第119話 魔技研編 『マーガレットの誓い』
〈マーガレットの回想〉
神聖オラクル帝国の皇后が暮らす後宮に命そのものと形容してもいい赤ん坊の鳴き声が聞こえる。そこはまるで天界を思わせるほどに緑と光に包まれた優しい空間だった。
当時天使だった私は皇后エレンツィアの側近。大天使ユリエルでもある彼女とともに天界から遣わされた。エレンツィアは多大な実績と貢献から天界より命を授かることを許された。それが彼女の腕に抱かれた男の子だ。
「らーーらーーらーー、ららら、らーー♪」
エレンツィアが愛おしそうに男の子を腕に抱き、天使の歌声あやしている。大天使ユリエルの歌声は兵の間では勇気をさずけ、民には心を救う癒やしとして天の恩寵と敬われる。そんな歌がたった1人の赤子のために捧げられている。なんとも贅沢なことだ。
「あーー、キャッキャ」
柔らかい大天使の子守歌に赤ん坊は嬉しそうな声を上げてころころ笑う。
エレンツィアは目尻が下がり、歌声に柔らかみが増していく。歌に愛情が乗せられていく。それが一層澄んだ美しい響きに高めている。厳格で試練と断罪を司る大天使とは思えない緩んだ表情だ。
子供とはそんなに可愛いのだろうか。エレンツィアを見ていると気になり始める。
後宮には皇族のフロレリアもよく遊びに来る。お目当てはアレス、今のマコトだ。
赤ん坊のぱっちりおめめは確かに見ていてこみ上げてくるものがある。ずっと見ていても飽きそうもないが……。
「うわああ、可愛い。私にも抱かせてよ、ユリエル」
そこにかしましい女性の声が割ってはいる。帝国皇族のフロレリアだ。子供のようにせがむフロレリアは幼く見える。実際はもう大人なのだが何時までも少女のように若々しい。
エレンツィアがしょうがないと言いたげにアレスをフロレリアに渡した。フロレリアはいつもおっとり緩んだ女だがこのときは殊更にだらしなく口元が緩む。
「うわあ、私も子供が欲しくなっちゃったな」
「いい人が見つかればな。だがお前は人類の救世主の子を産むことになる。相手は慎重に選べ」
「分かってるわよ」
口うるさいエレンツィアにフロレリアは子供のようにほほを膨らませて不満顔だ。他人に壁を作り私人の顔を見せたがらないのが皇族だ。それでもフロレリアが感情にまかせて反応するのは姉代わりであり、親友でもあるエレンツィアだからだろう。
私にはこんな顔を向けない。
「将来生まれる私の子はきっと重すぎる重圧に晒されるだろうから、お兄ちゃんとして守ってね、アレスちゃん」
フロレリアはマコトを抱き上げて願う。生まれて間もない赤ん坊はきっと理解できていないだろうに。
「だああーー」
そのはずなのだが肯定したかのように赤ん坊は鳴く。それを聞いたフロレリアは可愛いーー、と抱きしめては頬擦りし、お餅みたいなほっぺを指でつついてぷにぷにする。弾力あるほほが指に吸い付くようで私の興味も吸い付きそうだ。
あの肌は気持ちよさそう。私もやってみたい。
そう思っているとエレンツィアが私の心を読んだように気にかけてくれた。
「マーガレットもこの子を抱いてみるかい」
「いえいえ、畏れ多いです」
両手を振りまわし、ぎこちない私の返答に2人は笑った。
うう、恥ずかしい。
恐らく赤ん坊を怖がっていることが筒抜けだ。
本来命を孕むことがない天使の私は命をとても神聖なものとみている。その象徴である赤ん坊に恐れを抱いても仕方ない。その辺りを汲んでほしいものだ。
だってそうでしょう。力加減を間違えると簡単に折れてしまいそうなか弱い存在にどう接すれば良いというの。
「抱いてみるといい」
「はわわわ……」
赤ん坊を持たされた私は目を回してしまった。
赤ん坊に鳴かれたらどうしよう。
おっかなびっくり焦っているとエレンツィアに教えられる。
「もっとしっかり腕に抱け。その方が安心する」
ちょっとぐずりそうな赤ん坊を言われたとおりに抱いてみると、赤ん坊は嬉しそうに私にしがみつく。
