第113話 魔技研編 『シンリー撃退。そして新たなる敵』
王女ティアナクランの窮地に辛うじて間に合った魔法少女カズハが無魔シンリーと交戦状態に入っていた。
接近戦では分が悪いと感じたシンリーは距離を取った巧みな攻撃を次々に繰り出していく。
「《反魔昇爪》だし」
大地に手を突き入れるとシンリーは爪を伸ばして自在変形させカズハの足元から次々に鋭い爪が飛びだした。
「――っ」
これをカズハは予期していて華麗に回避する。だがシンリーの手はこの程度では緩まない。槍のように足元から飛びだした爪から更にニードルのような棒状の飛来物が無数に飛びだしたのだ。
「風魔法《ウインドスマッシュ》」
カズハの高速の斬撃に風の魔法が加わり、重い風圧が迎え撃つ。飛び込んできたニードル状の攻撃を打ち払った。
「もう一つおまけだし」
シンリーはその間に、もう一方の手を大地に突き刺し、カズハの足元から徹底して中距離攻撃をする。とにかくシンリーは接近戦を避けている。
カズハは体を捻り、舞うように更に後ずさり回避していった。その動きは体の先まで通っていて演技のように華麗な動きを見せている。それを余裕と受けとったシンリーはますます攻撃的になっていた。
続く攻撃もますます苛烈なものとなっていく。
「これでは近づけないでござるな」
「カズハ。援護はいりますか?」
ティアナクランの言葉にカズハは首を左右に振った。
「殿下は引き続き後背の民を守ってくだされ。背中を気にして戦える甘い敵でもないゆえに」
「分かりました。頼みましたよ」
王女は改めて大勢の民を守護する魔法障壁の維持に集中する。近衛騎士らが奮闘して押しとどめるが、それでも無魔兵卒級が戦えない民を狙って何体かは突破してくるのだから手は抜けない。最高戦力が釘付けにされてしまっていた。
シンリーはカズハの余裕ともとれる言葉に引っかかるものがあった。
「ちょっとカチーンときたじゃん。反魔五惨騎の私をたった1人で十分とか舐めすぎだし」
「別に強がりではござらんよ。適切な戦力配分でござる。お主は拙者が止める」
焦った様子もなく、息の乱れもなく、まだ余力を感じるカズハにシンリーは自尊心が傷ついた。
「それが鼻につくって言ってるんだし。もういいし、ちょっと本気出すし」
シンリーの体からは突如として吹き出すような邪悪な力、反魔の黒い力があふれでるとその体に異変が生じる。
「秘技、身鏡写魂だし」
シンリーの体がぶれたように見えると次には2体に増え、3体4体と数を増やし、ついには6体に増えた。
「残像、いや分身の術でござるか。面妖な」
「これは分身なんて生やさしいものじゃないし。力はどれも一緒だし。全てが本物の私。何より情報も共有し連携も半端ないっての」
6体のシンリーは戦闘態勢を取ると同時に襲いかかってきた。
「「「それを教えてやるし」」」
先ほどまで接近戦を避けてきたシンリーが一変して踏み込んだ。しかし、今度は6体による連係攻撃である。
カズハは慌てて次々襲い来る攻撃をかわし、刀で応戦するが手数が違い過ぎる。
捌ききれずカズハはシンリーの蹴りを受けて後方に派手に吹き飛んだ。
「くっ、やるでござるな」
マギカアイアスの防御機能でダメージは最小限ではある。が全くないわけではない。痛む体を推してカズハはすぐに立ち上がる。
「形勢逆転だし。そのまま寝てた方がよかったんじゃないの?」
「拙者も魔法少女。守るものがある。どんなに絶望的な状況であろうと諦めない。それが魔法少女でござるよ」
「はっ、だったら次は確実に殺してやるし」
「それは御免。だからギアを一段上げさせてもらおう」
カズハ魔装宝玉に手を当てると詠唱する。
