第1話 幼少編 『生まれ変わったら魔法少女の娘だった!?』
時は真聖歴1070年。
その大地の全容は人類のしるところではない。
星の名すらない。現代の地球のような高度な文明もない剣と魔法と、様々な人類種と、――そして、人外のとの戦争の絶えない世界。
長きにわたり人類がジュノー大陸で繁栄していた頃、無魔と呼ばれる存在が海を渡り未開の地より侵攻してきた。人類が支配するジュノー大陸は未知なる驚異に対して魔導騎士たちが迎えうった。
しかし、騎士の奮戦もむなしく大陸にあった80の国が恐るべき速さでその数を減じていった。夢魔の戦闘力は人よりはるかに優れ並の人間では歯が立たない。
大陸の半数が夢魔の手に落ちたとき戦況に変化が生じる。英雄の登場により無魔の侵攻は抑えられることとなった。
彼らに立ち向かったのが変身という人知を越える現象を可能とした少女たち。
貴重な魔装宝玉と呼ばれる魔導具を用いて変身する少女たちが人類を支えていた。
そんな彼女らのことを超古代の言葉にちなんでこう呼ぶ。
《魔法少女》――と。
無魔との長い戦争が始まりおよそ20年。真聖歴1090年。
劣勢に暗雲立ちこめる人類側のとある国の1つ、ブリアント王国。
ジュノー大陸において最北東に位置し確認のとれる国は既に3国だけ……。
他の国は無事なのかどうか無魔の勢力圏に分断され分からない。
そんな絶望的な状況下、人類側の最も北に位置する辺境の地にて人類の命運を左右する出来事が起ころうとしていた。
北方領の1つ、グローランス領の古代遺跡にていま、親子が無魔によって追い詰められていた。
「フレア、フレアッ」
子供は焦りとも悲鳴にも似た母親の声を聞き、徐々に意識を取り戻した。フレアと呼ばれた子供はそれが自分の名前だと自覚すると同時に奇妙な感覚に襲われる。
(あれ……フレアって私のことなの?)
フレアとはフローレアを親しい人が呼ぶ愛称だ。脳裏に浮かぶのは自分が生きてきた5年分の人生経験。そして知らない男の29年分に及ぶ記憶。フローレア・グローランスと北条真の2つの意識の混在によって混乱状態にあった。
改めて目の前にいる自分の母親『フロレリア・グローランス』を見る。
5歳の子供の母親ながらいまだ年齢は20歳足らず。
正しき心と優しさを持ち、物静かでストイック、だがフレアにとっては大好きな母親だった。
(私のお母さん……そう、強くてかっこいい魔法少女なのです)
彼女が何より誇りにするのは母が魔法少女だという点にあった。
(んん、いま……なん、て――――っ!)
そこで雲のように消え入りそうな北条真としての記憶が突然はっきりと輪郭を帯びた。北条真の記憶はフレアにとけあい融合したことで完全に覚醒する。
「魔法少女――――――――――っ!?」
「わっ、え、ええっ?」
いとしい子供の叫びに驚きつつも無事を知りフロレリアは我が子を抱きしめる。
「ああ、良かった。無事だったのね。よかったああ」
(これは夢? 魔法少女のママなんて、……最っ高すぎます)
フレアはそのとき涙を流していた。魔法少女の母親を持つ運命に言葉を失うほど舞い上がっていた。
そんなこととはつゆ知らずフレアが怖さの余り泣いているものと誤解した。
「大丈夫よ。フレアはママが必ず守り通します。命に代えても」
フレアは気を失う前の出来事ををわき出したように思い出す。
(そうだ。グローランス家が管理する古代遺跡の巡回に初めて同行した私は、遺跡につくや、うわさの新種の無魔に襲われたのです)
突然の奇襲を受けて夢魔の放つ爆撃弾に吹き飛ばされたことまで覚えている。フロレリアが魔法少女に変身しかばってくれなければ今頃跡形も残らないほどに吹き飛んだかもしれない。それでも北条真としての意識は到底容認できない言葉を耳にしてしまった。
「駄目なのです!」
「フ、フレア?」
気の弱いはずの我が子が突然の人が変わったような強い意志を見せる。そこにびっくりしたフロレリア。
フレアは母をたしなめる。