ふれあうぬくもりが私の心を暖かく包みこむ。へんな話だ。こんな小さな子が私を安心させてくれるなんて。もう言いようのない愛おしさが胸に広がっていく。
「はわああーー」
この時間は至福だった。この可愛さはまずい。思わず堕天使になってしまいそうな反則級の愛らしさだ。
恐る恐るアレスの前に手を持って行くと赤ん坊はギュッと私の指を握る。
「あーー、だあーー」
「~~っ!!」
声にならない歓喜の声を漏らす私。またも2人は笑っている。そんな2人が気にならないくらい私の心はマコトに奪われていた。
「マーガレット、その子の教育係を任せる」
「私がですか?」
「この子は将来世界の命運を左右することになるだろう。守ってあげて欲しい。私は大天使としての使命から縛りが多い。地上の介入は限られるのでな」
「……この子を育てる。私が……守る」
今も縋るように私の指を掴む赤ん坊を見つめて思う。
何があろうとこの子は守ろうと。
私は騎士のごとく心の中で誓いを立てた。
そして、ある日私はとある女性に唆されることになる。私はその誘いに乗るしかなかった。だってマコトの待ち受ける運命を聞かされて見逃すなんてできない。マコトとフロレリアの子はどちら一方しか生きられない運命と言われたら動揺するにきまっていた。
即答はしなかった。それでも私はエレンツィアもフロレリアも裏切った。仕方ない。
――なぜなら最初に裏切ったのは、フロレリアだから。
マコトがさらされた日。一番近くにいたフロレリアの躊躇を見た。わざと見逃したことを私は知っている。同じく運命を聞かされたフロレリアは自分から生まれてくる子供を生かそうと攫われるマコトを見捨てたのだ。だから私は覚悟を決めた。
エレンツィアが望んだのは2人とも助ける未来。それは叶わない理想論だ。そもそも母親は自分の子供が一番可愛い。当たり前だ。フロレリアだって例外ではなかったのだから。
だったら私はマコトを取る。
実質マコトの母代わりである私は絶対に守ると誓ったのだから。
今はフロレリアのそばにいるようだがすぐに引き離さないといけない。あの偽善者は自分の手を汚すことを嫌ってまだマコトを手にかけていないようだ。それでも機会があればあのときのように見て見ぬ振りをするのであろう。ずるい女だ。
私はどんなにこの手を汚してもマコトを救うつもりだ。
〈マーガレットの回想終わり〉
マーガレットは意識を現実に引き戻すと、遠くの空に浮かぶ空中要塞マガツをみる。死霊系の魔物が何万と空を徘徊し空の光を遮り地上に大きな影を落とす。
また日が昇っているのにもかかわらず闇が空に広がる不吉な空模様だ。
「都合が良い。あそこで儀式を済ませるとしよう」
「クライム、マガツに行く。お前は外を見張れ。万一エレンツィアがこないとも限らない」
時空魔法で空間が歪むとマーガレットはマコトを連れたまま消えていく。空間跳躍であると気がついたレイスティアが急いでマーガレットの元に飛びこんだ。空間の歪みは3人同時に包み込み消えていった。
おいてけぼりにされたクライムは肩を落として空に飛び上がりマガツに戻る。
「おいおい、一緒に連れて行ってくれてもいいだろ。つれねえな」
残された魔法少女たちはもはや敵とすら見られず見逃された。ほとんど何もできず一方的に敗北した。為す術なく見送るしかなかったことに泣いて悔しがる生徒もいる。
「あんなの勝てるわけない」
誰かの声がこぼれる。だがそれは倒れた魔法少女たちの心の声を代弁したようなもの。圧倒的なホロウ幹部の強さに加えて、空からの大軍と空中要塞。戦力差が余りにも開きすぎて、さすがに心が折れてしまっていた。
リリアーヌはまだ健在だが立ち向かうには多勢に無勢だった。
「どうしよう、みんな完全に戦意を失っている。そうだ。フレアっちはどこ。フレアっちなら何か良い策を考えてくれるかも」
リリアーヌが名案だとばかりに発言する。傷が深いシャルに治癒魔法を施しながらユーナは力なく否定する。後ろにまとめた空色の髪も力なく揺れる。
「無理だわ……」
「どうして?」
