第2話 幼少編 『生涯の友達との出会い』
フローレア・グローランスは遺跡を調べ、魔法少女の魔装宝玉の開発製造を学んだ。量産化に向けて課題となるのが『精霊結晶』。魔装宝玉の核とも言える部分だ。
だがそれはフレアの規格外に過ぎる魔力が役にたった。
本来国最高の魔導技師たちが総力を挙げて5年かかる魔力の精霊結晶化をフレアは1日もあれば十二分な物を作り出す。これならば魔法少女の大量育成も夢ではない。フレアは歓喜したものだった。
しかし、フレアは大きな問題に突き当たっていた。
新たに発見した魔装宝玉5つが加わってもブリアント王国は5年すら持たないかもしれない。そう国内で悲観的にささやかれていた。
魔法少女の適正を持つ少女の育成には時間がかかる。即戦力が増えるわけではない。
前世の記憶を持つフレアはまず国力の底上げを行うことから始める。彼女が起こ
したその方法の幾つかを例に挙げる。
フローレアの祖父クラウディオ・グローランスは執務室で事務仕事をこなしていた。大事な報告書を羽根ペンで書き記している。何度もインクにペン先を浸している様は現代の人間にとっては実にたどたどしく見えることだろう。
彼は娘のフロレリア同様その武勇において英雄的な活躍をもって騎士爵位、つまりは男爵に値する貴族となっている。騎士爵位は一代限りのものだが彼の軍内の影響力は非常に高い。初老でありながら20代後半でも通じそうな整った顔立ちと鍛えあげらた肉体。そして、自分に何より厳しく模範的な軍人として周囲の尊敬を集める。そんなフレアの祖父は北方前線を支える名指揮官として采配をふるっていた。
ある日、フレアは祖父にプレゼントを持ち込んだ。
「じじさまのために作りました。これを使って欲しいのです」
彼女が差し出したものは鉛筆だった。
「む、フレアよ。これは一体何につかう?」
軍人らしい威圧的な口調が消えない声音のクラウディオ。鉛筆を知らない祖父にフレアは言った。
「それは魔法の鉛筆と言います。羽根ペンよりもずっと使いやすいのですよ」
「ほう、これがペンだというのか」
試しに紙に書き込んでいくと祖父は徐々にその有用性を見いだし、そして最後には驚愕した。
「どれだけ書いてもインク切れを起こさぬ。これはどうしたことだ」
「これは芯に黒鉛を使っています」
「なんだと? この地方で腐るほどに見かけるあの黒い石のことか」
「はい、砕いた黒鉛を錬金術で加工しました。後は芯に魔力付与の加工用木材で持ちやすい形に保護をかけただけなのです」
祖父クラウディオは孫娘の恐るべき才覚を見いだし肩が震え出す。
(すばらしい。我が孫はとんでもない神童ではないか。こやつは将来人類の未来を大きくかえるかもしれん。いや、既にこの鉛筆なるものは戦況を変えうるにたるものだ)
魔法の鉛筆は当然のごとく武器にはなり得ない。クラウディオが気づいたのはもっと別の活用法だった。
魔法の鉛筆は素早く事細やかに容易に書き記し指示を送ることが可能になる。これにより伝令の速度、正確性が飛躍的に向上し、それは戦況を変えうる。
「フレアよ。この魔法の鉛筆の製法を教えろ。急いで国王に上申し広めるべきものだ。褒めてやるぞ」
「うわあ、じじさまのお役にたてるのですね」
もともとフレアはおじいちゃんっ子だった。それゆえに前世の記憶があろうともこの祖父だけは男のカテゴリーから外れた特別な存在に入っている。
フレアは純粋に祖父の役に立てたこと、加えて魔法の鉛筆が流通することを喜ぶ。
後に何度もブリアント王国軍の部隊壊滅の危機より救うことになる。
これにより人類の延命――時間が稼げるだろうとのフレアのもくろみもまた成ったのである。
気をよくしたフレアは次々発明を前線基地の祖父に持ち込むことになる。それはどれも画期的なものであった。フレアは見返りに祖父の名義で新たなグローランス商会を立ち上げ人類に貢献し始めた。
例えば農具においては桑などの登場で作業効率が短縮され、新たな農地の開発や作物に着手できる余裕が生まれる。商会立ち上げの年は北方領土を中心に小麦の収穫は2倍にふくれあがるなど税収が増え、軍の兵糧も余裕が生まれた。
軍前線では速やかな陣地構築にスコップが活躍し柵や落とし穴、塹壕などの設置が劇的に効率化された。