「変身・上級魔装法衣、法衣選択《アサルトフォーム》」
詠唱によってカズハの魔装法衣は標準形態から近接特化型形態に変身を開始する。それは標準形態と比べ、近接系のステータスが軒並み3倍以上に跳ね上がる魔法少女の上位変身である。
その装いは開発者のフレアの趣味が多分に反映されキラキラな装飾が目立つ。よく言えば活動的、悪く言えば露出が多い少女趣味満載の衣装にカズハの顔は羞恥に染まっている。まともな感性であれば当然の反応だ。
カズハが最初からこの強力な魔装法衣を使わなかったのは魔力消費量だけでなく恥ずかしさで死にたくなることが大いに影響していた。
「うっわ、なにその魔装法衣。めっちゃはずっ。っていうかものすごい殺気が膨れ上がってるんですけど!?」
「恥ずかしいことなど百も承知。だがそれとこれとは話は別。このやるせない怒りはお主にぶつけさせてもらう」
「八つ当たりじゃん!?」
変身を終えたカズハの動きはまるで別人のようであった。シンリーの一体が何も反応できず腕を切られてしまっている。
「はっ、何その動き? っていうかうそ!! 私斬られたの?」
シンリーは上位の無魔である。体は強力な反魔の障壁で守られ、強力な攻撃であっても一度は防ぐほどに強固なはずである。反魔の障壁ごと斬られたのだからシンリーの戸惑いも仕方ない。
「拙者のこの妖刀《選別剣》は斬りたいものを斬る強力な武器でござる。それは反魔障壁とて同じこと」
「は、反則だし」
「その分身も十分反則でござろう」
お返しとばかりにカズハがシンリーの反魔障壁を砕きながら蹴りでまた一体を吹き飛ばす。今のカズハは一対一の接近戦ならシンリーを圧倒する。
ならばできるだけ同時に相手をする数を減らしながら確実に一体一体潰すのがセオリーだ。その危険に気がついたシンリーは慌てて数で責め立てカズハに必殺の一撃を放たせまいと圧力をかけるしかない。
「くっ、一撃が重いし。なんて剣速」
頭数の差を埋めてくるカズハの一撃の重みと無駄のない鋭い剣速。カズハのおそるべき剣の技術が数の不利を押し返していく。
「(まずいし。あんまり時間をかけているとさすがに増援が来るし)」
王国の中心は最強の魔法少女ティアナクランである。その健在が王国民に与える安心感は計り知れない。逆を言えば、ティアナクランがいなくなれば民の心は一気に不安定となり、シンリーの目的である負の感情エネルギーの回収も容易となる。
だがそろそろ退いた方が良いのではないか、という考えもちらついた。計算ではまだ大丈夫なはずだがどうにも嫌な予感が拭えない。
そんなときだ。カズハが突然シンリーの攻撃の圧力に耐えかねたのかバランスを崩したのだ。
「チャンス!!」
シンリーはカズハさえ突破すれば、民を守ることで満足に力をふるえない王女を殺すことは簡単だと踏んでいた。
あと少し、あと一歩。そんなきわどい攻撃を立て続けに繰り出すがカズハはギリギリのところで踏みとどまり防いでいく。
「くう、なんてしぶとい。さっさと倒れるし」
あと少しで大きな獲物に手が届く。そんな欲がシンリーをこの場に踏みとどまらせた。だが、これこそが罠であった。
「神聖魔法《ホーリーサークル》」
ロザリーのよる強力な神聖魔法の光がシンリーを囲うように照らし、シンリーの反魔障壁を一時的に無力化していく。
「なっ、魔法少女の増援!?」
背後をふり返ると新手の魔法少女ロザリーが立っていた。だがシンリーに驚いている暇などなかった。増援は1人ではない。
「土魔法《ダイヤモンドスマッシュ》」
「炎魔法《ヒートラッシュ》」
