第26話 魔法少女特訓編 『魔装砲で撃ち抜け』
空では反魔妖騎シンリーと魔法少女ルージュが空中戦を続けていた。
繰り返される魔法砲撃と反魔砲撃の応酬。光の線条が無数に浮かんでは消えていく。
ふと、ルージュは空中で停止し背中から生える光の翼を器用に動かしシンリーの砲撃をなぎ払う。翼自体が強力な魔力障壁の塊である。
翼は剣にも盾代わりにも使えるので空中格闘戦ではシンリーの分が悪い。それでも……。
(おかしいわ)
今、ルージュはあえて空中戦で速度を落とし相手を誘った。それは絶好の隙であったはずなのに仕掛けてこないのである。
(間違いない。これは……)
ルージュはこの時点で確信し、フレアの指示を破棄することを決めた。
「静寂にして懐深き宙の世界よ。わたくしの呼びかけに応じ支配せよ、深遠の闇」
両手を広げるルージュを中心に周辺の空間が宇宙のごとき幻想的な闇に飲み込まれていく。深い闇の奥には星々がきらめき、取り込まれたシンリーは焦りの声を上げる。
「そんな、これは、まさか精霊境界じゃん!?」
一時的に大精霊の助力を得てその属性の魔法威力を10倍に高める空間。
そして今広がるのは闇の大精霊の支配する世界。
シンリーはこの現象が魔法少女のフィニッシュアタックを意味していることに気がつく。
「フィニッシュアタックで決めさせてもらうわ」
「ふざけんなし、学生でフィニッシュアタック使える魔法少女がいるなんて聞いてないし」
「下手な芝居はやめなさい」
ルージュの指摘にシンリーの動きが止まった。
「どういう意味?」
「あなたは本体じゃないわ。もっと早く気がつくべきだったわね。空中戦に入ってからあなたはわたくしと接近戦を避けている。砲撃も決して受けずによけることに徹して距離をとった。さすがに気がつくわよ」
ちっ、とシンリーは舌打ちしてルージュをにらみつける。
「強いうえに頭が回るか。こんな厄介な魔法少女がいるなんてグラハム様からも聞いていなかったわ」
「影武者か、それとも分身か……フィニッシュアタックでまずは目の前のフェイクを確実に潰させてもらうわ」
こうして話している間にもフィニッシュアタックは既に迫っている。最初はただの背景にしか思っていなかったそれは、気がつく頃には巨大な何かが恐ろしい速度で降ってくる。だがもう遅い。
「フィニッシュアタック《メテオダイレクト》」
光に近い速度で流れる隕石がシンリーに衝突しあっけなく砕け散っていく。
星屑のごとく消えていったシンリーをルージュはお辞儀して見送った。
「御機嫌よう。本体もいずれ始末してあげるわ」
手を横に振ると闇の精霊境界は姿を消し世界はあるべき姿を思い出していった。
一方、地上では男と男の肉弾戦が繰り広げられていた。
拳と拳が行き交い、目を覆いたくなるような鈍く重い打撃音とともに汗が飛び散っていく。
圧倒的な体格差が有りながらマルクスはガリュードと真っ向から戦っている。
マルクスが拳を受けると大きく吹き飛ぶが堪えきった後に拳の連打でガリュードを押し返していく。
劣勢とはいえマルクスがここまで粘るとは誰も予想していなかった。
「頑張れーー、マルクスさま」
「がんばってーー、おにいちゃー」
「まけるなあっーー」
マルクスの奮闘に車内にいる子供たちの応援が熱い。
おっさんたちも身を乗り出して右だ、ボディだ、などと指示を出す。
異様な熱気の中、戦闘を終えて地上に降り立ったルージュは開口一番状況を表現する。
「何、この暑苦しい戦いは?」
生理的に受け付けそうにない戦いを心底倦厭しながらフレアの傍に寄った。
「フレアさん、報告があるわ」
「ルージュさん、たおしちゃったのですか?」
「ええ、あれは本体ではなかったわ。本物は別の場所にいる」
フレアははっとして思案するとティアナクランたちのいる方角に視線を向ける。
「やはり、リリーを置いてきて正解だったかもしれません」
「ええ、あちらでは既に異変が起きているかもね」