「フレアさんは敵に連れ去られてしまったわ。生きているのかさえ分からない」
その言葉にリリアーヌは困惑する。
「ユーナさん、何を、言っているの」
「あなたはずっと傍にいてまだ気がつかないの。さっきまであの強敵2人と戦っていたマコトさんがフレアさんなのよ」
「えっ!?」
リリアーヌがまさか、と視線をさまよわせる。今他に話せそうなのは同じく立っているティナクランとカレンだけだ。
弱々しい視線が2人に向けられる。
ティアナクランは否定せず視線を下げた。代わりにカレンが重々しく頷く。
「ユーナ様の話は本当です。正確にはフレアお嬢様とマコト様は別人ですが……連れ去れたあの方はフレアお嬢様でもあります」
「うそ……」
ということは、だ。
リリアーヌは最悪な状況が頭に浮かぶ。フレアの護衛でありながら守れなかった。見た限り心臓を貫かれているように見えた。希望はないように思える。
すると足に力が入らなくなりその場にへたり込む。
「アタシ……また守れなかった。故郷もなくして。恩人のフレアっちは何が何でも守ろうって思ってたのに……」
ポロポロ大粒の涙が目からこぼれ落ちる。
悲しみの滴がひたひたと地面にシミを広げていく……。
リリアーヌも今思えば、と気にかかることはあった。時々妙に頼もしくて男の子のような錯覚をうけたことがある。
だが、まさか本当にそうだとは思わなかった。疑問に思っても知ろうと動かない。リリアーヌの欠点でもある。
それをルージュにはよく鈍感だとか凡人だとか無能だとかひどい言葉を投げかけられたが今度ばかりは自分を責める。
「アタシバカだ。こんなことだからむざむざ故郷も滅ぼされるんだ。アタシは――なんてバカ、うわああああーーーー」
実質教官役のリリアーヌが泣き出したことで倒れていた魔法少女たちも悔しさに次々と泣いてしまう。堰を切ったように悲しみは連鎖する。
リリアーヌもまだ十代半ばの少女である。精神的な支えであったフレアを失って箍が外れた。年相応に泣き崩れてしまう。
ティアナクランはかける言葉が見つからず、それでも民を守るために巨大な魔法障壁の維持につとめる。ぎりっと歯を食いしばり今できる最善を考える。
何をすれば良いか。今は混乱して思いつかないがティアナクランは信じていた。
「(マコトは言っていました。保険をかけたと。耐えろと。きっとチャンスは来るはずです。それまでに魔法少女たちを治療し立ち直らせて反撃に備える。これが今わたくしにできることですわ)」
諦めるのはやるべきことを全てやっても駄目だったとき。けれど今はそのときではない。ガランで最初に無魔の反魔五惨騎に襲われたあの事件の夜、フレアにもらった言葉を思い出す。
「だから私はギリギリまで全てを救う努力を諦めない!」
ホロウイーターは既にここまで迫っている。だがティアナクランの光の魔法障壁は邪悪な存在には特に強い。ホロウイーターは障壁に触れると驚愕の顔のまま消滅していく。
ティアナクランは口には出さないが気になることがあった。それはマコトが心臓を貫かれたにもかかわらず、血がしたたり落ちていなかったことだ。もしかしたら2人ともまだ死んでいないかもしれない。それが希望だった。
「絶対に助けにいきますわ。フローレア、マコト。それまでどうか無事でいてください」
ティアナクランだけが諦めずに踏みとどまっていた。
王都を襲撃するホロウイーター。そして、空にあらわれた空中要塞マガツ。
元魔技研本部にいた若い技術者たちは移動魔工房に届く王都の情報を魔導モニター前に集まって注視する。大勢が殺されていく生の映像に彼らは吐き気を催し、女性技術者の多くが涙する。
「ひどい……、こんなことって」
目元に涙を溜めて声がうわずっている女性はエルザ。そばかすが特徴的の純朴そうな若い元魔技研の女性技術者である。
みれば兵たちすら全く攻撃が通じず凄惨な戦いが繰り広げられている。いや、これはもう一方的な虐殺だ。エルザは勉強家である。腕は未熟だが敵の魔物に関しても膨大な知識から問題にいち早く気がついた。
