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第18話 魔法少女特訓編 『王女来訪の波紋』

 ティアナクランはブリアント王国の民にとっては雲の上の人である。

 今年成人の14歳を迎え、ますます艶の増していく彼女は学園の男子すべてが振り返るくらいの微笑みで魅了してしまう。

 一度目が合えば王女を恋い慕う――といった吟遊詩人の歌が作られるほど国中で評判になっている。

 そんな王女が学園でのエスコート役に選んだのがフレアだった。


「あの、ティアナクラン王女殿下、よろしければ俺が学園を……」


 廊下で勇気を持って声をかけるイケメンがいた。あわよくば王女お近づきになりたいと願う勇者だがそれは無謀に過ぎる。なぜなら。


「ああっ!?」


 ティアナクランの隣にはあの《ブリアントの悪魔》がいるのである。

 魔法少女のこと以外全て些事。それは言い過ぎだがフレアの魔法少女に注ぐ思いは過激だ。魔法少女にまとわりつくイケメンには容赦しない。


「去れ、イケメン! じゃなきゃ潰すぞ」

「ひいいいっ」


 学園では既に悪名が高止まりのフレア。威圧をうけて平常心でいられる男子生徒はまずいない。例外がいるとしたらレイとマルクスぐらいだろう。

 フレアの学園での威光を観察しティアナクランは感心している。


「すごいわね。フローレアがいるとあんなに声をかけてきた男の子がいなくなったわ」


 いたとしても遠巻きに見るくらいだ。皆フレアの逆鱗に触れるのを恐れている。

 何が嬉しいのやらティアナクランはニコニコ上機嫌になりフレアの腕に抱きついた。


「落ち着くまでしばらくフローレアについてもらおうかしら」

「いや、私も授業があるのですが。それと近いですよ」


 慎み深いはずのティアナならここで慌てて離れるはず、そう思っていたフレアだがなぜか意固地になった王女が余計に密着してくる。


「フローレアは友達のスキンシップを邪険にする気ですか?」

「いえそんなつもりは」

「それではかまいませんね」

「……はい」


 なにやら丸め込まれた気がしたが友達の普通が分からないフレアはこういうものなのかと納得する。

 その一歩下がった場所ではむすっとした顔のリリアーヌが黙ってフレアに巻き付く腕を睨んでいる。2人が腕を組むのをみて胸の中で不快な感情が渦巻いていた。


(絶対におかしい。王女様のフレアっちへの態度が今までと違う。なんか気安くなってる)


 一体何がきっかけなのかと考えを巡らせると1つ思い当たる節がある。


(そういえば変わったのってフレアっちの精神治癒をしたあとだ)


 あのときのティアナクランは診察中何か動揺していたように思えた。

 だがそれが何を意味するのかリリアーヌには読み取れない。

 

「学園長室へ案内してください。今日は正午過ぎまで打ち合わせがありますから」

「それでは後で迎えに来ます」

「そうしてください」




 昼食時、フレアは新校舎の隣にある食堂施設のボックス席にいた。向かいにはフレアの数少ない男の友達マルクスとレイまでもが同席していた。

 相変わらず男性貴族の新校舎立ち入りは許していない。だが新校舎に併設された食堂や図書館など公共性の高い新施設は開放した。

 

 これは温厚なリリアーヌが根気よくフレアを説得した功績である。

《ウラノス学園の良心》などと呼ばれ男子貴族の人気と信頼を寄せられるまでになっている。グローランス嬢のことで困ったら彼女を頼れ、というのは彼らの共通の認識で《フローレア被害者同盟》を結成した男子貴族一同の希望となっている。


「ああ、困りました。ティアナはいつまで学園にいるのでしょうか。それとも城に戻るつもりはないのでしょうか?」

「なんだあ、王女殿下といるのが不満なのか?」


 マルクスはフレアのおごりということで話に付き合わされているが、その間もりもりステーキを頬張っていく。

 

