたんだね」
レナはといえば見たこともない金属製の乗り物に口をぽかんと開けて言葉を失っている。馬もないのに走る車などこの世界の人々の理解をこえている。明らかなオーバーテクノロジーを見ては仕方のない反応だ。
「レナちゃん、大丈夫だよ。あれは私たちの教官のつくった乗り物なんだ」
それにはレナが目を輝かせて言った。
「凄いの。魔法少女って強いだけじゃなくこんな最新鋭の装備も支給されるだね」
それは違うとアリアは首を振るが強く否定することもためらわれる。ますます魔法少女への憧れを抱いているであろうレナに遠慮したのだった。
アリアの心中を察したミュリが言った。
「ふふん、お姉様ならきっと数年でこの光景を国中当たり前に変えてしまいます。だから心配無用ですよ。アリアちゃん」
我がことのように胸を張るミュリにアリアはそれもそうかと納得してしまった自分が嫌になった。
(わたくし、大分フローレア教官に毒されてきましたわ)
運転席にいるフレアは移動魔工房を停車させるとしゅたっと地面に降り立った。
「皆さん、無事でしたか」
フレアの後にはルージュをはじめとする8人の魔法少女が続く。
パティたちはお互いの無事を確認し手を取り合って喜び合う。
魔法少女がずらりと並ぶ光景にレナが胸を躍らせ感激する。
「うわあ、魔法少女がいっぱいなの。みんな可愛いのーー」
それにはフレアが敏感に反応し駆け寄って座り込むレナの手を取った。
「はわああ、わかってくれますか。可愛いですよね。この愛らしい衣装こそ魔法少女ですよねーー」
「私も魔法少女になりたいの。だからうらやましい」
「ああ、感激です。どうですかみなさん。この子は逸材です。魔法少女にスカウトしましょう」
フレアの言葉にレナが信じられないといった様子であった。
アリアはフレアに思わず反論してしまう。
「いやいやいや、なぜ可愛い物好きなら逸材なのか意味が分かりませんわ」
「いえ、それも大事ですが――」
「それは関係ないと断言できますわよ」
むうとフレアは不満げだが次はもっともらしい説明に切り替える。
「なによりこの子は本当に才能がありますよ。周囲の精霊の加護が強すぎます。皆さんも見えませんか」
「えっ」
アリアたちは目をこらすとレナの周囲に上位属性である光精霊の輝きがあからさまに集まっていることに気がついた。
「この子、ティアナクラン殿下と同じ光属性を持ってますわよ」
アリアの言葉に魔法少女たちはざわめいた。希少にして無魔への特攻属性である光を有している。それだけで魔法使いとしての将来を約束されたようなものだ。
「というわけでこの子を魔法少女にスカウトしましょう。是非しましょう。ええ、是が非でもごり押ししてみせますとも」
「あ、あの……」
「ああ、心配いりませんよ。ご両親にもぜひ御挨拶しなくては。娘さんをくださいと頼み込まなくてはいけません」
「……教官、それは別の挨拶に聞こえますわ」
アリアの突っ込みなど無視して生活の補償や特別授業等手配を考えていると突然都市中に響き渡る重苦しい叫びが響き渡った。
『殺してくれえええ』
それはあまりにも悲しい叫びだ。
全員が振り返り声の発生源に視線を向ける。
そこにはあまりにも馬鹿げた大きさの魔物が立っていた。
遠く離れているのにかかわらず目視できるほどである。
「あれはよこし魔じゃない?」
「ということはあれも元人間ということですの」
パティとアリアの不穏な発言を聞き取りフレアは立ち上がる。
「どうやら、急いだ方が良さそうですね」
リリアーヌから逃れたシンリーは大きく後退していた。計算違いが立て続け起きたことで苛立ちは膨れ上がりブツブツとつぶやく。
「魔法少女の心に反応して精霊が活性化するなんて初めてみたじゃん」
まるでパティの汚れなきピュアな心に反応したかのようだ。
「あの魔法少女、パティっていったっけ。危険だわ。今のうちに潰しておかないと駄目じゃん」
眼下には騎士団の防衛ラインで攻めあぐねている無魔の群れ。それもシンリーの予想以上の速さで数を減らしているのが見える。
その中でも力を持つ死人級が存在する。それは元白狼騎士団長だった死人級。
「こんな都市、なくちゃちゃえばいい」
シンリーは持てる力を可能な限りつぎ込んで反魔力の巨大な球体を作り上げるとその死人級の頭上に放り投げた。
それはすぐにブラックホールのように周囲の無魔を、死人級を、逃げ遅れて建物に立てこもった人々すら吸い込んでいく。都市西側で全てを吸収し終わると黒く膨れ上がった邪悪な塊は人の形をとっていく。
『殺してくれえええ』
腹の底から吐き出すような野太い声が都市に響き渡る。
それは巨大な騎士の形をとり、体長は全長50メートルにも及ぶ巨大な巨体となる。体表は肌黒くやはり金属質ではない。
