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第126話 魔技研編 『レイスティアの願い。そして、ありがとう』

 ルージュとイーリスの壮絶な戦闘が始まり周囲の地形が瞬く間に変わっていく。空を染め上げる千の雷撃が轟いたかと思えば空中に超純水の海がつくられた。

 一振り途方もない魔法付与が重ねられた漆黒の剣が振り下ろされると大地が割れる。対してイーリスによってボルケーノの爆発のような赤い柱が割れた大地から飛びだす。それをルージュが氷の大地を空に描き出すと落とし込み蓋をする。

 もはや人知を越えたような戦いにティアナクランは援護すら躊躇った。


「こんな戦い。もう……神々の領域ですわ」


 純白に金の魔装法衣を纏ったルージュは精霊結晶製の王冠と腕輪、ブローチによる無数の魔装宝玉による補助を受けている。気が遠くなるような増幅魔法を幾重にも重ねがけし、それが金色の神々しいベールを纏っているかのように立ち振る舞う。ティアナクランがこの戦いを見て神を引き合いに出したのもこの装いからだ。


『これで彼女の権能5つを把握。更に1つ、名前か返事によって縛る何かしらの権能を有していると推察するわ』

「《消失する守護》の権能は聖域範囲の守護及び魔装法衣を解除までできないようだな」

『そうね。《貫く雷光》は他の権能と重ねかけはできないようよ。それとも他の権能も一様に重ねがけできないのかしら。興味深いわ』

 

 魔法通信よりルージュの報告が上がる。現在、マコトはルージュの支援のためイーリスの能力を見極めようと戦いの様子を注意深く見守って助言している。

 ルージュの魔装法衣は”万能属性”である金色の魔力光を振りまき、イーリスの魔法砲撃は散らしてしまう。さらに究極魔装法衣は中級魔法であっても戦術級の威力に引き上げる規格外の性能を有している。これを見ていたティアナクランが前のめりでマコトに問い詰める。


「マコトさん、どういうことですか。ルージュのあの魔装法衣は異常過ぎます。また内緒で新しい魔装法衣を開発したのですか」

「いや、あれは俺が最初に作った魔装宝玉。未完成の欠陥品だよ。天才であるルージュ以外誰も扱えない最強の欠陥魔装法衣さ」

 

 そう、欠陥品。ルージュが変身した究極魔装法衣は素材も性能も超一級品。だが未完成なのだ。ルージュでも完全に扱い切れない。まだ目に見えないだけで魔力の暴走が起こっているはずだ。かつてフレアが魔力の膨大さに暴走し魔法を使うと自爆していたように。


「ルージュ……」


 心配そうに空で戦うルージュを見上げていると頬に一滴の血が降りかかる。ルージュが魔法の暴走によって流れた血が降ってきたのだ。今も激痛と焦燥の中、イーリスという危険な相手に懸命に渡り合っている。複数の権能を持つイーリスと戦うだけで綱渡りのように神経をすり減らすに違いない。それを思うとマコトは拳を強く握りしめる。

(なにか突破口はないのか)

 ルージュとイーリスの戦いはもはや別次元。戦術級規模の魔法が幾度となく大音響と共に周囲へ余波を広げていく。王都に住む人々にとってはそれだけで脅威だ。今はティアナクランとフレアが協力して魔法障壁により王都を守っている。

 戦いの均衡もやがて終わりを告げる。傷ついたルージュがイーリスの攻撃によって地上に叩き落とされ不時着したのだ。


「ルージュ!!」


 焦るマコトの声にルージュは手で制して立ち上がる。


「まだやれるわ」


 気丈に振る舞っているが限界が近いことがマコトにはわかってしまう。

 ゆったりと舞い降りるイーリスは忌々しいと顔に手ててルージュを見下ろす。


「ああ、これだから魔法少女は。これだけ神の権能を奪った私と渡り合えるなんて信じられない。いつの時代も魔法少女は邪魔をするのね」

 