更に翌年には肥料の開発と爆薬の開発を同時に進行する。食糧事情は他国がうらやむほどにあふれ、戦術においても有効な手段を軍に提供していったのである。
これら発明は表向きクラウディオの功績となっている。だが、軍内では多くの者が発明品を持ち込むフレアの姿を目撃していた。フレアは軍内部から《ブリアントの天使》と呼ばれるようになる。
そして時は真聖歴1093年。
この年はフレアにとって生涯を左右する大きな出会いがあった。
祖父の命を受けてとある地の視察に来ていた。
『フレアよ。とある難民たちの対応にあたってもらいたい』
『私が、――ですか?』
まだ8歳でしかないフレアに頼むのは異例というほかない。何よりこれは正式な軍からの依頼なのだ。
『お前は既に大局を見極め判断する『目』をもっているようだ。何より状況によっては商会の力(資金)と速さを要求する事態かもしれん。優秀なお前に任せてみたい』
北条真の記憶と経験を持つフレアはそれだけで事情をおおよそ察した。恐らくその難民はただの難民ではないのだと。
『お任せください。じじさまに褒めてもらえるよう頑張ります』
周りには他の騎士たちもいる。じじさまと聞いた彼らの中には思わず吹き出す者もいた。
鬼のクラウディオと呼ばれる歴戦の英雄も孫には甘いものだという意味で弛緩する空気。それに気がついたクラウディオは慌てて体裁を気にした。
『フレアよ。一応これは軍の正式な依頼だ。じじさまはやめよ』
その言にフレアは少々意地悪な態度で応じる。
『承知しました。ブリアント王国軍北方司令官どの。速やかに任務にあたります』
一変してフレアは堂に入った態度で応じて見せた。唐突に他人行儀になった寂しさと突然の孫の豹変に複雑な表情を隠しきれないクラウディオ。鬼の司令官が表情をわずかに崩したのを見た配下の騎士たちは再び相好を崩すのだった。
出立前の回想から意識を現実に戻すとちょうど難民たちの行列が馬車より見え始める。
最初に驚いたのはまずその人の数だ。
「すごいですね。まるで波のよう」
踏み固めた平地に整備された幅8メートルの街道が恐ろしく窮屈に思える。人がひしめき合い、その上地平線にまで続くやもと思える長蛇の列だ。
「およそ10万人の難民が入国したようでございます」
向かいには商会創設時フレアの補佐として祖父が手配した執事フレディがいる。車内の向かいの席から彼は黙々と告げた。
「10万!? それはそれは……」
(初めてのじじさまの依頼、にもかかわらずいきなり重い案件ですね。これは少々予想の上をいかれたのですよ)
同時に祖父はこれに対処できると期待しただから応えないわけにはいかない。フレアは内心奮起する。フレアはかっこよくて厳格な祖父が大好きなのである。
「まずは列の最前列へ。恐らくそこに難民の責任者がいるはずです」
執事は御者に指示を出すと一層速度あげて大地を駆ける。その間フレアは難民たちの身なりを観察した。
(ブリアント王国の服装や民族の特徴が見られない)
そもそもこの国で金髪はいれど銀髪はみない。それはいまだ辛うじて国交が続く二つの隣国国にもいえることであった。
「銀髪の民。なるほど、確かにただの難民ではありませんね」
御意、とフレディもかしこまって同意する。
大任を任せられたもののどうもフレアは息が詰まる様子であった。それというのもフレディは男。特にイケメン嫌いであった北条真の意識を強く受け継いだフレアは補佐役が美少女だったら良かったのにと内心悔やむ。
(魔法少女をそばにとはいいません。せめて美女の秘書が欲しかったのです)
心の内で悔し涙を流しているとふとフレアは外から目に入った景色に目を奪われた。見えてきた難民たちの先頭で先導する凜々しい少女がいたのだ。
「綺麗なひと……」
まるで魂を奪われたかのようにぼう然と立ち尽くす。そして、はっとした。フレアの目に魔装宝玉の輝きが見えたのである。
……見えてしまったのである。
「はわあああああああああっ、まさかまさか、ま、さ、か。あれは魔法少女ですか!?」
突然に舞い込んだ心のオアシス。うつりこむ美少女の容貌に我を忘れてフレアは車内の窓に張り付いた。
向かいの執事がみせる呆れと驚きに満ちた様子など意に介さずフレアは喜ぶ。
「ほおわああああーー、遺跡で新たな魔装宝玉の装いを見たからでしょうか……、殊の外彼女の法衣はクラシックな姫騎士を思わせる甲冑なのです。――ですがそれがいい」
