第24話 魔法少女特訓編 『救出作戦開始』
ふとフレアは違和感をもった。
それは敵が用いる戦術に2つの異なる傾向があるということだ。
照準器に映る無魔は純粋に力押しで突破してきた。
それは死人級を用いる戦術の狡猾さと感じる悪意とは全く質が違うものだ。
(ほむ。ガランを攻め入っている統率者は複数いるのかもしれませんね)
専用の魔導具でなければ固定魔法すら撃てないフレアは代わりに思慮深さと観察力、悪意の察知を武器とする。
前世から引き継いだ知識と腐った人間を見続けた結果、悪意に対しては殊の外過敏に感じ取る。
フレアはまだ会ったこともないシンリーの存在に戦術の質の違いから感づいた。
「ティアナ、移動魔工房が来たら戦力を分けます」
「そうね。西門を破ったあの無魔から感じる力は異常です。恐らくあれが指揮官なのでしょう。あれに最大戦力をぶつければ……」
ティアナクランの中では敵の指揮官を潰し早期決着を考えているようだがフレアは否定する。
「いえ、戦力はあえて温存します。救出部隊は私とルージュ、それと生徒の魔法少女を7人連れて行きます。それと、赤虎騎士団からも少数部隊を回してください」
「アタシは?」
フレアの護衛であるリリアーヌは名前が挙がらないことに不満げだ。
「リリーはティアナの護衛としてここに残します」
「王女様を護衛? どういうこと」
「何事もなければいいのですが念のためです」
誰もが不可解に思える中でルージュはフレアの意図を理解しリリアーヌにいう。
「フレアさんもわたくしと同様無駄なことはしないわ。黙って待機しなさい。恐らくあなたが必要になるときがくるわ」
それにはリリアーヌは面白くない様子だ。
言い方も気に障るがルージュはフレアの考えをすぐに理解する。自分は分からないままなのがなぜか悔しい。
(アタシの方がずっとフレアっちのそばにいたのにルージュは何でもわかるんだ)
それは嫉妬というのだがリリアーヌは自覚がない。
ティアナクランはフレアの意見を信用し頷いた。
「分かりました。では騎士団からも人員を回しましょう」
ティアナクランの指示で騎士と魔法使いが選抜される中、フレアは持ち場に戻ろうとするマルクスを見つける。
「さて、じゃあ、俺は戻るぞ」
「待ってください」
「あっ、まだあるのか」
「ええ、あなたも救出部隊に入ってください」
「はあ、めんどくせえ。それに人使いが荒くねえか?」
「住民を救う救出部隊。颯爽と危機に現れたマルクスに年上の美女が一目惚れ、――――なんてことがあるかもしれませんよ」
「よおおーーし、民を救うのは騎士の誉れ。やってやろうじゃねえか」
実に扱いやすいですね。
フレアの内心を読んだルージュがつぶやく。
「フレアさんもなかなかに小悪魔ね」
一連のやりとりを見ていたレイも慌てて立候補する。
「すいません。私も志願してよろしいですか」
「あ!?」
フレアのイケメンはいらねえよ、そんなひとにらみにレイは負けず見つめ返す。その決意は固く、意地でもついていく。そんな気迫に満ちていた。
「……なんでそんなについて来たがるのでしょうか。そんなに私に取り入って魔法少女を口説きたいのですか?」
フレアのせりふにG組の生徒たちから、『えっ!?』と驚きの声があがる。
「んっ?」
フレアはその驚きの意味に気がつかず首をかしげて不思議がる。
一方で生徒たちはヒソヒソと内緒話に入る。
「ちょっとあれ、フローレア教官は本気でおっしゃていますの?」
アリアはユーナに信じられないと言いたげに確認をとる。
「本気みたいね。そもそもレイ様が何者なのかまだ気がついていないみたいよ」
「信じられませんわ。あれほどレイ様から好意を向けられてなぜ気がつきませんの?」
「フレアさんは自分が他人の恋愛対象になり得ないと信じているのよ。小さい体のことコンプレックスになっていて自分の容姿に自信がないのね」
可愛いのになあ、などとフレアの評価が生徒たちから口々にあがる。
「それに男子もフレアさんに声をかけることがまずないもの」
「フローレア教官は普段が普段ですものね」
男を毛嫌いし、イケメンは相手が何か言う前に威嚇してしまう。
それでは声をかけらずに終わるのも仕方ないと言える。