 錫杖を頭上に掲げるとイーリスは宣告する。


「決めました。かの預言通りここで王国は滅ぼしてしまいましょう。守るべきものを失い絶望のうちに死ね、魔法少女!!」


 イーリスは時空魔法を展開すると空中で静止していたマガツを王都のはるか上空に転移させた。それも大気圏すら越えた超高度である。


「マガツでなにを……まさか」


 イーリスのおぞましい企みを察したマコトが空を見上げる。

 そして、重力に引っ張られてすぐさま加速していく。最初は手も足も出ない高度から。そして気がつけばドローペの要塞落としをはるかに超える速度で飛来する。こうも加速しては止める術がない。遅れてティアナクランが絶望に胸を痛めながら叫ぶ。


「うそっ、やめて。やめてええーー」


 必死で王都を救った魔法少女たちをあざ笑うかのような恐ろしい無差別攻撃をただ眺めていることしかできなかった。


 


 フロレリアとマーガレットもまた高レベルの戦闘を繰り広げていた。しかしイーリスの登場で手が止まる。いやでも目に入る巨大な構造物が真っ赤に赤熱しながら猛然と地上に突き進んでいた。


「ばかな……」


 暴挙とでもいうべきマガツ落としにマーガレットは目を疑う。大気圏の外からマガツほどの大質量を落とせば被害は王都どころの話ではない。大地をえぐり、巻き上げてジュノー大陸全体に及ぶ。

 マーガレットは墜ちた天使だ。とはいえ人々を守る天使の役目すら捨てた覚えはない。関係のない人々の命を巻き込むイーリスに不信感すら抱いた。


「あの御方は何を考えている。王都どころか世界すら滅ぼすつもりか」


 戸惑いを隠せないマーガレットにフロレリアが語りかける。


「私の過去について言い訳するつもりはないわ。だけれども、あなたがマコトちゃんのためにしていることは本当にあの子の幸せに繋がるのかしら」

「見捨てておいてどの口が言うかっ」

「いいえ、言わせてもらうわ。今のマコトちゃんには友達が、守りたいものがすでにあるの。自分の命に変えてもよ。あなたがマコトちゃんを守りたいように」

「守りたいもの……」

「イーリスはそれを奪おうとしている。そうなればマコトちゃんがどんな行動をとるのかなんてわかりきっているでしょう」

「まさか……」

「あなたがマコトちゃんを真に守りたいのならイーリスを止めて」


 逡巡してマーガレットは迷いを見せる。答えを求めてマコトを見るとはっとする。目にした様子にマーガレットは胸が張り裂けそうになる。マコトの辛そうな表情をみて目が覚める思いだった。自分が追い詰めている側に加担していることに気がつきひどくショックを受ける。


「例え嫌われようともマコトだけは守る。そう覚悟してきたつもりだ」


 とはいえマーガレットはそれが取り返しのつかない結果に繋がりかねないとようやく思い至る。


「だが今になって気づいた。ならば取るべき道は1つ」

 

 あれは自分の命を引き換えにして大事なものを守るという顔だった。同じ決意を心に秘めてきたマーガレットだからよくわかる。


「――っ!!」


 突き動かされるように体が動いた。漆黒の翼が羽ばたき、マガツの予想落下点に移動すると、鞘と神殺しの剣に施された封印を解除する。勢いよく抜かれた剣は赤い水晶を思わせる透き通った刀身を覗かせる。柄を力強く握り込めば血が通った剣のように琥珀の魔力経路が表面に浮かび上がる。全てを飲み込み滅ぼすような漆黒の風が剣に、体に纏わり付く。


「神殺しの剣『ルイン』よ。真の姿を現しその力を示せ!!」


 マーガレットが標的に差し向ける剣先はマガツ。先には滅びの風が甲高い音を荒々しく響かせて収束していく。しかし、マーガレットの握る腕は有り余る力を抑えきれず震え始める。


