第123話 魔技研編 『空中要塞落とし』
王都では多くの住民を移動魔工房に収容し、力づくで引きずっていくマルクスの姿があった。上空のホロウイーターたちによる執拗な魔法砲撃に耐え、安全な場所に移動させようとする彼を支えているのはカロンだけではない。
姿は見せないが影で援護している魔法少女たちがいた。御園衆マヘリア率いる小隊である。マルクスに補助魔法を施しながら、四つの魔装銃マギカ・ガトリングガンによって1秒に12000発もの魔法砲撃を吐き出す光景は壮観である。
これによってホロウイーターは移動魔工房にとりつくことが困難となっていた。
そして、マルクスを援護するため赤虎騎士団とマルクスの級友たちも合流したのを確認したマヘリアは頷く。今度はマルクスだけではなく仲間たちが全員で移動魔工房を引っ張り、移動速度も格段に上がっている。
「これでもう大丈夫だろう」
マヘリアは部下たちに身振りで指示を出すと移動魔工房から距離をとっていく。
「移動魔工房が安全圏に入ったのを確認した後は城に突入するユーフェリアの援護に動く。問題は……」
振り返り王都の中心部の方に視線を向ける。マヘリアは悩ましい表情を浮かべた。ふさふさな金色の毛に包まれた狐耳がピンと立ち、目が細められる。
「あのバカが大人しく任務を遂行できる気がしない。御園衆は基本、表舞台には出ない。それをあのバカは自覚しているのだろうか」
しかし、事情が変わった。御園衆の主が今は2人になったのだ。新たな主、マコト。リリアーヌはフレアの護衛で手一杯になる。すると新しいマコトの専属護衛が必要となる。そこで白羽の矢が立ったのがユーフェリアだった。
城に突入するユーフェリアはもう御園衆としての活動はできなくなる。なぜなら神具を届けるために表舞台に立たなくてはならない。
これにはエリザベートがひどく反対し、自分こそが表舞台に立つべきといってきかなかった。そのときを思い出しマヘリアは眉間を指で押さえる。
「……まさかとは思うが妙なことを画策していないだろうな。あのバカは」
マヘリアの頭痛の種、エリザベートは王都の中央広場にいた。彼女の任務は協力魔法によって避難している王都の人々を聖なる魔法障壁で包み込み、安全を確保することである。
避難民たちから離れた高層建築の屋根のうえで配置についたエリザベートの小隊は既に協力魔法の発動準備を終えていた。
「おーーーーっほっほっほ、おーーっほっほっほ……」
エリザベートの高笑いが周囲にこだまするようによく響く。そのたびに巨大な胸がたゆんと揺れ動き、部下の魔法少女たちがそれを憎しみの目で見つめている。
『この爆乳縦巻き女が』
と彼女たちの視線は厳しい。
これだけ騒がしいとさすがに近くにいた避難民が気づかないはずがない。小さな子供がエリザベートに指差す。
『ママーー、あそこに変なお姉ちゃんがいるよーー』
『しっ、目を合わせては駄目よ』
何事かと人々の注目は集まるばかりだ。おもいっきり目立ってしまっている。先のマヘリアの懸念が当たってしまったようだ。
エリザベートの部下たちは地上の声を聞き、思わずエリザベートから距離を取る。この女と同類にされたくはない。彼女らの引きつった表情が口ほどに物語る。
「おーーっほっほっほ、おーーっほっほっほ」
(うるさいなあ)
(王都の民に見られてる。マヘリア隊長に絶対怒られるよ、これ)
(そのときはエリザベート隊長のせいにしよう)
部下たちは頷きあった。
「ふう、この辺で良いでしょう。皆さん、始めますわよ」
エリザベートが高い魔法制御力で魔法を構築し、部下たちが魔力で下支えする。
そして、4人で息を合わせて一帯にいる避難民を全て包む込むような巨大な魔法障壁を展開した。
「協力式特級結界魔法『絶界』、人々を守りなさい」
天から差し込む救いの手のごとく、暖かな光が地上に差し込んだ。聖なる光が人々を包み込むとホロウイーターたちを寄せ付けない圧倒的な安全地帯が形成された。
邪悪な存在が近づこうにもそれだけで彼らは苦しみ、触れたものは消滅に追い込まれていく。それを見たホロウイーターたちはおそれおののき退散していく。