「それは嬉しいのですが、時と場合によりますよ。ティアナは私の上司みたいなものです。常に一緒にいられると窮屈なのですよ。分かりますか?」

「ああ、つまりあれだ。母親おかんにずっと見られると居心地が悪いってやつか」

「たとえが悪いです。ママに関してはずっと一緒でも苦ではありません」

「だろうよ。包容力抜群の容姿。その性格は女神のごとく。全てにおいて俺好みだぜ。くそっ、子持ちじゃなかったらなあ」


 そこでフレアは魔装銃を向けて忠告する。


「分かっているとは思いますがママにときめいたらマルクスでもドキュン、ですよ」


 フレアの目が据わっていて全く洒落になっていない。


「おおう、わかったから銃をしまえ」

 

 失礼、とフレアは銃をしまう。

 2人のやりとりを隣で実に微笑ましく見守るのがレイだ。


「それでどうしてレイがここにいるのですか? 私が呼んだのはマルクスだけなのですが」

「ああ、ダチのレイがどうしても同席したいといってきてな」

「……2人は友人だったのですか?」

「ああ、といってもギアンの食堂の騒動がきっかけなんだがな」

「ギアン? そんなゲス野郎いましたっけ?」


 もはや、遠い目で語るフレアにマルクスは顔が引きつった。


「ひでえな。もう忘れたのかよ」

「イケメンと腐った貴族は極力忘れるようにしていますから」

「鬼だな」


 呆れるマルクスに対してフレアはレイを見やり、不愉快そうにして問う。

 

「しかし、マルクス。私が大のイケメン嫌いと知ってレイを連れてくるとはどういう風の吹き回しでしょうか」


 鋭いフレアの視線に後ろめたさを感じさせつつマルクスが顔を背ける。後ろめたさもあってマルクスの口は重い。

 そんなマルクスに代わってレイが説明する。


「彼には貸しがありまして、その謝礼を請求したまでですよ」

「……貸しですか」


 マルクスがあわててレイの口を塞ごうと止めに入る。


「おい、レイ。それは言わない約束だぜ」


 マルクスの狼狽に興味を引かれたフレアはレイに続きを促す。


「いいでしょう。内容によっては同席を許可します」

「ありがとうございます」

「おい――ふがっ」


 乗り出すマルクスをレイは小さな細腕で押さえ込み説明する。


「実は彼は王城の包容力ある年上メイドに興味があって先日紹介させて頂いたのです」

「ほほう」


 フレアは既にオチが見えた気がしたがマルクスの反応が見たくて静観する。

 今もマルクスの顔からは滝のような汗が流れ落ちている。


「彼は必死でした。彼女たちの気を引こうと鼻息荒く、自らの筋肉を披露し、使い古した誘い文句で詰め寄ったのです」

(ふふ、それは駄目でしょう)


 レイは遠い目をして淡々と語り、フレアは既に肩が震え、笑いを堪えている。


「メイドたちはお客様であるマルクスに対して嫌な顔を必死に隠し、笑顔で恐怖と戦っていました。彼女らはまさにプロだと思い知らされた一件です」

「だそうですよ、マルクス」

「うるせえよ」


 だがマルクスはそれだけでは終わらなかった。


「しかし、居合わせた見習いの幼いメイドたちには大層気に入られまして、今も彼女たちの実家からお見合いの話がひっきりなしだとか」

「あはははははははは――」


 予想通りの展開にフレアは安心すると同時に盛大に笑った。


「笑いすぎだっ、フローレア」

「やはりいいですね。あなたは安全です」

「失礼だな!?」


 王城のメイドは貴族の子女が奉公に来ることが多く、幼女たちというのもおそらくは貴族の娘なのだろう。不幸にも貴族の幼女に気にいられ、その対応に追われる羽目になっているのだ。

 フレアはおかげで気分が少し晴れたのでレイの同席を了承した。


「いいでしょう。レイ、同席を認めます」

「ありがとうございます」

「俺は踏んだり蹴ったりだ、こんちくしょー」

 