「やはり傷が癒えぬうちは制御が……」

「手伝います」


 後を追ってきたフロレリアがマーガレットの手を支え制御に協力する。


「礼は言わぬぞ」

「守りたいものは同じなのよ」

「ふん、協力は今回だけだ」


 かつて親友でもあった2人は息の合った魔力制御で神殺しの剣を押さえ込む。そして十分に力をため込むと剣先に宿る破壊の渦を放出した。


「穿て!!《天覇嵐舞》」


 大出力のレーザー砲を思わせる漆黒の風が勢いよく迸り天へと駆け上がる。触れれば飲み込み暴力的な破壊が巨大な空中要塞マガツを捉え、穿ち貫いた。

 だが想定外の事態に陥る。威力がありすぎるが故に力が貫通し空の彼方にまで抜けてしまったのである。


「しまった」

「そんなっ」

 

 マガツの半分は消失させたもののすべてを破壊しきれなかった。飛び散ったマガツの残骸が何百という数となり、隕石が落下するかのようにそのまま王都に向かってくる。


「ならばもう一度……」

「ええ」


 再度攻撃を行おうとしたマーガレットとフロレリアに地上から高出力の魔力砲が迫り来る。イーリスが放った制裁の一撃である。問答無用で攻撃されると思わなかったマーガレットは地上のイーリスを驚きみた。


「イーリス、貴様」


 2人はろくに防御することもできず魔法砲撃に飲み込まれた。魔力砲が空で大きな爆発を起こすとそこに向けてイーリスが冷たく淡泊な言葉を投げる。


「マーガレット、ご苦労様。もう用済みよ」

「イーリス、お前はっ」


 冷酷なイーリスのつぶやきがマコトには不快だった。腹心だったマーガレットを躊躇なく攻撃したのだ。そして、マーガレットもフロレリアも母に等しい存在だった。だからなおさら許せない。

 マコトは2人の安否が気になるが後ろ髪引かれる思いで思考を切り替える。


「どうにか、どうにかしないとこのままでは……」


 ルージュですら敵わないイーリスに勝つ方法が導き出せない。勝つための情報が揃っていない。現状の戦力。空から迫る危機。考えるほどに絶望的な状況だ。

 焦燥のあまり表情を曇らせるマコトにティアの声がする。


「王都の人たちを死なせたりしない」


 はっとしてふり返れば傷つき震えながらも立ち上がるティアの姿。手には神具の宝玉がある。奇蹟を起こす神具だ。しかし、疑問が残る。既にティアには奇蹟を起こすだけの力は残してないはずだ。どうするというのか。

 マコトがその答えにたどり着くまでの間。それは致命的だった。


「……まさか」


 ティアの体が急速に薄れていく。まるで命が削れていくように光の粒子がティアの体から舞い散っていく。その意味を理解するほどにマコトは血の気が引いていく。

 

「なにを……」

「ごめんなさい。神具で奇蹟を起こすだけの力が残っていなかったから」


 だから自分の命を。

 ティアの言葉にマコトはただ首を左右に振ることしかできない。


「ティア、なんで先走った。誰も犠牲になって欲しくない。そのために俺は……それなのに……なんのために」


 魔法少女を守る。その決意で寝る間も惜しんで魔装宝玉の開発や戦力の拡充から内政にまで手を尽くしてきたというのにそれでも足りないというのか。

 マコトはどこに向けていいのかわからない憤りに肩が震える。よろよろとティアに近づきマコトとティアは手を伸ばし触れる。


「ティア、今からでも俺と代わるんだ。俺の命を使え」

「もう遅いよ。それに私の代わりはいても、マコトの代わりはいないから」

「君の代わりもいない」

「でも私は魔法少女だから。人々を守るのが私の誇りだよ」

「……魔法少女」


 わかっていたはずだった。魔法少女は皆優しい子たちばかりだ。だからこそマコトだって命がけで彼女たちを守ろうとした。魔法少女の崇高な思いを、命を散らせないように。だというのに守り切れなかった。

 もはや伸ばした手に感じるティアの手のぬくもりを感じない。それを認めたくなくて握りしめようとすればついには手をすり抜けてしまう。見ればティアの手が粒子のように霧散して消えていく。