両側からはソルがダイヤモンドを纏った拳でシンリーを襲い、逆側からは赤熱する炎で形作られた魔法剣で無数の突きをするアリアが飛び込んでくる。
ソルの強力な魔法拳でシンリーは3体が巻き込まれて大きく体を損傷し、アリアの刺突によって次々に貫かれていく。
「あ、がふっ……なぜ、魔法少女がこんなに早くかけつけてるのよ。あり得ないし」
理解できないと戸惑うシンリーにカズハが言った。
「そもそも拙者が駆けつけたのだって早すぎだとは思わなかったでござるか?」
「……どういうことだし」
「簡単でござるよ。シンリーの襲撃が起こる前から既にここに向かっていたでござるよ」
「意味が分からないし。私の襲撃がばれていたというの」
「ちがうでござる」
ますます混乱するシンリーによこし魔を排除し、ようやく駆けつけたセリーヌとパティも合流する。
「相手がわるかったのですよお。こっちには策士泣かせのジョーカー(パティさん)がいるのですからねえ」
「ジョーカーですって?」
セリーヌはパティにたずねた。
「パティさん、あなたはここで襲撃がある前にGクラスの魔法少女へ連絡しましたよねえ」
「ほへっ? そうだよ。美味しいパンをたくさん焼いたからすぐに食べにおいでよって連絡したんだ~~♪」
聞いていたティアナクランはこの非常時にそんな魔法通信を飛ばしていたのかと頭を抱えていた。
「パティ、あなた勝手になんて通信を流しているのですかっ!!」
「まあ殿下のように普通の感性ならそれで終わりなんですが、パティさんの場合は話が違ってくるんですよねえ。パティさんは理不尽とも言える強運の持ち主ですから」
「運って馬鹿らしい。そんなもの全然当てにならないし」
「まあ、それが普通なんですよお」
それでセリーヌが周囲に視線を巡らすとカズハから答えが返ってくる。
「拙者はこの通信を受け取ったとき血の気が引いたでござる。”あのパティ殿”がこんなときにパンを焼きすぐに来いという。下手をすれば王都が滅びるような大災害が起こるのではと慌てて駆けつけたのでござる」
「はあ? そんな理由で救援に駆けつけてたというの?」
シンリーはますます理解に苦しみ顔が引きつっている。それからは次々と納得がいかない返答が集まってくる。
「私もカズハと理由は似てるかな。ここに避難している人たちが心配で急いで来たよ(ソル)」
「わたくしも民と殿下を守るために慌てて飛んできましたわよ。加えてこの大変なときにパンを焼くバカを説教しようかとも(アリア)」
「私は美味しいパンが”無料で大量”に手に入ると聞いて(ロザリー)」
「「「…………」」」
「ちょっと最後おかしな答えがありましたわよ!!」
アリアに指摘されるとロザリーに魔法少女たちの白けた視線が集中した。さすがに罪悪感が半端なく、ロザリーは訂正を余儀なくされる。堂に入ったシスターの祈りで厳かな空気を形勢しつつ言い切った。
「……それと何よりも愛すべき隣人たちをお守りするために参上致しました。決して無料につられた訳ではありません」
「「「(絶対ウソだ)」」」
信じ難い話ではあるものの実際救援が集まったことは事実である。シンリーは何度もあり得ないと否定しつつ、今は全力で逃げることを考える。
「分かったことはそこの魔法少女を含めて頭のおかしい化け物揃いだってことだし」
「「「パティさんとだけは一緒にしないで(ござる)」」」
「皆ひどい」
その後、シンリーはうつし身たちを自爆させ一帯に大爆発を引き起こす。
「こんなの付き合ってられないし。さようなら」
あっかんべーのポーズのままシンリーは爆炎の中に消えていく。突然の爆発に虚を突かれたカズハたち。満足な防御もできない中で王女の声が響く。
「危ない!!」
