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第120話 魔技研編 『救援は北方より来たる』

「ぬおおおーー、いつの間にか空がやべえことになってんぞ」


 マルクスとカロンは怒り狂うドローベから逃げ回っている。見上げればホロウイーターが空を埋め尽くし、2人はその元凶である空中要塞マガツの方に向けて逃げ続ける。


「言ってる場合ですか。まだ追ってきますよ」


 ふり返れば鬼気迫る様子で迫り来る悪夢がそこにあった。筋肉隆々の大女は全く疲れるそぶりもなくぴったりついてくる。


「ババアのくせになんて持久力だ。いずれ追いつかれてるぞ」

「ババアって言うんじゃないよおっ」


 背後からはドローベが更に加速してくる。

 空は敵であふれかえり、地上には掴まれば死が確定する圧倒的な追跡者。マルクスは悩んだ末にとある決断をする。


「仕方ない。()()の封印を解こう」

「あれとは何のことです」


 マルクスはおもむろにポケットから魔法薬を取り出すと、それを見たカロンは全身に鳥肌がたつ。カロンの脳裏にはかつてのおぞましい記憶がよみがえってきた。


「あなたは味方を殺す気ですか?」

「効果は3分だ。息を止めろ」

「あれは息を止めても死にたくなる匂いが服にこびりつきそうなのですが?」


 そう言いつつもカロンは魔導具をつかって亜空間亜から道具を取り出した。グローランス商会で発売している亜空間袋は荷車一台分の容量を収納できるとあってバカ売れのヒット商品となった。カロンも愛用している。

 物々しいガスマスク(グローランス製)を装着し、これから起こるであろう地獄に備える。


「お前そんなもの持ってたのか?」

「美しいこの私が醜態をさらすわけには参りません」


 そのガスマスク姿も大概だと思ったがマルクスは言葉を飲み込んだ。


「そうかよ」


 周辺に人の姿が見当たらないことを確認したマルクスは、魔法薬を飲み込んだ。意を決し振り向くとドローベを迎え撃つ。


「ようやく観念したようだね。ミンチにしてやるさねえええええ」

 

 鬼気迫る形相でドローベが襲いかかる。圧倒的な暴威がマルクスに迫る中で、大きく息を吸うと目一杯に息を吐き出した。


「喰らえっ、(にお)(ほう)!!」


 臭い砲。

 それはフレアが開発したおそるべきにおい兵器。かつて交易都市ベルカでは水の竜を壊滅せしめた秘密兵器。マルクスが語り草となった戦いでもある。あまりの危険性からフレアが自ら封印を決断したはずの臭い砲がこの危機をうけて再び火を噴いた。正確には火は噴かず刺激臭が猛威を振るう。

 見た目には無色。静かに忍び寄るところがこの兵器の恐ろしさだ。ドローベはそれに気がつかず(あなど)りの表情を浮かべた。


「はっ、なんだい。どんなとっておきの技かと思ったらはったり――――ぶほっ」


 ドローベは突然吹き出すとその場に(つくば)った。そして、胸を押さえて苦しみ出す。


「おえ”~~、な、なんだいこりゃあ、ごぼっ、げほっ」


 肺の空気を一気に吐き出したためまらず吸い込むと更に強烈な臭いがドローベの鼻腔を攻撃する。あまりの臭さに目は涙がにじみ、意識が遠のきそうな刺激臭が脳を暴力的に刺激する。


「……哀れですね」


 カロンはかつての被害者として敵ながらにも同情の目を向けてしまう。マルクスはまだ気絶しないドローベの精神力に呆れた。


「すげえ、ベルカでは竜も一撃だったのに耐えてやがる。ならば……」

 

 息を再び大きくすいこんだマルクスにドローベは一変して怯えたような声で言った。


「や、やめるさね。こんな攻撃あっていいはずが……」

「もう一度喰らいやがれ、臭い砲!!」

「ひいぃ、付き合ってられないよ」


 ドローベは慌てて空に飛び上がり撤退していく。代わりにドローベは空にいる手下どもに攻撃をけしかける。


「ホロウイーター、そいつらやっちまいな」


 一斉に何千という頭上の魔物に睨まれたマルクスとカロンは冷や汗をかく。彼らが一斉に魔法砲撃の準備に入るのを見てマルクスたちは青ざめた。


「おいおいおい、やべえじゃねえのか?」

「逃げますよ」


 一難去ってまた一難。2人は逃げに逃げてばかりの状況を嘆いた。

 