「空が……」


 ティアナクランから上がる声にはっとする。空を仰ぎ見れば無数の巨大な落下物が消滅していく。まるで元からなかったかのように消えていく。

 ティアの犠牲によって王都の人々が、仲間の魔法少女たちが救われた。

 その奇蹟を目にした王都の人々の大歓声が聞こえてくる。その喜びの声がマコトの悲しみを深くする。彼らは知らない。この奇蹟の代償を……。


「ティア、なんでだ。俺が犠牲になるべきだった」

「あなたが私を命より大切に思ってくれているのと同じだよ。私もあなたが大切だから――」

 

 その後、何かを言いかけたティアの言葉を聞くことはできなかった。元々そこには誰もいなかったようにティアは消えていたのだから。

 それはティアの死を意味していた。神具の宝珠が墜ちる乾いた音がなんとも空虚に感じられる。


「あ、ああ……あああああぁぁーーーー」


 まるで心が壊れそうな張り裂けそうな声がこぼれ落ちる。マコトはよろよろと縋るように残った光の滴を無意識に手で包む。するとそれは大きく膨らんでマコトは光におおわれた。

 これはティアの記憶の残滓。ティアの思いがマコトに流れ込んでくる。


 

 たとえばレイスティアとして嫌われていた頃の記憶。

 あるときはGクラスの初陣、王都西門付近での戦いのこと。

 ジルベール公爵家を廃嫡されたホークは逆恨みからとんでもない企みを進めた。無魔が迫る中で西門を開け、西門周辺を吹き飛ばすような危険な魔導具を持ち込んでいた。


『魔法少女のせいだ。オズマからもらった魔導具を起爆して西門ごと爆破する。そうだ。魔法少女どもも巻き込んでフローレアに目に物をみせてくれる』

『そんなことはさせません』


 それをティアは人知れず阻止しホークを止めていた。魔法少女とマコトを人知れず助けていた。

 またあるときはガランで始まった攻防戦。死人級に取り込まれ多くの人々が犠牲になった。……なるはずだった。それをよしとしなかったティアがため込んだ救世主経験値の大半を使って死人級からすくい上げていく。


『ティア、本当に良かったの。せっかく救世主経験値がたまっていたのに』

『よいのです。これでマコト様が悲しまなくてすむのなら。救世主経験値はまた溜めればいいのだから』

『ティアはもう少し自分を優先してもいいと思うふわ。その優しさが心配ふわ』

 

 フワリの言葉に苦笑しつつ、ティアは喜びに沸き立つガランの人々を遠くで眺めている。誰にも称えられるわけでもなく、それでも自分のことのように嬉しそうだった。後に《ガランの奇蹟》と呼ばれた真相だ。

 更にはベルカで竜人たちを救う治療薬のために血を致死レベルまで抜き取り冷たくなっていくフローレア。それを誰より悲しんでいたのはティアだった。


『死なないで。私の命を削ってでも死なせないから……』

 

 ここでも身を削るような無茶でフローレアに奇蹟を与えていた。それによってティアの呪いは進行した。今後激しい苦痛に悩まされることが多くなる。その苦しみをフローレアに、いやマコトにこのときまで悟られることはなかった。

 次々に知ったティアの思い、記憶にマコトは涙がとめどなく流れていく。


「俺はこんなにも守られていた。ティアに愛されていたのか」


 だというのに学園初登校の出会いは最悪だった。あのときの態度をティアはどう受け取ったのだろう。随分傷つけてしまったのではないかと後悔ばかりがつのる。

 もっと優しくすれば良かった。なんでもっとはやく気づいてあげられなかったのか。楽しい思い出をもっと、もっと……。マコトはうなだれる。

 

「なんて後悔ばかりがこんなにつのるんだ。今頃気がつくなんて遅すぎる」


 こぼれる涙が熱い。体の体温が涙にうつっているかのようにこぼれては流れ落ちていく。

 今までの記憶はほんの一握りに過ぎない。マコトを探るホロウの密偵の排除。暗躍する無魔の討伐。影で行ってきたティアの戦いは数知れず。

 徐々に光の膜は消えマコトが現実に引き戻される。もはやマコトにとって不快でしかないイーリス。善戦していたが満身創痍のルージュがついに膝をついている。

 邪魔者もついにいなくなり嬉々として語りかけてくる。

 

