第27話 魔法少女特訓編 『パティの悲しみと迷い』
パティは防衛ラインで突然立ち尽くした。戦闘中にも関わらず、ぼーーと突っ立っている様子に誰かが叫ぶ。だがそれすらも他人事のように耳を素通りする。
脳裏に浮かぶのはジルとの唐突な別れ。
初めて見た死人級に竦んでしまったことへの後悔と自責がぐるぐると、ぐるぐると繰り返し回り続ける。
『大丈夫、私は死なないよ。ちょっと時間かかるかもだけど、それでもきっとパティちゃんの元に戻るから、だから悲しまないで』
『や、約束だよ』
『……約束……した、から』
パティはジルと確かに触れた小指を見て泣きそうになってしまう。悲しみが胸を押しつぶしてくるようで息が苦しくなる。
「危ないっ!!」
そんなパティをずっと気にかけていたアリアが叫ぶ。
襲いかかる犬型の兵卒級からパティを助けるために飛び込んで抱きしめそのまま横飛びに転がる。
「無礼者」
倒れた体勢から襲いかかる無魔に反撃する。アリアは短い杖の先から魔力で形成された刀身を伸ばして細剣を形作る。それを兵卒級に向け刀身部分を射出する。飛ぶ魔法剣。これはフレアが合宿で送った新装備の固有魔法であり、刀身を模した属性魔法を連射して放つことができる。
アリアはフォローに寄っていたカズハを把握している。
「カズハさん、しばらくガードをお願いいたしますわ」
「心得た」
アリアの意図を察しカズハは周囲の敵を近づけさせないように周囲を立ち回る。
それを確認したアリアはパティの両肩を掴んで起き上がらせるといきなり頬を平手で打った。
「しっかりなさい!!」
ばしーーんっと思わずカズハがびくつくような大きな音だった。
その痛みでようやくパティは頬を抑えアリアを認識する。
「アリア……私」
「何をぼーっとしていらっしゃるの」
「だって、ジルちゃんが」
「そのジルさんは戻ってくると言っていたではありませんの。いつまで落ち込んでいらっしゃるの?」
「でも、よく考えたら私を悲しませないための嘘だったんじゃないかって、そう思うと私……」
それは思慮深い者なら誰もが考えたことだ。しかし、アリアは悲観していない。
「可能性がないとは確かにいえませんわね」
「だったら……」
「それでもわたくしは戻ってくると信じてますの」
「どうして」
「だってジルさんは友達ですもの。きっと嘘はつかないってわたくしは信じますわ。あなたはそう思いませんの?」
アリアの言葉にパティはそうかもしれないと思う。そう思いたい。
しかし、否定することもできなかった。
「……そうだね。ジルちゃんを信じなきゃだね」
パティは無理にでも笑って元気よく立ち上がる。だがやはりパティからはいつものはつらつとした印象が欠如しているように思えてしまう。
「ごめん、アリア。もう大丈夫だから」
「……そう」
明らかに虚勢だと分かったがパティはそのまま持ち場に戻っていく。
アリアはカズハに目配せした。パティを見守るようにと。
カズハは頷き返しいつでもパティをカバーできる位置に動いた。
「やれやれ、世話が焼けますわ」
深く息を吐くアリア。見ていたティアナクランが傍にやってくる。
「アリア、忠告があります」
「ティアナクラン殿下!?」
「人は言葉だけでは心に響かないこともあります。今のもそういうことなのでしょう。正論だから心に響くのではありません。心の叫びが人を動かすのです。パティのことは注意してみてあげなさい」
「はい、かしこまりましたわ」
それだけを告げてティアナクランクランは後方に下がる。
ティアナクランは最強の魔法少女だが同時に王位継承権を持つ王女である。
そうそう前に出ていいものではない。それでも前に出てきたのにはそれだけの意味があるとアリアは理解する。
きっと、パティの心の問題は全く解決していないのだろうと。
「やはり、学生に実戦は早かったのかも知れません」
後方に戻ったティアナクランはリリアーヌにそうこぼす。