頷いたフレアは下に降りて住民たちの避難状況を確認する。
「ユーナさん、皆さんの収容状況はどうでしょうか」
「まもなく完了するわよ」
数千人いた人々も残り200人ほどが乗車を待って並ぶばかり。フレアはそろそろ引き上げるタイミングだろうと方法を模索する。
「ルージュさん、マルクスに加勢してもらえませんか?」
それにはルージュが世界の終わりかのようにショックを受けてよろめいた。
「ああ、いくらフレアさんのお願いでもそれだけは遠慮したいわ」
「……だめですか」
悲しそうなフレアの様子にルージュは身を裂かれるような思いであったが言葉を絞り出す。
「ごめんなさい。あのような美しくない戦いに混じるなどわたくしの品格が問われます。でも、フレアさんのお願いを断るなんて……ああ、どうしたら」
崩れうなだれるルージュは心の底から落ち込んだ。ルージュにとってはあの戦いに混ざるなど汚物にまみれることよりも耐えがたいことだった。
「ああ、すいません、そこまで嫌がるとは思いませんでした」
逆に申し訳なく思ったフレアは諦め、視線をレイに向ける。
甘いマスクとその物腰から混乱する人々の誘導に貢献していたレイだがその役目も終わりつつある。
ガリュードを分析したところフレアの見立てではガリュードに半端な魔法が通じないとみている。魔法が通じにくいガリュードの能力は魔法少女と相性が悪い。
(あの無魔の防御を抜ける魔法少女は恐らく圧倒的な魔法火力を持つルージュさんやティアナ、近接戦特化のリリーぐらいの実力者でなければ厳しいでしょうね)
他となれば身体能力特化の魔導騎士しか対抗できないだろう。そう考えたフレアは非情に気が進まないがレイを頼ることに決めた。
「レイ、頼みがあります」
人々の雑踏で騒がしい中でもレイはフレアの声を聞き分けてやってくる。
「はい、どうしましたか。何でも言ってください。あなたのためなら何でもしますよ」
そう言われるとフレアは警戒心が湧いてくる。なぜこの男は自分に気があるフリをするのか理解出来ない。裏があるのでは、と勘ぐってしまう。
それでも疑念を抑えてお願いする。
「まもなく撤退戦に入ります。あの巨大な無魔を見ていて2つ弱点を見つけたので協力してください」
「もちろんです。フローレアさまから声をかけていた戴いたのは初めてのように思います。張り切って頑張らせていただきます」
やはり、嬉しそうに語るレイ。真意が読めずフレアは戸惑う。
それを眺めていたルージュはレイが本気でフレアを想っていてその理由も職務上知っている。だがそれをフレアに教えるのは彼女にとって面白くない。
「見事にすれ違っているわね」
作戦を授けるフレアをルージュは黙って見ていた。
「おらああああ」
「むう」
渾身の拳がガリュードを押し返し2人は距離をとる。
「敵ながら見事な筋肉だぜ」
「貴様も人間のくせにしなやかなで瞬発力のある筋肉をもっているな。筋肉による可動域の制約も感じさせない」
そう言って両腕の力こぶを見せつけるガリュードにマルクスは叫ぶ。その輝くような肉体にマルクスは嫉妬にも似た怒りを抱く。
「ふざけんな。ずりーぞ。無魔だからワセリンなしでその光沢。筋肉が引きたってやがる。余裕ぶりやがって」
「がははは」
「あの2人、張り合う方向性がずれてきてますね」
車上に戻ってきたフレアは何をやっているんだと思いつつも指示を叫ぶ。
「マルクス、まもなく民の収容が終わります。引き上げますよ」
「おう、ようやくか」
それにはつまり追撃を振り切るためにガリュードをある程度引き剥がす必要があった。
当然それはマルクスも理解している。
「だったら切り札を使うか」
そう言ったマルクスは突然鎧と服を脱ぎ上半身裸になる。
突然のマルクスの奇行にルージュは額を抑える。
「……なぜ脱ぐ必要があるのかしら」
フレアはふと前世でも筋肉自慢がよく上半身の服を脱ぎたがったことを思い出す。
そんな中でマルクスは詠唱を始める。
「『刮目してみよ。この磨き上げられた肉体を』」
