第121話 魔技研編 『絶望を乗り越えて。仲間とともに優しさのピュアマギカ、フレア覚醒』
《フレア回想》
私には未来を予知する能力が備わっていた。これは便利なようでいて非常に厄介な能力だったの。
過酷な運命を背負わされている私はこの能力が嫌いだった。
脳裏には自分が殺される未来ばかりが浮かぶんだよ。そればかりか親しい人も自分を守ろうと死んでしまう。それを止められない無力な自分に心は傷ついていく。
「どうして皆が死ぬ未来ばかりが見えるの?」
人が無慈悲にも殺されていく未来は見ていて苦しい。締め付けられるような悲しみと絶望が入り交じる。それもずっと続けば未来を諦め、塞ぎ込むまで心が折れてしまう。
「どうして私が責められなきゃいけないの?」
無力な私に人々は怒り狂った。そして公開処刑される未来もあった。守ろうとした人類に八つ当たりされ、果ては予言の楽園を信じて生け贄にされる。
これは未来の可能性の話。
それでも私は人が信じられなくなった。確かにこのままでは世界が無魔の蹂躙され、多くの悲劇が人々を襲う。それはもう人々の心は荒んでひどい未来だった。
私は必死に人類が生き残る未来を予知で探そうとしたよ。だけど無駄だった。手を伸ばそうとしてもまるで夜空に広がる星々に手を伸ばすかのように徒労感が私を襲うの。ああ駄目なのかな。それでも頑張って探そう。ずっと自分に言い聞かせて来たけど見つからない。私の心はすり減るばかりだ。
「この世界は絶望しかないのかな」
私に移る世界はいつしか色を失い、生きる気力すらうばわれた。生まれてこなければ良かった。そんな思いを抱くことも多くなった。そのたびに産んでくれた大好きなママには申し訳なさでいっぱいになる。
だけど、そんな私をつなぎ止めてくれる人もいた。それがマコトお兄ちゃん。とても優しい人。
何度だって元気づけて私の手を引いてくれたの。
『フレアちゃん、心配しないで。一緒に未来を変えよう』
泣き虫で弱い私をいつも守ろうとしてくれる。私はマコトお兄ちゃんの頼もしいところが大好き。私にはない強い心に憧れる。
そんなお兄ちゃんは私のことを強い子だと言うけれど、言ってくれるのはお兄ちゃんぐらい。泣いてばかりの私にママもよく悩んでいる。強いならママを困らせることなんてないはずだもん。
ある事件がきっかけで私とお兄ちゃんは体を共有することになる。それからずっと私はお兄ちゃんに人格を預けてきた。
最初は小さかったけれど、少しずつ、少しずつ未来は変わっている。魔法少女がこんなにたくさんできる未来なんて見たことがなかった。やっぱりお兄ちゃんはすごいと思う。
体を共有してもお兄ちゃんの考えまではわからない。けれど魔法少女を増やすことにすっごく力を入れている。だけどそれはきっと自分の趣味だけじゃなくて深い考えがあるんじゃないかって最近思う。
「お兄ちゃんはどうやって未来を変えるつもりなんだろう」
愚鈍な私はずっとわからなかった。でも今なら少しわかる気がするんだ。
私には見えなかったたくさんの魔法少女がいる未来。この未来では1人1人は及ばなくても力を合わせて仲間を信じて困難を乗り越える。
お兄ちゃんはきっと…………。
《フレアの回想終わり》
王都上空では増援の魔法少女たちによる反撃が始まった。
「さて、可愛い後輩をいたぶってくれた礼をしなきゃね」
最新型の魔法の箒にまたがりながらフランの目が細められる。目の前には倒しても倒しきれない死霊系の魔物ホロウイーターの群れが立ちはだかる。だがそれも魔法少女の奇襲で狼狽しているように見える。
魔法少女の増援が51人もいるのである。困惑するのも仕方ないのだろう。加えてホロウイーターたちの統率者が不在であることも大きいだろう。