 しかし、マルクスはくじけていない。その屈強な肉体同様、フラれ強いタフな精神力を発揮し新たな希望を見いだしていた。


「だが俺は今光明を得た」

「今度は何ですか」

「この学園にティアナクラン王女殿下が降臨されたのだ」

「降臨? もはや人間扱いではありませんね」

「それだけ神々しいってことだ。いやーー、さすがの美少女っぷりだ。彼女に欲しいぜ」


 そこでマルクスはフレアにすがるような視線を向ける。


「なあ、今度紹介してくれないか」

「かまいませんよ」

「まじかよ」


 予想外の返答にマルクスは飛び上がるように立ち上がった。


「ええ、『幼女キラーのマルクス』です、と紹介します」

「それ、絶対憲兵に引き渡される流れだろ」

(だったらロリコン宰相も一緒に逮捕して欲しいですね)


 フレアは宰相から(へき)(えき)するほどの恋文が届くことにわりと本気で捕まって欲しいと願った。

 そして、フレアはまたも溜め息をこぼす。


「はあ~~、憂鬱です」

「王女殿下がいるとそんなに困るのか?」

「ええ、見つかるとお説教される心当たりがありすぎて……。魔装宝玉を隠し持ってる件は、怒られますね。移民の魔法少女たちを私設部隊にしている件は、怒られますね。南の貴族たちの奴隷に関する不正を暴き失脚させる計画は、怒られますね。秘密の対巨人級(ジャイアントクラス)移動要塞建造も、怒られるでしょうね。――あああああっなにから隠蔽工作したらいいのですか。案件が多すぎてとても間に合いません」


 小声でつぶやいたフレアだがマルクスとレイはしっかりと聞いてしまった。


「おい、レイ。とんでもない台詞が聞こえたんだがどうするよ」

「物騒極まりないですね。最後の移動要塞なんかは極めつけです」

「聞かなかったことにしようぜ」

「そうしましょう」

 

 頭を抱えるフレアをよそにマルクスとレイは堅く握手を交わした。

 だが、そんなときフレアの耳にとんでもない言葉が耳に入る。


『ねえきいた? また出たんでしょ。正義の魔法少女。いきなり発生した無魔の大群を1人で倒してくれたとか』

『ええ、それも王国も把握していない正体不明の方だとか』

『どうして秘密にするのでしょうか。それほどの方なら王国も厚遇するでしょうに』


 フレアはガバッと上半身を起こすと瞬間移動でもしたかのように話をしていた女生徒たちに駆け寄って問い詰める。


「魔法少女ですか? それも私のまだ知らない、強い、正義の、美少女の、魔法少女がっ!」


 あまりの剣幕に引いていた生徒だがフレアだと知ると、相変わらずですのね、と笑って流される。


『はい、とても可愛らしい容姿でありながら驚くほど強く、そして、民にも優しい魔法少女だと今うわさになっているのです』

『けど、すっごく恥ずかしがり屋さんで大勢に姿を見られると顔を真っ赤にして逃げちゃうんだって』


 それを聞いてフレアは感激のあまり目が潤む。


「素晴らしい」


 数瞬余韻に浸ると饒舌に語り出す。


「私の理想を体現したような魔法少女にようやく会える気がします。これは是非ともお会いしたい。そしてできれば私の護衛にっ!」


 そんなとき、妙に空気が重くなった。近くにいた女生徒は小さく悲鳴を漏らしてそそくさと逃げ出してしまう。


「へえ~~、フレアっちはアタシという護衛がいながらまだ欲しいの? それともアタシはお役御免かな?」

「フローレア、面白いことをいいますね。ではわたくしはあなたの理想の魔法少女ではないと、そういうことなのですね」

 

 振り返ると顔は笑っているのに目が全く笑っていないティアナクランとリリアーヌが立っていた。


「はわっ、2人ともいつからそこに?」

「今来たところだよ」

「フローレア、……少し話があります。よろしいですね」


 もはや、脅迫ともとれる圧力にフレアは頷くしかない。フレアはマルクスに助けを求めるが手を合わせて謝罪の仕草が返ってくるだけだ。レイに至ってはうわさを耳にしたときから姿を消している。


(薄情者ーー)

 

 ティアナクランはフレアのことを引きずるように強制連行していく。


「……ふみゅ、誰か、たすけてーー」


 フレアの漏れた悲鳴はどこか悲しげだった。しばらく新校舎の生徒指導室ではフレアの悲鳴と鳴き声がもれ聞こえていたという。



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