両腕を誇張し膨れ上がる上腕と大胸筋。婦人たちからは嫌悪の混じった悲鳴が、子供たちからは黄色い歓声があがった。
「『日夜欠かさず鍛えあげた筋肉美』」
次は背筋を見せつけるようにポージング。
「『それははち切れんばかりに隆起する男の勲章』」
次第に魔力が体から吹き上がり筋肉も膨れ上がっていく。
それを見ていたルージュは思いっきり『美しくないわ』とドン引きしている。
「『おおおおおおっ、《筋肉無双》』」
パワーアップしたマルクスはガリュードに肉薄すると単純なストレートパンチを放つ。恐ろしく強化された魔力パンチにたまらずガリュードは後方に吹き飛ばされていく。
「ぬうっ!?」
その様子に車内から見ていた幼い子供たちは大はしゃぎ。筋肉すげえーーなどと興奮する子供が続出している。
「あははは、マルクス最高です」
フレアも一緒になって喜んでいるのをルージュは信じられないといいたげだ。
(フレアさん、もしかして精神年齢が幼女と一緒なのかしら)
後方から聞こえてくる歓声にマルクスは振り返りはしないが気分がいい。都合のいいことにこれらを美女たちの応援と勘違いしていた。
(ふっふっふ、これで俺はヒーローだ。きっと年上の美女からモテモテに違いない)
だが後ろで見ている婦人たちの表情が凍り付いていることをマルクスは知らない。
ガリュードはマルクスの強力な拳を受けてもまだ立ち上がる。というよりも拳の形に歪む胸部がすぐに元に戻っていく。
ガリュードの回復力もまた厄介な能力の1つだ。
「くははは、いいな。本当に楽しいぞ。ならワシも少々力を見せてやろう」
ガリュードは体に力を溜め始める。筋肉が異常なほどに膨れ上がりまた一回り大きくなった。
もはや、筋肉の化け物であり周囲から悲鳴が漏れ聞こえる。
暑苦しい二人の化学反応にルージュは悪夢だわ、とめまいを起こしていた。
「さあ、第二形態のワシとどこまでやれるかな」
ガリュードは拳をその場で振り抜くと拳圧が離れたマルクスに襲いかかる。
「ぐああああ」
腕を前で交差させて防御するマルクスはあまりの威力に体ごと吹き飛ばされた。
「凄いですね。あれは単純に拳が発生させる風圧でマルクスを攻撃したみたいですよ」
「ええ、とんでもない筋肉馬鹿ね。常軌を逸しているわ」
「ルージュさん、辛辣ですね」
「美しくないもの」
心の底から嫌そうにルージュは言葉を吐き捨てた。
とはいえ、ガリュードの強さは計り知れない。フレアは住民の収容も終わったことを確認し潮時だろうと決断した。
「ルージュさん、撤退信号魔法を」
「了解したわ」
ルージュの手から白色光の魔法球が3つ空に打ち上がる。そして花火のごとく光が花開き咲き乱れていく。そしてゆっくりと余韻を残して散っていった。
それを受けてミレイユは叫ぶ。
「撤収するよ、警備兵から順に車に乗り込みな。殿は騎士団がつとめる」
味方の兵たちは移動魔工房の砲撃と騎士団の援護を受けて素早く乗り込んでいく。
その動きを察知してガリュードは前に出る。
「逃がすと思っているのか」
それを遮りマルクスが行かせまいと足を掴んだ。
「おっさん、もう少し付き合えよ」
「ふん、その程度でとめられるものか」
力尽くで進もうとするガリュードにマルクスはにやりと笑みを浮かべる。
「いいや、終わりだ」
「――なに!?」
改めて視野を広げると車上で大きな槍を構えているレイの姿を見つけだす。
その槍はフレアが格納庫から引っ張り出してきた試作兵器である。槍には四つの小さな推進器がついており火と風が噴射口から吹き出し始める。
「いきますよ、マルクス」
レイは雷の魔力付与で身体能力を飛躍させ投擲の姿勢をとると槍の推進器が一気にうなりを上げて炎をふきだした。
「いけえええ」
レイが投げた槍は高速で撃ち出されてガリュードに向かって飛翔する。
手を離れた瞬間、推進器の猛烈な爆発の反動で槍は一気に加速されていく。
「面白い」
ガリュードはまたもあえてその槍を体に受け止めた。