「「やっぱりこうなるのかーーっ」」


 空から鬼のような魔法砲撃を撃ち下ろされ、尻尾を巻いて逃げていく。移動魔工房が立ち往生している場所に向けてまっすぐに。

 それを見送りながらドローベは鼻で笑った。


「いい気味さね」


 それから空中要塞マガツにマーガレットが入り込む気配を感じ取ったドローベはニヤリと醜悪な老婆の表情を浮かべた。


「いーーっひっひっひ、どうやら確保に成功したようだね。こっちも動くとするかね」





 空中要塞マガツにある城の中にマーガレットは転移した。レイスティアは彼女に必死に追いすがって無事異空間から出ることができた。

 ここはまるで大聖堂の中であるかのように厳かな雰囲気だ。尖塔せんとう状で天上まで吹き抜け、大きな石柱が無数にそびえ立つ。壁は数え切れない色彩豊かなステンドガラスの窓がはめ込まれ、外から暖かな光が差し込んでいた。それが神秘的な情景を演出している。


「くっ」


 赤いカーペットが敷き詰められた床に放り出される形で転移したレイスティアは慌てて立ち上がり、マーガレットを睨む。


「マコトを返して!!」


 涙をにじませ怒りにまみれた態度をみて、マーガレットはすぐに理解する。この子はマコトに好意を持っていると。


「そなたはマコトの何だ?」

「えっ、それは……」


 わずかに言いよどんだあと、それでも手を胸に添えてはっきり告げる。


「私は婚約者です。マコトは絶対に返してもらいます」

「ほう、婚約者か」


 その言葉にマーガレットの敵意がわずかに緩んだ。それでもレイスティアが戦闘も辞さない覚悟で身構えているとマーガレットから思いも寄らない言葉が返ってくる。


「案ずるな。ちゃんと返してやる。マコトが大事ならともに来るがいい。――それも偽りの体から解放したあとだ」


 マコトに突き刺していたマーガレットの手が素早く抜き取られると、美しく青に輝く球体を掴んでいた。

 体を貫かれたはずのマコトが無傷であったことにレイスティアは驚きと安どの吐息を吐く。

 数秒後、マコトだった体は魔法の粒子が包み込むとフレアの姿へと戻っていく。


「貫いたこの手は霊体化させてある。肉体を傷つけてはいない」


 そう言ってマーガレットは残ったフレアの体を汚らわしいものでも扱うように無造作に、乱暴にレイスティアの方に放り投げた。


「フレアちゃん」


 レイスティアがその体をしっかり受け止める。口に手をかざし胸を見て息をしていることを確認する。


「安心しろ。その娘はまだ殺しはしない。そして、マコトの魂はここにある」

「マコトの魂をどうする気ですか?」

「別の体を用意してある。大人しく見ていなさい」


 マーガレットがレイスティアに手をかざすと床に設置してあった罠が起動する。瞬間的に魔法の光が浮き上がると、強力な魔法障壁のおりで閉じ込められる。

 虹色の膜が周囲5メートルで丸く囲い込み、レイスティアは閉じ込められた。

 力ずくで壊そうと雷撃の拳をたたきつけてもビクともしない。


「なんて強力な障壁なの」

「無駄だ。それはあの御方が直々に仕込んだ封印術。破壊は不可能だ」

 

 マーガレットはマコトの魂を両手で大事に包み、レイスティアに言った。


「それと殺すはずがないだろう。マコトは私の大切な息子なのだから」

「えっ、あなたがですか。エレンツィア様ではなかったのですか」


 どういうことかと疑問の目を向けられたマーガレットは頷く。

 

