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第13話 王都防衛編 『魔法少女たちの初陣。王都の人々を守るために』

 王都が無魔の襲撃に見舞われる前のこと。

 ブリアント王国王都ロンドウィル。

 そこは石作りの町並みが規則正しく立ち並び、中央は馬車10台が行き交おうとも問題ない広い大通りが王城に向けてまっすぐに伸びている。その中間地点にある大きな噴水は人々の憩いの場となっている。王都だけあって都会の着飾った裕福な若者が行き来し、往々に賑わいを見せている。

 

 多様な露天商が所狭しと軒を連ねて商売に励み、王都を訪れる懐が温かい人々を目当てに売り子の呼び声が絶え間なくあがり活気づく。

 ここには飲食関係ばかりではなく、奇妙で珍しい動物を取り扱うこともあり、目を引く催し物や、楽しげな演奏、感性を刺激される美術商品も豊富で目移りしてしまう。まさに国の中心地といえた。

 

 ブリアント王国では貴族が芸術を推奨し、有望な芸術家のパトロンになることがステータスとされている。ゆえにいつしかブリアント王国の王都ロンドウィルは芸術の都として発展し特色ある文化が育まれている。

 

 芸術活動の一例としてはこの世界においては便利な写真などあろう訳もなく、似顔絵絵師が待機している。依頼を受けると素早く写実的な絵画を仕上げていく。その優れた写実的なできばえに客は感嘆の声を上げては嬉々として去っていく。

 

 他にも王都随所で色彩にあふれた創作物が目を楽しませてくれる。

 そんな心躍る場所で浮かれている少女たちがいた。都会の(けん)(そう)に胸高鳴らせてはしゃぐフレアの生徒たちである。

  彼女たちは宿の周辺に限り外出を許された。だがそれもあまりにも生徒たちが懇願するため護衛の兵が根負けした形だ。彼らは一層神経をとがらせて宿周辺を警戒、巡回を行っている。

 

「うわああ、都会だああああ。ドキドキの大都市だあ」

 

 恥も外聞も考慮しないパティの叫びにアリアは恥ずかしくなった。今すぐに逃げ出して他人のふりを決めこみたかった。とはいえクラスのまとめ役の立場が辛うじて足をつなぎ止める。

 

「パ、パティさん。よろしければ声を抑えて頂けませんか。それでは田舎者丸出しですわよ」

「ん、何ふぁいったあ?」

 

 露天で買ったパンをほおばりながらパティは応える。アリアの中で何かがぶち切れた。

 

「はしゃぐなといっているのです!」

 

 アリアの怒声が一際周囲にこだまして周囲の生徒たちは指摘する。

 

「アリアが一番うるさい」

 

 自覚のあるアリアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。そこに手を叩いて助け船を出す生徒がいる。

 

「はいはい。みんな委員長を困らせちゃだめよ」

 

 北方子爵令嬢のユーナが言えば誰もが一度耳を傾けた。その声は淑女の風格を伴い無視できない不思議な魅力を持っている。

 何でもそつなくこなして皆から頼られる、最近では難度の高い水の治癒魔法も習得した優等生。そんな彼女はアリアよりもカリスマを持つが誰かをひきたて支えるのが性分だ。

 

「私だってここにいれば心躍るわ。楽しそうだものね。け、れ、ど、も、私たちはウラノス魔導騎士学園の魔法少女候補生。国中の女性が注目し憧れる場所に立っているの。その希望を壊す言動は慎むこと。それを最低限守った上で観光を楽しんで頂戴ね」

 

 魔法少女は人類の希望。そのことを自覚した生徒たちはユーナの言葉に素直に頷いた。

 

「ありがとうござます。やはりユーナさんは頼りになりますわね」

 

 一応はしゃいではいるものの大声を上げることはなくなった周囲を見てアリアは胸をなで下ろして感謝する。

 

「ふふ、私だってこれでも浮かれているのだけれど?」

 

 近くの花壇に近づき色彩豊かな花々を愛でながら返事する。その姿は絵になっていてアリアはほうっ、と溜め息。

 

「そうは見えませんわ」

 

 ユーナは心外そうに頬に指を当てて困り顔をみせる。

 

