第11話 学園合宿編 『専用装備をつくりました』
クラスの生徒と友達になったフレアはすっかり明るくなり絶好調だ。
あまりのうれしさに昼食を自分で作り皆にごちそうしようとするほどだ。
「ふんふんふーーん」
エプロン姿でボウルに入れた生クリームを泡立てぴょこぴょこ動き回る姿をリリアーヌは目で追う。
「フレアっち、ご機嫌だね。どうしたの?」
「あ、リリー。ちょっと嬉しいことがありまして。久しぶりにごちそうを披露しようかと思います。他にも皆さんにサプライズを用意してますよ」
「ふーーん」
リリアーヌが窓から外に目を向けると下に見えるビーチでは生徒たちが王女に稽古をつけてもらっている。時々とんでもない爆発音や悲鳴が聞こえる。
すべてティアナクランがしていることだ。
たった1人でクラスの大半を同時に相手取り実戦形式でたたき込んでいる。
「うわあ、あれでアタシよりたった1つ年上って。自信なくすなあ」
一度に複数の魔法を使いこなし、誰も近づくことすらできていない。変身もしないで圧倒的な力の差を見せつけている。
「アタシももっと強くならないと」
どこか思い詰めいたようにつぶやくリリアーヌをフレアは心配そうに見やる。
「フレアお姉様、次はどうしますか」
そう言って声をかけてきたのはフレアよりも小柄な少女。北方男爵ブォルフガング家のミュリである。彼女は12歳。フレアより年上である。
それでも彼女はフレアを姉のように慕っている。かつて家族に迷惑をかけて賠償がかさむ中申し訳なさで自分を責めていたミュリ。フレアは颯爽と現れて豊富な資金力で救った経緯がある。フレアへの信頼はクラスでもずば抜けている。
「もう1つ生クリームを泡立ててもらえますか。クラス全員分のケーキを作るとなると足りないでしょうから」
「わかりました。が、頑張りましゅ」
力んで舌を噛んだ姿に危うさを感じる。きっとやらかすだろうとリリアーヌは予想する。
「きゃああ」
ミュリは手を滑らせボウルごと生クリームを周囲にぶちまける。ミュリが転んだ先は下ごしらえした食材が並ぶテーブルで次々床に落ちては容器が割れていった。
「ああ、やっぱり」
ミュリはとある特異体質を持っている。それはとても運が悪いこと。そして、とんでもないドジっ子で災害級の被害を引き起こすもある。先に挙げた賠償もミュリのドジによる要因が大きい。
生クリームを顔に受けたフレアは笑顔のままだ。
「ああーー、ごめんなさい。またやっちゃいました。……ごめんなさい」
肩を落として平謝りするミュリをフレアは笑って許す。
「あはは、かまいませんよ。予備はたくさん用意してありますからまずは掃除ですね」
(まあフレアっちならそうなるよね)
リリアーヌは用意していた5枚目のタオルを持って掃除に加わる。
掃除が終わると興味深げにフレアのつくる料理を見つめる人物がいる。
北方子爵令嬢のユーナである。彼女の実家、ウェンディアナ家の子爵夫人にフレアは大層かわいがられており、その縁でユーナとも学園が始まる前から見知っている。
「相変わらずフレアさんのつくる料理は面白いわね。見た目にも綺麗なのにおいしいわ。一体どうやってこのような料理を思いつくのか興味があるわね」
相変わらず鋭い人だとフレアは思う。フレアのつくる料理はブリアント王国には存在しない。前世の知識から料理や西洋菓子を再現している。
それをみてユーナは不思議に思っている。未知の料理に目が行くのではなく、そこからフレアの知識の元に疑問を結びつけるあたり他の生徒と比べ知能が抜きん出ている。
「ふふ、秘密ですよ。それよりもユーナも手伝ってください。戦力としてあてにしてますよ」
「そうね。お母様方の婦人会もフレアさんのつくるお菓子の虜だもの。1つでも多くのレシピを盗んでお母様に教えてあげないとね」
そう言ってユーナは鳥を包丁で捌いていく。全く躊躇のない手際にリリアーヌは思うのだ。
(この子貴族なのにちょっとずれてるわよね。普通抵抗もありそうなものだけど)