母の魔法少女姿はどこか未来的な感性の衣装を連想させるが今、目に見える魔法少女はこの世界の時代に沿った法衣を身に纏い、古き良き様式美の防具に身を包む。
現在は地平線を見据え、青い魔力の輝きを帯びた魔法剣を杖代わりに威風堂々待機している。
「ほむほむ、見れば私より少し年上でしょうか。先陣で難民たちを守らんとする姿勢。すばらしいものです。ああ、是非是非お近づきになりたい。力になってあげたい。いえ、なってみせます!」
既に助けることが前提になってしまっているフレアの発言に執事はくじけそうな気持ちを抑える。どうにかいさめようとするが当のフレアは全く耳に入っていない。
フレディは思った。クラウディオ様は人選を間違ったかもしれないと。賢明な執事は本人の前で口にすることをはばかった。
難民たちを率いている魔法少女の名はリリアーヌ・ピアスコートという。わけあって下の名前は母親の元の性を名乗っている。
国を失ってからというものリリアーヌのあとに続く名は捨てた。
少女は付き従う多くの難民を守るため気丈であらねばならなかった。本来率いるべき母は長期にわたる難民生活と心労で伏せってしまっている。日に日に悪くなる容体を思えば急ぎ安住の地を見いださなければならない。
「母上、もう少しだからね。もう少しでブリアント王国北方グローランス領だから」
リリアーヌは最後の希望を託していまここに流れ着いていた。彼女たちは4年ほど前に無魔に分断され連絡が取れなくなっていたビッテンブルグ騎士国の民。
半年前、味方の裏切りと新種の無魔を前に人類の切り札たる魔法少女は次々敗北した。ついにはビッテンブルグ騎士国は滅亡の憂き目を見ることになったのである。
しんがりを努めて散った王にリリアーヌは民を託された。そのあとはただ逃げることしかできなかった。魔法少女の数はただでさえ足りない。その上に戦闘力で匹敵し、狡猾さでははるかに上をいく新種の無魔相手では逃げるしか道はない。
「国を追われて半年、無魔の支配域を強引に抜けてここに来るまでに一体どれだけの民が犠牲になったことか……」
思い出そうとすると泣いてしまいそうだった。だからリリアーヌは唇をかみしめ耐えた。
「最初に助けを求めた中央のファーブル翼竜共和国は難民を受け入れる余裕がない、翼がないならなおさらだと言われ拒否された。
残りは南方の神聖オラクル帝国と北のブリアント王国。南方の帝国は難民を奴隷にするでしょう。となれば希望はここにしか……」
人類滅亡の危機にあってどの国も余裕がない。10万人もの民がいきなり来られても迷惑としかみられないだろう。それはリリアーヌもよく分かっていた。
「ほんの少しだけ希望があるとすればブリアントの北方は近年農作物の豊作が続き食糧にも余裕があるのでは、と元文官たちの進言だった。だけど希望は限りなく薄いわ。どこに国が滅びるかもしれない戦争中これだけの民を受け入れてくれる場所があるというの」
リリアーヌは思わずつぶやいてしまった。下手に期待してしまっては裏切られたときのショックで今度こそ気が狂いそうだから。
リリアーヌは魔法少女だがまだ10歳の少女だ。今まで立派に民を率いてきた。それだけでも奇跡といえた。
(お願い、神様。民を助けて)
彼女は心の中でずっと泣き続けていた。
そんな彼女にフレアが荒れ狂う猛獣のごとき勢いで合流しようとしていたのだった。
「みんな止まって!」
リリアーヌは難民の移動を止める指示を後方に叫ぶ。
前方に猛然とした勢いで現れ急停車した馬車が見えたからである。
(あの馬車、貴賓用の絢爛な造り。察するにこの地方の領主かその代理かしら)
リリアーヌは軽く身なりを整えてから自らも馬車を降りると前に出る。
(確実に難民受け入れは断られるわ。ならばせめて医者と食糧だけでも交渉してみせる)
悲壮な決意を胸に相手の動きを待っていると突然乱暴に扉が開け放たれて小さな少女が大地に降り立った。
「はあっ?」
あまりにも若く、いや若すぎた交渉相手の登場にリリアーヌは思わず褒められたものはない奇声を漏らす。
続いて降りてきたのが初老を過ぎた執事服の男性だ。それ以外の人物が降りてくる気配がない。
(どういうこと? 貴族の娘が興味本位で声をかけてきた?)