「ユリエルと話したのか。確かに産みの母親はそうだ。それでも育てたのは私だ」

「マコトをどうするの? マコトは記憶がなくともあなたを攻撃できなかった。それなのにひどいことをしたら許さない」

「わかっている。私はマコトを保護するためにここに来た。あの女の元に置いておくには危険なのだ」

「あの女って誰のことですか?」

「――フロレリアだ」

「――っ!?」

 

 あの温厚で慈愛に満ちた女性が危険などと言われてもに落ちない。レイスティアは当然のごとく反論する。


「うそです。あの方がそんなことをするとは思えない」

「ああ確かにフロレリアは優しいな。魔法少女らしく甘ちゃんだ。だが母親でもある。もし、そこのフローレアとマコトの命が天秤にかけられていると知ればどう動くだろうな」

「えっ?」


 マーガレットの言葉はただの例え話では終わらない重みを感じた。厳しい表情で見返してくる態度からも戯れ言とは思えなかった。だからこそレイスティアは動揺した。

 本当にマコトとフレアの命は天秤に乗っているのかと。

 そこに思いも寄らない人物が反論する。

 

「――ママはそんなことしないもん」


 目を覚ましたフレアが身を起こす。マコトの魂が抜けたために見た目通りに幼い口調になっている。

 ずっと引きこもっていた本来のフローレア・グローランスが覚醒したのだ。

 だが、その表情はおびえを含んでいて弱々しい。かつての自信と覇気に満ちた態度はもうそこにはない。


「あなたが本物のフレアちゃん?」


 戸惑うレイスティアにフレアは小さく頷いた。

 ふんっ、と不機嫌を隠そうとせずマーガレットはフレアをめ付ける。


「自分の母親を信じたい気持ちは理解するがな。現実にマコトの命が失われたあとで悔やんでも遅いのだ」

「さっきの天秤の話が事実だとしても、フロレリア様がそんなことをするとは私も思えません」


 2人の反論にマーガレットは忌ま忌ましげに表情をゆがめて過去を想起する。

 そして、2人を見る目には哀れみすら浮かべて語る。


「涙ぐましいな。だが事実を知らないお前たちの言葉はひどく空虚に聞こえるよ」

「それは一体……」

「フロレリアは既に一度マコトを殺しかけた。未遂におわったのだがな。それを知った私は確信したのだ。マコトとそこの小娘、2人とも救う道を探す――それがいかに夢物語であるか理解せざるを得ない」


 信じられない、信じたくないとフレアは首を左右に振った。マーガレットは更に畳み掛ける。


「友情ははかないものだ。かつては尊いものと私も信じていた。だがたった一度の裏切りでもろくも崩れ去ったよ。私とエレンツィア、フロレリアはかつては友、そうよんでいい間柄だった。だが今は意見が対立しバラバラとなった。他でもない。魔法少女のお前の母親が全てを壊したのだ」

「「……」」


 フレアもレイスティアも絶句し言葉がなかった。マーガレットが憎悪ににじんだ切れ長の瞳でフレアを指差し、殺意を叩きつけていく。


「フロレリアは娘のためにマコトを、私はマコトのために貴様を殺す。至極単純な話だ」

「ひっ」


 今のフレアは容易に()(しゅく)し、レイスティアにしがみつく。

 ガクガクと震えて泣き出しそうなほどに心が弱っている。フレアははっきりと確信した。マーガレットは自分を殺すのだと。マーガレットはGクラスの魔法少女たちを圧倒的な力で倒している。殺意を向けられても抗う力がない。恐怖して当然ではあった。

 小動物のように小刻みに震えるフレアにレイスティアが元気づける。


「フレアちゃん、大丈夫だよ。私が絶対に守るから」


 マーガレットは不思議に思った。レイスティアがマコトを想っていることはわかった。だが命の天秤の話を聞いても全く迷いなくフレアを守ると言ったことに疑問が生じる。

 だがひとまず無視し儀式を急ぐ。

 なぜならマーガレットの手には大事なマコトの魂があるのだ。一刻も早く体に戻してあげなくてはと足早に奥の台座に歩み寄る。

 その上に魔導具を置くと亜空間に保管されていたマコトの体を出現させた。


「マコト!!」


 魔法障壁にしがみつきながら叫ぶレイスティアに一瞬視線を向けたがマーガレットは構わず儀式を開始する。台座の周囲には複雑な魔方陣が浮かび上がり、幾何学模様が何重にも広がっていく。