フレア曰く、ユーナは御転婆である。
これを見てリリアーヌも納得がいった。
いくつかの事故はあったものの豪華な料理の数々が完成しテーブルに並ぶ頃、王女直々の訓練を終えてふらふらになり戻った生徒たち。
だが目の前に広がるごちそうに彼女らは息を吹き返すように明るくなる。
「うわああ、何これ。すっごい良い匂いだよ。見たことないけどこれ絶対おいしいって」
パティが大喜びで駆けより盛り付けされたオードブルを見つめる。そして、香辛料をふんだんに使った骨付き鶏肉を手に取って口にした。
「ふあああ、ほんとに美味しい。幸せの味だあ」
「ちょっと、パティさん。行儀が悪いですわよ」
注意するアリアにパティはだし巻き卵を放り込む。
「あら、ほんとにおいしいですわ」
「あはは、アリアだってはしたなーーい」
「ちょっと、誰のせいだと」
「ごほん」
そこでティアナクランのわざとらしい咳払いが割り込んだ。
「2人は元気が有り余っているわね。午後はもっと厳しくしても良さそうね」
サーーッと血の気がひいた2人は声をそろえて謝った。
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
「まあ良いでしょう。しかし、これはフローレアがつくったのですか」
どこか期待するような王女の視線を受けてフレアは肯定した。
「ええ、そうですよ」
「そ、そう。ではせっかくのごちそうが冷めないうちに頂きましょうか」
何より王女自身が待ちきれないと言いたげに促す。
「はい、友達になった記念にごちそうを用意しました。皆さんどうぞ召し上がってください」
フレアの言葉を受けて生徒たちが大喜びで昼食を始めた。その様子を眺めているとティアナクランがやってくる。
「あ、あの。可愛らしいデザートは用意してあるのかしら」
王女の興味は厨房にまだ控えてある食後のお楽しみにあった。
「ええ、動物をあしらったマカロンやプチケーキも作ってみましたよ」
そう言ってフレアが持ってきたスィーツにティアナクランは我を忘れてはしゃぐ。
「ああーー、可愛い! 何これ。ああ、これはウサギさんですわね。……はっ!?」
あまりの豹変ぶりに周囲の生徒たちが凝視する。普段の落ち着いた振る舞いからはかけ離れた王女に皆驚いたようだ。
遅れて気がついたティアナクランは顔を真っ赤に染め上げて恥じらった。
「あ、いや、これはその」
「ティアナは可愛いものに目がないのですよね」
「ち、ちがいますわ」
「じゃあ、いりませんか?」
マカロンを下げようとするとティアナクランは観念した。
「まって。いるわ」
「素直になればいいのに」
「フローレア、意地悪よ」
ちょっと拗ねてみせる王女にまたも生徒たちは意外そうな顔をしている。こんなに親しみやすい顔をする王女を始めて目にしたからだ。
「ではティアナ、一緒に食事と参りましょう」
「そうね、はあ~~」
どうにも威厳を大きく損なった気がして重々しいため息をついたのだった。
多めに用意したはずのフレアの料理も育ち盛りの生徒たちの前には余計な心配だったようで、残さず食べてもらえた。フレアもニコニコと笑顔で上機嫌だ。
だが機嫌の良さの理由はそれだけではない。フレアにとっての本当のサプライズはこれからなのだ。
「さあ、今日は私から皆さんにプレゼントがあります」
美味しい食事に満足げな生徒たち。更にプレゼントと聞いて湧き上がる。
だがティアナクランはフレアのあまりに浮ついた様子を見て言い知れない不安を抱いた。
「フローレア、あなた、また何か企んではいませんか?」
「企む? とんでもない。それよりも、さあさあ、外に行きましょう」
怪しい、そう思う王女だが今はおとなしくついていく。
フレアが全員を引き連れて向かう先は《移動魔工房》である。
それはフレアが移動先でも研究できるように設計された3連結車輌による移動式の車。車輌は全面金属製。魔力を燃料に走る魔導機関を搭載し馬を必要としない世界初の乗り物である。
「……何なの、これは?」