フランが魔法通信でゼロクラスの魔法少女たちに伝達。
「ゼロクラスはこれより敵を追い立てて殲滅戦に入る。各員箒を分離!!」
「「「了解」」」
ゼロクラスの魔法少女たちは2人乗りの魔装式箒の中間点で接続を絶つとそれぞれの独立した魔法の箒に変わる。彼女らは4人小隊編成にすばやく切り替えた。
「わ、わたしだって怒ってるんだからね。確実に、効率的に敵を削る、から」
たどたどしい口調ながらも魔法少女のメリルの指揮する戦い方は精彩を放つ。各小隊それぞれ魔法の箒の先端から機銃のごとき猛烈な魔法砲撃が何百と吐き出され、敵を追い立てると一カ所に集めていく。集められた格好の集団を小隊長格の魔法少女たちが強力な上級魔法で効率よくまとめて消しとばす。
この鮮やかな戦いに魔法少女Sクラスのクリスとオードリーたちは素直に感心するしかない。
「さすが先輩方。前線で実戦経験ある方々の戦法は参考になりますわね」
「クリス、僕たちも今後は参考にしないといけないね。でも今は僕たちのできる戦いをしようか」
「わかっていますわよ。真似しようとすぐできる連携ではないことは明らかでしてよ」
クリスはSクラス全体に指示を巡らせていく。
「2小隊はティアナクラン殿下の救援に地上へ。殿下の指示を仰ぎなさいな」
『了解』
クリスの指示を受けた2小隊は中央広場に向けて降下していく。
「前方に見える敵空中要塞にはフローレア教官とレイスティア準公爵、マコトさんがいます。残り小隊は強力な魔法砲撃の一斉射で道を切り開きなさい。私率いる小隊がフロレリア教官の突入を援護します。各員、箒を分離」
クリスは南に見える空中要塞に手をかざすと振り下ろす。
「総員、放てっ!!」
魔法の箒の先端に強力な砲撃を集中させていた魔法少女たちは、合図を受けて幾つもの魔法色に輝く光の魔法砲撃を発射した。同時に放たれた砲撃は各属性色に輝き混ざり合い、まるで虹の砲撃のように要塞までの架け橋を伸ばしていく。
途中に立ち塞がる何千というホロウイーターが圧倒的な砲撃に消しとび、怨嗟を散らして消えていく。
クリスはフロレリアを見上げながら、
「フロレリア教官、私の小隊が突入を援護しますわ」
「クリスちゃん、ありがとうね」
「かまいませんわ、要塞前には強力な堕天使が守っています。その方は私が相手をしますわよ」
「お願いね~~」
そして、横付けしたオードリーがクリスの肩にぽんと手をおいた。
「僕も同行しよう。あの堕天使は強いらしいからね」
「全く、心配性ですわね」
本来なら残った小隊をオードリーに任せようと思っていたクリスはため息をつく。妹のアリアがこの先にいる堕天使にやられたと聞いている。気負っていないか心配されたのだと理解するのでクリスは強くは言えなかった。
「では残りの小隊はゼロクラスの討ち漏らしをたたきなさい。確実に王都上空の制空権を取り戻すのです。指揮はフェリスに任せる」
西の伯爵令嬢でもあるフェリスは金髪碧眼の大人しい文学少女である。戦闘力は平均的だが指揮能力は高く、見た目からもよくわかる包容力と人徳でSクラス内に反対する声はない。
「あらら、わたくしでいいのですか? わかりました。お任せ下さい」
「よし、総員行動に移しなさい」
「「「了解」」」
「クリスちゃんがいると本当に楽で良いわ~~」
「本当は教官が指揮するのが筋ですわよ!!」
クリスの抗議の声はフロレリアの人の良い笑顔で有耶無耶にされてしまうのだった。
空中要塞マガツの中では、ドローベがフレアを絶望に落として魔法少女への覚醒の芽を潰そうとした。そのために見せた王都の惨状だった。だというのに……。