「さあ、やり直しましょうマコトさん。あなたを惑わす魔法少女がいなくなればきっと私だけを見てくれるはず。目を覚まして。マコトさん」


(ああ、不愉快だ)

 マコトは怒りのあまり喉から言葉が出てこない。

(この女はティアが命をかけて守ろうとしたものを壊そうとしている)

 立ち上がりしっかりした足取りでイーリスに歩を進めていく。マコト形相に気がついたルージュが目を見開く。マコトの覚悟を感じ取ったルージュが『だめ』と必死な声を上げ手を伸ばすがすり抜ける。

(ごめんルージュ、お前の想いにも全然こたえてあげられなかったな。ほんと俺はどうしようもない。死ぬ覚悟ができた途端後悔ばかりがわいてくる)


「ああ、マコトさん。やっとわかってくれたのね」


 何を勘違いしたのか、イーリスはマコトの怒りなど気づく様子もなく、ただ自分から歩み寄ってきてくれたという事実のみを都合良く解釈し破顔する。

(好都合だ)

 マコトは一世一代の魔法を素早く即興で構築していく。

(俺の魂の半分は天使のそれだ。イーリスに生半可な力は通じない。それこそ天使の魂を用いた命がけの魔法でないと……)

 そこで背後に暖かくも強大な気配を感じ取りふり返る。王城直上の空にて真っ直ぐこちらを見ている1人の女性の姿を目にする。帝国皇后で大天使ユリエル。マコトの産みの親。


『いくのですか』

『ああ、そうだ。ごめん。それと生んでくれてありがとう母さん』

『――っ』


 どういう力かはわからないがエレンツィアは頭の中に直接話しかけてきた。マコトは通じたかはわからない返事を送り、再びイーリスに向けて歩き始める。

 大天使ユリエルが現世に干渉するには制限が多い。マコトは必死に声を押し殺す母の声ならぬ気配を後ろ髪引かれる想いで振り払う。


「ああ、何でだろうな。こんな時だってのに……」

「えっ」


 ままならない現実に歯噛みする。マコトのせりふにイーリスは首をかしげた。

 お前には言ってないんだよ。――とマコトは独白する。

 

「俺は自分が一番許せない。きっと皆を悲しませるから」

 

 編み上げた魔法陣がマコトとイーリスの足元に浮かび上がる。白い光で描かれた封印の魔法。マコトの命をかけた魔法だ。ようやく気がついたイーリスは慌てて手ではねのけようとする。

(速い!!)

 リリアーヌたちを一蹴した時空魔法《フィジカルアクセル》が発動した。イーリスの動きが予想以上に速かった。まずいと思った瞬間、助っ人が割り込んでくる。


「ぬおおおっ、真理眼、我が主の道を切り開けっ!!」


 駆けつけたマルクスによってランスローがカタパルトのようにぶん投げられた。飛んできた騎士ランスローがここに来て飛び入り参戦してきた。

 ただの一太刀。その一撃に彼は忠義の全てを乗せて抜刀し一閃する。片目の魔装眼の力を解放し、最大最速にして全ての真理を貫く斬撃がイーリスの魔法障壁を切り裂き手首に浅からぬ傷を与える。


「この下郎がっ」


 イーリスが激昂して手で払い、風の魔法を纏った力で大の大人を紙のように吹き飛ばす。だが、その隙はイーリスにとって致命的だ。ふっ、とあざ笑うランスローにイーリスはようやく自身の失態を自覚する。


「お前の好きにはさせない。前世の因縁はここで絶つ」


 マコトは天使化した体で右手をイーリスの体に突き込んだ。本来ならばルージュすら敵わない敵にマコトの手が届くわけがない。だがイーリスのマコトへの執着が判断を鈍らせ、油断が重なりイーリスに届く。

(簡単には解除できないように魂に直接打ち込んでやる。どんな権能すら容易に破れないように)