ティアナクランはあ然とする。王女は確認してしまったことを後悔し始める。
「これが私の《移動魔工房》です。馬を必要としない馬車といえば良いでしょうか」
もはやどこからツッコむべきなのかティアナクランは頭を悩ませる。しかも、先ほどプレゼントがあるなどと不穏な言葉を聞いたものだから彼女は頭を抱えた。
「ちょっと、ちょっと待ってくださらない。馬を必要としない?」
「はい、魔力を使った魔導動力を開発し術式構成によって操作を単純化……」
「待ちなさい、既に意味がわからないわ。これは魔導の力で動くのですか?」
「ええ、ただ燃費が悪いので私ぐらいの魔力がないと動かせませんが」
「欠陥品じゃない!?」
ティアナクランはフレアが魔力だけで言えば史上最強の化け物だと知っている。フレアがいなければ動かない車などどう扱うべきか頭を痛める。
「……あげませんよ。これは私の大事な研究室でもあるのですから」
「いりませんわよ」
いらぬ警戒を抱いたフレアに王女は実にじれったい面持ちでいる。仰天しそうな報告をいきなり持ってこられる王女の心境がどれほどのものか。残念ながらフレアには伝わっている気配がない。
「それで、プレゼントとは何ですか?」
「生徒の皆さんにお渡しした魔装宝玉は量産型です。そのため法衣がどれも似たり寄ったりでして実にもったいないと思っていたのです。そこに答えがあります」
「もったいない?」
「ええ、いずれは調整を加えて個性を出していく予定なのですがだからといって私はそこに甘えるつもりはありません」
力説するフレアにティアナクランはもう天を仰いで嘆きたかった。フレアのこだわりが全く理解出来そうにない。
固まっている王女の代わりに恐る恐るアリアが尋ねた。
「つまりフローレア教官は何が言いたいのでしょうか?」
「答えはこれです」
フレアは隠し持っていた杖を皆の前で披露する。
「な、何ですの、それは……」
アリアだけではない。生徒たちは絶句した。
フレアの手にある杖は普通ではなかった。星形の意匠がふんだんに使われ、ハートのキラキラした精霊結晶が先端に輝いていた。
その見た目はあまりにも少女趣味に過ぎており、その外観が浸透すると生徒たちの多くが恐怖を抱く。
「フローレア教官、もしや、それは魔法の、杖? なのでしょうか」
アリアは震える声で辛うじて確認することができた。その問いにフレアは無情な答えを返す。
「ええ、皆さんにこれら新装備をプレゼントします」
嫌な予感が的中してしまった。多くの生徒が絶望的な表情で悲観してしまう。こんな恥ずかしい武器を使って戦うのかと嘆かずにはいられない。
そんな中でティアナクランが思わずつぶやく。
「かわいい!! わたくしも欲しいわ」
「「「えっ?」」」
生徒たちの驚愕が見事に重なった。
王女の反応にフレアは気をよくしてティアナクランにプレゼントする。
「わかってくれますか。そう、このデザインあってこそ魔法少女のアイテムといえましょう。差し上げますよ。大切に使ってくださいね」
「ありがとう、フローレア。《移動魔工房》の件は不問にしましょう。全然問題ありませんわ。これからもどんどん作ってくださって結構です」
それでいいのか王女様。
そんな声にならない生徒たちの視線が突き刺さる。だが王女は新装備に心が一杯で全く気がつかない。
フレアは奥に用意した装備の数々の元にいき、ベールを取り払ってあらわにする。
「個性を出すため同じものはありません。皆さんの一番使いやすい装備を選んでください」
そこには100個ほどの試作した新装備がずらりと並べられている。
剣、槍、弓、杖、魔装銃、杖と剣が一体化したもの。他にも多種多様の武器があり用途がわからない物まである。
明らかに30個ほどフレアが選んでくれとばかりに少女趣味丸出しの装備が正面に展示されている。だがそれ以外の装備はおおよそまともだった。そのことに生徒たちは心から安どする。
むしろ、これらの装備こそ自信を持って勧めてくれないだろうか。