「おーーっほっほっほ。さすが私。圧倒的ですわ。そして人々を救う女神のごとき御業でありましょう。惜しむべきはこの任務が秘密であることですわ~~」
『『『(これのどこが秘密なの!!)』』』
部下の魔法少女たちが地上を白い目で眺める。人々におもいっきりみられバレバレだった。
当然この事態はブリアント王国王女ティアナクランも知るところであり、額を抑えながら呟く。
「さて、この戦いが終わったらフローレアとマコトには詳しく説明してもらわなくてはいけませんね。わたくしの知らないあの魔法少女はどういうことなのかと」
それはもう周囲の人間がぞっとするぐらいに恐ろしく張り付いた笑顔でティアナクランは話す。
ともあれこれで人々の安全は確保された。増援の魔法少女の活躍もあり、王城上空からホロウイーターは駆逐されつつあった。
一方、少数で突撃したクリスたちはどうにかフロレリアを要塞内部に送り届けることに成功していたが、圧倒的な実力を見せつけるクライムに押されていた。
「ヒャッハーッ、なかなかやるじゃねえか」
堕天使のクライムの耳障りな声が空に響く。口調からはまだまだ余裕がうかがえ、戦っていたクリスとオードリーは辟易している。
「参ったね。こちらはいっぱいいっぱいだというのに。あちらは元気いっぱいだよ」
両手をもちあげて呆れたように溜め息をつくオードリー。
「あなたも大概余裕がありそうですが?」
消耗が激しく呼吸を整えながらオードリーに厳しい視線を向ける。クリスよりも明らかに被害が少なく表情が涼やかだ。
「買いかぶりだよ。僕だってこれで疲れてるんだ」
クライムの魔法砲撃が直撃しそうになっていたクリスを抱きかかえて回避してみせるオードリー。微笑むとキラリと光る白い歯にクリスはむっとした。思わずほおにクリスの拳が突き出される。
「いい加減本気を出しなさいな。このままでは負けますわよ」
「いやほんとに手加減はしてないよ。ただあの戦闘狂のテンションに付き合いたくないんだ。暑苦しくてね。殴ったら手に汗がこびりつきそうで嫌だ」
「そんな理由ですの?」
オードリーがクライムへの攻撃を躊躇うことに訝しんでいた。まさかそんな理由をだったとは、頭が痛くなってきた。
フロレリアをどうにか空中要塞に送り出すことはできたが状況は悪い。周囲でホロウイーターを抑えてくれている仲間も長くは持ちそうにない。敵要塞の近くだけあって数万に及ぶ敵が空にひしめいている。数と圧力で押しつぶされそうだ。
「もうおしまいか。もっと楽しませろよ。こんなんじゃぜんぜん熱くなれねえぜ」
侮りともとれるクライムの言葉。
だが戦況を魔法通信によって把握しているクリスに焦りはない。なぜなら……。
「そこをどきなさい」
増援のリリアーヌ率いる小隊が来たのだ。
リリアーヌはクライムを見るや急加速。恐ろしい速度にまで引き上げられる高速推進飛行。体をバラバラにしかねないほどの危険な負荷を魔法制御と天才的な勘で乗りこなす。無茶が常識のフレアに付き合わされてすっかりブレーキが壊れたリリアーヌは、度重なる挫折を乗り越えて今変革しつつあった。
「ヒューー、クールにいこうぜ。お嬢さん」
挑発的な口調で放たれるクライムの攻撃。腕を縦に振るうと圧縮された炎が刃のような形状になって空間を駆け抜けていく。それを急な方向転換でかわしてみせる。クライムの目には当たったように錯覚するがそれは残像であった。気がついたときには間合いに迫る。
「ぬおっ、マジか」
「――っ」
リリアーヌはただ青の刀身を一閃。クライムの脇腹を切り裂きながらすれ違っていく。リリアーヌにとってクライムは眼中にはなかった。
ただ大切な恩人で親友のフレアを助けるため、リリアーヌは要塞の城にめがけて突っ込んでいく。
ぎゅっと青の装飾剣を握りしめてリリアーヌはフレアを思う。
「待っていて。フレアっちはアタシが助ける!!」
リリアーヌを追撃させないようにアリアとサリィ、パティがクライムに立ち塞がる。
そこに妹の姿を見たクリスは戦闘中にもかかわらず、アリアに向かって飛び込み抱きついた。
「アリア!!」
