第17話 魔法少女特訓編 『おしかけ王女』
ティアナクランは王城の談話室を訪れていた。
そこには国王ビスラードはもとよりフレアの母親であるフロレリアと祖父のクラウディオの姿がある。
(お父様に呼ばれてきたのですがなぜここにフローレアの家族が?)
不思議に思いながらもフロレリアたちと挨拶をかわす。
「御無沙汰しております、ティアナクラン殿下」
「お久しぶりです、フロレリア様、クラウディオ様もお元気そうで何よりです」
「ありがとうございます、殿下」
そして、これは何事なのかとティアナクランはビスラードに視線を向ける。
「お父様。それで、どのようなお話があるのでしょうか?」
娘に尋ねられビスラードは何から話したものかと悩んでいるとまずは遠回しに語り出す。
「そうよな、まずは先日のことなのだがファーブル翼竜共和国のエクリス第一王女から使節が送られてきた」
わずかに表情を硬くするティアナクラン。かの国からの要求は頭の痛いものばかり。今度も厄介ごとなのだと予想できる。
「何か無理難題を言われたのですか?」
「正直、真意を測りかねておる。本当の狙いは何なのか。相手の出方によっては要求をはねのけることも視野に入れねばなるまい」
「帝国との緩衝役であるファーブル翼竜共和国の要求を拒否するのですか?」
「……状況による」
そこでティアナクランはなぜこの場にフレアの母親が招かれているのかつながった気がした。
「もしや、要求にはフローレアが関係しているのですか?」
「おそらくな。そこで問題なのは神聖オラクル帝国の事情も関わってくる」
「帝国の?」
「舵取りを誤れば3国間で戦争もあり得る」
「はっ?」
ティアナクランは信じられない言葉を耳にした。
「……あの、一体どこをどのように拗らせると人類間での戦争に発展するのですか?」
「言うな、余も頭が痛い」
頭を抱え少しばかり顔色も優れないビスラードを見てティアナクランは次の質問をためらう。一体何が起こっているのかまるで理解が追いつかないでいるとクラウディオが口を開く。
「殿下。ファーブル翼竜共和国の要求は伴侶捜しの旅をすること。ひいてはブリアント国内の外遊許可を求めております」
このときビスラードがいかに窮しているのかティアナクランは理解した。
それほどにかの国の伴侶捜しは問題しかない。もはや災害と言っても遜色がない。
「……エクリス王女の伴侶捜し。それは実に遠慮願いたいですわね」
「はい、かの国の竜人、特に王族に共通していることは優れた者を力ずくでも手に入れること。そのためには戦争すら厭いません」
そこでティアナクランは疑問を口にする。
「でしたらフローレアは関係ないのでは? 伴侶を探しているのは男性なのではありませんか」
至極もっともな疑問なのだが力ある竜人にはその常識が通じない。そのことをビスラードは娘に説明する。
「エクリス王女は竜の血を強く受け継ぐと聞く。そのため性別を超越した存在である。つまりどちらでもかまわぬということだ」
「……えっと、わたくし急に用事を思い出しましたわ」
身の危険を感じたティアナクランはその場を退出しようとする。だがフロレリアが駆け寄り深く頭を下げて願う。
「ティアナクラン殿下、お願いします。フレアを助けてあげてください。エクリス王女が探しているのは恐らくフレアなのです」
「フローレアを?」
一体どういうことなのかと視線を巡らせるとビスラードが真剣な表情で娘を見つめていた。
「フローレアは多くの仲間に恵まれておるが飽くまでも平民よ。権威と国際問題を盾にされては抗えぬだろう。対抗できるのは王族しかおるまい。それに実力行使を行うこともためらう抑止力が必要だ。お前以外適任はおらぬ」
ティアナクランはフレアが攫われるのでは、と思うと不思議と立ち去る気持ちが消し飛んだ。それどころかエクリス王女にたいして怒りも沸き上がる。