生徒たちは口にはしないがそう思った。
「あれ、どうしました? 遠慮はいりませんよ。1人1つ選んでください」
そうは言うがフレアが勧める装備以外は選び辛い空気だ。
誰もが顔色を窺い合っていると1人堂々と前に出て迷わずシンプルな見た目の武器を選んだ生徒がいた。移民出身のカズハである。
彼女はどこかフレアの前世の日本を思わせる名前や民族衣装を着る。そのせいか迷わず大きな刀を手に取った。そして、一度刀身を抜き、趣深い刃文やなだらかな曲線を見て満足げに納める。
「教官、拙者はこれを戴こう。良い仕事だ。家宝にする」
「はわっ、……はい。どうぞ」
フレアの手前にも刀はあるのだが少女趣味丸出しのデコ刀だ。選んでもらえず少なからずショックを受ける。
その後、生徒たちは便乗するように次々と装備を選んでいく。正し、装飾の無難な装備ばかりだ。
生徒はほぼ選び終わったというのにフレアの自信作は全く選んでもらえなかった。
「…………、ふみゅ……」
あまりの悲しみに目が潤み始めるフレア。そんなフレアのためにルージュが進み出る。
「はあ、皆ひどいことするわね。……私はこれをもらうわ」
ルージュが選んだのはフレアの自信作の1つ。しかし、ルージュの手にあるものはとても武器とは思えない。
ルージュは閉じた貝殻のような形状のそれを開くと確信する。
「やっぱりそうだわ。フレアさん。これは私のためだけに用意されたアイテムね」
「……その通りです。選んでもらえて嬉しいですよ」
「ああ、フレアさんの愛を感じるわね。私、感激よ」
興味深そうにティアナクランはルージュのそれを見た。
「中に鏡? 化粧容器のように見えますが、下にパフはなく溝が3つありますわね」
「ルージュさんのそのアイテムは《マギカ・コンパクト》。魔装宝玉を更に進化させるため考案した試作最新作です」
「何ですって!?」
その言葉には王女も含めて生徒たちすら驚きの声を上げる。
「フローレア、初耳ですわよ」
「ええ、昨日完成させて今言いましたから」
何気に重要な発明を聞かされ王女の頬が引きつりそうになっている。
「あの、フレアお姉様。わたしはこれがいい」
ずっと悩んでいたミュリがフレアの自信作の1つを手に取った。
「はわっ、そ、それは」
「え、駄目ですか?」
「いいえ。驚いたのはその武器が特別だからです。ティアナに渡したものと同等で、最高の性能を有していますから」
「本当?」
特別であること、それを素直に喜ぶミュリ。彼女の手にある武器は可愛い猫のキャラを取り入れたピコピコハンマー型の杖である。
ティアナクランはフレアのいう特別の意味が気になった。
「フローレア、特別とはどういう意味なのですか?」
「よくぞ聞いてくれました。その2つの装備には魔装宝玉を1つまるまる使用しています。だから高性能であること請け合いですよ」
「魔装宝玉を武器に!?」
あまりの衝撃的な内容に今度こそティアナクランは精神をすり減らし、その場で気を失ってしまった。
「ああ、王女様!?」
倒れるティアナクランを見て生徒たちは大慌てだ。
フレアのサプライズはある意味で大成功、ある意味で大失敗に終わった。
日はとうに沈み闇が一層深まる中、フレアは静かに歩き出す。
わずかな月明かりを頼りに柔らかなカーペットを踏みしめる。今はこの一歩一歩すら特別な感慨を生む。
(まるで世界が変わったような……。視界が明るく広がったような感覚、不思議です)
これが一時的な錯覚ではないことを望みつつ海の景色が一望できるベランダに出る。外に出ると海風を五感で感じ取れる。そして、夜空を見上げた。その空すら以前より大きく感じられ違った印象を受けてしまう。
「気がつけば私は夜空をじっと見上げることを忘れていました。いえ、ずっと避けてきたのでしょうね」
この夜空を見るたびに前世の、娘同然だったヒカリの悲鳴が耳に響く気がした。
「あの日もこんな星がよく見える綺麗な空でしたね」