「ばかな、なんなんだい。ブリアント王国にはまだこんなに魔法少女がいたというのかい。きいちゃいないよ」
空中要塞マガツから王都の様子を見ていたドローベだが新たな魔法少女の増援が介入したことで戦況がどう転ぶか見通せなくなった。
先ほどまで苦しむだけだったマコトが突然笑い出す。
「ふふふ、魔法少女を甘くみるから、だ」
「まさか、これもあんたの仕業なのかい」
「どう、かな」
いらつくドローベはお返しとばかりにマコトへ更なる圧力をかけていく。
「ぐああああーーーー」
「いーっひっひっひ。全く余計なことするんじゃないわさ」
「もうやめてーー」
泣き叫ぶだけのフレアと違い、レイスティアは魔法を込めた拳を何度も魔法障壁の檻に叩きつけている。それでも全く破壊できる様子はなく拳は血が滴りボロボロだ。
「ティアちゃん、やめて。無茶だよ。手が……」
「マコトが苦しんでいるのに黙ってなんていられない。100回で壊れないなら1000回殴ってでも壊す。私は諦めたりしない」
「どうして、どうしてそこまでするの?」
「運命を変えたいなら自分で立ち向かわないと変えられない。私はそれを知っている。マコトに昔教えてもらったから」
不治の病から救われたときもそうだ。待っているだけでは変えられない。
「マコトから教えてもらった諦めないことの大切さ。まずは自分から動かないと駄目なんだっ」
レイスティアは渾身の力を込めて魔法の拳を叩きつける。雷を纏う閃光のような突きは障壁と激しくぶつかり合う。それでも弾き飛ばされたのはレイスティアの方だ。
「きゃっ」
「ティアちゃん」
フレアが飛ばされてくるティアを抱き留める。見ていたドローベはレイスティアの無駄なあがきをあざ笑った。
「いーっひっひっひ。ムダムダムダ。いったろ。そいつは内側からは絶対に破れない。全ては無駄なんだわさ」
「無駄じゃない!!」
レイスティアは指差し、自ら拳を打ち付けた場所を指差した。そこにはほんの小さな亀裂が入り、穴が空いていたのだ。
「バカな、穴が……。だが何だって言うんだい。小指ほどもないわずかな穴のためにボロボロじゃないか」
直後、変化が訪れる。障壁に穴が空いたことで魔法通信が繋がり出した。
『…………クラン、聞こえますか。応答して下さい』
「これって、魔法通信が戻った!?」
フレアが縋るように魔装宝玉の通信を起動し呼びかけに応じる。
「こちら、フレアだよ。もしかしてティアナちゃんなの」
『――っ!! この声はフローレア? そちらの状況はどうなっていますか』
「マコトお兄ちゃんが私から離れて大変なの。私とティアちゃんは檻に掴まって手が出せないの。お願い。助けて」
フレアは魔装宝玉をつかって周囲の映像を記録し外に向けて送信する。マコトがドローベに拘束され苦しんでいる姿を見たティアナクランたちは息を飲む。
「いっーっひっひっひ、何言ってるんだい。王女たちの周囲はもうボロボロでろくに戦力も残ってないよ。増援なんて送る余裕はないわさ」
ドローベは中央広場の映像を呼び出し、ティアナクランの周りの戦力が壊滅に近い状況を映し出す。
だがそこには変化が起き始めていた。魔装武器を持った王国兵がホロウイーターたちに対して対等以上に渡り合い戦闘を始めていた。それも騎士ばかりではない。兵卒にも魔導兵器が行き渡っており、魔導銃をもって空にいる敵にも攻撃が始まっていた。
「バカな、どうなっているんだい。さっきまで王国の兵はホロウイーターに通用する武具はなかったのに、これは一体どうなっているんだい?」
フレアもレイスティアも何が起こっているのか分からないと顔を見合わせていると通信でティアナクランが答えた。