「この魔物、死霊系なのだわ。金属に魔力を含んだ程度の武器では駄目。ちゃんと魔法の力が宿った武器じゃないと戦いにもならない」
エルザのつぶやきに若い技術者の視線が集中する。
「そう、それこそ今私たちが量産を始めている魔導武器でないと対抗できないのだわ」
そこでエルザはようやく皆に注目されていることに気がつく。エルザに男の技術者の1人が言った。
『それってつまり俺たちの作った武器がありゃあ勝てるのか』
「え、ええ、逆にああいう魔物は魔法、特にグローランス商会が今年発表した浄化の魔法力には弱いはずだわ」
エルザの説明を受けて若い技術者たちはダグラスの指示で工房に集められた魔装武器の山をみる。彼らは顔を見合わせてうなずき合う。
『届けようぜ。俺たちの武器を』
『でもどうやってこれだけの武器を運ぶんだよ』
『目の前にあるだろ。とんでもない乗り物がよ』
彼らの視線の先にあるのは漆黒の威容を見せる大型移動車輌『移動魔工房』だ。最初はフレアが自分の趣味である研究と開発を移動中もできるようにと作ったものだ。しかし、度重なる魔改造を経て、移動魔工房は主砲に『魔装砲』という戦術級兵器を搭載。連結している後方車輌6つには無数の砲台が取り付けられその攻撃力は単体で砦を落とせる勢いである。
『これを出すのか? 確かに以前共和国が攻めてきたときにみせた戦闘力はとんでもなかったが……』
『これってあのおっかないグローランス嬢の私物だろ。例の魔装砲もあの方の魔力がないと発射できないらしいしな』
話していて若い技術者はふと疑問がわく。思えばこの移動魔工房、個人で持ってていいレベルの兵器じゃないような……。
当たり前と言えば当たり前の常識的な意見だが、ある技術者が『グローランス嬢だからなあ』といえば皆納得してしまった。フレアの異常さは既に若い技術者たちの間でも共通の認識であった。
『ダグラス工房長に相談したらいいんじゃないかしら』
『あの工房長が許可を出すとは思えない。ひよっこの整備で事故ったらどうするんだって顔真っ赤にしてさ』
スパナ片手に怒鳴る鬼のような表情が若い技術者の頭に例外なく浮かんでいく。彼らはまるで見てきたかのようにその光景が鮮明に浮かび上がった。
『工房長はどっかに慌ててでちまったし、戻ってくる前に俺たちで運び出そうぜ』
『良いのかよ。間違いなくあとで怒られるぜ』
『だったら王都の人たちを見捨てるのか? 今は少しでも早く魔導武器を兵士に届けることが大事じゃないのか。俺たちはそのために技術者になったし、だからこそ魔技研を見限ったんじゃなかったか?』
彼らは若いだけあって勢いで突っ走る。彼らは正義感に突き動かされて独自の判断で団結し魔導武器を王都に届けるべく動き出す。あわてて移動魔工房の足回りの整備を終わらせ、武器を車輌内に運び込んでいく。
「……本当にこれで良かったのかなあ、不安なのだわ」
エルザは不安そうにしつつも1人反対することもできず参加するしかなかった。
エルザの不安は的中した。
はじめこそは移動魔工房の自動迎撃システムによる魔装銃48丁、魔導銃120丁による凄まじい弾幕でホロウイーターの群体に穴を穿ち、敵のまっただ中を突き抜けていく。力強く大地を走り、最短距離で王都の南門に迫っていく。
『イヤッホー、すげえ。なんて火力だよ。移動魔工房だけでも十分勝てるんじゃないか?』
乗り込んだ技術者の1人は全くホロウイーターを寄せ付けない魔導システム制御の正確な射撃と魔法弾の威力に酔いしれている。いや、乗り込んだ技術者のほとんどがそうだ。それでもどこか不安を空元気でごまかしているようにもうつる。
実際そうなのかもしれない。ここにいる元魔技研の技術者たちは技師であって戦う力はない。それもずっといままで前線には赴かず安全な王都にいたのだ。実戦を知らない。
「あれ?」
最初に異変に気がついたのはエルザだ。下から共振のような揺れを感じ取った。ここには一度も乗り回した者がいないため、移動魔工房のこの異常がどれほど深刻なことなのか分かっていない。