辛い記憶に正面から向き合えなくてフレアはずっと避けてきた。それでもようやく夜空を見上げたのは心中の変化を表していた。けれどもフレアはすぐに視線を下げる。
「やはり簡単には割り切れません。でも、少しだけ立ち直ることが出来ました。ヒカリ、私に友達がたくさん出来たのです。祝福してくれますか」
応えるように魔装宝玉が淡く輝く。フレアが使えないにもかかわらず手放せないでいる胸元に下げた魔法少女の証し。
「遺跡でみつけたときに聞こえた声、ヒカリだった気がします。そう、この魔装宝玉から聞こえた……、気のせいではなかったはず」
もしかして見守っているのでしょうか、とそんな都合のいい願望を抱く。
そんなとき、別荘から離れた砂浜で剣を振り、鬼気迫る様子で修行するリリアーヌをみつけた。その表情は何かを必死に振り払うようで痛々しい。
「リリー、あなたもまだ苦しんでいるのですね」
普段は明るく振る舞っているが、祖国が滅んだことをずっと引きずっている。互いに大切なものを守れなかった傷を持つ。そういう意味でフレアとリリアーヌは似ていた。
「仕方ないですねえ」
そう言ってリリアーヌの元に向かうべく廊下に戻る。フレアは止めるつもりなどない。ただリリアーヌが自身を傷つけないように見守るだけだ。
「リリー、その傷のせいでまだ手にある大切なものまで失わないように。私が傍にいます」
リリアーヌには焦りがあった。自分の魔力量と素質に実力が見合わないことに気がついているから。
「アタシの方が魔力も受容体も王女様より高いってフレアっちは言ってた。なのに私は魔装宝玉の力を全然使いこなせてない」
リリアーヌの魔装宝玉も後期型に入る。遺跡文明が滅びる頃に作られたというビッテンブルグが代々伝える特別なものだ。
「『あの力』を引き出せたらもっとたくさんの人を救えたはずなのに。アタシが駄目な子だから、守れなかった」
祖国も、難民を引き連れていたときもリリアーヌは多くの大切なものを失った。それは13歳の少女がうけとめるにはあまりにも残酷だ。
いたずらに剣を振っても疲労が溜まるだけで研ぎ澄まされるどころかどんどん鈍化する。それがますますリリアーヌを苛立たせる。
「このっ、どうして、アタシは」
積もり積もった焦りで自覚していなかった疲労が限界を迎える。不意に握力が抜けることで剣を取りこぼし対処するための足もついてこない。結果足をもつれさせて後ろに傾き浮き上がった剣はリリアーヌに向けて落下する。
「――っ」
よけきれない。思わず目を閉じて体に受けるだろう剣の衝撃に体をこわばらせると不意に左手をぐいっと引かれ誰かに押し倒される。
「リリー、無事ですか」
助けたのはフレアだった。一刻も前からリリアーヌの傍で見守っていた。それすら気がつかないほどリリアーヌの視野は狭窄していた。
「フレアっち……」
目の前にはフレアの整った容貌が目の前にある。真っ赤な瞳にはこれまた真っ赤な顔のリリアーヌの表情を映している。
――綺麗。
フレアの瞳の輝きに見惚れた。同時に我に返る。フレアに覆い被さられ抱きしめられている。それを自覚すると胸が激しく動悸して息が乱れる。
「……はあっはあ、……フレア、っち」
危ないときも困ったときにも颯爽と駆けつける。フレアに何度もそうやって助けてもらったリリアーヌはいつも心の中で葛藤する。
(アタシ、女の子同士なのに、好きになりそうだよ。今だってこんな王子様みたいに助けてくれて、ああ、どうしたらいいのよ。頭の中ぐちゃぐちゃよ)
同姓を好きになるはずがない。そう言い聞かせてきたのにそのたびにフレアがリリアーヌの心をかき乱す。
「リリー、1人で立てそうですか?」
改めて声をかけられようやくリリアーヌの意識は現実に引き戻された。フレアは立ち上がって手を差し伸べる。
「あ、ありがとう。大丈夫だよ」
だが、フレアの右腕を見て慌てた。右腕に切り傷があり血がひたひたと流れ落ちていた。
「――フレアっち、怪我してるじゃない」
慌てて右腕を掴み様子を見るとばっさりと一筋の裂傷が見える。痛々しさにリリアーヌは後悔の念に駆られた。自分が取りこぼした剣で怪我をさせてしまったから。