「クリス、姉様?」
縋るようにぎゅっと抱きつきアリアに顔を埋める。アリアはクリスの肩が小さく震えていることに気がついた。
「良かった。生きていてくれて……」
「心配をおかけしましたがどうにか大丈夫ですわ」
そして、所々負傷しているクリスの様子を見てアリアがクライムをキッと睨んだ。
「今度は絶対に負けませんわよ」
「おいおい、魔法少女が3人増えた程度で勝てると思っているのか。束になっても俺には勝てねえさ、ヒャッハー」
負傷した脇腹を止血したクライムはそう言うもアリアは不敵に笑みを返す。
「3人? 何をおっしゃっているのかしら」
「はあっ?」
アリアの言い回しに疑問符を浮かべたクライムは首をひねる。
そしてクライムはすぐに知ることになる。更にメリル率いる魔法少女の小隊が増援に駆けつけたのである。
「ほ、砲撃開始ーー」
メリルの指示のもと、無数の魔法砲撃がクライムに襲いかかる。どれもが上級魔法砲撃に値する高出力魔法にクライムは慌てて腕で弾き、かわし、忙しなく対処する。
「ぬおおおっーーーー。舐めんじゃねえ。魔法少女が何人来ようとも……」
「――フラン小隊、畳みかけるわよ」
クライムはぎょっとした。突如、刺客の頭上から鋭い声が耳に入ったのだ。
更なる魔法少女の増援に見上げたクライムは顔が引きつった。
「おいおい、冗談だろ」
フラン率いる2小隊の魔法少女たちが上空から一気に急降下。クライムに空中格闘戦を仕掛けていく。魔法少女の凄まじい連携と猛攻にクライムの表情から余裕が完全に消え失せる。防御も間に合わず、無数のダメージを積み重ねていく。
「がはっ。……まだまだこの程度じゃ熱くなれ……」
「皆さん、助けに来ました。援護致します」
今度はSクラスの魔法少女たちが何小隊もすらりとクライムを取り囲む。
「…………」
この頃にはクライムがすっかり黙り込んでしまった。
1人1人強力な力を持つ変身魔法少女が40人以上。これにはさすがにクライムも開いた口が塞がらない。
「おまえら多過ぎだ。いいかげんにしろーー」
クライムの抗議に誰も取り合ったりしなかった。クリスとフラン、アリアが無情にもそれぞれ号令をかけた。
「「「かかれーーーー」」」
「「「了解!!」」」
「……おおう、超クールだぜっ!!」
その後クライムの絶叫と凄まじい魔法砲撃の轟音が空に響き渡った。
そして、戦いの舞台は再び城内に移る。
救援に駆けつけたシルヴィアだがドローベとの戦いは劣勢を強いられていた。ドローベの屈強な体は攻撃がとおりにくい。体から吹き出す邪気もシルヴィアの攻撃力の大半を相殺してしまう。
「ほれほれ、どうしたさね」
ドローベの豪腕から振るわれる拳はかわしていても余波が周囲に吹き荒れ、シルヴィアの肌を強く打ち付ける。防御力のある竜人であろうともシルヴィアは脅威をおぼえた。死と隣り合わせの戦いに呼吸が乱れる。
「ほれ、かわしてみな」
ドローベは醜悪な笑みを浮かべると背後で治療のため動けないフレアとマコトに攻撃を向ける。
そうなるとシルヴィアは守勢に回らざるを得ない。マコトに届く攻撃を体をはって防ぐ。そのせいでシルヴィアはドローベの重い攻撃を周面から受けてしまう。
「炎竜鱗っ!!」
火属性の鎧竜鱗をまとい、ドローベの両手から放たれる邪気による砲撃からの盾となる。放出される邪気の放射は障害物となっている瓦礫など一瞬で塵と変える。
圧倒的な破壊力の前には闘気と魔法を組み合わせた強力な防御スキルであっても防ぎ切れない。勢いよく弾き飛ばされたシルヴィアは床を転がりフレアたちの手前でようやく止まる。
「シルヴィア……」
既に満身創痍になりつつあるシルヴィアにマコトの胸は締め付けられるようだ。
「くうっ、好き放題やってくれちゃって。覚えてなさいよ」
おもむろに立ち上がるシルヴィア。蓄積するダメージが体力を奪い思わず足から力が抜けそうにある。それでも必死に自分を叱りつけて立ち上がるのはマコトを守るという強い決意に他ならない。
「フレア、もういい」
状況を見ていたマコトはもう十分だと治癒魔法を拒否するもフレアが頑なに引き留めて首を振る。