「あらあら、フローレア教官だけね。私の本質を言い当てたのは」

「あら、フローレア教官はどのようにいわれましたの?」

「知りたい?」

「ええ、参考までに」

「私のことを()(てん)()だっていうのよ」

 

 ユーナは言われたときのことを思い浮かべ年相応の楽しそうな笑顔を見せた。だがアリアは理解し難いと首を振る。

 

「ええっと、……一体どこが御転婆なのですか?」

「ふっ、あなたまだまだね」

 

 ユーナは興味を失ったように1人珍しい動物が扱われている露天にむかって行ってしまった。

 

「ユーナさん? ……まあ、彼女なら1人でも大丈夫でしょうね。それよりも」

 

 アリアは自分のクラスが問題児ばかりだということを身にしみてわかっている。何せフレアのいない授業は全てサボる生徒だったり、機械いじりが趣味で改造魔導具を暴発させボヤを起こす者、挙げ句には破滅的なドジを引き起こす子もいるのだ。クラスの責任者として気の休まるときがない。

 

「フローレア教官は個性を推奨していますけれど大丈夫なのかしら」

 

 苦労を背負いがちなアリアは既に弱気である。

 そんなとき西門から発した喧噪に気がつき顔を上げる。周囲も何事かと立ち尽くすものも多い。

 

「もしかしてミュリさんの不運でまた騒ぎになってるのでは?」

 

 そう思ったがアリアの声を拾ったミュリが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ひっ、ごめんなさい。またどこかわたしの知らないところでわたしの知らないうちに自覚のないドジをしてしまったのでしょうか?」

 

 不安そうにおびえるのは小さな、それもフレアに匹敵するほど小柄な少女だ。彼女は北方男爵家ブォルフガングの3女で先に挙げた問題児の1人であった。

 

「ああ、ミュリさん申し訳ありませんわ」

 

 ばつが悪そうにアリアが駆け寄った。ミュリはフレアの妹分である。場合によってはフレアの機嫌が大きく損なわれる。そうなるとアリア的にはめんどうなことになりかねない。

 

「ど、どうしましょう。フレアお姉様がいないのに……」

 

 彼女はフレアを姉のように慕っている。そして、依存する傾向にあった。

 

「ふええ、フレアお姉様がいないと、わたし、わたし」

 

 その場でうずくまり泣き出したミュリはどんどん負の迷宮に入り込む。

 

「お待ちなさい、ミュリさん。フローレア教官はいつでも見守っていますわよ」

 

 そう言ってアリアは懐からフレアを模した魔導式の人形を取り出す。ミュリ対策にフレアから渡されている特別な人形だ。どこが特別かと言えば。

 

『ミュリさん、悲しむことはありませんよ』

 

 人形からはフレアとそっくりの声が発せられる。

 

「ふえっ、フレアお姉様の声だあ」

 

 フレアの声を聞くだけでぱあっと大輪の花のように笑顔が咲き乱れてはほころぶ。――そう、ミュリにとってフレアの信頼は絶大。どんなときでもフレアの声だけで不可能と思えることすら信じてしまう。

 

『ミュリが困ったときはいつときだって駆けつけます』

「ほんとに?」

『ええ。――まずは自分の力で乗り越える努力をしましょう。大丈夫ミュリはできる子です』

「うん、私頑張ってみる」

 

 人形を操作して吹き込まれているフレアの定型文を選択しながらアリアは脱帽するしかない。あれだけ落ち込んでいたミュリが人形の声だけで立ち直ったのだ。

 

(フローレア教官が恐ろしいですわ。もはや調教のレベルですわよ)

 

 そうこうしているうちに西門の方から走ってくる男を見る。身につけている装備からいってこの都市の兵士。それも伝令役だ。その表情は緊迫に強ばり、ただ事ではないことをアリアに推測させる。

 

「あれは伝令兵、何かあったのかも……」

 

 アリアの言葉にミュリが立ち上がって言った。

 

「西門前にものすごい数の無魔がいるって。門の警備兵さんが慌ててるみたい」

「えっ!?」

 

 フレアの声で立ち直ったミュリは耳をすませるための仕草をする。アリアは気がついた。ミュリが身体強化魔法、それも聴覚をあり得ない水準にまで研ぎ澄ませていることに。

 