「詳しく説明して頂けますか」
ビスラードはティアナクランが本気になったと知り話す決心がつく。それでも前置きをする。
「なぜこの件が戦争に発展しうるのか、これから話すことは他言無用。フローレア本人にも気づかれてはならぬ」
ビスラードから語られた事情はティアナクランに強い衝撃を与えた。王女はしばらく言葉を失い佇んだという。
しっかり静養もとって王立ウラノス魔導騎士学園に戻ってきたフレアはすぐ工房にこもり1週間学園も休んで作業に没頭していた。
フレアはげんなりしつつよろよろと工房を出る。鬱憤が溜まりに溜まり、重苦しい吐息がこぼれる。
「はあ~~、やっと終わりました」
最後の1つとなった魔導具を保管箱に梱包しおえたら後は軍に引き渡す。これでフレアの仕事は終わりである。
「お疲れ、フレアっち」
苦笑しつつリリアーヌがフレアをねぎらう。
フレアが完成させたのは未完成だった空飛ぶ箒を改良したもの。
空飛ぶ敵、グラハムの対抗策として前線の魔法少女に支給し空戦対応しようというものだ。
「ううぅ、ティアナは酷いです。空飛ぶ箒を改良して一週間で量産しろって簡単にできるわけがありません」
苦渋の選択として空飛ぶ箒20機に貴重な魔装宝玉を、――それも隠し持っていた魔装宝玉を使用するしかなかった。
「空を飛ぶのって大変なんですよ。レティカさんが空を飛べるのはあの人が特別なだけですっごく大変なんです。魔力と制御力がたくさん必要なんですよ。なのに、なのにティアナは簡単に言ってくれて、ううぅ」
珍しくフレアが涙目で愚痴をこぼしている。そんな姿をリリアーヌは珍しいなと思ってしまう。
「なんかこの間から王女様の態度が変わったよね。前はもう少し遠慮してた所もあったけど」
それにはフレアも同意する。
「そうなのですよ。私怒らせることをしたのでしょうか」
「怒っているとかそんな感じには見えなかったかな」
リリアーヌはフレアにむちゃな要求を言ったときのことを思い出す。むしろ信頼してお願いしたのだとリリアーヌは見ていた。
(それでもどうにかしてしまうのがフレアっちの凄いところだけど)
これではますます頼られることになると思うのだがリリアーヌはあえて言わないでおく。
締め切りがなくなりフレアはようやく解放されたのだ。うれしそうな顔を見ると水を差すのも不粋に思えたのである。
「よし、では早速、自由気ままな研究を始めますか」
先ほどまで疲労困憊であったのに工房へ戻ろうとするフレアを呼び止める。
「ちょっと待って。休むんじゃないの?」
「何を言っているのですか。仕事(依頼)と趣味(研究)は別腹ですよ」
「あっ、いま研究を趣味って言わなかった?」
これは重症だとリリアーヌは強制ストップをかける。
「駄目だよ、フレアっち。もう朝なんだな~~。学園に行かないと」
「ええーー、私寝てませんよ」
「今さっき研究しようとしていた人が何言ってるの。さあ、いくよ」
「……ふみゅ」
魔法少女の強化された腕力に勝てるわけもなくフレアは引きづられるように連れて行かれるのだった。
朝の学園の正門前は元気いっぱいの女生徒たちであふれかえる。特にフレアの通う新校舎は男の貴族を排除しているため女子率が非常に高い。
「ああ、イケメンが視界に入らないと私の心はこんなにも穏やかです」
「もう許してもいいんじゃないの」
「いいえ、駄目です。甘い顔をするとつけあがるのが奴らです。徹底的にイケメンや男性貴族は魔法少女から遠ざけなければ」
新校舎は旧校舎に比べて天と地の差がある。もはやいじめではないかと思えるほどである。一方で神殿か宮殿と見間違おう豪華絢爛な作り。一方で年数も経ちあまりにも見劣りする建物。
(きっと貴族は見比べる度にへこむだろうなあ)
リリアーヌはさすがに同情してしまう。