それでも声をかけ続けているレイにユーナを始めとする生徒たちの評価は上がっていく。
「あれだけ冷たくされても一途に想うなんてレイ様は本当にフレアさんが好きなのね」
「理解出来ませんわ。なぜ想い続けられるのかしら」
それにはユーナが得意げに語る。
「私は理由を知ってるわよ。同じ北方貴族同士話す機会があったから。それを聞いて私も恋に落ちるのも悪くないかなって思うようになったわ」
「きゃあああ」
あの学術好奇心優先のユーナに憧れを持たせる逸話。それには多くの生徒が甲高い声をあげて集まり出す。
恋のお話は乙女の活力剤である。こんな有事でも恋バナができる生徒たちは一度実戦を経てたくましくなったのか。
――それとも乙女の好奇心が何にも勝るのかは定かではない。
だがさすがにティアナクランが厳しく注意する。
「みなさん、今は戦闘中ですよ。そういう話は終わってからにしなさい」
「はい、申し訳ありませんでした」
アリアが慌てて頭を下げ、集まった生徒たちも後に続き謝罪した。
「やれやれ、魔法少女といえどまだ学生ってことかい」
そこに20人の騎士と5人の魔法使いを連れた赤虎騎士団の副団長が現れる。
真っ赤なポニーテールの髪とつり上がった目元が勇ましく武人らしい鋭い視線を放っている。女性でありながら赤と黒の勇ましい虎があしらわれた鎧に負けない風格を持ち、どこか侮るような口調でもある。
魔法少女を侮辱されたようでフレアは内心穏やかではない。
「ティアナ、彼女は?」
「彼女は赤虎騎士団副団長ミレイユよ。彼女が救出部隊を指揮するわ」
フレアは社交辞令として気持ちとは裏腹に丁寧に挨拶する。
「初めまして、フローレア・グローランスと申します。お世話になります」
ミレイユはフレアの容姿に目を細めて王女に確かめる。
「殿下、彼女はまだ幼女に見えるのだけどなぜここに」
幼女と言われてますますフレアの不機嫌は増していき笑顔は表面上のものと化していく。ティアナクランはフレアを擁護するためしっかりとミレイユに念を押す。
「フローレアは救出部隊の要です。そして、詳しくは明かせませんが我が国の最重要人物です。敬意を払いなさい。そして万一の際は最優先で護りなさい。これは命令です」
「グローランス家の人間、しかし最重要人物?」
ミレイユは北方指令クラウディオとの関係には気がついた。だがそれがなぜ最重要人物に当たるのか分からず胡散臭そうにフレアを見ていた。
ティアナクランはミレイユに指示する。
「そろそろ救出のための秘密兵器が来ます。騎士団は突破口を開いてください」
「殿下、何をするのか知りませんが死人級って奴は打たれ強い。簡単にはいきませんよ」
がさつさを思わせる口調でミレイユは目の前で戦っている騎士たちを指差す。
丘との高低差を利用して攻撃しているが遠距離魔法は反魔の防御で防がれ、攻撃がほとんど通らない。接近戦に持ち込んで一度や二度痛打を与えても何事もなかったかのように向かってくるのだ。
その異様さは防衛の騎士たちを恐れおののかせる。
「一時的でかまいません。後は秘密兵器の力で突破できるでしょうからお願いします」
「まあ、いいでしょう」
気が乗らないという態度を隠そうとせずミレイユは前に立ち防衛ラインを死守する騎士団に指示を出す。
「おまえらっ、砲撃戦用意。魔法使いは高威力魔法の準備。騎士は魔法使いを守れ。残存魔力は気にせずぶっ放せ!!」
「高威力魔法、それって詠唱をするのではありませんの?」
アリアのまるでしてはいけないような物言いにミレイユは叫ぶ。
「何だ、学生。詠唱呪文もまだ習ってないのか」
「いえ、そういうわけでは……」
ミレイユは訝しむ。よく見るとここにいる魔法少女たち全てが詠唱する魔法使いたちに深い同情や哀れみ、悲しみすら見て取れるのだ。
ティアナクランすら複雑な思いで見守っている。それにはミレイユが困惑する。
「何なんだい、一体?」
その間にも騎士団の魔法使いたちは詠唱を始める。
「『我はこの世に正義の剣を振り下ろす執行者。蒼天の大空をかける風の王者よ。我が内なる刃を解き放ち浅ましい亡者に救いの断罪を与えん』」
ある魔法使いの詠唱は風の上級魔法を引き起こす。大仰な詠唱の甲斐あって無数の鋭いかまいたちを発生させた。それは死人級の硬質の体も断ち切っていく。