「ごめんね」
すぐにリリアーヌは応急処置と止血をする。治癒魔法を使いたくなるが失敗のリスクを考えるとためらう。それを知らずフレアは言う。
「この程度ティアナに頼めばすぐに治ります。それよりリリーが大怪我するところでしたよ」
王女の名を聞いてなおさらにリリアーヌは気落ちする。水の治癒の魔法は最上位の魔法制御難度でありブリアント王国でも数えるほどしか使い手はいない。
例えば、先に挙げた王女。他にはフレアの母フロレリアや水の後期型魔装宝玉が与えられた王国でも屈指の魔法少女エルフローネ。最近では自身の教える生徒でユーナという少女が会得し周囲を驚かせた。
そこにリリアーヌの名はないのである。
「気を落とさないで。私はリリーがいずれ最強の魔法少女になると信じています。今はちょっと壁にあたっただけです」
「いずれじゃ、駄目だよ」
「どうしてですか」
「だって……」
フレアっちを失ってから力に目覚めても意味がない。そう言おうとして言葉を飲み込む。
けれどもその焦りで無理をした結果、フレアを傷つけてしまった。そのことに気がついて恥ずかしくなったのだ。
(アタシの行動、矛盾してる。フレアっちを守りたくて傷つけて……)
「リリーは1人じゃないです」
「えっ?」
「私の知る魔法少女はピンチになってもあきらめず、葛藤しつつも立ち向かい、仲間と友情と正義の心で悪を打ち破るヒロインです。もう魔法少女は1人で戦わなくていいのです。そのために私は頑張っているのですよ」
1人じゃなくてもいい。その言葉にとある魔法少女を思い出す。
「それってレティカさんとの約束?」
「ええ、それもありますね」
レティカとは風の後期型魔装宝玉を託されたブリアント王国三指に数えられる魔法少女だ。ブリアント王国において彼女なしでは今の無魔との戦況はあり得なかった。
彼女は風を自在に操り、空を飛んで戦闘が可能な唯一の魔法少女だ。自身だけでなく同時に3人の魔法少女をつれて高速で空を移動できるため機動力を生かして幅広い戦域をカバーすることができる。まだまだ総数が足りていない魔法少女。彼女の戦域カバーなしにブリアント王国の戦線維持は不可能とされている。
「レティカさんが戦線を支えている間に大勢の魔法少女を育成し個々の負担を軽くする。それが彼女との約束ですから」
彼女の家は伯爵家。代々武功によって貴族となった騎士の家柄。にもかかわらず貴族であることは鼻にかけず誰とでも気さくに接する。
まじめで堅いところもあるがそれ以上に懐が深く魔法少女たちにも、民にも慕われている。
「忙しいのに頻繁にフレアっちに会いに来てくれたよね」
「ええ、魔装宝玉のテストにも付き合ってくれて、彼女なしには今の魔装宝玉はありませんでした」
フレアはリリアーヌの手を取り説得する。
「あなたのように抱え込んで怪我することがないように魔法少女を増やそうと思っています。だからリリー、1人だけ強くならなくてもいいのです。足りないところは周りが支えますから」
リリアーヌはフレアの右腕の怪我を見て申し訳なさそう眉をさげる。
「ごめんね。ちょっと余裕がなかったみたい」
「そうですね。リリーのスランプは精神的な要因が大きいと思います。まあ、抱えている過去を思えば無理はありません」
その言葉にリリアーヌの表情は苦痛にゆがむ。今も死んでいった人たちの悲鳴が思い起こされて心に鋭い痛みが走る。
「うん、どうしてもね。助けられなかった人のことを思うと辛くて、いても立ってもいられない」
そんなリリアーヌに歯がゆい思いを抱えたフレアは天に向けて誓いを立てる。少しでもリリアーヌの心が軽くなることを願って。
「いつかはリリーの故郷だって取り戻して見せます。だから、どうか信じてください。それまでリリーをもう苦しめないであげてください」
まるで無念の内に死んでいった人々に懇願するようだった。
リリアーヌは気がついた。死んでいったリリアーヌの故郷の人々に向けた言葉だと。