「……西門外を警戒する(しょう)(かい)兵の連絡もまるでなかったみたい。本当にすぐそこまで敵が迫ってるみたいだよ」

 

 アリアは驚いた顔をする。西門との距離は数キロ以上離れた先にある。魔法少女に変身しなくても、いや変身したとしてもアリアには無理な芸当だった。

 

「それは本当なの?」

「うん」

 

 ようやく状況を飲み込みアリアは思案する。であれば先ほどの伝令兵の慌て具合も理解できた。

 

「アリアちゃん。どうする?」

 

 ミュリの視線を受けてアリアは目つきが変わった。そこにパティが異変を感じ取り誰よりも早くアリアに合流してくる。

 

「アリア、何かあったっぽいよ。みんな集めた方がいい気がする」

「パティさん、それはあなたのいつもの勘ですか?」

「まあね、なんか背中がむずむずするんだ。これはきっと良くない知らせだね」

「あなたの勘と強運は無視できませんわ。分かりました、緊急招集をかけます」

 

 目立つのを覚悟でアリアは信号魔法を空に打ち上げる。緊急の招集に使う光と雷の簡易魔法。打ち上げられた光球は頭上の空で大きな音をたててはじけ散る。

 そこで周囲に散っていた魔法少女候補生たちが続々と集まりだした。

 その間にアリアはミュリに尋ねる。

 

「騒ぎになっているのは西門だけなのですか?」

 

 王都は周囲を巨大な外郭で囲む総構え。高さ18メートルの壁が全周囲に建造されている。そして西、南、北にある出入り口は強固な魔法金属製の扉が外敵の侵入を阻む。

 アリアは王都が敵に包囲されている可能性を危惧していた。

 

「うん、無魔は西門だけだよ」

 

 徐々にクラスメイト集まりだしたところでパティが質問する。

 

「アリア、何が起こってるのか説明して」

「それは……」

 

 アリアが何かを口にしようとすると事態は動いた。

 

『無魔だ、無魔が城下にせめてきたーー』


 西門の方から切迫した声がして誰もが振り返る。


『西門を見ろ。無魔が城下に入り込んだぞ』

 

 西門を見ると扉は開け放たれ、異形の化け物が殺到している。ゴリラやオオカミに似た様相の化け物たちが雄叫びを上げると城下が震えた。

 

 ――一瞬の静寂の後、人々は恐慌した。パニックになり我先にと逃げ始める。あまりに突然のことで避難も統制がとれておらず混迷を極めた地獄絵図を描き出す。

 人々はただ助かりたい一心で無魔のいない方向に当てもなく逃げていた。

 西門の警備兵が応戦しているがそれも心許ない。西門の奥には一面に無魔の化け物が見えていてその数は終わりがないように思えた。

 呆然と立ち尽くすアリアにパティが背中を叩く。

 

「アリア、しゃきっとしなよ」

「パティさん……」

 

 見回すとクラスの面々が注目している。

 

「あなたがリーダーよ。どうするか決めて」

「どうするといわれましても……」

 

 アリアの頭には2つの想いがある。人々を助けたいという思い。けれども満足に訓練もしていない自分たちが戦えるのかという疑問。それを見透かすようにユーナがいう。

 

「アリアさん、私たちは魔法少女よ。とるべき道は1つではないかしら」

「ユーナさん、わたくしは……」

 

 クラスの命を預かる決断に迫られ(しゅん)(じゅん)するアリアにユーナは諭す。

 

「みんなの目を見なさい。ここで逃げ出したいと思うような生徒は1人もいないわよ」

 

 アリアは見回すと誰もが決意を抱き強い正義感を持った瞳が返ってくることに胸が熱くなる。

 パティがつとめて明るくアリアに言う。

 

「それにフレアちゃんがいつも言ってるじゃん。困っている人がいたら助ける。それが魔法少女だって。ここで逃げたら私たちもう魔法少女じゃないよね」

 

 アリアはフレアの名を聞くとなぜかほっとする。すると自然と迷いが消えた。

 

「そうでしたわね。やりましょう」

 

 アリアが胸元の魔装宝玉を手に決断するとその場にいた生徒たちは頷いた。

 

「皆さん、変身ですわよ」

 