さらには魔法少女のたちのポーカーフェイスすら断ち切っていく。
ついでに赤虎騎士団『暗黒の歴史』が書き足されていく。それは誰にも止めることが出来ない。
悲劇は更に上書きされていく。
「『我は邪悪なる存在を激しく憎む苛烈なる魔法使いなり。我が内に宿る熱は大地を溶かし悪を焼き尽くす。我が情熱の炎よ。清浄なる火をもって我が怨敵をなぎ払え』」
また、ある魔法使いは火の上位魔法を詠唱し、圧倒的な熱量で死人級を襲いその体を溶かし尽くす。
ついでに聞いていた魔法少女たちの忍耐すら溶かしていく。
魔法少女たちはそのたびに深刻な精神ダメージを負った。
「私たちいままであんな恥ずかしい詠唱を当たり前のように……」
などと過去の自分を振り返っては頭を抱えている。
中には恥ずかしさに泣き出す者までいる。その光景は知らない者からすれば異様にみえることだろう。
「哀れですね」
フレアは真実を知ったとき赤虎騎士団が正気でいられるのだろうかと未来を憂いた。
「本当になんなんだいこれは」
なぜか味方の魔法少女の士気が魔法詠唱の度に落ちていくのでミレイユは苛立ちを募らせる。しかし突然大きな汽笛が鳴り響きそんな思いなど吹き飛んでしまう。
「はあああああああーーーーぅ!?」
そこには見たこともない金属製の多連結された馬車がひとりでに現れたのだ。というよりもはや馬車の名残など見あたらない。
ミレイユは何と形容していいのかすら浮かばない。
移動魔工房は凶悪な武装と分厚い装甲を纏い、静かにその巨体を人々の前にさらした。騎士たちはもちろんマルクスすら驚きに振り向いた。
逃げ惑う民すら恐怖も一時忘れて立ち止まり見入ってしまう。
「おおおい、フローレア、ありゃあなんだよ」
「何って《移動魔工房》と言います。まあ馬を必要としない戦闘用馬車だと思ってください」
「馬が必要ないってそりゃ馬車って言わねえだろ」
「ではそうですね。魔導自動車とでも呼びましょうか」
フレアはミレイユの前に立ち要請する。
「あれを私の魔力で動かします。護衛と指揮をお願いしますね」
「……まさかあの化け物みたいな乗り物はあんたがつくったのかい?」
それにはフレアは人差し指を口元に持っていき内緒だという仕草で答える。
「その質問の答えは国の最高機密です。内緒ですよ」
「…………了解した」
ミレイユはようやく理解する。目の目にいる少女はただ者ではないのだと。
態度を改めフレアを連れ帰ることの重要性を認識した。
「総員、あの化け物に騎乗。これより取り残された民を救出に向かう」
「「「おうっ!!」」」
騎士たちは決して孤立した民を見捨てたかったわけではない。騎士として葛藤を抱かないはずがなかった。それも、度肝を抜くような新兵器によって状況が変わった、
騎士たちはミレイユの言葉に喜び雄々しく応じたのだ。
フレアは救出部隊に加わる魔法少女たちを見る。その中にはユーナとサリィの姿もある。ユーナは負傷者の対応のため、サリーは土の属性を得意とし自然の防衛陣地を素早く作り上げることができる。2人とも心強い味方だ。
フレアたちは顔を見合わせて頷きあう。円陣を組み手を重ねて団結を誓う。
「さあ、私たちも乗り込みますよ」
「「「はい!!」」」
救出部隊を全員乗せて静かに、しかし力強く移動魔工房は動き出す。
騎士団が進路上の道を開き移動魔工房はその中をつっきる。
フレアは運転室で速度ギアを上げると一気に加速を促した。
「移動魔工房。突撃します!!」
速度が上がると立ちはだかる死人級をその装甲と車体を覆う魔法障壁でもって蹴散らしながら突き進む。死人級の群れをものともせず突き進んでいく新兵器の姿を騎士たちは歓声をもって見送ったのだ。
一方、ガリュードは一度西門を突破した後はその場に留まり、兵卒級を送り込んで戦況を見守っていた。
「がははは、奇策とはいえ死人級の投擲をこうもあっさり破られるとは愉快愉快」
それには城壁の影に隠れているシンリーが不機嫌そうに反論する。
「笑い事じゃないし。私の策がこんなにあっさり破られるんて許せないんだけど」
「それだけ一筋縄ではいかぬと言うことだ。それが分かっただけでもやった価値はある」