とてもではないがこの地の代表とは思えない年齢の少女に困惑しているとフレアは嬉々とした表情で歩いてくる。
そして、目の前に立つとたおやかに挨拶する。
「初めまして。私はフローレア・グローランスと申します。グローランス領領主兼北方軍司令官よりあなた方の対応にあたらせていただきます。あなたがたの所属と目的をお聞かせ願いますか」
リリアーヌはでかかった素っ頓狂な声を飲み込むことに成功する。信じられないことに目の前の少女が難民の対処に当たる責任者らしいと。
(私は馬鹿にされている?)
「あの、失礼ですがあなたは魔法少女なのでしょうか」
だとするのならば納得もいくとリリアーヌは考えた。魔法少女であれば高い権限を持たされても不思議ではない。たとえリリアーヌより明らかに年下に見えてもだ。
「いいえ、あいにくと私は魔力とそれを扱う受容体にかい離がありすぎて魔法が扱えません。魔法少女などとてもとても……」
リリアーヌはますますもって困惑した。それを見てフレアはアルカイックな表情で応じる。
「まあ、確かに私はまだ8歳の子供に過ぎません。ですが領主の祖父からの信頼も厚く商会も経営しております。いろいろとお役に立てると思いますが」
「商会? ……あなたがですか」
何の冗談だろうかとリリアーヌは自らの正気を疑う。わずか8歳で商会すら保有しているという。信じろということが難しい。衆目がなければ今すぐにでも天を仰ぎたい気分だった。
「そろそろあなた方がどこよりいらして何を目的としているのかお聞きしてもよろしいですか」
ここにいたり、ようやくリリアーヌは自身の不作法に思い至る。
「失礼いたしました。私はリリアーヌ・ピアスコート。私たちはこのブリアント王国より西方――無魔の支配領域を抜けた先のビッテンブルグ騎士国から参りました。半年前、我が国は無魔の侵攻に耐えきれず滅亡しました。私は残った民を引き連れて未だ抵抗しているであろう東の国を頼ってここにきたのです」
そう言ってリリアーヌは国家の象徴たるエンブレムを見せる。フレアは執事に確認を促す視線を向けると彼はうなずき保証する。
「なるほど無魔の領域を抜けるとは信じ難い無理をなさいましたね」
「はい、最初は25万人いた民も10万人ほどに減じています。私の力不足です」
痛恨の極みだとリリアーヌはぎりりっ、と強く拳を握った。
「いえいえ、むしろ褒められるべきことです。それほどの民を引き連れて10万人も守りぬいたのですから。私の知る歴史の英雄みたいです。立派ですよ」
そういってからフレアは殊の外優しい視線をむける。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」
不意に張り詰めた心を決壊させるフレアの言葉にリリアーヌは泣き崩れそうになった。しかし、踏みとどまる。問題は何一つ解決していないのだから。
「それではあなたたちの目的は10万の難民の受け入れを希望するということでよろしいですか? ――であれば全く問題ありません。早速手配いたしましょう」
「――はい、ですが難民受け入れが難しいであろうことは重々承知しております。つきましては食糧と医者のては、い、を…………はっ? いま何と言いましたか?」
「いえ、ですから難民受け入れの手配をすると」
それを聞いていた執事は予想していたのか深い溜息とともにリリアーヌに同情の視線を向けた。リリアーヌは信じられない様子でまず耳を疑った。
「ええっ?」
リリアーヌはフレアに詰め寄った。もはや対外的な言葉使いなどに気を回す余裕などない。爆弾発言で作法など吹き飛んだ。
「あなた正気? これだけの難民を受け入れるなんて人類の存亡が危ぶまれる中で自殺行為でしょ。何を考えているの?」
「い、いえ。私は自殺行為などとは考えておりません。食糧の備蓄はたかが10万人が増えた程度でビクともいたしませんし……」
「たかが10万人!?」
リリアーヌはフレアから執事にも視線を向けて問いただす。