「魔法少女は人々の希望。何があっても生きるのです。お願い、ママ。そのために、生きるために戦って」
フロレリアはまたも驚いた。とても5歳の子供とは思えない目の強さにだ。だが母を案じる我が子の言葉に勇気づけられ魔法少女は力を取り戻す。
「そうね。まだまだ私は倒れるわけにはいかないわ。こんな幼い我が子を残してなんかいけないもの」
そう言ってフロレリアは子供の手を引いて遺跡の奥へと進む。
変身した魔法少女はその身に強力な法衣をまとう。その防御力は極めて強力であり高濃度に圧縮された不可視の魔法障壁が攻撃を跳ね返すのである。それは荒々しく狂った馬の突撃を受けてもびくともしないほどだ。
にもかかわらずフロレリアは左肩に傷を負い、真っ赤な血が腕を伝って地面にしたたり落ちていた。フロレリアは取りあえず治癒魔法を手でかざし止血した。
それを見たフレアは怒りで頭がいっぱいになる。
(おのれ、魔法少女に傷をつけるなんて――万死に値する)
北条真としての意識が強く表に出ると頭の回転が恐ろしく加速し状況の把握を始めた。
ここは建物の中でありその内装はひどく無機質で違和感があった。金属で覆われた壁。それがまっすぐ奥へと続く。所々この世界の文明水準ではあり得ない機械的な装置が見られる。北条真としての記憶ならともかくフレアとしては初めて目にするものばかりだ。
(ここは恐らく襲撃された古代遺跡の中ですね)
見た限り襲撃してきた無魔は見当たらない。だがフロレリアの言動から無魔の脅威から逃れてはいないだろうことは分かる。
ひとまずは視界に無魔の姿を確認できないことに安どする。
次に奇妙なことに気がついた。
古代遺跡ということだがフレアの知識では施設内の文字は分からない。
だが北条真の記憶ではそうでもなかった。
(これって日本語ですよね?)
「ママ、これからどうしますか?」
「いずれ無魔が中に侵入してくることでしょうね。撃退します」
「ほむ、ではママはこの施設のことをすべて掌握しているのですか?」
「いいえ、入り口を開け閉めするのが精一杯だわ。グローランス家は古代遺跡のマスターキーを代々受け継いでいるのよ」
そうして、見たこともない虹色に輝く貴金属のカードを取り出してみせる。
「ママでも襲ってきた無魔は倒せないのですか?」
「万全であれば戦えるわ。でもね」
フロレリアが自身の胸元に輝く魔装宝玉を指さす。そこには至宝のごとき宝玉が損傷によって幾つものひび割れている。赤く輝きを見せるかつての色は失われていた。
「これは魔装宝玉。魔法少女の力の源であり変身機構の核となる部分。ここが壊されてはいつ変身が解けて完全に力を失うかもしれない」
「予備はないのですか?」
「魔法少女の魔装宝玉は古代遺跡で発掘するか王家が代々管理してきたの。新たに作る試みはあるけれど時間がかかるしできあがっても性能の低さが問題ね」
そこでフレアは思いついたように手を打つ。
「フレア、どうしたの?」
「ではこの遺跡にないか探してみましょう」
「え、何を言っているの?」
フレアは壁に表示された案内マップを見つけて説明する。
「この見取り図の奥の部屋に武器保管庫があるのです」
最初は何を言っているのか理解できなかった。ひと息遅れてフロレリアは重大なことに気がつく。
「あなた、まさかこの古代語が読めるの?」
「逆にママは読めないのですか?」
我が子の返答にあ然となるフロレリア。
この世界の人類において古代遺跡の技術は宝の山である。だがその言語形式は難解でありどの国も全く解明されずにいるのだ。それを当たり前のように読めると言いたげな我が子にフロレリアは戦慄した。
「……でもね。今まで部屋に入る方法すら分からなくて……開け方が分からないのよ」
「ふむ、開け方ですか……」
フレアは近くの部屋のドア周辺を注意深く観察する。
「ママ、そのマスターキーを見せてください」
フレアが指さしたのは虹色のプレート。そこで気がついたフロレリアはドアの前に来た途端に赤く点滅する。
(これはカードが送受信を行っている?)