 全員が高らかに、まるで天に宣言するような口上を叫ぶ。

 

「「「変身(トランス)魔装法衣(マギカコート)」」」

 

 少女たちからまばゆい魔力の光があふれ出す。その奔流は頭上に向かって上り詰めていく。その輝きに人々は足を止めて希望を見た。

 光の中では魔法少女たちが魔力でかたどられた華やかな法衣に身を包む。量産型とは思えないそれぞれの個性に合わせて調整された装備を手にした魔法少女たち。

 光が晴れた後、人類の守護者たちがあらわれると人々から歓声があがった。

 

『魔法少女だ、魔法少女がきてくれたぞ』

『これでもう安心だわ』

『きゃーー、可愛い、あれが魔法少女なの?』

『っていうか魔法少女多過ぎだろ。いや、心強いけどさ』

 

 人々の期待にさらされアリアたちはわずかに困惑する。

 

「パニックが収まりましたわね」

「いいことだよーー。でもやっぱしこの衣装ってフリフリが多い気がするね。無駄に可愛い……」

 

 動きづらいとパティが自身の法衣をつまむ。そこでユーナが(たん)(そく)した。

 

「フレアさんの趣味に決まっているわ。――諦めましょう」

 

 ああなるほど、とクラスの誰もが納得する。

 まずは率先してアリアが人々に呼びかける。

 

「皆さん、落ち着いて。倒れている方には手を貸して王城に避難してください。無魔はわたくしたち魔法少女が食い止めますわ」

 

 アリアの声に人々が我に返り周囲の女子供、老人に手を貸しながら避難を再開した。その様子に魔法少女たちは胸をなで下ろす。

 この混乱にあってアリアたちの警備についていた騎士たちは独自の判断で民の避難を優先し買って出る。アリアはいままで警備してくれた騎士たちが礼をするのを見てそれを返す。

 

 その間にも状況は差し迫っていてアリアははるか先の西門を見る。既に西門にいた警備兵は突破された。入り口で分かれる3つの道をそれぞれに侵攻してくる。

 

「パティさん、あなたは2個小隊8人を編成して。向かって右側の対処を。そこは住宅街ですわ。入り組んだ地形を生かして敵をかき乱して戦って」

「わかった。じゃあ、機動力と接近戦の得意な人を多めにあつめよっか」


 次にアリアはユーナに指示を出す。

 

「ユーナさんは向かって左側の対処を。左側はライフラインの要。用水路を背に得意の水の魔法で敵を押し返しなさい」

「分かったわ。同じく2個小隊編成ね」

 

 察しのいいユーナにアリアは頷いた。

 

「残りで中央の大通りを守ります。王城に通じる中央が最も戦力の集中する戦場となります。高火力遠距離砲撃が得意なキャロラインさんを中心に敵を絶対防ぎますわよ」

 

 アリアの言葉に呼ばれたキャロラインはきょとんとする。

 

「わっちが中央を指揮するん?」

「いいえ、指揮はわたくしがとりますわ。あなたはフローレア教官直伝の銃技で敵をなぎ払えばよくってよ」

「それなら得意とね」

 

 大きな魔装銃を抱きしめ不適に笑った。その笑みは自信の現れだ。キャロラインは唯一技師としてもフレアの手ほどきを受けており魔装銃の扱いにかけてはトップクラスなのである。

 

 魔装銃は魔法の使えない兵のために開発が進められている。予め魔力を込めた筒をセットして引き金を引くだけで遠距離魔法が打ち出される仕組みだ。

 内部には魔力の制御に欠かせない受容体の代わりとなる制御装置が組み込まれている。もともと魔法の使えないフレアが護身用にと開発が始まった経緯がある。

 

「この魔装銃。一般人が使っても強力やけんど魔法少女が使えばもっとすごいんよ。実戦投入は初めてやけどみんなの度肝ぬいたるかんね」

「気合いは十分みたいですわね。ですが目的は援軍がくるまでの足止め。民の避難が最優先でしてよ。特にパティさん」

「え、私?」

「初陣なのですから無理はしない。魔力切れには気をつけないといけませんわよ」

「分かってるよ」


 お説教っぽいアリアの指示にパティは雑に応じた。それでもアリアは大事なことだと思っていた。この場にいるほとんどが実戦は始めてなのだから。

 念には念を入れて指示を出す。

 