フレアの仕事によって作られたこの乗り物は本来運動エネルギーすら書き換えるので安全快適、共振振動など起きようはずもないのだ。
誰もこの異変を深刻には受け止めず速度を緩めることなく進んだのがまずかった。
南門を抜けるため急カーブを行い、王都に入りこんで数秒もたたずに負荷に耐えきれず足回りが破損し移動魔工房は制御を失った。
「きゃあああーーーーっ」
『うわあああーーーー』
投げ出されるような衝撃がエルザたちを襲う。先頭車輌が転倒し、そのまま引きずるように滑りながら多くの家屋を投げ倒してようやく停止する。
乗り込んでいた技術者の多くが負傷するが幸いにして深刻な怪我を負った者はいない。
『皆、無事か?』
若い男の技術者が壁に打ち付けた頭を抑えながらどうにか立ち上がる。周囲を見渡すと、辛うじてシステムは生きていて、魔導回路が通っている光があちこちに灯っている。
「システムはまだ生きてる。良かった」
エルザは何が起こったのかを探るため、転倒した車内の操作盤を動かし原因を探る。移動魔工房の現在のステータスが瞬時にモニターに表示され、エルザはきょとんとしてしまう。あっという間に情報が返ってくること。そしてわかりやすさに興味を持って行かれそうになる。だが深刻な状況が判明して頭が真っ白になる。
「そんな、先頭車輌の車軸と第2、第3車輌のホイールが破損している。もう走行は不可能なのだわ」
飛行ユニットはあまりにも高度すぎて若い技術者には組み立ての仕様が分からず機能はもとから死んでいる。これは絶望的な状況だった。
何よりエルザはステータスをみて言い出せないことがある。先頭車輌で問題があった箇所はエルザが整備組み立てした場所なのだ。急いでいたためにボルトを締める力がおろそかになっていたことを思い出す。
「どうしよう、うち、とんでもないことを」
今頃になってなぜダグラスがあれほど厳しく整備を指導していたのか理解する。緩んだたった一本のボルトでも深刻な事故が起きうる。そして、ここでの立ち往生は致命的である。
エルザは罪の意識が沸き上がり、顔色が一気に青ざめる。
「(どうしよう。私のミスで取り返しのつかないことに)」
直後、移動魔工房を大きな揺れが襲う。
『今度は何だ?』
エルザがはっとして外の魔導モニターを起動し状況を確認する。
「大変、魔物が移動魔工房に魔法砲撃を加えてきてるのだわ」
『大丈夫なのか?』
「この移動魔工房は強力な魔導装甲と魔法障壁を持っているからしばらく持つと思うわ」
『反撃を、弾幕で敵をなぎ払おう』
言われてエルザは転倒のショックで一時的なフリーズ状態となった自動迎撃システムを再起動する。が、新たな問題が露見する。
「うそ、移動魔工房の残り魔力貯蓄量が20%を切ってるのだわ」
『なんだって。この移動魔工房の魔力貯蓄量はバカみたいな単位だったはずだろ。なんでそれだけしかないんだ?』
「――そうか、グローランス嬢は魔法は使えないけど稀代の魔力量の持ち主と聞くのだわ。彼女個人で所有が許されていたのは彼女以外にこれをまともに扱えないから。それだけこの兵器は魔力を大量に消費するのだわ」
エルザは反撃を行わず、装甲の防御にのみ魔力を回すよう制御盤を操作した。
その間にも大きな揺れが襲い、恐怖がじわりじわりと押し寄せる。揺れが大きくなるごとに車内には絶望がふくれあがり悲鳴が車内に響き渡る。
なすすべなく小さく震えることしかできない。
「死にたくない。しにたくないよお。誰か、助けて」
エルザたちはようやく戦場を甘く見ていたことを思い知る。勢いだけで戦場に飛び込んだ自分たちの無謀さを心の底から後悔したのだった。
すっかり恐慌している彼らは気がつかなかった。移動魔工房に遠距離魔法通信が、――王都よりはるかに離れた地にいるはずの魔法少女たちから連絡が絶えず送信され始めたことに。
それを示す希望の明かりだけが今は制御盤上に灯っていた。