そして、カードの裏に書かれた細かい文字の羅列を見てうなずく。
「これは意外と難しくはないですね」
「それはどういうことかしら」
フレアはいたずらっ子のような笑みを浮かべると一言。
「セキュリティー解除」
扉の開けかたは単純だった。カードの認証送受信可能なドアの3メートル内において日本語で音声認証コードを告げるだけなのだ。
「ええっ!」
片やフロレリアはまたも驚愕した。その表情にはどこか恐怖も混じり始めている。
そこでフレアは自分の失態に気がついた。
(しまったのです。わずか5歳の私が『古代語』を苦もなく詠みあげては怪しまれるに決まっているのです)
北条真の意識はこういう女性の表情を何度も見てきた。そして、必ずその後相手は裏切るか、離れていくことになる。
その記憶がフレアをひどく落ち込ませて暗い表情にさせた。フロレリアはすぐにほほ笑み頭をなでてくる。
「ごめんね。ちょっと驚いただけよ。怖がったりなんか絶対にしないから。ママに力を貸してね。この古代遺跡はほとんどの部屋が手つかずなの。武器保管庫もね。これなら希望が出てきたわ。ありがとうね」
そう言って心からの感謝が返ってきた。
(これが魔法少女……、本物だ、間違いない。これこそが私のあこがれた魔法少女なのですよ)
うれしくてフレアは母に泣きついた。
直後、建物内で大きな爆発音と床から振動が伝わってくる。
――ドガーーン!
「建物に侵入されたみたいね。急ぎましょう」
フレアたちは敵の気配にせかされるように奥へと向かった。
フレアとフロレリアは広い空間の武器保管庫にたどり着く。そこには見たこともない武器が所狭しと並んでいる。
武器の形状は未来的な流線形のデザイン。スペースオペラに登場するような武器に似ている。
それが博物館のように透明密閉ケースに収められていた。更に機械制御によって自動管理されているようでもある。
「これは一体……見慣れない武装ばかりだわ」
フロレリアには全く見当がつかない物ばかりに見えるがフレアは何となく予想がつく。
(これは銃のように見えますね。それも現代にもないような先鋭的な形状、……恐らく光学兵器かも知れません。むしろ、SFアニメならなじみ深い形状なのです)
そこで視界を部屋の中央に移すとひときわわかりやすく貴重品を納めるための装飾台上のケースが見える。
近づいてみるとフロレリアが息を飲んだ。
「これは……魔装宝玉だわ。しかも私の使っている物よりもはるかに洗練されている。内包されている魔法力の濃度からも分かる。こんな高性能な魔装宝玉は見たことがないわ」
それが9つも並べられている。
「これならきっと新型の無魔にも対抗できるわ」
フロレリアが手を伸ばそうとするが見えない強力な障壁に阻まれる。
「きゃっ」
フロレリアの手の先端から血がしたたり落ちている。ケースの周囲にある不可視の魔法障壁に守られているのだ。
「ママ、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ。でも困ったわ。魔装宝玉は強力な魔法障壁に守られているわね。下手に破ろうとすれば魔装宝玉も壊れてしまうかもしれない」
そんなとき、背後の入り口から声とともに攻撃がふってくる。
黒い邪悪な力をまとった砲弾が風を切るように向かってくる。
「くっ、氷障壁」
フロレリアは氷系を得意とする魔法少女。凍てつくような、だけれど味方を優しく包み込むような障壁が砲弾を辛うじて防ぐ。
だが同時に魔装宝玉の欠損が更に大きくなる。
「みつけたぞ、史上最強の魔力を持つ救世主」
振り返って2人が目にしたのは機械の体を持つ人型。鋼色の肌を持ち腕は砲身へと変化する。その手を突き出しこちらを向けた。
無魔は魔力を持たないものや生物に微細な金属寄生生物を潜り込ませる。それが全身に回るとその形状は異形へと変化し機械生物のごとき金属の体表になる。
それは主に虫や肉食獣に似た異形をとって無魔となり人類に襲いかかる。
それであれば魔法少女の敵ではなかった。無魔は魔法、特に魔法少女の清らかなる魔法に弱い。当たると霧のように蒸発して消える。