「それと敵は数頼みの兵卒級よ。接近戦担当が敵を抑えて寄せ集め、遠距離戦担当が敵を一網打尽にする。授業で習った基本戦術を徹底してくださいね」

「はいはい。じゃあ、もういくね」

 

 もう勘弁とパティは選抜した7人共に持ち場に走っていく。

 

「はあ、本当に分かっているのかしら」

「ふふ、アリアさんも大変ね」

「そう思うのならもっと助けてくれてもいいのではなくって」

 

 それを言われてユーナはひらりと翻して去っていく。まるで聞こえなかったと言いたげに上品な笑みを残して……。

 

「ほんと、みんな好き勝手ばかりですわ」

 

 両手を腰に当ててご立腹のアリアはそこで気がついた。中央に残った魔法少女は13人しかいないことに。

 アリアはまたも沸騰しそうな苛立ちを抑え、低い声で周囲に尋ねる。

 

「……ところでルージュさんはどこに行きましたの?」

 

 ミュリは首をひねり疑問を口にする。

 

「あれっ? ルージュちゃんそもそもいたっけ?」

 

 その答えはアリアの怒りを更に引き上げていく。

 

「ルージュならまだ宿で本読んでるかくつろいでるかもね。彼女、孤高やから」

 

 それを聞いてアリアは額を抑える。

 

「くつろぐ? 無魔が攻めてきたこの状況で?」

「彼女、大物やねぇ」

 

 悟りの境地で空を見上げてキャロラインはしみじみといった。

 

「絶対に違いますわよ」

 

 思わず叫ばずにはいられないアリアにミュリが袖を引く。

 

「アリアちゃん、ルージュちゃんみつけた」

 

 ミュリが指さした先は王都よりの地点に大きく店を構える格調高い喫茶店。中央通りの目立つ一等地にあり屋外テラスにてお茶を優雅に楽しんでいるルージュの姿が確かにあった。

 

「――あっ、の方は、何をしていますの?」

 

 激しく目減りしつつある理性を総動員してアリアは辛うじてその言葉を絞り出す。アリアの疑問にミュリが極めて好意的に解釈する。

 

「うーーん、戦いの前に精神統一してるのかな? 偉いなあ」

「ミュリさん、それは絶対に違いますわよ」

「わかった。あれはきっとサボりやね」

「ええ、そうとしかいえませんわよ」

 

 アリアはルージュを連れ戻すため直後、風のごとき速さで駆けるのだった。


 

 一方、ルージュは可愛らしいティーカップをみて香りを楽しみ、ほどよい熱さの紅茶を1口含んだ。

 一連の動作全てに風格が備わり彼女の育ちの良さを(うかが)わせる。

 給仕をした従業員がその様にどこかの貴族か、はたまた王族がお忍びで来店したのではと緊張の様子で見守るほどだ。

 

 彼女は学園でもきっての才媛。その上容姿端麗。言い寄る男子は数知れず。同時に彼女はどんな男にもなびかず黒く美しいロングヘアを掻き上げて棘のような態度で他者を拒絶する。その様子から学園では『孤高の黒薔薇』と呼ばれている。

 

 そんな彼女はブリアントの貴族でも王族でもない。

 彼女はリリアーヌと同じ移民でブリアントにおいては平民である。

 ルージュは必死に逃げる人々を眺めつつ毒づいた。大の大人が子供を押しのけて助かろうとするさまに侮蔑の意味を込めて見る。

 

「ふん、人がゴミみたいね。この中に助けるべき人はどれだけいるのかしら」

 

 彼女が突き飛ばされた子供に向かって手を振ると周囲に守護の魔法を発生させた。他にも大通りをぬける人々の中でか弱い老人や女性などを中心に保護の魔法を飛ばしていく。

 目につく範囲で魔法をかけ終えるとルージュはまた紅茶を優雅に1口含んだ。

 

「……残念ね。ぬるくなってしまったわ。おかわりをいただけますか」

 

 店員に声をかけようとしたところでアリアが怒鳴り込む。

 