「そりゃあ、大半の子は11歳だからね。でも年上のアリアさんやカズハさんたちがよく目を配ってくれてると思う」
「そうですね。今は戦力が足りません。彼女らをあてにしなければ民を守れないのは歯がゆいですわ」
それでも王女は若い魔法少女たちを戦力として期待するしかない。なぜなら1人1人が無魔の撃破率で魔導騎士をはるかに圧倒する。
特にパティの撃破率は凄まじいものがある。拳を構えるとパティの近、中距離にいる複数の無魔が全てなぎ払われていく。
「《ガンマギカナックル》」
今もパティが叫ぶと20の兵卒級が撃ち抜かれて消滅した。
拳に溜めた魔力弾を目にもとまらぬ速さで振り抜き、無魔に飛ばして当てる攻撃スタイル。
その原理は魔法によって擬似的な風の拳を作りだし、弾丸のように弾き飛ばして相手にぶつけるのである。
パティの場合、連射速度に加えて複数同時発動、さらには広角範囲が恐ろしい。一斉に襲いかかっても一息ですべて撃ち抜くのである。
「あの戦い方は凶悪ね。あの子は将来もっと化けるわよ」
「パティさんはフレアっちが自らスカウトして入学前から鍛えた逸材だからね」
「ではあの戦い方はフローレアが考えたのですか?」
「そうだけどあれってやろうと思って簡単にできるものじゃないよ」
「視野の広さとずば抜けた身体能力、同時に複数並列処理する思考と魔法制御。天性のセンスが必要ということね」
「フレアっちの新理論で速射性と魔力燃費が上がったからますます死角がなくなりつつあるよ」
王都戦では魔力切れを起こしていたが今はその心配もなく戦えている。今やクラスでも指折りの実力者だ。
「実力はある。けれどネックはやはり心ね」
「パティさんは特にジルちゃんと仲良しだったから……」
そこでティアナクランとリリアーヌは同時に後ろを振り返る。背後から突然湧いたような悪意がひしひしと伝わってくるのを2人は感じる。
「リリアーヌ、今のを感じ取りましたか?」
「はい、ものすごい勢いで悪意が拡散しているみたい」
遅れて伝令の兵が慌てた様子で走ってくる。
「伝令、ここより後方で死人級とそれを統率しているとおぼしき人型の無魔、さらに巨大な魔物が現れました」
ティアナクランは報告の微妙な言い回しが気になった。
「……魔物ですか。無魔ではないのですか?」
「はっ、無魔特有の特徴はなく、されど体長5メートルを超える異形であります」
無魔特有の特徴といえばまさしく金属質な体が挙げられる。それが見られない異形とはどういうことなのか、王女は判断がつかない。
一方リリアーヌはフレアがこのことを予見していたのではないかと思い至る。そのために自分は残されたのだと。
「王女様、アタシが行って対処するよ」
「いいのですか?」
「ここで未知の敵に対して対処できそうなのは王女様か騎士団長かアタシぐらいでしょ。だったら動けるのはアタシしかいないよね」
騎士団は当然ここから動かせない。王女のティアナクランは言うに及ばずだ。
「なるほど。フローレアはきっとこうなることを読んだ上であなたを待機させたのかもしれませんね」
「アタシもそう思う」
リリアーヌはルージュと比べると劣っている印象が目立ってしまっている。だがその強さは王国の現役魔法少女をはるかに凌駕する。1人で一軍に匹敵する実力を秘めていた。そのことを知るティアナクランはリリアーヌを1人で向かわせてるつもりでいた。
そこにパティが話を聞きつけてやってくる。
「待って。私も行かせて」
それには聞いた2人が難色をあらわにし見合わせる。
「死人級を放った無魔がいるんでしょ。だったら放っておけないよ」
決意のこもったまなざしがティアナクランに向けられた。それをうけて王女は確認する。
「それは精霊のジルの仇だからですか?」
そうであれば行かせられない。そう考えたティアナクランに返ってきたパティの答えは――――。