『ダグラス工房長です。彼が魔導自動車を使って戦場各地に魔導兵器を届けていたのです』
「ダグラスさんが?」
最初は面食らっていたドローベだが我を取り戻し指摘する。
「それでも空を飛べない兵ではこの空中要塞はとりつくこともできないさね。肝腎の魔法少女は……」
『あああああーーーーーーっ、死ぬかと思った』
突然中央広場の地中から爆発するように地面が盛り上がると大量の土砂を吹き飛ばしてあらわれる魔法少女たちがいる。クライムの魔法で死んだと思われていたパティたちがピンピンした様子で次々地中から飛びだしてきたのだ。
これにはドローベは顎が外れんばかりに驚き、腰を抜かしそうになっていた。
「パティちゃん、生きていたの?」
『いやあ、危なかったあ。敵の魔法が炸裂する前なんだけどね。急に地盤沈下が起きて落っこちゃったんだ。運が良かったね』
「運がいいとかそういう問題かい!?」
もはや理解不能だと壊れ始めているようなドローベの叫び。だが魔法少女たちは相手がパティだとこの一言で納得できてしまう。
――パティだもんね、と。
パティの度を超えた強運はGクラス魔法少女の誰もが知るところであったのだ。
だがこれがただの幸運ではないことにアリアは気がついていた。
(この地面の陥没ってマコトさんが岩の鎧兵に使った戦術と一緒ですわ。きっとそういうことなのでしょうね)
呆れるような、嬉しそうな複雑な表情を浮かべ、アリアはあえて口にはしなかった。
そして、魂の抜けたようにほうけていたリリアーヌがフレアの声を耳にしてようやく我に返る。
『フレアっち、よかった。……無事で良かっ、……たよお』
ポロポロとあふれんばかりに涙を流し、リリアーヌはフレアの無事を喜んだ。そして、涙を乱暴に拭うと次には真面目な顔で宣言する。
『待ってて、すぐに助けに行く。もうアタシはフレアっちに甘えてばかりの自分を捨てるから。もう絶対に負けないから』
いつものリリアーヌとは違った。表情に緩みはない。研ぎ澄まされたような意思が声に乗せられている。その決意のほどはフレアにもよく伝わってくる。
「リリーちゃん……」
何かを乗り越えたようなリリアーヌの様子にフレアも言葉にはできないが通じるものがある。
それでもフレアの体は震えが止まらないでいる。フレアは恐くてたまらなかった。皮肉なことにフレアが見た未来よりも今の方が恐怖しているかもしれない。だがその正体がようやく見えてくる。
(私は恐かった。現実は予知よりもずっとたくさんの大切な友達ができて、失いたくないからこそ恐くて動けなくなっていたの。でもそれは違ったんだね)
ティアナクランは行動で教えてくれた。諦めないことの大切さ。信じられる仲間がいることの意味を。どうして立ち向かえるのかを。
今でも暗闇で見えない足場を手探りで進むように恐い。立ち上がろうとしても涙が止まらない。
そんなフレアを心配しマコトが叫ぶ。
「未来を見ようとするな。今を見ろ。目の前にあるものが現実だ。変えたいなら声を上げろ。立ち向かえ。それが未来を切り開くんだ」
「だ、黙るさね」
「うわあああああーーーー」
またもドローベがマコトをいたぶる。強大な敵に見えたドローベがこう見ると小物に見えてくる。上手くいかないと何かに当たる子供のように。そして、フレアは怒りがこみ上げてきた。それは今までのフレアの決定的に欠けていたもの。怒りががフレアの中で何かを変えつつある。
「もうちんたらしてられないさね。こうなったら強引にでも堕天使になってもらうよ」
ドローベが邪悪な力のこもった道具を持ち出すといよいよ状況が切迫したようにマコトの悲鳴が大きくなる。
「もう見ていられない」
