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最終話 『魔法少女の王女』

 フレアが始めた移民特区には最先端の医療技術の開発と研究が進められている病院施設がある。その病院の一室に一人の少女がいた。

 ベッドのマッドレスを起こして横たわる少女の表情には生気がない。美しかった艶やかな黒髪は大切な人を失った悲しみで真っ白に色が抜け落ちている。

 しんしんと時間が切り取られたような空間に光と共に客人が輪郭を現していく。


「……ひどい有様だね」


 不意に人ならざる者が顕現する。発言に間があったのは皮肉を飲み込んだせいか端的な表現に留まる。

 神気の光から現れた訪問者を白髪の少女は視線だけで迎える。この世界、いや現実に興味をなくした少女の瞳はどこか空虚だ。それでも来訪者を認めると重々しい口調で応える。


「ふぅ……笑いにきたのかしら」

「いいや、イーリス相手にわたりあえたことに驚いたくらいさ。あれは邪神たちですら戦いを避けていた恐ろしい女だからね」

「世界なんてどうでも良かった。彼には生きていて欲しかった……」

 

 弱々しい返事に知の女神ミルは肩をすくめてみせる。


「一度墜ちた魔法少女。そして、未完成の魔装宝玉による変身と無理な戦闘がたたって体がぼろぼろだね。それよりも心が、魂の方が深刻か」


 白髪の少女の名はルージュ。マコトを守れなかった自責と喪失感から今は抜け殻のようになってしまっている。かつて自信に満ちあふれた姿の面影もない。

 

「……あなたも存在が以前にも増して希薄に見えるわ」

「ちょっと無茶をしすぎたからね」

「まあ、わたくしの関知するところではないわね。わたくしはもう歩くことすらままならないもの」

「これを見ても無関心でいられるかい」


 ミルが懐から取り出したのはビッテンブルグ騎士国の遺跡で見つけた神具だ。ルージュが見つけたときよりも大きな力を蓄え黄金の輝きが鳴動している。


「それが何?」

「以前の君だったらすぐに気づくと思うんだけどな。この神具にはとあるピュアマギカの魂がおさめられている」


 ルージュは訝しげにミルを見る。そして、神具から感じる魔力を探って嘘ではないと確認した。


「王都で使った奇蹟の力は副次的なものでしかないんだ。本当の目的は別にある。2つの人間の魂を1つにして新たに再転生させるというものだよ」

 

 無気力になっていたルージュもさすがにミルの糸に気がつき顔色が変わった。


「まさか……人類を裏切った振りをしていた? 全ては預言を欺くために?」


 さすがだね、とミルは苦笑した。

 

「全てはボクが仕組んだ計略だ。あの預言は権能みたいなものだよ。回避するのは難しい。だったら欺くしかないだろう」


 ルージュは既に1から10を悟り、とある可能性に気がついた。はやる気持ち抑えつつ一つ一つ確かめようとする。


「遺跡で姿を見せて情報を誘導したことも、神具の隠された再転生の機能を隠蔽したのも計略だったと?」

「そうさ、希望のピュアマギカも、魔法少女の救世主も人類が勝利するための最低条件だ。どちらも失うわけにはいかないからね」


 そこでルージュはミルが非常に重要なことを口にしたことに気がついた。それはルージュが最も確かめたかったこと。つまりミルがマコトも”失うわけにはいかない”と動いていたらしい事実。


「待って。待って頂戴。つまり……マコトさんも、マコトさんも生きているの?」

「正確には再転生しているはずさ。もっとも、そっちはイーリスがいざというときに備えていたものをボクが利用させてもらったよ。彼女は間に合わなかったと勘違いしているようだけどね」


 好都合だとミルは笑って答えた。

 

「あ、ああ……、マコトさんにまた会えるのね」


 心からの安どをにじませてルージュは吐息を吐く。

 

「正確には違うけど魂は一緒さ。それを是とするかは人次第だね」

「そういえば神の価値観では魂を重視するときくわ。あなたは生まれ変わろうとも同一人物という認識なのね」

「人である君はそれで納得できるのかい?」

「かまわないわ。わたくしも再転生させられるのでしょう」


 その通りだとミルは頷く。人類も無魔も邪神もミルの手のひらで踊らされていたということだ。それが気にかかるルージュではあった。

(気に入らないわね。でも……)