「それがないって言ったら嘘になる。でも何より大切なのは死人級の犠牲者をこれ以上出さないためだよ。私なら乱戦でも死人級を正確に撃ち抜ける。誰よりも素早く死人級を撃破できるから」
パティは自分の拳を突き出しもう1つ付け加える。
「それに私は決着をつけないと前に進めない。だからお願いします。私に行かせてください」
深く頭を下げたままでいるパティ。
パティの願い出に迷いを見せるティアナクラン。そこにアリアもやってきて頭を下げた。
「わたくしからもお願い致しますわ。この子は不器用だから、きっかけが必要ですの。殿下の危惧も分かりますがわたくしが傍で支えますからどうかご許可を」
2人の熱意に根負けしたティアナクランは渋々了承した。
「分かりましたわ。リリアーヌ。そういうことですが頼めますか」
「まかせて。だったら後衛にミュリさんも連れていくわ。彼女の魔導具は強力だから切り札になる」
ミュリの杖は魔装宝玉1つを贅沢に使用した規格外品。その性能は国宝にしてもいいほどだ。
それにミュリは重力の特殊属性に適性がある。斥力を用いた独特の防御魔法は無魔との分断にも効果が期待できる。
「ちょうど小隊単位ですね。いいでしょう。それではお願いします」
王女の許可が下りたことでリリアーヌを隊長とした小隊が編制された。
それを知ったカズハがアリアに確認をする。
「アリア。お主とユーナ、サリィもいないとなると誰が残ったクラスをまとめる」
「それはカズハさんにお願いしますわ」
「拙者が? 貴族ではないのだぞ」
他にも貴族の生徒はいる。彼女らを差し置いて移民出身のカズハを指名するのは常識的にはあり得ないことだった。
「わたくしたちは魔法少女。身分で不満を言う生徒はこのクラスにいませんわよ。実力、能力と人望あらゆる面を見てあなたがまとめるに相応しい。わたくしが保証致しますわ」
それには何人かの生徒が振り返り賛同の声を上げている。中には貴族の生徒も混じっている。それを受けてカズハは頷いた。
「分かった。謹んで承る。武運を」
「ええ、そちらも」
その様子を見届けたリリアーヌがアリアに声をかける。
「アリアさん、もういいかな。そろそろいくよ」
「はい、リリアーヌ教官補佐。すぐに参りますわ」
駆け寄ってきたアリアにパティはたどたどしい様子で話しかける。
「アリアちゃん、さっきはその、ありがとう」
「かまいませんわ。問題児の面倒も見るのもわたくしの勤めですものね」
「ああーー、せっかくお礼言ったのにそんな言い方ないよね」
「事実ですわ。いままでどれだけわたくしがあなたの巻き添えで怒られたことか。それはもう数えきれませんわよ」
積もり積もった私怨からこめかみに青筋を立ててアリアはパティの両頬を引っ張った。
「ひゃわあ、ひたいほーー」
涙目になっているパティをみてリリアーヌは苦笑しながらフォローに入った。
「2人ともなんだかんだで仲いいよね。親友みたい」
「え。ほんと。それはいいなあ。ウキウキ大歓迎だよ」
期待のこもったパティのまなざしをアリアはそんなわけありませんわ、と振り払う。
「いいえ、ライバルですわ」
「ええっ、そんなーー。しょぼーーんだよお」
がっくりと肩を落とすパティにアリアはプイッと顔を背ける。リリアーヌにはその顔が恥ずかしさを隠しているようでなおさら苦笑するしかない。
(アリアさんならパティさんをちゃんとみていてくれそうね。だったらアタシは無魔の統率者を叩かなきゃ)
そして、リリアーヌは一呼吸を置いてから気持ちを切り替える。
「皆正体不明の敵が相手だよ。気を引き締めて」
「「「はい」」」
「じゃあ、いくよ」
リリアーヌは先頭をきって走り出し、3人も後に続いて走り出した。
リリアーヌたちが動く少し前のこと。
シンリーの本体はルージュとの空中戦の前に入れ替わり、騎士団の目を盗んで防衛ラインをかいくぐった先にいた。