 魂を体に戻すため、マーガレットは膨大な魔力を注ぎ込み、奇蹟の魔法の光をたちのばらせた。


「さあ、蘇生の儀式を始めよう」


 塔の各所のステンドガラスから、マコトに向けて目を背けたくなるような強すぎる閃光が降り注ぐ。それは魔力の光であり、途方もない魔法発動の前兆であった。

 マーガレットが行っていることはマコトの魂を体に移すことだ。そのことを予感したレイスティアは黙ってその光景を静観した。

 マーガレットは台座の上にあるマコトの体に魂をゆっくりとけこませると、集まる光がはじけ飛び、余波が周囲に拡散した。後には静謐せいひつな空間が残り固唾を飲んで成り行き見守っていた。


「ここは……」

「――マコト」


 マコトが目を覚まし、マーガレットが嬉しそうに抱きしめようとしたとき強力な力に弾かれた。


「――なっ」


 飛ばされながら空中で姿勢を立て直すマーガレット。

 改めてマコトに目を向け、隣の乱入者を厳しい視線で射貫く。


「何の真似だ。ドローベ」


 ドローベがマコトを邪法の鎖で拘束し、マーガレットを排除したのである。近寄ろうにもマコトを中心に強力な障壁が敷かれている。


「この障壁は邪神の力をかりたものか。もう一度問う。返答によっては貴様を殺す」


 凄まれたドローベだが、意に介した様子はなくあざ笑った。


「いーっひっひっひ。こわいこわい。そんなに睨まないでほしいだわさ。これもあの御方の命令さね」

「あの御方が?」

「かつてマコト様の堕天使化を後回しにしたことがフロレリアに奪還された原因さね。だったらすぐに堕天の儀式も済ませよ、というのがあの御方の考えさね」

「バカな。まだ仮の体が定着していない。そんなことをすればマコトに負担がかかりすぎる」

「わたしゃー知ったこっちゃないね」

「それが本当にあの御方の意思なのか?」

「そうだとも、ヒヒ」


 マーガレットはいまいち納得がいかない。

 そうこうしている間にもドローベがマコトにしき力を送り込んでいく。ユリエルの子供であるマコトは相反する邪悪な力に魂が侵されて耐え難い絶叫が吐き出される。


「ぐあああああああああーーーーーーー」

「マコト」

「お兄ちゃん」


 レイスティアとフレアが駆け寄ろうにも檻に阻まれて為す術がなかった。だから、ただ呼びかけることしかできない。


「お願い、やめて。お兄ちゃんにひどいことしないで」


 泣きながらフレアが訴えるがドローベは逆に気をよくしていく。


「いいねえ。その絶望に染まった顔。ますますやめられないじゃないか」


 更にドローベの手の平からどす黒い邪気をマコトにかぶせていく。胸が張り裂けそうなマコトの悲鳴を聞き、フレアが頭を抱えてしゃがみ込む。


「やっぱり駄目だった。運命は変えられないの。私も、皆も死んじゃうの」

「フレアちゃん、諦めちゃ駄目だよ」


 レイスティアはフレアの肩を掴み必死に力づけようとする。


「まだ手はあるよ。フレアちゃんがピュアマギカに覚醒すればきっと止められる。私は変身しても長くは戦えない。だからお願い。マコトを助けて」

「それってレイスティアちゃんの命と引き換えなんだよね。その未来じゃ駄目なんだよ」


 フレアの言い回しにレイスティアは違和感を覚える。まるで未来を知っているかのような話しぶりにまさかと考え至ったとき、ドローベが新たな動きを見せる。


「何をするつもりか知らないがあんたらには何もできないよ。その障壁はピュアマギカだろうと内側からなら絶対に開けられない強固な牢獄さね」

「それはつまり外側からなら破れるかもしれないってことでしょ。だったらきっと仲間が助けに来てくれる。魔法少女は1人じゃない」


 レイスティアが()(ぜん)とドローベに主張する。対してドローベは愉快そうに額に手を当てて心底楽しそうにしわが深まる。