しかし人型の無魔は違った。邪悪な黒い力をまとい魔法を無力化する能力を持つ。その上高い知能をもち、人の言葉も理解し高度な戦術を用いるようになった。極めつけは単体でも高い戦闘力を持っているのだから手に負えない。
「どうして、フレアの魔力のことを」
フレアは人類の切り札になるかもしれない。それゆえに王国でも機密とされてきた。
それが敵に漏れているのがフロレリアには不可解だった。
無魔はそれには応えず意識は完全にフレアに向いていた。
「子供はここで殺す」
フロレリアは手のひらに魔法を行使して敵に打ち出す。
「させないっ! 氷撃」
無数の氷の塊が無魔に襲いかかる。――がそれは届く前に力を減衰させもろくなった氷が当たって粉雪のように散った。無魔はまるで子供になでられただけのように平然としている。
「なっ、私の魔法が効かない!?」
フレアはその様子を注意深く見ていた。
(無魔のまとうあの黒い力。ママの魔法が触れたとたんに中和されたのです。まるで魔法がプラスとするなら無魔のそれはマイナスの力……)
フレアはそっとフロレリアに近づきつぶやく。
「(ぼそっ)ママ、同じ場所にピンポイント連続魔法は撃てますか?」
「フレア?」
一瞬、何を言ってるのかと首を傾きかねたがフロレリアはその意図に気がついた。
「そういうことね。それが新種の夢魔の攻略法なのね」
たった1度の攻撃でフレアは敵の弱点を看破してみせた。邪悪な力が覆う体を魔法で中和し、まもりが薄くなったところに間髪入れず魔法をたたき込む攻略法だ。
(若しくは無魔の中和を上回るほどの大出力による魔法か、それに相当する近接魔法武器による1点突破攻撃が有効になってくるわ)
フレアのヒントから幾つかの攻略法も思いついたフロレリアだが大きな問題に直面する。
(でももう魔法宝玉が持ちそうにない)
後一撃でも魔法を放てば魔法宝玉は砕け散る。そうすれば変身が解けて一気に戦力は落ちる。そうなれば勝ち目はなかった。だがフロレリアには必殺級の魔法が残されている。
(切り札の魔法にかけるか、それとも)
フロレリアは自覚した。敵の次弾が間もなくくる。そうすればタイミング的に相打ちになるとフロレリアは読んだ。狙いは隣のフレア。フロレリアの攻撃と射線がずれてすれ違う攻撃の応酬になる。そこでいとしい娘の存在をみる。そうなればフレアが死ぬ。フロレリアは決断した。
「魔法少女は誰も見捨てない、氷障壁」
フロレリアは結局娘を守ることを選んだ。最後の魔法を、娘を守る障壁に費やす。フレアはそれに気がついた。
「ママ、それはだめっ」
先ほどよりも強力な砲撃が2人を襲う。ずしりと重い砲撃に氷の壁はあっけなく崩壊する。そして、その間にフロレリアはフレアをかばい魔法少女の法衣で受け止める。
「きゃああっ」
勢いは半減したとはいえフロレリアは大きな衝撃を受けきって膝をつく。攻撃は辛うじて耐えるも変身は解けて体もぼろぼろの満身そういだ。
「ママ、どうして撃たなかったの?」
「……だってそうなったらフレアが守れないもの」
「でも、それでママが死んだら」
涙目でフレアは不安と自分の無力さに震える。
「自分を責めちゃ駄目。困ってる人がいたら助ける。それって当たり前なんだから。我が子ならなおさら、ね」
傷ついた体を奮い立たせてフロレリアは無魔に対して戦意を失わない。まだ、戦う機なのだ。
(すごい、ママはまだあきらめていない。これが、この心が魔法少女……)
フロレリアの覚悟にフレアも奮い立ち自分ができることを実行する。振り返り障壁に守られたケースの中に視線を向ける。すると突然頭の中に直接声が響く。
『……大丈夫。……なら手にすることができる。なぜなら、この遺跡は、――』
途切れ途切れでよく聞こえないがどこから聞こえているのかフレアには分かった。ケースに映ったフレアの瞳よりも更に赤く輝くひときわ目立つ魔装宝玉。声はそこから聞こえた。
『これは私たちの贈り物。……さあ、……手にとって』
フレアが障壁に手を伸ばすとフロレリアは青ざめ娘を抱きしめる。