 幸い、というべきか。マーガレットに魂を抜かれるという体験をしたことで天使の力を扱えている。マコトも半分天使の力を受け継ぎアストラル体となって可能となった荒技。

 マコトが何をしようとしてるのかわかったイーリスは半狂乱となって叫んだ。


「まさか自分の命をかけて私の封印を?」


 パニックになったことでイーリスは冷静さを欠いていた。マコトを引き離そうと考えるが無理にそれをなすのもマコトを傷つけると躊躇し対応に悩んでいた。それがマコトにとっては幸運に働いた。イーリスを封印する魔法が完成したのだ。

 殺意を持てばイーリスに感づかれてここまで至れないかっただろう。封印だから通った攻撃。

 マコトが生きていればイーリスは執拗に追って来る。逆にいなくなれば魔法少女を滅ぼそうとする気力も失う可能性が高い。だからこそ命をかけてイーリスの力を可能な限り封印する。この方法しか思いつかない。

 だがイーリスの他にもマコトを心配する嘆きの声が耳に突き刺さる。

 

「いやああああーーーー、だめえええ、それは駄目よ、マコトさん」


 背後からふらふらとこちらに駆け寄ろうとするルージュの悲痛な叫びが聞こえる。一瞬だけふり返るとフレアもティアナクランも悲愴な様子でこちらに駆け寄ろうとしている。


「どうして、いつも私を否定するのよ。私はこんなにあなたを思っているのに」


 理解できないとイーリスがマコトの腕を引き抜こうと必死だ。


「お前はいつも俺のためといいながら他の人を顧みない。視野が狭いんだよ」

「なっ」

「俺は人を思いやれる世界が見たかった。そのためのヒカリたちだ。そして、この世界には人を助けることを当たり前といい人類を守ろうとする希望がある。ティアは魔法少女である事を貫いて皆を守ったんだ。お前はそんな魔法少女を滅ぼすという」


 そんなことはさせないとイーリスから引き剥がされないように持ちこたえる。

 崩壊する体と激痛が脳をガンガン揺さぶってくる。死の恐怖がないわけではない。それでも退けない理由がある。


「いやだああーー、嫌だよ。お兄ちゃん。お願い、死なないで。一緒にいてよお」


 大切な妹フローレア。マコトの第二の人生は優しく、臆病な彼女を守る人生でもあった。マコトは知っている。体を共にする間、魔法少女を助けるために寝る時間も惜しんで一緒に悩み道具を開発して工具を振るってきたのだ。そんなフレアを誇りに思う。

 イーリスはそんなフレアも殺すというのだ。そんなこと認められる訳がない。

 ――だから。


「俺は魔法少女を守る盾となる」


 イーリスは慌てて錫杖を天に向けて掲げるとなにやら大規模な魔法を発動し始める。『こうなったら保険を……』などと意味深なことを口にしている。何をするつもりかは知らないが余計な事はさせないと魔法をさらに急がせる。マコトの魔法はすでに起動しもはや封印は止められないはずだが念には念をこめる。

 イーリスを封印する真っ暗な空間が現れマコトとイーリスを包み込んでいく。最後にふり返り、魔法少女たちを見た。ティアナクランの広範囲治癒魔法で意識を取り戻していた魔法少女たち。彼女たちの泣きそうな表情を見ているとマコトも辛い。

 前世を引き摺って偏見と憎しみに囚われたマコトを変えてくれた魔法少女たち。合宿では友達にしてもらい心が温かくなって泣いたこともあった。たくさんの優しさと思いやりに触れてマコトも少しずつ変われた。多くの人に愛されてきた。前世に比べれば短い人生だったけれど抱えきれないほどのありがとうに囲まれた人生だった。


(ルージュ、誰よりも君に助けられた。ありがとう)

(ティアナ、魔法少女の長として一緒に皆をまとめてくれてありがとう)

(リリー、ずぼらな俺を傍で支えてくれてありがとう)

(それにフレア、生きてくれてありがとう)

 

 まだまだ想いはあふれてくるが言葉にして伝える時間がない。だから、


「みんなといられて幸せだったよ。一緒にいられなくてごめんね。

 ――そして、ありがとう……」

 

 すべてを閉じ込めてしまいそうな強固な闇の檻にイーリスを捕まえてマコトは意識が途絶えていく。最後に聞こえたフレアたちのあらん限り泣き叫ぶ声が心に痛かった。

 

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