「あなた、何油を売っていらっしゃいますの!?」

「あら、アリアさん。違うわ。私は紅茶を頂いているのよ」

「皮肉がわかりませんの!?」

「何を怒っているの? あなたもお茶を飲んで落ち着いたらどうかしら」

「状況が分かっていないの? 無魔が攻めてきたのよ」

「だから?」

 

 本気で分からないと言いたげに返事をかえすルージュ。

 

「招集をかけましたでしょう。なぜ集まりませんの?」

「必要ないもの」

「……どういうことですの」

「私が合流する必要性がないわ。何かするならあなたたちでどうぞ」

 

 ルージュの反応は素っ気ないものだった。

 対していい加減アリアの堪忍袋は限界を超えつつある。

 

「あなたね、この現状を見て、魔法少女として思うところはありませんの?」

「そうね。私に構う暇があるなら指揮に戻りなさい。敵がもうじき来るわ」

 

 ルージュの指さす先には遠距離魔法の射程に近づく無魔の波が迫っている。

 

「あなたって人は、こんなときにもサボりますのね。見損ないましたわよ」

 

 そう言い残して去っていくアリアにルージュは白いハンカチを振って見送った。

 その後見つめるのは西門の扉。

 

「門はこじ開けられたのではないわ。誰かが手引きしたのよ。あのときもそうだったもの」

 

 ルージュはそこで人の流れに逆らうように走る貴族をみる。その貴族とすれ違い王城に向かう不自然な兵士の一団も見た。


「見つけた。あれが本命ね」

 

 貨幣をテーブルに置くとルージュは煙のようにその場から姿を消した。



 慌てて持ち場に戻ってきたアリアにキャロラインが抗議する。

 

「遅いとね。敵はすぐそこなんよ」

「申し訳ありませんわ、説得に失敗しました。あのお馬鹿は後で説教ですわ」

 

 怒りに拳を握りしめるアリアにミュリは気がついたことを教えた。

 

「怒らないであげて。ルージュちゃんには別の心配があるのだと思うの」

「どういうことですの?」

「アリアちゃんが去った後、怪しい会話をしていた兵たちを追って王城に向かったみたい」

 

 そう言われてアリアは今回の無魔の奇襲が腑に落ちないことに気がついた。だが敵がすぐそこまで迫ってきていてアリアはその思考を中断する。

 

「……まずは無魔を迎撃します。考えるのは後ですわ」

 

 アリアは地面に両手を当てて魔法を前方の無魔に向けて広範囲に流し込む。


「わたくしは基本の5属性全ての魔法が扱えます。器用貧乏ではありますけれど、このようなこともできますのよ」

 

 水の魔法と地の魔法を掛け合わせて中央通路の地面に変化を起こす。そして瞬く間に底なし沼のようなぬかるんだ大地に変貌する。無魔がその地に足を踏み入れると泥の池に足をとられて進撃は鈍った。

 アリアの元に残ったのは大半が遠距離を得意とする魔法少女。その理由はアリア1人で近接型魔法少女数人分の役をこなしてしまうことにあった。

 

「敵の足が止まりましたわ。遠距離砲撃開始!!」

 

 そこに並んで待機していたキャロラインをはじめとする10人の魔法少女からの魔法が一斉に放出される。無魔たちがすくみ上がってしまうような凄まじい轟音が響いた。苛烈なまでの閃光が戦場を駆け抜けて次々と無魔を打ち貫いた。

 魔法少女の嵐のような魔法砲撃に怒りとも悲鳴ともつかない無魔の叫びが王都に響き渡る。


「すごいわ。合宿で手に入れた新装備の杖。威力が格段に上がってますわよ」


 アリアは自分の魔法の威力に自身が一番驚いている。それほどまでに杖から放たれる魔法は劇的なまでに強力になっていた。


「よっし、この新兵器、いける。このまま無魔を殲滅したる」

 

 特にキャロラインの魔装銃による砲撃は圧巻だった。兵卒級の無魔を一撃で数体消滅に追い込む砲撃を1秒間に5発連射する。その撃破率は凄まじいものがあった。

 それでも同胞を踏み台に魔法の沼を越えてくる大型の無魔もいる。

 

「カズハ、出番でしてよ」

「承知した」

 