「フレア、駄目よ」
フレアの膨大な魔力と障壁がぶつかりあい、周囲に衝撃波をまき散らす。
「フレア!」
突然の突風に無魔は吹き飛び、フロレリアはフレアを抱きしめて耐え抜く。そして、ついに障壁は力を失い後には9つの魔装宝玉の輝きが天井に向けて噴水のように吹き上がった。
「何ていう魔力の奔流なの。魔装宝玉単体で強力な魔力を作り出している? そんなの聞いたことがないわ。まるで魔装宝玉そのものが生きているかのようだわ」
魔装宝玉は莫大な魔力を長年ため込んで結晶化したものを加工する。だがこの魔装宝玉は内から新たに魔法を生み出しているように見えた。まるで人がそうであるように。
フレアはフロレリアのために誂えたような氷の力を持つ魔装宝玉を手にする。
「ママ、これを」
手を傷だらけにした娘から魔装宝玉が向けられる。フロレリアは両手で大事そうにフレアの両手を包み込むように受け取る。
「ありがとう、後はママに任せて」
フロレリアがそれを手にすると契約に入る。
「銀の輝きを放つ絶対零度の力の化身よ。我が名をなんじに刻め。我が真名はフロレリア・エルドラ・オラクル・グローランス」
魔法少女は魔装宝玉にふさわしい清き心と魔法力によって初めて起動する。魔法は清く正しい心から生じる力の顕現だと言われている。その力を魔法術式という理で制御したものが魔法である。
フロレリアの呼びかけに反応し白銀の魔装宝玉は一層の輝きを増して主に応える。魔力を通じて自らの性能を主に教えてくれる。絶対零度の魔法宝玉の名とともに。
「《シルバーゼロ》、変身・魔装法衣」
瞬間、一面に白銀の光が満ちてフロレリアの衣装は美しい法衣に代わる。魔法の力が物質化した法衣は氷の魔法色に輝く。新雪のような法衣の上に今度は青を基調とした流線形の武装が物質化する。肩、胸部、腰、足のそれぞれに軽装の機械鎧が顕現し装着されていく。同時に白銀の精霊結晶が納められた長さ5尺ほどの魔法杖が手におさまる。
そして、フロレリアがそのマジックロッドの柄を手にすると変身が完了した。この間1秒にも満たない高速変身。
「すごいわ。前に使っていた魔装宝玉とは比較にならない力強さを感じる」
マジックロッド内からは静かな、しかしせわしない稼働音が聞こえる。力強い振動が手の感触から伝わり頼もしい。フロレリアの戦闘補助に備え待機状態にある。フロレリアは確信した。
「今の私ならさらなる魔法の高見も描くことができる」
それは新種の無魔を一撃でほふること。強大な魔法も通じなかった強敵を今なら倒せる。
フロレリア自身既にダメージは深刻だ。それでも足を踏ん張り魔法杖を構え新種の無魔に狙いを定める。
「全てを凍てつかせる銀の世界よ。我が前に姿を現せ」
魔法杖の先が変形し魔法砲撃のための砲身が形成される。先端に直径2メートルにも及ぶ銀の魔力が球状に渦巻きうなりを上げる。
フロレリアの魔法の影響で一帯の空間が氷の世界に征服されていく。白く塗りつぶされていく世界はまるで別の世界に迷い込んだよう。
「すごい、これがママの本気――」
ゴクリと息を飲んで見守るフレア。凍てつく空間にあってフレアは優しい母の魔力に守られむしろ暖かな安心感を覚える。
(ママは絶対に負けない)
娘の期待に応えるようにフロレリアの魔法杖から必殺の魔法がうなりをあげた。
「アブソリュートクラッシャー!」
脳を横殴りする様なごう音を響かせ銀の光線が無魔に迫る。それを目にした敵は圧倒的な魔法の猛威にすくむしかなかった。
本来この場に存在するだけでフロレリアの敵は氷の脅威にさらされ、凍えきってしまう。魔法に耐性のある新種といえど体の一部が既に凍り付いていた。
「そんな、ばかな。魔法を通さぬ反魔の防御を超えるだとおお!?」
無魔の体をまもる邪悪な黒い力はいとも簡単に消し飛ぶ。体は一瞬で芯まで凍てついたかと思えば強力な衝撃を受けて粉雪のように砕け、舞い上がると消滅していく……。
無魔は魔法を直接受けると、待っているのは消滅のみ。
脅威が去ったのを確認してフロレリアはいとしい我が子を抱きしめる。