 それでもマコトにまた会える。その喜びが何よりも勝る。

 ルージュを希望のピュアマギカ復活のための犠牲として組み込んでいたことへの不信感も当然ある。だがもう会えないと思っていた人にあえる。再開への渇望は抗いがたく冷静ではいられない。


「イーリスが用意したマコトの再転生は特殊でね。仮の器と人生を予め用意していて魂が上書きされる方式を用いている。記憶と意識、力の覚醒までにはまだまだ時間がかかるだろうけどね」

「わたくしが受ける再転生は違うということかしら?」

「こちらは1から生まれ変わることになるね」

「今から新たな生を受けたとして間に合うのかしら?」

「そこは促成栽培の成長をしてもらうよ。数ヶ月で彼と同い年くらいまで成長させるつもりさ」

「そんなことが可能なの?」

「大丈夫だよ。この再転生にはボクの神力の全てかけて成功させるから」


 神力を全て賭ける。

 ルージュはミルから覚悟を感じ取った。神力というものがどういう力か知っているルージュはその意味を理解したからだ。出会った時にミルが弱っている様子だったのは既にマコトに対して少なくない神としての力を使ったのだろう。ミルの話を懐疑的にも思っていたルージュだがミルの決意を受けて賭けてみることにした。

 ミルは神にとって命を、存在をかけてのぞんでいるのだから。


「あなたを信じるわ。どうせこの体では彼の足手まといになるもの。やって頂戴」

「ありがとう。君とレイスティアは1つに統合される。そして、魔法少女の女神ヒカリの娘として、魔法少女を統べる姫として、希望の女神として君は生まれ変わる」


 ルージュは自分が自分でなくなるであろう再転生に対して驚くほど抵抗がない。元からこうなることをどこかで予感していたような気すらしていた。落ち着いた様子で心の整理をつけていた。

 ミルは神具の力を発動しながらルージュにたずねる。


「人によってはこの再転生を死と同義とみるだろうね。統合され自由な肉体を、半生を失うに等しいことなのかも知れない。だからお詫びとして1つ希望があればできる限り応えよう」

「サービスがいいのね」

「チートスキルでも何でも言ってごらん。これでも人類の神としては高位な存在なんだよ」


 提示される条件に対してルージュは人生をふり返り遠い目をした。浮かんだのはリリアーヌのことだ。リリアーヌとは対立していたがそれは過去の確執だけではない。ずっとマコトの傍で過ごしていた彼女への嫉妬もあった。

 ――だからミルにとっては意外と思える要求を口にした。


「生まれ変わったら一途に愛に生きて、バカみたいに恋したい。そんな女の子になりたいわ」


 予想もしなかった条件にミルは目を見開き耳を疑った。一息間を取って意味を飲み込むとこみ上げてくる笑いを押し殺しきれない。


「――ぷっ、あはははははは、まさか君からそんな願いを聞けるだなんて、あははははは」

「笑いすぎよ」


 心外だと不機嫌そうに頬を膨らませてルージュはミルを睨む。そして、深い吐息をこぼした。


「……もう疲れちゃったのよ」


 しみじみとルージュは語る。


「彼の負担にならないように聞き分けのいい女の子。頼りになる女の子。周囲に気を配り神経をすり減らしてきた。その結果多くのことをなしたとは思うわ。けれど彼と一緒の思い出が少ないことに気がついて(がく)(ぜん)としたわ」

「……そっか」

「ピアスコートはバカだけどずっと彼の傍にいた。たくさんの思い出がある。それがなんか悔しいじゃない。だから今度は都合のいい女にはならない。好きに生きて好きなだけ彼とイチャイチャしてやるつもりよ」