「しかし、魔法少女の授業も確かに大切です。3日は寝てない気がしますが気合いをいれましょう」
「いや、さすがに休憩中に仮眠とってよ?」
「とはいえ時間がたりませんね。王都で得た貴重な戦闘データから次々と問題点と改善案が湧いてまして。すぐにも取りかかりたいところです」
フレアはリリアーヌの心配に答えることなく思案に没頭している。そこでリリアーヌはちょっと怒った口調で言い聞かせる。
「フレアっち、その前に絶対に睡眠とらせるからね、じゃないと怒るよ」
「……ハイ」
フレアはようやくしゅんとして頷いた。温厚なリリアーヌが怒るのは本当に心配しているからだ。それに気がつきフレアも反省する。
「ごめんなさい」
「わかればいいの」
素直に謝られてはリリアーヌもすぐに笑顔に戻る。
「リリー、授業の話に戻りますが少し予定を変更したいと考えています」
「ん、どういうこと?」
「私が思うに強力な無魔といきなり対峙したことで生徒たちは皆少なからぬショックを受けていると思うのです」
「それはそうかもね。アタシもあのグラハムって無魔の存在はショックだったし」
攻撃力は戦術級。防御は鉄壁。そして空を飛ぶ。あまりにも厄介すぎる敵だ。
「以降の授業は支配者級の無魔にも対抗できるよう目標を数段あげて取り組むべきだと思うのです」
「それって厳しくない?」
「生徒だけに負担はかけません。私もそれに見合った魔装宝玉の改良と新装備の開発を急ぐつもりです」
それにしても難しいと考えているとフレアが言った。
「リリー、また忘れているようですが何も1人で対抗できるようになれとは言ってませんよ」
それを言われてリリアーヌは王都でのことを思い出す。フレアの暴走した魔法を魔法少女皆で力を合わせて制御し、勝てないと思われたグラハムを撤退に追い込むことができた。
「そうだね。もう魔法少女は1人で戦わなくてもいいんだよね」
「その通りです。仲間と力を合わせて強敵を倒す。それでいいのですよ」
そこでフレアは怪しい笑みを浮かべる。
「とはいえ魔導技師の私としてはそれで甘んじるつもりはありません。今までは加減しておとなしいデザインでしたが、もっと可愛く、もっと強く、もっと魔法少女らしい新装備を作っていきますよ。期待しててくださいねリリー」
聞き捨てならない台詞を耳にした。
「待って、加減して今の魔装法衣なの?」
「そうです。リリーもやっぱり地味すぎると思いますよね」
リリアーヌが思わず確認してしまったのは地味だから驚いたのではなく既に十分派手でメルヘンな見た目だと感じてのことだ。
残念ながらフレアにはその思いは伝わっていない。
「それに必殺魔法を各々で編み出すのは大変でしょうから私の方でそのための魔導具を作ってあげるのもいいですね。フィニッシュアタックは魔法少女の必須と言えましょう。ああ、夢が広がります」
そんなものが必須だとはきいたことがない。だが1つ言えることがあった。
「フレアっちが暴走してる。また王女様が頭を抱えるんだろうなあ」
リリアーヌは長い付き合いである。もはや言っても止まらないことは分かりきっている。なのでただ祈ることしかできない。
(王女様が心労で倒れませんように)
そうこうしていると見習い魔法少女たちが何人か集まっているのが目に入った。
フレアたちは顔を見合わせてから様子を見に行く。
「パティさん、どうしましたか」
「あっ、フレアちゃん、おはようだね」
「はい、おはようございます。それと学園では教官でお願いしますよ」
ごめんごめんと謝りつつパティは学園のとなりを示す。
「実は新校舎のとなり、気がついたら更地になってるんだよね」
「は?」
フレアはそんな予定は聞いていないと外に視線を向けると確かにパティの言うとおりだった。
「……なくなってるね。フレアっち、ここって貴族の邸宅があったはずだよね」