レイスティアが聖獣キラリを召喚し、伝説の魔法少女ピュアマギカの変身準備に入った。それを見たフレアは手を取って制止する。
「駄目だよ。それに変身したら死んじゃうよ」
「かまいません」
応えるレイスティアに迷いはない。
「私には命にかえても守りたい人がいる。それがマコトなの」
「でも、それじゃ駄目だってレイスティアちゃんが言ったんだよ」
「……だったら戦って」
「えっ」
「フレアちゃんは命をかけて守りたい人はいますか?」
いわれてフレアは思い浮かんだのが身近な家族、そして魔法少女たちだ。期待外れだったからと石を投げつけて殺そうとしてくる人々のためにそんな気は起こらなかったのに不思議だった。
「私じゃ足りない。ここで戦えるのはフレアちゃんしかいないの。マコトはきっとフレアちゃんを助けるために魔法少女を必死になって増やしてきたんだよ。守りたい友達、仲間がフレアちゃんの支えになってくれると信じて。全てはフレアちゃんに立ち直って欲しいから……」
「お兄ちゃんが、そんなことを……」
通信先からもティアナクランが声をかけてくる。
『フローレア、聞きましたよ。今のあなたが本来の姿なのですのね』
「そうだよ。お兄ちゃんが私の代わりをしていたときとは違うの。私は臆病で弱虫なの。幻滅したでしょう」
『幻滅などしませんよ。それでもマコトと一緒に魔法少女を助けてくれていたのは紛れもない事実。今度はわたくしたちが助ける番です』
ティアナクランに続いて多くの魔法少女たちが応援の声をあげる。
『フレアちゃん。私もすぐに助けに向かうよ。待ってて』
『パティさんの言うとおり魔法少女は仲間を見捨てませんわ』
『その通りですわ~~。魔法少女は1人じゃありませんもの。今度は負けませんわよ。だって、今は王都にこーーんなに魔法少女がいるのですわよ~~』
サリィは周囲を、空を指して頼もしい仲間たちを示すと力強い頷きが返ってくる。
「みんな、ありがとう」
フレアはまたも泣き出してしまったが今度は恐怖から来るものではない。うれしさから来る涙だ。
それ以外の別の声だって割り込んでくる。
『お前を助けるのは魔法少女だけじゃねえぞ』
それはダグラスたちグローランスの技術者たちだ。魔導自動車で危険を顧みず、今も王都中の兵士に武器を運ぶ彼らも必死に戦っていた。
『俺たち技術者だって必死に支える。工具を手に支えるんだ。おめえは1人じゃない。多くの仲間がいるじゃねえか。恐くなったら思いだぜ。後ろを支える俺らの存在をな』
背後からは次々にフレアの元で技術を磨いてきた仲間たちが励ましの声をいっている。声が混ざりすぎてよくわからないが、それでもフレアの心を強くする。
だというのに相変わらずドローベはあざ笑う。
「はっ、ふざけんじゃないよ。何が守るだ。既に王都南じゃ多くの人間が犠牲になっている。きっと全滅してるだわさ。これだけの犠牲を出せばあとで王族だけじゃない。魔法少女にも避難の目が向くのは明白さね。それでも守るって胸張っていえるんかい、ああん」
「……それは」
言いよどむフレアに反論の声が上がった。
『元はといえばテメーが王都を攻撃したんだろうが。ふざけんじゃねえぞ、クソババア』
「誰がババアだい」
ドローペが声の主を探して精査していると不思議な光景が目に入ってきた。
明らかに大破して動けなくなっているはずの移動魔工房がゆっくりとだが前に進み、中央広場に向かってつき動かされている。
それは魔装甲冑を身に纏い、変身しているマルクスが車輌先端からのびている太いワイヤーを引いて力尽くで動かしているからだ。
『ぬおおおおおっ、筋肉無双っーー』
「ばかな、なんてバカ力だい。あのでかい乗り物を1人で引きずっているのかい」