 黒髪の魔法少女カズハが腰にさげた鞘から野太刀のごとく大きな日本刀を抜くと刀身が魔力で紫色に輝き、肉薄してきた猿型の無魔を一刀で斬り伏せる。

 魔法による傷は無魔にとっては限りない毒である。一瞬で塵となり消滅していった。

 

「ぐがっ?」

 

 斬られた無魔は呆然とした様子で消えていく。カズハの剣は無駄を削いで研ぎ澄まされている。刹那の速度の剣は無魔に死の自覚すら与える間もない。

 カズハは構えつつも頼もしいほどの威力を見せる刀に笑みを浮かべる。


「教官、あなたは最高だ。わずかな魔力消費で大型の無魔を一撃とは恐れ入る」

 

 カズハを筆頭に遠距離魔法部隊を守る近接型の魔法少女はたったの3人。

 日本刀、大剣、戟。

 接近戦でも対多数戦を得意とする3人が後方部隊を守る防衛ラインとなり一方的な殲滅戦に移行する。


 それでも戦いには波があるように突然大挙して無魔が大勢押し寄せる。アリアの沼と3人の接近戦型魔法少女を超えようと圧力を強めてきた。


「いけませんわ。このままでは敵に突破されるますわよ」

「アリアちゃん、わたしに任せて」


 そこで待機していたミュリがフレアにもらった特別な杖を手に動き出す。


「お姉様、力を貸して。《フレアプレッシャー》」


 ミュリから振るわれる魔法は他の魔法少女と比べても規模が違った。

 無魔の群れの頭上に空間を歪ませる魔法球体があらわれると勢いよく大地に激突した。魔法球体は着弾後大きく拡大し無魔たちをすっぽり覆い尽くした。金属生命体すら押しつぶす圧力が無魔たちの体を寸断し、甲高くも耳障りな音が鳴り響き消滅に追いやっていく。後に残ったのは地面をえぐりとったような巨大なクレーターがあらわれるのみ。魔法少女たちはあ然とした。


「……ミュリさん。その魔法は今後禁止ですわ」

「ひゃわ、ごめんなさい。やり過ぎちゃいましたっ!」

「まさかその悪趣味なお子ちゃま杖がここまですごいとは……」


 ミュリに本来これほどの規模の魔法を放つ実力はない。一度に400の無魔を殲滅する魔法が飛び出ようとは予想もしていなかった。


「これほどの性能ならば恥ずかしさを差し引いても一考の余地がありそうですわね」


 波を乗り切ったアリアたちは一気に攻勢をかける。

  

「すごいです。兵卒級の大隊規模相手に圧倒してますよ」

 

 ミュリが魔法砲撃を続けながらも予想以上の戦果に興奮を隠せない。それは誰もが考えていた。

 魔法少女が1つの場所に29人集結する。――それはブリアント王国の歴史上なかったことである。魔法少女が集団戦法を用いるとこれほどの戦力となる。この戦いはその事実を人々に知らしめた。

 

「このまま押し返しますわよ。前進っ!」

 

 無魔の撃滅速度が敵の進軍を上回り、徐々に魔法少女が西門へ迫る。西門の奥に見える無魔の数も既に五百体以下に減じている。アリアはこのまま敵を壊滅できると判断した。

 

「いけますわ。勝てる」

 

 その言葉に多くが奮い立つ。無魔の両側面からもパティとユーナが率いる小隊が見えるまでになった。

 

「敵を門の外まで押し返しますわよ。皆さん今一度一斉砲撃開始」

 

 残りの魔力を振り絞り苛烈な砲撃が西門に殺到する。3方向より集中する火力のすさまじさに無魔は耐えきれず急激にその数を減じていく。

 3方向からのクロスファイアは無魔にとってもたまらない様子でじりじりと後退する。城壁内から敵を一掃したアリアたちは合流を果たした。

 

「アリア、無事?」

「パティさんこそ怪我はありませんの?」

「ちょっと魔力が尽きかけててやばかったけどね」

「だから言いましたでしょうに」

 

 そこにユーナがさみしそうに声をかける。

 

「あら、私の心配はないのかしら」

「ユーナさんはわたくしよりもうまくこなすでしょうに。心配するだけ無駄でしょう?」

「あらあら、過分な言葉だわ」

 