原理はよこし魔と同じものである。白狼騎士団長だった死人級を核に魔物へと変貌をとげていった。
だがライルの時と規模は全く異なる。多くの無魔と死人級と都市の人々を生け贄にその魔物の巨大さは都市を壊滅せんとばかりの異様を見せつける。それはわかりやすくシンリー怒りのほどを表している。
「あははははは、行け。よこし魔。こんな都市滅ぼしちゃえ」
遠く防衛ラインでも見える巨大な魔物。その姿にリリアーヌは驚いた。
「何ですか。あの魔物は?」
騎士たちも敵の大きさに圧倒され立ち尽くす。
天に向かって叫ぶよこし魔の迫力に騎士たちの戦意は吹き飛ばれそうになっていた。
「あの魔物に無魔ばかりでなく逃げ遅れた人々が飲み込まれていました。彼らはどうなったの?」
その疑問に空からシンリーが現れると答える。
「よこし魔。私のつくったしもべよ。人間たちはあの魔物を生み出すための生け贄になってもらったし」
上空に現れた上位の無魔の出現にティアナクランは警戒しつつ命令する。
「取り込んだ人を元に戻しなさい」
「嫌だし。そんな方法私知らないし」
(これだけ大きければ浄化もできないでしょ。バカみたいな魔力でもなければさっきの浄化の力も効かないじゃん)
あれほどの巨体をまるまる包み込んで浄化できる魔力などあり得ない。つまりこのよこし魔はもはや死角のない魔物になったのだ。
そう思うとシンリーは勝利を確信する。
「行け、よこし魔。人間どもをなぎ払え」
シンリーの命令を受けてよこし魔は口を大きく開けて反魔の破壊エネルギーを集中させていく。そして、大気を切り裂くように鋭い破壊砲撃が放射された。
「光よ」
とっさにティアナクランは杖を掲げて光の防御障壁を展開する。
都市の西側以降を大きく隔てる壁は空から降り立ち光のカーテンのように張り巡らされる。
その防御力は圧倒的で強大な破壊砲撃を完全に防ぎきる。
続いて巨大な障壁を張りながらもティアナクランはもう一方の手を振ると光の攻撃魔法を発動しようとするがその手が止まる。
(あの魔物には大勢の民が取り込まれています。殺すの? わたくしが?)
民を守るために目の前にいる民を殺せるのか。そう思うとティアナクランは迷いが生じた。民を愛するがゆえに手が下せないでいる。
巨大な光の魔法砲撃を感じ取ったシンリーはその際限なく膨れ上がる王女の力に内心焦りを隠しながらもほくそ笑む。
「ふふ、あはははは。そうよね。攻撃できないでしょ。お優しいことにね」
「卑劣な」
歯痒いがシンリーのいうとおりだった。
王族でありながら決断できない自分にも苛立ちが湧いてくる。
先にも西側に取り残された人々をどうするか、その決断を下せないままフレアを頼ってしまっていた。
しかし、今はそのフレアもいないのである。
(フローレアがいないとこんなに不安になるなんて)
どれだけ自分がフレアに甘えていたのか思い知らされる。
「あはは、そのまま決断せずに残された人間どもが殺される様を見ているといいじゃん」
よこし魔は砲撃を諦め無理矢理に障壁に体当たりを浴びせて破ろうとする。
「くっ……」
巨体による単純な質量攻撃は光の防御と相性が悪い。更に。
『グオオオオォォォーー』
よこし魔の苦しげな叫びが民の悲鳴のように思えてティアナクランの集中が乱れていく。
「ああ、わたくしは……」
光の障壁に触れる体はただれて傷ついていく。今このときにも取り込まれた民が死んでしまうかもしれない。そう思うと手が震える。
「ごめ、ごめんなさい。通すわけにはいかないの。わ、わたくしは……」
「いいぞ、よこし魔。もっと悲鳴を上げろ。苦しめ。そうすれば王女の魔法障壁もほころぶじゃん」
シンリーの言葉を受けてよこし魔からは悲痛な悲鳴が無数に聞こえる。
『やめてーー』
『くるしいーー』
『たすけてーー』
声が聞こえるためにティアナクランの表情は青ざめていく。悲痛な叫びに涙がこぼれ落ちそうになっていた。
周囲の魔法少女も心配し励ましの声が上がる。次元の違う戦いに手が出せないながらも王女を励まそうという心が伝わってくる。今はそれがなおさら辛くおもえる。決断できない自分のせいで窮地に立たせている周りに申し訳なかったのだ。
「わ、わたくしは姉上のように民を切り捨てるんてできないわ」
そのとき精神が乱れ障壁にほころびが生じる。
「しまったっ」
障壁の隙間をこじ開けられよこし魔は先ほどの破壊光線を口から放射した。
「や、やめてえええーーーー」
破壊光線は奥にある学園に向かって伸びていく。直撃すれば多くの民が犠牲になるだろう。そんな未来が頭をよぎりティアナクランは泣き叫んだ。
(フローレア!!)