「駄目だよ。まだ傷が塞がっていないんだよ。動いたらすぐに傷が開いちゃうよ」
「だが、このままではシルヴィアが危ない」
「でも……」
言い合う2人にシルヴィアが手を伸ばし制する。
「心配いりませんわ。マコト様は安心して回復に専念なさって下さい」
気丈な笑顔をマコトに向けるとシルヴィアは両手に力を溜め、強力な魔法力と闘気による二つの盾を形成する。それはラージシールドのような巨大な盾であり、炎をモチーフとした力強い印象を受ける赤の盾と聖なる白に輝く盾。
「鎧竜双盾」
鎧竜鱗で作り上げた双盾を装備しシルヴィアはドローベを睨む。
「さて、時間稼ぎもこの辺りで限界ね。そろそろ反撃とさせてもらうわ」
「イーッヒッヒッヒ、負け惜しみかい。そもそも盾を二つもつくってどうするつもりさね。防御だけじゃ勝てないよ」
シルヴィアは答えることなく動き出す。足の裏に爆発の力を巻き起こすと瞬時にドローベの懐に潜り込む。
「はっ!?」
「聖盾、浄化せよ」
シルヴィアの答えはここにあった。なんと盾を防御ではなく、攻撃に用いた。
盾ごとドローベの体に巨大なシールドを叩きつける。重厚な衝撃音が空間内に響き渡りドローベが肺から息を強制的に吐き出す。
これも人間をはるかに凌駕する竜人の身体能力にものをいわせた力業だ。更に白の聖盾はドローベの纏う邪気の防御を瞬間吹き飛ばし浄化する。
「炎盾、爆砕!!」
今度は炎の力を纏った盾がドローベに炸裂。激しい爆音が響き、ドローベは勢い激しく城内の壁に叩きつけられた。邪気の防御もなくまともに攻撃を受けたドローベは全身炎にまかれ、焦げ臭さを漂わせ苦痛に歪む。
「――がはっ、な、バカな」
めり込んだ壁から乱暴に抜け出すと、シルヴィアを怒りに染まった双眸でとらえる。その迫力にシルヴィアはひるむことなく指摘する。
「盾が防具だと誰が決めたの。盾は防御も攻撃も可能にする優れた武器になり得るのよ。覚えておきなさい」
「まだだ。まだ終わってないさね」
シルヴィアは突如頭上を見上げると、ドローベの見苦しいわめきを否定する。
「――いいえ。終わりよ」
「どういう……」
ドローベもシルヴィアの視線を目で追うとはっとした。
凄まじい勢いでドローベに急降下してくる2人の魔法少女が目に飛び込んできた。
「無極性魔法《アブソリュート・ストラッシュ》」
「時空魔法《追憶の軌跡》」
城の天井を突き破り、唐突な乱入を果たしたユーフェリアが先行する。魔装剣マギカ・マナセーバー、五つの属性を1つにした極彩色の光の剣がドローベに炸裂する。硬い防御も意味をなさない絶対攻撃にドローベの体に裂傷が走っていく。
同時にすぐその後を追随する形でリリアーヌがため込んだ斬撃威力を魔法で一気に解放。何十もの斬撃を一度に叩きつけられたような衝撃にドローベは弾かれたように奥へ奥へと弾丸のように吹き飛び消えていく。
それを見送った2人は無言でふり返りフレアとマコトを見ると駆け寄った。
「フレアっち、それとマコト、さん?」
「ああ、好きに呼んでくれ」
リリアーヌがフレアをみて、マコトには複雑な表情を見せる。どこか責めるような視線に居心地が悪くマコトはどういうことかと思案する。だが、考えるほどに心当たりがありすぎた。ずっと傍で護衛してくれたリリアーヌに秘密を作りすぎている。怒られても仕方ないと身構えているとリリアーヌは口を開く。
「今までずっとアタシと接してきたフレアっちの主人格だったってことだよね」
「そういうことになるな」
2人の会話を聞いていたシルヴィアは『主人格?』と不穏な内容に眉をひそめている。それには気がつかずリリアーヌは一気に顔がゆでだこのように真っ赤になるとほほを抑えてしゃがみ込む。
「ひゃあああーーーー、恥ずかしい。ということは、ということはああぁっ。アタシと一緒にお風呂に入ったこと覚えているってことでしょ」
「……あっ」
マコトは当たり前といえば当たり前のリリアーヌの悩みにようやく気がつく。ずっと付き人のように世話をしてくれたリリアーヌとは当然入浴もしているのだ。
これでもかと言うほど恥じらうリリアーヌはマコトに詰め寄ると目に涙を溜めつつ訴える。