マルクスは先頭を無防備で引いているのでホロウイーターからの魔法砲撃の集中砲火を受けている。それでもひたすら突き進む。それを可能にしているのがマルクスの魔装甲冑の防御力とカロンが周囲に鎧竜鱗を張り巡らせて守っているためであった。
「マルクス。それにカロンさん……」
2人はボロボロで、それでも決して止まらない。なぜなら守るものがあるからだ。
背後の移動魔工房内からはマルクスとカロンの奮闘を見て涙ながらに応援するたくさんの声があった。
『南側の避難所にいた奴らはほぼ移動魔工房に避難させた。移動魔工房は魔力を大量に食うって話だがそれでも何万って人間が乗りゃあちゃんと機能するみたいだぜ』
1人1人は魔力が低くても集まれば膨大になる。それは移動魔工房の自動迎撃システムと装甲の強化に回しても衰える気配がない。
『フレア、何めそめそしてやがる。らしくねえんじゃないのか。いつもの自信はどうした。障害があってもいつもその小憎たらしい頭と度胸でどうにかするのがお前だろ。負けんな、諦めんな。俺も応援してやるからよ。もうちょっと頑張ってみろや』
「うん、……うん。私は1人じゃない。こんなにたくさんの人がいた。支えてくれる仲間がいたんだ」
フレアの目にはもうおびえの色はなく、いつしか強い意志が宿っていた。
「だったら今こそ立ち上がって。マコトの想いに応えるためにも戦ってよ」
「――フレアちゃん!!」
レイスティアの言葉にフレアは心の中で何かが壊れる音がした。それは自分をずっと押さえ込んでいた呪いからの解放を意味していた。
体からはあふれんばかりの魔力が広がり、桜色の優しい光が空間を包み込む。
「魔法が使えなかったのは呪いのせいだけじゃなかった。私自身の心がいつしか可能性に蓋をしてしまっていたんだね。答えは以前から示されていたんだよ。私の体を使っていたお兄ちゃんは魔法が使えていたんだもん。なんで気がつかなかったんだろう」
「フレアちゃん、すごい。自分の力で無魔の天帝の呪いを解除したというの?」
レイスティアは予想もしなかった展開に驚く。命をかけてフレアの覚醒を促すことなく、フレアは自分の力で乗り越えたのだ。これこそまさに奇蹟だ。
「――予言の運命を変えられるかもしれない」
フレアの自力の覚醒はレイスティアにそんな希望を抱かせる。
「自分の力だけじゃないよ。たくさんの人が、仲間が、友達が助けてくれたから私は立ち直ることができた。それはきっとどんな強い力だって打ち破る奇蹟だって起こせるんだよ」
フレアは手を伸ばし、レイスティアが開けた小さな穴から強大な魔力にものをいわせた力業で封印の檻をうち砕く。
直後、いままで保護してきた上級精霊たちがフレアの周囲に顕現し、神獣を呼びだしていく。
中心となったアナスタシアが厳かに宣言する。
『時は来た。今こそ人類の救世主誕生のとき。神獣セイクリットホーンよ。我らの呼びかけに応じ、伝説の魔法少女ピュアマギカの力となれ』
純白で神々しさすらある翼を持った角付きの馬が大きくいななくと、フレアの手に最強の魔装宝玉、マスターマギカジュエルとなって収まった。
フレアはそれを手に変身の構えを取った。
「変身するよ、ティアちゃん」
「了解」
レイスティアも神獣キラリをマスターマギカジュエルに変えてフレアと並び変身の構えをとった。
今ここに伝説の魔法少女ピュアマギカが2人そろったのである。
ひとまずの区切りとなる最終話まで残り数話となりました。突然のことで大変申し訳ありませんが、静養のため来年1月10日頃まで次話投稿をお休みさせて頂きます。本当に申し訳ありませんがしばらくお待ちください。