思わず心の中でフレアに助けを求める。そう都合良くいつも助けてくれるはずがない。そう思うのに最後にすがったのはフレアだった。
「魔装砲、放てっ!!」
猛スピードで戦闘域に到着すると移動魔工房は地面を固定するアンカーを緊急で打ち込んで強制停車。車輌が耳障りな悲鳴を上げてギシギシと軋む。同時にフレアの魔力が十分に充填された車上の魔装砲はすぐさまよこし魔の破壊光線を向かい撃ち発射された。
2つの強大な砲撃は正面から激しくぶつかり合う。一瞬目を覆いたくなるようなエネルギー光がまき散らされる。だが出力は魔装砲が上回った。そのまま破壊光線を切り裂くように突き破りよこし魔に直撃する。大きな巨体は吹き飛び仰け反るように倒れていった。
「はあああっ? なによその兵器は?」
魔法砲撃ではない。魔導兵器による戦術レベルの砲撃。
前代未聞の事態にシンリーは移動魔工房を見る。そして、怒り心頭の様子で車輌に上るフレアを見た。
「またあいつか。いつもいつも邪魔をして。ぶっ殺してやるし」
「それはこちらの台詞よ」
シンリーはぞっとした。不意にシンリーの更に上空から急降下しているリリアーヌは全くの不意打ちだった。
リリアーヌの剣を至近距離から浴びせられ、シンリーはとっさに防御して何とか相殺する。
「くっ、あぶな――」
「いえ、まだだよ」
直後、突き刺さるような殺気に気がつき視線を向けると新型の魔装銃を構え発射態勢のフレアの姿が目に入る。
「やばっ」
「ティアナを泣かせたのはおまえかあっーー」
激高したフレアがそのまま引き金を引く。
回避しようとするもあまりの砲撃速度にシンリーは対応できなかった。
浄化弾頭を浴びつつシンリーは遠くに飛ばされてしまう。
一気に形勢がひっくり返った戦場には突然の静寂が訪れる。
フレアがぴょこっと移動魔工房を降り立つが着地に失敗して這いつくばる。
それでもティアナクランを心配して駆け寄ってくるフレア。
「大丈夫でしたか。あなたが泣くなんてどんな酷いことをされたのですか。安心してください。私が来たからには全てなぎ払って見せますよ」
身体強化も、魔法も使えない弱い体。それなのにティアナクランは誰よりも頼りにしてしまう小さな英雄。その顔を間近に見ると安心して思わず泣いてしまいそうだが奮い立たせる。
「フローレア、来てくれてありがとう。助かりました」
「よかった。ティアナが元気になって」
気力を取り戻した理由はフレアの存在なのだがあえて言わないでおく。それよりもティアナクランには優先すべきことがある。
「先ほどの巨大な魔物には多くの民が取り込まれています。情けない話ですが民を救う術を持っていません。いい知恵はありませんか」
体裁を取り繕っているものの幾分弱々しい王女の要請。今回もまた都合のいい無茶なお願いだという自覚はある。
それでもフレアを頼り期待してしまう。
そして、フレアから返ってくる表情は――――、やはり自信にあふれていた。
「任せてください。誰も見捨てる必要はありませんよ」
ティアナクランはそんなフレアの頼もしさに思わず右胸の法衣を握りしめ高鳴る心臓の音を抑えようとした。