 満足げな表情を浮かべていたユーナは間近で門を見て、更に城壁外に出た後違和感を覚えた。

 

「おかしいわ」

「ユーナさん、どうしましたの?」

 

 西門を外から見えるようになってユーナは注意深く城壁を観察する。

 

「西門が無傷よ。何より無魔が城壁を乗り越えた形跡もない。……どういうこと?」

 

 ようやくアリアは戦闘前に抱いた違和感に思考が戻る。

 

「確かにおかしいですわね。無魔は一体どうやって西門を開けましたの?」

 

 そこで勢いよく西門が閉じ、重々しい扉が魔法少女たちを城下より閉め出した。

 

「これは?」

「大変だよ、2人とも、新手が来たよ」

 

 パティの危機迫る声にアリアとユーナは振り返る。

 まるでアリアたちがこうなることを待っていたかのように3000以上の兵卒級が森を迂回し姿をみせる。

 

「まいったわね。信じられないけどこれは罠よ」

 

 ユーナは西門上の見張り台にいる警備兵たちを見上げ睨んでいる。アリアはまさかと思いつつ彼らにむかって呼びかける。

 

「西門を開けてください」

 

 そこに貴族の出で立ちの警備兵長が声を張り上げる。

 

「駄目だ。その間に無魔が入り込んだらどうする。2度も無魔を侵入させてはわしの地位が危うくなる」

 

 アリアは相手が何を言ってるのか理解出来ない。いや、したくなかった。

 

「向こうにいる無魔とは距離があります。今なら安全に向かい入れられるはずでしょう」

 

 アリアの言葉に警備兵長は首を横に振った。

 

「ならん。そもそも魔法少女がそれだけいるのだ。あの程度の無魔、たやすく葬れるであろう」

「そんな……」

 

 アリアは仲間の様子を確認すると疲労は色濃い。初めての実戦での緊張。まだ未熟だからこそ魔力の消耗が激しい。魔力切れ寸前の子もいる。

 

「敵前逃亡はゆるさん。逃げればこちらから矢を射かけるからな。死ぬ気で敵を殲滅しろ。そして、手柄はわしのものじゃ、ふひゃひゃひゃひゃ」

 

 アリアには貴族の兵長の醜悪につり上がる冷笑が見えた気がした。

 

「アリア、どうするの。もう魔力切れで変身も維持できない仲間もいるよ」

 

 パティの声にアリアは突然手が震え出す。唇が震えて声がなかなか出てこない。そんな様子を見かねてユーナが声を上げる。

 

「みんな西門を背に半円陣を敷いて。魔力切れの子は下がらせて休ませて。その間に魔力を少しでも回復させるの」


 ユーナの指示に魔法少女たちはすぐに動く。弱っている仲間には手を貸して迎撃態勢を整える。

 

「あんな数、勝てっこない」

 

 アリアが恐怖に震えているとパティが勇気づける。

 

「魔法少女は絶対に諦めちゃだめ」

「でも」

 

 そこにミュリが力強く訴える。

 

「……フレアお姉様がいるよ」

 

 その言葉に魔法少女たちの顔色が変わる。

 

「きっとフレアお姉様が助けにきてくれる。だって約束してくれたもん。ピンチになったら何を差し置いても助けにくるって」

 

 震える声で、涙目で、それでも訴えるミュリにアリアは思い出す。

 公爵家の圧力に苦しんでいた自分を事もなげに助けてくれた、――年下には思えないフレアのことを。

 

(そうだ、わたくしは魔法少女。どんなときも諦めない。フローレア教官はいつも行動で教えてくれた。魔法少女は誰かを守るためなら強くなれる)


 アリアの脳裏に浮かぶのは平民でありながら力ある貴族の横暴に立ち向かい助けてくれたフレアの姿。


(今度はわたくしが民のために立ち向かう。そして、皆を守り抜いてみせる)

 

 アリアは魔法で周囲に沼の結界を作り、声を張り上げる。

 

「時間を稼ぎます。フローレア教官が絶対に助けに来てくれますわ。それまでみんなで乗り切りますわよ!!」

「「「了解」」」

 

 アリアの力強い言葉に魔力切れでふらふらの少女も立ち上がり全員が奮い立った。

 ――フレアの助けを信じて。


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