「むう、任務に入りたいけどちょっと奴らの戦力を見とかないとだめか。どんな奴なのか顔を拝んでおきたいし」
シンリーは敬愛するグラハムに傷を負わせた救世主がどんな奴なのか見ておきたかった。
(グラハム様の受けた傷、100倍にして返さないと気が済まないし)
シンリーはそのため死人級と兵卒級に指示を出し、じわじわと取り残された住民を痛めつけさせていた。
(遠くからかみ締めるといいじゃん。自分達の無力さを)
シンリーは残忍な笑みを浮かべて追い詰められる人間の悲鳴を聞いていた。
西門を破壊された後、取り残されたガランの民は警備兵に守られながら周辺で最も頑丈な建物である大聖堂に立てこもり必死の抵抗を続けていた。
そこには西門周辺で商いを営む商人たちもいる。
「くそ、無魔の奴ら、俺の店をむちゃくちゃにしやがって」
「ばかか、いまはそれどころじゃねえ。ここも、どこまで持つかわかんねえんだぞ」
肉屋と魚屋の店主が言い合っている。
「男ども、ガタガタ騒ぐんじゃないよ。このガランにはね。私たち人類の希望。魔法少女がいるんだ。きっと助けにきてくれるさね」
野菜屋のおばちゃんが弱音を吐く周囲を元気づける。
「ほんとにくるのかねえ。退路には聞いたこともねえ気味の悪いぃ無魔がひしめいてんだぜ。来たとしてもここにいる何千って人間をどうやって逃がすんだよ。無理に決まっている」
果物屋の店主が言うと聞いていた近くの子供たちが恐怖に耐えきれなくなり泣き出した。それにつられるように次々に悲しみは広まりを見せる。
「このおばか。小さい子を泣かせるんじゃないよ」
「す、すまねえ」
大聖堂の外では塀を使って警備兵や若い一般人の男性たちが必死に武器を持って抵抗している。
「くそっ、このままじゃ長く待たない」
西門の警備兵長が悔しさと絶望的な状況に拳を握りしめる。
何と言っても厄介なのは死人級に殺された人間はその人間もまた無魔になってしまうことにある。味方は減る一方なのに対して敵は徐々に増えていくのだ。
動きが鈍くともそれを補うほど耐久力が高いため指揮官級と匹敵する厄介さを秘めている。それが死人級だ。
そして、ついに塀の一部が破られ中に無魔がなだれ込む。
「うわああ、突破された。もう駄目だああああ」
その言葉に誰もが死を連想する。警備兵長は周囲を見渡し次々に倒れる味方を目にして歯がみする。
「ちくしょーー、救援はこないのかあっ」
周囲では悲鳴と怒号が響き、人の命は簡単に奪われていく。
「ここは地獄か……」
武器を持たない民が避難する大聖堂の中にも無魔が向かっていく。そこでは一方的な虐殺が行われることだろう。
自らの無力さに涙し心が折れかけた直後、聞いたこともない汽笛が鳴り響く。
「この音は何だ?」
何事かと兵たちだけでなく、無魔すら立ち尽くす中で突如大地が激しく揺れた。
大きな音を立てて塀を突き破り巨大な動く移動魔工房が無魔を蹴散らしながら入り込む。圧倒的な質量によって衝突した兵卒級は簡単に吹き飛んで消滅していく。 移動魔工房は誰にも止めることが出来ず大聖堂の入り口に横付けして急停車した。
「な、何なんだ?」
驚きのあまり立ち尽くす。思考が追いついてこない中で警備兵長は車輌の上に登る小さな少女を見る。その少女は魔装銃を《マシンガン》モードに切り替え、魔法砲撃の弾幕を周囲にまき散らし、次々に兵卒級の無魔を消滅させていく。
「あ、あなた様は一体……」
警備兵長は劇的な救援に現れたフレアを女神かと錯覚してしまう。思わず最敬礼で尋ねていた。
「私はフローレア・グローランス。助けに来ましたよ」
フレアの後ろには待ち望んだ魔法少女たちの姿も見える。
とても助けが来るとは思えない絶望的な状況。それでも救援は来た。
その意味を悟った周囲の兵たちは武器を振り上げ大きな声で叫んだ。士気は持ちなおし、兵たちの瞳に希望がともっていく。
「あなたが指揮官ですね。まずは立てこもっている一般人をこの乗り物に収容します。救援部隊とともに敵を食い止めてください。大丈夫、魔法少女がついていますよ」
警備兵長は困難な状況でも助けに来てくれたありがたさをかみしめつつ思った。
この人は救世主だと。
フレアを見ていると不思議と直感したのである。