5指の爪には怪しく光る赤黒い紋様、それが1つ消えてしまっている。それは魂のかけらを分けた分身が消滅したことを意味する。
「私の分身が死んだし。これってフィニッシュアタックでやられたってことじゃん」
シンリーは自身の魂のかけらを用いた分身が撃破されたことに歯ぎしりする。
「完全浄化されたら純粋種でも復活できないし。やってくれるじゃん」
胸の奥からあふれて止まりそうにない激情は避難を始めるガランの住民たちに向けられることになる。
シンリーが引き連れた死人級は主の命令を待って静かに佇んでいる。
「いきなさい、人間どもを襲い恐怖を振りまけ」
命令を受けて解き放たれた猛獣のごとく死人級は人々に猛然と襲いかかる。
襲い来る死人級に気がついた人々の悲鳴が伝搬しパニックが広がる。我先にと逃げる人々をシンリーは嘲笑し眺めた。
「クスクスクス、言い様だわ。あなたたちの負の感情がグラハム様復活の糧となるのよ」
シンリーの手には黒く濁ったオーブが乗せられる。それは人々から漏れ出る負の感情エネルギーを貪欲にかき集めてため込んでいく。
「でももっとスパイスが必要じゃん」
獲物を探しシンリーは空から人間たちを俯瞰する。
「いい生け贄みっけ」
シンリーは口元を醜悪にゆがめて降り立っていった。
ガランの住民は騎士団が抑えているはずの無魔が襲ってきたことで負けたのだと邪推し統制のとれた避難ができていない。
そのせいで袋小路に追い込まれた人々もいる。
「もう駄目だーー」
大の大人が情けない声を上げる中、9歳ほどの勇敢な男の子がいた。
男の子には同い年の友達の女の子がいる。女の子は恐怖に震え男の子にしがみつく。手から伝わる震えに男の子が奮い立ち女の子に言う。
「俺が囮になる。お前はその隙に逃げろ」
「ライルちゃんはどうなるの」
女の子は友達がいなくなってしまうことに恐れを抱き更にしがみつく手に力がこもる。
「俺も無魔を引きつけたらうまく逃げるよ」
「駄目だよ。危ないよ」
「約束だ。絶対生きて戻る」
ライルは分かっていた。きっと囮になったらそのまま殺されるだろうことを。それでも約束をしたことで理性とは違う思いを強くする。絶対に戻って来るんだと。
ライルはそのまま女の子を振り切って死人級を引きつける。
「おい、お前ら、こっちだ」
わざと大声で叫び近くにあった鍋と蓋を拾って打ち鳴らし注意を引く。
それに気がついた死人級は大挙して追いかけてくる。ライルは一瞬女の子を見たあと全力で逃げて行った。
「ライルちゃん!!」
後を追おうとした女の子を女性が引き留める。
「行っては駄目よ。行っても殺されるだけ」
「でも……」
「この先はもう無魔だらけよ。今のうちに逃げないとあの子の行動が無駄になるわ」
ライルが去った先は既に無魔で通路が埋め尽くされ見えなくなっている。女性の言うことは最もだった。
女性はライルの意図を汲んで女の子だけでもと強引に手を引いて避難させていく。
「ライルちゃん、ごめんね。ごめんね」
泣いて足取りが重い女の子に女性は尋ねる。
「あなた名前は?」
女性に尋ねられ女の子は答える。
「レナ」
「そう、レナちゃんね。あなたはあの男の子のことを信じられる?」
「信じるってどういう意味?」
「多分あの子は本気で戻ってくるつもりで言ったのよ」
「でも、無理だよ」
「ええ、ずっとは逃げきれないかもしれない。私たちが行ってもどうにもならないけれど私たちには希望がある」
女性の言葉にレナは憧れのヒロインたちのことを思い浮かべる。煌びやかな法衣に身を包み強力な魔法を操って無魔を打ち倒す正義の味方。
「魔法少女!!」
「そうよ。魔法少女に助けを求めるのよ」
レナは一縷の希望をつかみ取るため今度は必死に走り出す。友達を助けるために、魔法少女を呼びに行くために。
「ライルちゃん。魔法少女を絶対に呼んでくるから無事でいて」
友達のため、息をきらしつつも無我夢中で走った。