「は、裸、裸、見られたってことっしょ。もう、責任とってよ。アタシと結婚して!!」
リリアーヌの言葉にマコトは衝撃を受け、目をまん丸にして見開いたまま硬直し、周囲で聞いてたフレアやシルヴィアらがざわめいた。
「だ、だめーー、それはリリアーヌちゃんでも簡単に許可できないよ。お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだもん」
「そ、その通りですわ。あなた突然何言い出しているのよ。マコト様は私の運命の人なの。それをかっさらおうとか喧嘩売ってんの。もしそうなら戦争よ。今ここで決着をつけましょう」
リリアーヌにたいしてフレアが威嚇し、シルヴィアは射殺さんばかりに殺気立つ。
そんな状況でさらっと蚊帳の外だったユーフェリアがマコトに対して膝を折り、跪くと主君に対する騎士のように厳かに礼をする。
「事情はルージュ様よりうかがっていますです。見いだした神具を持参しユーフェリアここに参上致しました。我が君」
小さな見た目の少女がここで誰よりも大人の顔を見せる。懐から神々しい装飾の宝玉を取り出しマコトに献上した。
「これが報告に聞いていた神具か」
「はい、これでレイスティア様の呪いも解け、真の姿を取り戻すことかと」
長距離魔法通信でマコトは既に報告を受けていた。旧ビッテンブルグ騎士国で任務に当たっていたルージュが見つけてくれた神具。これでレイスティアを救えるとほっと息をつく。
「ありがとう。よく届けてくれた」
「はっ」
「それと以前のような態度で接してくれ。そんなにかしこまられると戸惑う。ユーフェリアは人なつっこくて可愛らしいところが魅力的なのだからな」
これにはユーフェリアがはっとしてマコトを見つめ返し、わずかに照れながらため息をつく。
「はあ、わかったのです。だったらこれからはそうするよ」
「ああ、頼む」
そして、柔らかなマコトの笑顔を向けられるとユーフェリアはちょっとだけ視線がさまよい、後ろ手にそわそわし始める。
「これは、ルージュ様に聞いていた以上に厄介なのです」
「何かいったか?」
「ううん、何でもないよ」
そこに戦闘を中断して空から降りてきたレイスティアが声をかける。
「ドローベはどうなったのですか?」
「まだ倒してはいないと思うが痛打を与えて壁の奥まで吹っ飛ばされたよ。ティアこそ戦闘はどうなった」
レイスティアは頭上を指差すと戦闘は続いていた。レイスティアの代わりにフロレリアがマーガレットと対峙し、激しい戦闘が始まっている。特にレイスティアの時と違い、マーガレットはフロレリアに激しい憎悪を向けているため戦闘の苛烈さは数段上だ。それを見ているマコトの心情は複雑だ。どちらも母と言ってもいい存在が戦っている。そのことに胸を痛める。
「……あちらの戦いも早く止めないといけないな。だがその前に」
マコトはレイスティアに持っていた神具を手渡した。
「ルージュたちがティアの呪いを解く神具を見つけてくれた。これで本来の姿に戻れるぞ」
「本当なの?」
「はいなのです。その神具はレイスティア様がため込んだ救世主経験値を使って強力な奇蹟を一度だけ行使することができます。つまり、呪い解くことができるのです」
更に言えばフレアは仲間の支えと自分の力で呪いを解き、ピュアマギカに覚醒してしまった。もはやなんの憂いもなくレイスティアは助かるということだ。
神具を受け取ったレイスティアは信じられないと言った様子で周囲に視線を向ける。そして戸惑いつつもレイスティアは頭を下げる。
「ありがとう。……ありがとう皆……」
本当の意味で本来のあるべき性別に戻ることができる。レイスティアも命を落とす心配がなくなったことで思わず涙がこぼれた。
そんな空気をぶち壊すように突如として城の天井部分が吹き飛ばされる。巨大な天井部分が砕け、誠たちに降り注いでいく。
「鎧竜巨盾」
とっさにシルヴィアが頭上に仲間たちをまるごと覆うような巨大な盾を形成して崩落から守る。
「これは、何が起こっているんだ!?」