「ええ、そのはずですが」
「そうなんだよ。昨日はちゃんとお屋敷があったのに一晩で消えるなんて、これってミステリーだよ」
何かが起こっている。フレアはすぐに渡り商人に探らせようと考えていると正門前が騒がしいことに気がついた。
「今度は一体何なのですか」
フレアは喧噪の先で既に人が大勢集まってしまっている様を見て何事かと警戒していると一気にそれは2つに分かれる。
「な、ななっ、なああああああーーーー!!」
フレアは本来こんな場所にいるはずがない人がいることに驚きの絶叫をあげた。というのも頭の回転の速いフレアは既に最悪のシナリオを導き出している。
もはや声にならないフレアの代わりにリリアーヌが近づいてくる人物の名を呼んだ。
「ティアナクラン殿下……、どうしてここに?」
ティアナクランは魔法少女の長である。それは民の希望でもありアイドル的存在。あっという間に人だかりができるのも仕方がないこと。
そして、王族でもあるため彼女が道を空けるように言えば即座に整然とした人の道が開ける。
ティアナクランの視線はフレアしか捉えていない。
「フローレア、わたくしのお願い。――無事達成できたのかしら」
「ええ、やりましたとも。おかげで今3日寝てませんが」
フレアは疲れているからもうオーダーは受け付けたくないと遠回しの意思表示を返す。
「そう、さすがね。やり遂げてくれると信じていたわ。ありがとう」
極上の笑顔でティアナクランはフレアにお礼を伝えた。
だがフレアの警戒心はむしろ高まる一方だ。
「……ティアナ、どうしてここにいるのですか?」
「ふふ、それはね」
ティアナクランはいたずらっぽい笑みを浮かべつつ空に手をかざす。フレアは視線をあげると固まって動かない。
リリアーヌも気になって空を見るとあ然とした。
周囲にいる生徒たちは前代未聞の事態にパニック寸前である。
「わたくしの活動拠点をここに移そうと思いまして。だから……」
空には大きなお屋敷が、――ティアナクランの別荘が空に浮かんでいた。それはかつて合宿を行った別荘である。王女はその類い稀なる魔法の力を存分に使ってわざわざ運んできたのだ。魔法で屋敷を運ぶなど前例がないことだった。
「別荘を、魔法で担いできたのですか。一体どれだけの距離があると……」
「重力制御をかけて軽くしたら後は浮かせて運ぶだけよ。簡単でしょ」
それには聞いていた生徒たちが力強く首を横に振る。
「ティアナ、もしかしてあなた、また強くなりましたね」
「ええ、心境の変化が魔力に作用したみたい。理由を知りたい?」
なぜか意味深にフレアを見るティアナクラン。フレアはそれよりも周囲を見て忠告する。
「とりあえず、空にあんな大きな屋敷があっては落ち着きません。降ろしてくれませんか。学園の隣にある空き地に」
よく分かったわね、そういいたげにティアナクランは笑みを浮かべた後、スゥーと滑るように屋敷を移動させるとゆっくりと学園隣の更地に着地させる。
その際には予想された大きな揺れもなく、音も静かなものだった。
「ふむ、興味深いですね。重力制御で浮かせる発想。空飛ぶ箒にこのシステムを組み込めばあるいは……」
この中にあって誰よりも立ち直りが早かったフレアはもう研究のことで頭が一杯になっている。
そんなフレアの様子を見て、王女を見て、いまだショックに言葉を失う衆目を見てリリアーヌは理解した。
(ああ、分かった。王女様も本質はフレアっちと同じなんだ)
少女趣味や、破天荒な所がそっくりだった。リリアーヌは王女が常識人だと思っていたがそれが誤りだと気がつく。
これからはフレアのような人間が2人。そう思うとリリアーヌの気は重い。
一方でフレアも顔が引きつりそうだった。
(ああ、ティアナに監視されては好き勝手研究できないではないですか)
フレアとリリアーヌはそれぞれ肩を落とすのだった。