「ぬううううううーーーー」
槍の勢いに大きく地面を引きずられ後ずさっていく。
「やはり受けましたね。あの無魔はどうも相手の技を正面から受け止める癖がある。よほど自分の耐久力に自信があるようですがそれにつけ込ませてもらいます」
フレアは手にもったリモコンのボタンをポチッと押した。
すると槍は自爆し耳をつんざくような大爆発を引き起こす。あまりの威力に近い距離にいたマルクスが余波を受けて転がってくる。
「フレアさん、えげつない攻撃をするのね」
槍に自爆機能をつけていることといい、フレアの容赦ないやり方にルージュは皮肉をこぼす。
爆発によって砂煙が舞い上がりさらには槍に仕込んだ煙幕によって視界は遮られている。ガリュードはさすがに傷を負っているがそれでも致命傷にはほど遠い。
ゆっくりと立ち上がると視界ゼロの目の前を腕の一振りで晴らしていく。
「この程度の目くらましでワシをまけるとおもうたか」
風圧によって徐々に晴れていく景色。
しかし、ガリュードが《移動魔工房》を目にしたとき、戦慄が走る。
「――――いいえ、思っていません。ですがこれならどうですか」
車上で不敵に立っているフレアの隣。そこには砲身を回頭しガリュードに狙いをを定めた巨大な魔装砲の姿があった。移動魔工房の上に取り付けられた巨大な兵器がついに動き出す。
「……まさか、飾りではなかったのか」
あまりにも馬鹿げた巨大な砲。既に発射準備は完了し、フレアの命令を待っていた。
「《魔装砲》、放てーーーー!!」
圧倒的なエネルギーの渦がガリュードを飲み込んでいく。
荒れ狂うような魔法砲撃が地面をえぐりながら突き進む。周囲は目がくらむような閃光が広がり、高速で撃ち出された実弾がガリュードを捉える。
魔法はほぼ無力化するガリュードだが、高速で撃ち出され、既に物理現象に変わってしまっているエネルギーは相殺できない。
凄まじい衝撃がガリュードを襲う。圧倒的な物理エネルギーによってはじきとばすようにして城壁を突き破りガランの外に吹き飛ばす。
「はああああーーーー?」
一部始終を見たシャルが泡を食ってフレアに詰め寄った。
「フローレアさん、あれなんなのよ。やばすぎでしょ」
魔装砲を指差しながらシャルは混乱の極みにあった。魔導具に戦術級の威力をもたせるなどこの魔法の世界では考えられないことだったのだ。
せめて魔法少女による魔法だったらこれほど混乱しなかったのかも知れない。
「魔装砲です。凄いでしょ」
「…………(あ然)」
誇らしげに語るフレアに周囲の魔法少女たちは呆れ気味だ。シャルは絶句しして言葉を失っている。
そこでサリィののんきな声が響く。
「でも、フレアちゃんだしね~~」
魔法少女たちはそれもそうかと諦めつつも無理に納得することにした。
だが男性陣はそうもいかない。耐性のないマルクスとレイはどうしようもないほどのフレアの破天荒さに戸惑うばかりだ。
「マルクス、私は驚きで表情が固まってしまいました。彼女たちはなぜ落ち着いていられるのでしょうか?」
「さあな。こんなに力があるなら王族や貴族でもっと警戒されるんじゃねえか」
「父に聞いたことがあります。フローレアさまは魔法少女バカだから絶対に裏切らないだろうと。国王陛下もその認識のようです」
「ああ、そういうことか。それは不思議と納得できるぜ」
「フローレアさまが敵ではなくて本当によかった」
「……全くだな」
二人は深い溜め息の後、ようやく戦闘が一段落したことでハイタッチを交わした。
フレアは遠く吹き飛ばれてしまったガリュードに動きがないのを確信する。その後は運転席に着き全車両に向けて魔導式のマイクよりスピーカーを通して連絡する。
『《移動魔工房》発進します。近くの手すりに掴まり、始動時の揺れに注意してください』
ようやく安全な場所にいける。そのことを悟った人々は声をあげて喜んだ。
だがその頃、ティアナクランたちの方でも異変が起こっていたのである。