「イチャイチャって……いや、案外それが彼にとって一番なのかもしれないね」


 ミルはその様子を想像したのだろう。時々吹き出しそうになる。


「彼に群がる女狐どもも、彼を悲しませるバカ女も全て蹴散らしてやるわ」

「あははははは、ほんと君ってそんなキャラだったのかい」

「知らなかったの? マコトさんにも言われたけれどわたくし誰よりも愛情深い女らしいわ」

「――ああ、そうか。そういうことだったんだ。君が選ばれたことも運命だったのかもしれないね」


 ミルが今さらながらに何か気がついたようだった。意味深なせりふを残したがその真意をルージュが確かめることはできない。


「願いは聞き入れた。あとサービス追加しておくよ。有効に使ってくれるとうれしいね」


 ルージュの視界は真っ白に塗りつぶされて意識はぼやけて薄れていった。


「ボクもだまされたよ。君がそうだったんだね、リュカ。後は頼んだよ、盟友」

 

 消えゆくミルは最後に天を仰ぎ見る。


「我が事終われり。……心残りは一度でいいから頭をなでてほしかったなあ」



 

 ◇ ◇ ◇

 

 王都を襲った最大の危機は魔法少女たちの活躍によりからくも脱することができた。しかし、その戦いでマコトとレイスティアが犠牲になる。2人が抜けた影響は国防を大きく揺るがす。マコトを失った魔法少女の士気の低下が深刻だった。背後にマコトの存在感があるからこそ魔法少女たちは勇気を持って強大な敵とも戦えていたのだから。

 

 それから4ヶ月後、人類に更なる試練が襲いかかる。300万の無魔たちによる大侵攻が始まったのである。標的はブリアント王国。無魔はブリアント王国を落とし、そのまま人類の国々を全て飲み込んでしまおうと進撃する。

 かつてない大戦力。魔法に耐性をもって進化した無魔、モンスターの登場。多数の純粋種が率いる軍勢を前にブリアント軍は防戦するだけで精一杯であった。魔法少女たちも必至で戦ったがブリアント王国は次々と領土を削られていった。

 

 無魔の大侵攻が始まって3ヶ月後、ブリアント王国西方領土フィシャー侯爵領の都市ベルモンテ。この都市もまた無魔の侵攻によって滅びようとしていた。

 半年ほど前、帝国皇后エレンツィアの意向で始まった国同士の協力体勢。その一環として派遣されてきた少年ユリスもそこにいた。

 彼は帝国の『機巧技術』を扱う技術者であった。無魔によるベルモンテ襲撃前、彼は大切な技術と成果が盗まれていることに愕然とする。あれは人質同然の母を解放するにたる実績となるはずだった。それほどの大発明だ。それが奪われた落胆は深い。ユリスは当然盗んだ犯人の見当がついていた。同じく帝国から派遣されてきた技術者たちも姿を消していたのである。そして、彼らを牛耳る貴族たちもだ。





『騎士はどうした?』

『領主様の姿もない。一緒に騎士団も逃げちまったよ。俺たちを見捨てて逃げちまったんだ』


 守備兵とそこに住む民を見捨ててこの地を治める領主が夜逃げした。本当ならとんでもない話だ。そして、帝国からの技術者たちもその貴族と逃げたのだろう。ユリスの考えた発明は戦況を変えるかも知れないほどのものだ。あれがあれば民を見捨てたとしても挽回できるほどの名誉と成果と富を得ることもできる。


「あの技術は母さんをあの脂ぎった男から取り返すために必要だったのに」


 現実は非情だ。都市の城壁は破られ、内部に無魔が入り込んでいる。更に魔法に耐性をもつ進化した無魔が目立つ。進化した無魔は流体金属が半分固まったような金属質な肌ではない。有機的な生物と変わらない見た目をしている。そして、進化した彼らは空想の物語にあるような怪物。ゴブリン、オークといった怪物と酷似した特徴を持っている。そしてユリスは見た。イノシシの兵卒級が人型のオークに変わっていく瞬間を。獣が知能ある異形に変わっていく過程を。