それからは不思議だった。リリアーヌは胸のつかえが少し取れた気がした。無魔から国を取り戻すなんて無理を言えるのはフレアくらいだろう。
「フレアっち、『ありがとう』」
リリアーヌの魔装宝玉は淡く青に光り輝く。それはかつてない澄んだ色を宿すのだった。
同じ頃、闇夜に隠れるように不審な船団が王都に向けて航海する。
神聖オラクル帝国の大商人が抱える船団だ。
「なあ、俺たちの運んでる積み荷って一体何なんだ?」
船員が気味悪がって仲間に尋ねた。甲板の下からは時々異様な叫び声や暴れる音が聞こえる。
「詮索するな。オズマ様に消されたくなければな」
そう忠告されて男はつばを飲み込んだ。
奴隷商人オズマ。帝国では泣く子も黙る非情な男。目をつけられたものは帝国貴族すら消されてしまう。それほどの力を持つ男だ。
「わかったよ」
「そうしろ。積み荷を見たらこの船団全ての人間が殺される」
「マジかよ」
だが、好奇心を抑えきれない船員は他にいた。その男は既に積み荷の区画で厳重に施錠された扉を開けてしまっていた。
そこで男は見た。
「うわあああ、無魔だああっ!」
そうなっては手遅れだった。解放された無魔たちは船団の人間に襲いかかっていった。飢えた肉食獣のごとく凶暴な牙を向け人間の命をかり続ける。
――――――
――――
次の日、船団を待っていた覆面の男オズマはため息をつく。王都に近く闇の人間が密輸に用いる秘匿された港。流れ着いた船団に人間の姿はなかった。甲板上にはおびただしい数の無魔がいるだけだ。
「クズが。使えない奴らだ」
オズマは後ろに控える部下に目配せする。
「目撃者を殺せ。この港にいるもの全てだ」
忠実な配下たちはすぐに命令を実行するために動き出す。悲痛な叫びがあちこちで聞こえる中オズマに接触するものがいた。
「相変わらず残虐な男だな。オズマよ」
支配者級の無魔グラハムが空から降り立った。オズマは臆することなく返す。
「無魔に言われるとはな。ともあれ商品は運んだぞ」
指し示すのは船団にいる無魔。
「ふっ、我々に手を貸すとはおかしな男だ」
「ビジネスのためならば、といいたいところだがこれは取引だ」
「ほう、取引とな?」
「今のブリアント王国は安定し始めている。このままではそちらも攻めにくかろう」
「狙いは何だ、人間よ」
「俺は奴隷商人だ。奴隷制を廃止した王族に痛い目を見てもらいたい。また商売がしやすくなるようにな」
それを聞いてグラハムはクツクツと笑った。
「弱体化させるどころかそのまま滅ぼすかも知れぬぞ」
「見くびるな。お前らは力を持つほどに精霊の加護が強い土地で活動できないだろうが。加護を弱めるために雑魚を犠牲にする必要がある」
オズマの言葉にグラハムは殺気を高めた。
「貴様、どこでそれを知った?」
「秘密だ」
直後、オズマの背後に禍々しい悪魔を思わせる人型が現れる。
「それは、契約精霊? いや、その邪悪な姿は一体?」
「甘く見るなと言った。能力の制限された状態でこの俺と戦う気か?」
「……ふん、良かろう。その話、今回は乗ってやる」
譲歩を引き出したことで一変して人の良い声で挨拶する。
「ご契約ありがとうございます。今後ともごひいきに」
「食えない奴だ」
その後、オズマはグラハムに商人の姿勢で提案する。
「そうそう、明後日、お目当ての小娘が王城に到着するはずです。仕込みも重畳。王都は無魔に攻め入られたことがない。それゆえに城下は魔法少女の不在で手薄です。壊滅させるくらいかんたんですよ」
「貴様は獰猛だ」
明後日。それは関係者を集め国王がジルベール公爵家との対立を裁定する日。そこにはフレアも出席する予定だ。
その日を狙って王都にかつてない危機が迫ろうとしていた。
次回からは王都防衛編が始まります。
無魔の大軍に攻め込まれ、王都城下は壊滅の危機にさらされます。
そこに居合わせた見習い魔法少女たちは人々を守るため戦いを決意することになります。
今後ともどうかよろしくお願い致します。