「フレア、ありがとう、助かったわ」
フレアはぎゅっと母に抱きついてようやく追いついてきた恐怖に震え出す。
「怖かったです。ママがいなくなると思ったら、私、わたし……」
敵のことよりもフロレリアのことを案じるフレアに言われた当人はあきらめないで良かった、という思いを強くする。
「あなたのおかげで私は魔法少女として大切なことを学ばせてもらったわね」
頭をなでるフロレリアにフレアは見上げて決意を伝える。
「……決めました」
「ん、何かしら?」
「将来ママをお嫁さんにします」
それにはフロレリアは目が点になるくらいの衝撃を受けた。その後言いにくそうに語る。
「あのねフレア。それは難しいわ」
「なぜでしょうか?」
「親子とか以前にね……その、あなたは女の子よ」
はっとしてフレアはケースに映る自分の顔を見た。ふっわふわに腰まで伸びた金髪とくりくりとした真っ赤な瞳。そして、自らの体を触り確信した。まだ5歳のフレアの意識は性別に関する理解が薄かった。
遅れてようやく理解した。
北条真の生まれ変わり先は女の子だったのだと。
「はわあああああーーーー」
フロレリアはショックを受けて頭を抱える娘を不憫な様子で見守った。
「まあ、あなたはまだ5歳だもの。けれどそのあたりは教えるべきだったわね」
しかし、フレアはくじけない。
「ならば私は魔法少女になります」
「ごめんなさいね。それも難しいわ」
「えっ」
本当に申し訳なさそうにフロレリアは目を伏せる。フレアにはなぜ母が泣きそうになっているのか分からないでいた。
「ええっと、私には史上最強の魔力が……」
「そうよ。でもそれに見合った魔力の受容体があなたの体に備わらなかったの」
「受容体?」
「魔力を制御して魔法に変換する組織が体にはあるらしいの。それがないと魔力は暴走し自らを傷つけるわ」
さああっーーと青ざめるフレアにフロレリアの方が泣きそうになっている。
「く、訓練すれば……」
「フレアの場合は魔力が本当に桁違いなの。それこそこの世界を飲み込んでしまうぐらいに。そんな力を解放すれば訓練以前に死んでしまうわ。ごめんね、ごめんね。強い子に生んであげられなくてごめ……ね」
抱きしめて泣き出してしまった母を見てフレアはショックの余りぼう然とする。
「ふ、ふみゅーーうぅ」
奇声を上げてぷるぷるとフレアは震え出す。
(ええっ!? 普通異世界ものって転生したらチートな能力に目覚めて無双するはずじゃありませんか?)
しかし、現実は甘くなった。
「フレア、大丈夫?」
悲観のあまりにどうにかなりそうなフレアは思いとどまる。自分のせいで大切な母を、何より魔法少女を泣かせてしまっていることに気がついた。
(いけません。魔法少女を、母を悲しませるなんてあっていい訳がありません)
どうしたものかと思案しているとはっとする。
(そうだ、私はこの古代遺跡を唯一調べ尽くすことができる存在。となればここにあった強力な魔装宝玉を造れるかもしれません)
そこでひらめきが起こった。まるで天恵のように浮かび上がる。
「私は魔法少女を増やします。そのために魔装技師になります」
「えっ」
「幸い、私はこの遺跡を識る方法があります。その技術を魔法少女のために用いるのです」
「フレア、……そう、あなたは強い子ね」
フロレリアは自分に気を遣ってそんなことを言い出したのだと思い込んでいた。だがフレアは本気だった。
「そう、私はもっとたくさんの魔装宝玉を世に送り出しこの世界を魔法少女でいっぱいにするのです」
「……そうね。ぐすっ、それはとても素敵な未来ね」
「魔法少女が世界を守るのなら、私は魔法少女だけを守る救世主となりましょう」
フロレリアは拍手して娘の夢を祝福した。このときのフロレリアは分かっていなかった。
フレアが将来本当に魔法少女たちを大勢世に送りだすことを。
暴走し世界を仰天させ、魔法少女たちを次々と手元に置くことになる。
魔法少女のために国の権力者たちをひれ伏せさせる恐るべき女傑となることを知らない。
――これは魔法少女だけを救うことを至上とする変人の物語である。