「あなたたちの国はどうなっているの。兵糧なんて戦時であれば急激に食いつぶされるのが常よ。10万人でびくともしない備蓄ってありえないでしょ」
「まあ、申し上げにくいのですが事実でございます。目の前にいるここな小さな巨人様がそれを可能にしたのでございます」
それから再びフレアに視線を戻して尋ねる。
「あなた一体何者なの?」
「グローランス領領主にして北方軍司令官の孫娘、加えて北方の経済を掌握するグローランス商会。その影の支配者といったところでしょうか」
リリアーヌはここにいたってようやく第一印象の全面修正を余儀なくした。目の前の人物は見た目にだまされてはいけない。きっと天使、いや、悪魔の申し子に違いない、と。
「当然ただとはいいません。生活の保障をする代わりに労働力の提供と人材派遣もしていただきます。恐らく宮仕えの文官も難民にいるのでしょう」
「ええ、確かに……」
「いやあ、助かるのです。現在急激に農地を開拓するのはいいのですが人手不足が深刻でして、商会も立ち上げて日が浅く優秀な人材は幾らあっても足りません。本当にこの話は渡りに船でした」
無邪気な子供の声なのに内容は恐ろしく政治色濃厚な黒い内容だった。そこでフレアは肉食獣がごとき目でリリアーヌを見た。
「何より魔法少女が手に入るなんて今日は何という幸運」
「はっ?」
「あ、あの良ければ私とお友達になってくれませんか。更にいうのならば専属の護衛になってくれませんか。いいえ、もういっそのことうちの子にっ!」
「ちょ、何なのよこの子。急に怖いわ」
そこでようやく執事から待ったがかかる。興奮するフレアを強引に引き離した。
「失礼いたしました。リリアーヌ様」
「い、いえ」
もはや何が現実なのかすら分からない。怪奇な目の前の人物との出会いに飲まれていたリリアーヌだが、一拍おいて確認する。
「正直信じがたいというのが私の気持ち。あまりにも話がうますぎて疑ってしまいそうだよ」
フレアはもっともだとうなずく。一変してまじめな顔に切り替わるとまるで王女に騎士が忠誠を示すがごとくひざまずき手を取る。
「私は魔法少女の味方でございます。あなたが悲しむなら全力でその原因を排除します。あなたが困っているのなら全力で手を貸しましょう。あなたが危機に瀕するというのなら命に代えても守ります」
「どうしてあなたはそこまで……」
「魔法少女の母はかつて言いました。困っている人がいるのなら助ける。それが当たり前でしょうと。人類のために命をかけるのが魔法少女だというのなら魔法少女のために命をかけるバカがいてもいいと思いませんか?」
「……君、やっぱり変だね」
ついにはリリアーヌはあきれ、しかしまるで友達に対するかのように親しみこもった口調で返した。
「はい、私は魔法少女のためだけの騎士なのですよ」
フレアは手を打つ。すると後方で隊商のごとく引き連れてきた馬車群より大勢の人が降りてくる。彼らの多くは白衣とマスクを装着し、医療道具を抱えて難民たちの方に向かっていく。
「あの、彼らは何?」
「取りあえず病人がいないか、感染症の危険がないか検診し治療させてください」
「まさか、彼らは皆医者なの?」
「はい、すぐに治療が必要な方はおっしゃってくださいね。優先的に医者を回します」
そこまでされてはリリアーヌの我慢も限界だった。ぽろぽろと涙があふれて止まらない。今までの苦労の分、安堵するともはや止める術を持たない。
「お願い、みんなを助けて。お母様を助けて」
「はい、お任せください」
しっかりと頼もしい返事が返ってくるとリリアーヌはフレアに泣きついた。2つ年下の女の子にリリアーヌは他人の目など気にしていられないほどに強く抱きしめる。
「ありがとうね、うぅ、ありが、とう……」
後方にて見守っていた難民たちも次々に涙しそれは波及していった。
10万の難民を受け入れたフレアのうわさは風に乗ってどこまでも広がった。それは次々に人材を呼び込む。フレアに恩を感じる彼らは絶対の忠誠心を持った配下として仕えることになる。
その一つ、《渡り商人》と呼ばれる諜報組織はのちにフレアを大いに助けることになるのだった。