そうはいいつつも誰もが感じ取っていた。今までに感じたこともないような圧倒的な圧力がひらけた天井部分からのしかかってくることに。
はじめは分からなかった。天井部分からは闇と濁った紫の光が蠢き、全容がしれなかった。だがそれが徐々に定まり巨大な顔の一部がこちらをのぞき込んだのを見て緊張が走る。
「――っ、皆急いでこの城から脱出するんだ!!」
マコトの切迫した指示を受けて魔法少女たちは迅速に動く。フレアはマコトを抱えたままリリアーヌとユーフェリアが先行し城の壁を突き破り外に出る。
まだ、夜のとばりが降りきっていない夕刻。
にもかかわらず世界は不吉な闇が広がっていた。正確にはそう錯覚するほどに要塞を覆い隠してしまうような巨大な邪悪が空にあった。
「……まさか、こんなことって」
リリアーヌは判明した敵の全容を知ると顔色が真っ青になって驚く。
「なんて馬鹿げた大きさ。あり得ないですわ」
まるで巨大な山を思わせる圧倒的な人影が空を飛び空中要塞マガトをのぞき込んでいる。
それは巨大化したドローベだった。空中要塞周囲に残っていたホロウイーター全てを取り込み、全長は5000メートルに及ぶ見上げるような巨体ができあがった。邪悪な力によって形成された体は大きく肥大し、半ば透き通っている。ホロウイーターのように実体が不明確で急造の体であることがうかがえる。
『いっーーっひっひっひ、あんたらはあたしを完全に怒らせた。なぜホロウの幹部が強大な軍事力を持つ共和国と渡り合えているのか。その答えがこれさね。邪神様の依り代となってその力を地上で行使する。この力があればこそ共和国も迂闊に攻めてこれないだわさ』
その力を誇示するようにドローベは巨大な手のひらを遠くの山に向けて力を集約。邪神の力を巨大な球体にまとめ上げると砲弾のごとく射出する。
すると瞬く間に着弾し標高3000メートルはある山が消しとび天をつくような大爆発と爆炎が巻き上がった。
大地は大きく揺れ、大気は震え上がり突風がはるか離れたこの場所にまで吹き付けてくる。これを見た誰もが圧倒的な力の差を感じ恐れおののく。
「つ、強すぎる。こんな敵とどう戦えばいいのよ」
リリアーヌが絶望する声を上げる。その思いは多くの魔法少女たちが思ったことだがそれでも声を張り上げる少女がいた。
「それでも戦うんだよ」
ユーフェリアの一言が魔法少女たちを恐怖という金縛りから解放する。専用装備マギカ・レインサーを構えて折れぬ不屈の闘志を見せるユーフェリアに勇気づけられる。
シルヴィアも同調した。
「そのとおりだわ。ただでかけりゃ良いってものじゃないのよ。この共和国第五王女シルヴィアを敵に回した恐怖を刻み込んでやるわ」
フレアは『怖くない、怖くない、怖くない』と自分を奮い立たせて頬を自ら叩いて鼓舞すると決意する。
「あの敵と戦えるのは私たち魔法少女だけなんだよ。人々の希望である私たちが諦めるわけにはいかないんだよ」
圧倒的な力を見せつけても折れない心をみたドローベはつまらなそうな顔を見せた後、更なる悪事を思いつく。
『だったらこういうのはどうだい』
ドローベが指を鳴らすと突然空中要塞が動き出す。要塞からは悲鳴のような鳴動が響き不吉な事態を想像させた。
「ドローベ、お前、何をした」
マコトの問いにドローベは愉快そうにわらって答える。
『いーーっひっひっひ、今からこの空中要塞を王都に落とすのさ。一体何人の人間が生き残れるのかねえ』
「なっ」
マコトは眼下に広がる王都、そして、それと同程度の規模を持つ空中要塞を把握するとその被害のほどを容易に想像できた。空飛ぶ巨大な島。それほどの質量体が王都に勢いよく落下すれば王都は壊滅することは必死。
魔法少女たちもそれが容易に想像できてしまい、衝撃が広がった。
『さあ、空中要塞を止めたければわたしを倒してから止めるんだね。もっとも、わたしだけでもここにいる全ての人間を滅ぼせるとおもうがねえ、いっーっひっひっひ』
時間もなく、敵は圧倒的。絶望的な状況下での戦いを迫られる。
そんな中でレイスティアは自らの手に収まっている神具を握りしめた。思い詰めた表情を浮かべると、1人でとある覚悟を決めるのだった。