「進化した無魔……いや、これはモンスターだ。まるで不安定だった存在がこの世界に固定化されたような……」


 そもそも無魔とはなんなのか。そのヒントがわかりかけそうな気がしたが傷の痛みによって霧散する。ユリスはけっして浅くない傷を負っていた。

 戦える騎士たちを引き連れて真っ先に逃げ出した領主を恨みたくなる。ちゃんとした戦力があり、城壁を使って防衛戦ができていれば目の前に広がる悲惨な光景はなかったのかもしれない。そう思うと腹ただしい。


「無魔の軍勢に囲まれて逃げ場はない。俺にもっと力があれば……」


 ここには王国の守護者たる正義の魔法少女もいない。彼女たちは軍隊ではない。差し伸べられる手は限りがある。


「せめて盗まれた武器が残ってさえいれば……」


 魔法の才能がなくとも戦える。騎士でなくとも無魔と渡り合える。人類の劣勢を変えるかも知れないせっかくの発明であり強力な新兵器が失われていたことが悔やまれる。もうできることといえばおとりになって戦えない女子供を街の奥へと避難を助けることくらい。

 その結果、自身が無魔がはびこる区画に取り残され窮地に陥っている。ユリスはもうここには誰もいないと思っていたのにはっとする。視界に取り残されたのであろう少女の姿がまだあったのだ。同時に魔物の姿が視界にはいる。だが逃げることはしなかった。いそいで駆け寄って警告する。


「はやく逃げるんだ」


 危機感もなく佇む少女にあらん限りの声で叫んだ。

 しばらくして既視感を覚えた。

 この少女とは何度か出会っている。あいにくと名前は知らない。だが強烈な印象だけは残っている。


「君。逃げてなかったの?」


 返ってきた返事は鈴のようにすんだ声。

 時間を取り戻したように少女がゆったりとふり返っていた。そして、目を見開く。視線は俺の怪我に釘付けになっている。彼女の視線はユリスの負っている痛々しい傷と血でぬれた服から動かない。


「もしかして怪我をしてまでわたしを探しに助けにきてくれたの?」

「いや、たまたま見かけたから……」


 少女は静かに涙する。

 ――なぜ泣く!?

 困惑を隠せない俺は言葉に詰まる。そして彼女は俺の想像を超える言葉を口にした。

 

「感動だよお~~」

「はっ?」

「わたしを心配して、探し回って命を省みず助けようとしてくれるなんて」

「いや探し回ったわけじゃ……」

「これはもう運命だね」

「運命?」

「これは責任を取ってもらわないと」

「いやだから何の話?」

 

 一体この少女の頭の中はどういう思考をしているのだろうか。激しく問い詰めたいところだ。

 だが、その考えも消しとばすほどの爆弾が投下されてくる。

 

「わたしたち結婚しよう」

「ぶっ飛びすぎにょ……」


 ユリスはまだ知らない。自分がマコトの生まれ変わりだということに。

 出会ったこの少女こそ前世の婚約者ティア。そしてルージュの生まれ変わりだと。

 運命が再び3人を結びつけ、流転した。マコトの、いやユリスのリスタートが始まる。

 それは人類の本当の反撃の始まりでもあった。


《魔法少女の救世主 END

 ――そして、『マギカギア大戦』へ続く》


 今まで応援して頂いた皆様にお礼を申し上げます。長い間お付き合い頂きまして本当にありがとうございました。そして、この物語は新たに生まれ変わって再スタートします。それがタイトル『マギカギア大戦』となります。

 はじめは本当の完結まで進めることを予定して始めたのですが一度ここで物語をきってから始めることにきめました。初投稿だったこともあり反省すべき点が多々ありました。予定していたとはいえ主人公の途中変更は私自身混乱しました。本当に申し訳ありません。それらを踏まえ作風も少し変わって心機一転の新シリーズです。

 もう一つは現時点でハッピーエンドとはいかない区切りとなったことをお詫び致します。新シリーズにつなげ、魔法少女らしく最後は愛と正義が勝つ。そんな物語にしていけたらと思います。

 よろしければ続編となるマギカギア大戦でもお付き合い頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] おつかれさまでした。 新章がまた戦い尽くしになるのなら読まないと思います。 最近の魔法少女アニメは戦いばかり。魔法"少女"だけに過酷な運命を押し付けるのか?です。 戦いは自分自身との…
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