「わたしゃー人間の希望が絶望に変わる瞬間が大好物なのさ。そして、お前たちの仲間たちの命も風前の灯火ともしびさね」


 そう言ってドローベは邪法を駆使して側面の壁に王都の様子を映し出す。

 そこに映し出された惨状を見て2人は息をのみ焦りが募っていく。王都にはおびただしいホロウイーターの大軍が空を徘徊し、各所から火の手が上がっている。

 度重なる攻撃で王都の町並みはみるかげもない。


「王都の人たちはどうなったの。皆は……」


 黒い死霊の魔物に空が覆われ、上空からの視点では状況はよく分からない。魔法通信を呼びだしているが全く反応がない。それが自分たちを閉じ込める魔法障壁のせいなのか、それとも既に全滅しているのかは分からず不安だけが大きくなっている。


「おやああ、どうやら王都の中心でまだ持ちこたえている場所があるようだねえ。だけど見る限り、時間の問題さね」


 そこはティアナクランが避難してきた民を巨大な光の魔法障壁で包み込み、持ちこたえている場所であった。映像はそこに焦点を合わせられる。

 魔法少女ユーナが魔法少女たちを治療し、敵はカレンがたった1人で迎撃している。カレンは攻撃用のマギカイージスユニットを大量に操り、遠隔操作で次々にホロウイーターをほふっていく。それでもとても全体をカバーできずティアナクラン負担は大きく積み重なっていた。残っている魔法少女がほんの一握りなのだ。

 ティアナクランは魔法障壁からのダメージ負荷フィードバック分を自らの体に受け止めている。体のあちこちから血を流し、それでも気力で立っていた。


「ティアナちゃん、もういいよ。もうどうしようもないよ……どうしてそんなに傷ついてまで戦うの?」


 フレアは心が折れてしまっている。恐怖で涙をこぼし、簡単に諦めを口にする。マコトが中にいたときの面影などまるでない。心の弱い少女。それが本当のフレアだった。

 レイスティアは拳を強く握りしめる。戦意を喪失しているフレアでは呪いを解いても戦えない。本物のフレアは戦うには優しすぎてもろい。それでもレイスティアは仲間を信じた。ドローベに向かってはっきりと言い放つ。


「それでも、私は皆を信じます。絶対に諦めたりなんかしません」

「ティアちゃん?」


 フレアが信じられないといいたげに真っ赤な瞳が揺れる。レイスティアに向ける視線は憧れのようでもあり、どうしてそこまでして信じられるのかと問うようでもあった。




 王都の中央広場にて。

 ホロウイーターたちの激烈な攻撃を受け、ティアナクランはまたも過剰な負荷を体に受け、びしゅっと腕から血が噴き出した。

 

『殿下、これ以上無理したら本当に死んじゃうよ』


 守られている民の中で名も知らぬ少女の1人が叫ぶ。まだ六歳ぐらいの可愛らしい女の子が、頭から血を流してなお魔法障壁で民を守り続ける王女の姿に涙した。いや、子供ばかりでなく大人たちすら涙ぐんでいる。

 ティアナクランは杖を持つ手とは逆の方の手で、近くに寄ってきた少女の頭をなでる。


「大丈夫。皆きっと助かります。諦めなければきっと希望がありますから信じてください。それがわたくしの力となりましょう」

『王女様、どうしてそこまでして頑張れるの』

「魔法少女は決して諦めない。わたくしの尊敬する友人がいつもそう言うのです。諦めなければきっとなんとかなる。事実その人は必ず希望をつないでくれました。今回も私は信じているのです。その人を。そして、魔法少女の仲間たちを」


 ティアナクランの視線の先には負傷して倒れている魔法少女たち。そして、残ったユーナとカレンが必死に仲間を治療し、敵を退ける。

 仲間の存在がティアナクランの心を支えてくれる。


『……王女様、じっとしててね』

 

 その思いが少女にも伝わったのか、背伸びしてティアナクランの腕からしたたり落ちる血を止めるためにハンカチをまいて止血しようとする。()(せつ)な応急処置ではあったがティアナクランの胸は温かくなる。


「ありがとう。あとは魔法少女に任せてさがっていてね」

『うん、私も信じる。だから、王女様も、頑張って』


 今度は泣かないようにまぶたの涙を堪えつつも気丈に少女が応援する。

 その応援をきっかけとして王都の民からも次々と応援する声が広がりそれは大きくなっていった。


『魔法少女、頑張ってくれ』

『負けるなーー』


 彼らの必死の応援を受けて魔法少女たちは次々に立ち上がり始めた。彼らの応援が傷ついた魔法少女たちの力をあたえたのだ。


「やれやれ、これは寝てられないね」

「全くやね」


 ソルやキャロラインも傷ついた体を推して立ち上がり、反撃を始める。終始押されてばかりの戦況も徐々に押し返していく。

 それでもティアナクランは限界が近づきつつあった。ふらつきながら必死で意識をつなぎ止めていく。


「まだ、まだです。倒れるわけには、いかない」


 ティアナクランの異常に民から悲鳴のような声が沸き上がる。

 状況を支えていられるのは王女の規格外の魔法障壁あってこそだ。

 それがなけなれば、あっという間に民が蹂躙じゅうりんされてしまう。ティアナクランはそれを思うと悔しくて、だけど限界はすぐそこまで来ていた。


「お願い。もう……持たない、誰か」


 ティアナクランがかすれていく目で空を見上げたときだった。

 ――希望が間に合った。

 暗雲のごとく空を覆い尽くす邪悪を無数の魔法の光が貫いていく。幾重もの魔法砲撃の線条が死霊の魔物を消しとばしていく。空には何十という魔法少女たちが王都上空を駆け抜け、魔法光の軌跡が続く。

 

 空飛ぶ魔法の箒の試作最新型。長距離移動用に開発された2人乗りの箒。長距離高速飛行魔導具『エアマギカライド』。

 それに乗って駆けつけたのはウラノス魔導騎士学園魔法少女科の魔法少女たち。フロレリア教官率いるSクラス魔法少女31名。それにメリルとフランに率いられたゼロクラス20名。

 総勢51名の魔法少女が王都の危機に急ぎ駆けつけたのである。

 ティアナクランの魔法通信に連絡が入る。


『こちらフロレリア。これより魔法少女科Sクラスとゼロクラスは敵に対して攻撃を開始します。殿下、ご無事ですか。どうぞ』

「……こちらティアナクラン。現在王都とGクラス魔法少女の被害は甚大。至急援護をお願いします。どうぞ」

『了解。すぐにそちらにも応援を回します。もう少し持ちこたえてくださいね』

 

 この言葉を聞いてティアナクランは安心して膝から崩れ落ちる。魔法障壁にかかる負担がなくなったことで徐々に意識が鮮明になっていく。そして、ひとまず助かったことに安どした。

 

 この援軍はマコトが手配したものだ。マコトのかけた保険とはこのことだった。助けに来てくれた仲間に、マコトに、うつむきながらティアナクランは心から感謝の言葉をこぼす。


「――来てくれて……ありがとう」


 ティアナクランの目から一粒の涙がこぼれるのだった。





 決して諦めない心が奇蹟を起こす。

 ティアナクランは最後まで民のために立ち続けた。ティアナクランのくじけぬ姿が、人々の応援が、傷ついた魔法少女たちを再び奮い立たせた。力を合わせてひとまず危機を乗り越えたのだ。

 マガツで囚われているフレアは何が起こっているのか理解できないと頼りない瞳がゆれ動く。

 この未来はフレアにも”見えなかった”。これはまごう方ない奇蹟であった。


「信じられない。こんな未来……私はしらないの」

 

 これでフレアにもこの先待ち受ける結果は読めなくなった。まだ、危険は去ったわけではないが長年恐怖に支配されてきた心の中に、ほんの小さな希望の光がともる。

 泣いておびえるばかりのフレアの中で何かが変わり始めていた。


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