ティアナクランがいち早く危険に気がつき、魔法障壁で爆発を押し込めて衝撃を上へと逃がしていく。
頭を打つような激しい轟音が鳴り響く。しかし爆発が魔法少女たちに届くことはなかった。そのことにカズハたちはほっと胸をなで下ろす。
心配になって駆け寄ってくるティアナクランは魔法少女たちに怪我がないか視線を配った。
「皆さん、無事ですか」
「助かりましたわ、殿下」
シンリーが無魔兵卒級の召喚をしなくなったことでこの辺りからは既に無魔が一掃されていた。よこし魔も遅れて駆けつけたサリーやミュリたちによって浄化されていく様子が確認できる。
だが、カズハは肝腎のシンリーの姿が見えないことに慌てる。
「シンリーがいないでござる」
「ひとまず殿下の守りを強化しますわよ」
アリアの声に砂塵舞う視界不良の中、守りを固めて警戒する。このまま逃げてくれれば良いがそうではない可能性も考えてのことだ。
そこでセリーヌが魔導具の端末を操作しながら光学指揮システムで王都の戦況を確認する。端末の映像には王都の外に飛んで逃げていくシンリーが見えた。
「シンリーは逃げたようですねえ。王都に残った無魔もあとわずかですよお」
その報告にティアナクランはほっとするがすぐに気を引き締める。
「さあ、あと一息です。残った無魔もすべて王都から追い出しますわよ」
「「「了解」」」
戦いに終わりが見えてきた。そう思っていたティアナクランたち。
しかし本当の戦いはここから始まることを彼女たちはまだ知らない。
王都の城壁西門では既に異常が起こっていた。西門は先の乱や無魔が侵攻するにもっとも可能性の高い方角ということもあって警備は増強され、兵卒だけではなく騎士すら配備されるようになっていた。にもかかわらず西門の戦力は壊滅寸前である。
ここにいたものたちは外にこの異変を伝えることも許されず、短時間で壊滅していた。地面には王国側の兵ばかりが倒れ異常な光景が広がる。
「ば、バカな。魔導騎士もここにはいたのだぞ。なのにあっという間に……壊滅」
最後に生き残った西門の警備隊長は目の前で繰り広げられた一方的な戦いに腰を抜かしてしまっている。
全長5メートルほどの人型。それも、固い岩でできた魔物が隊列を組んで武装し攻撃してきたのである。
警備兵などその固い体以前に武装している鎧に剣が阻まれ相手にもならず蹴散らされた。
「いーーひっひっひ、弱い、弱いさね。これがブリアント王国の力かい。これはちょっと期待外れだねえ」
ホロウの大幹部の1人『ドローべ』。
深いローブに身を包み、小柄の老婆のようでもある。ドローベが杖をつきながら悠々と王都の西門前にたどり着いた。
敵は一体一体が魔導騎士かそれ以上。その岩の鎧兵は人間の兵のように隊列を組みそれも5000体の軍隊となって襲いかかるのだから一溜まりも無かった。
そう、5000体である。それだけの戦力が西門に並ぶ光景は壮観である。実際、西門の警備兵長は圧倒的な陣容に戦意を喪失してしまっている。
「空中要塞が到着する前に戦力をこちらに惹きつけるつもりだったんだがねえ。こりゃあ連れてきたこの戦力だけで王都の奴らを皆殺しにできちまうよ。いーーひっひっひっひ」
岩の鎧兵の中でも一際大きな個体が前に出る。地面に大きなくぼみを残しながら西門前にたどり着く。その巨体は指揮官の個体であり、真っ赤なフルアーマーの鎧に身を包んでいる。大きさは24メートル。王都の城壁は18メートル。
赤の巨鎧兵は真っ赤な炎の魔法を拳に付与すると振りかぶる。
『うわああーー、よせよせっ、やめてくれええーーーー』
圧倒的な迫力の巨大なパンチを振り抜くと警備兵長ごと西門城壁の上半分を一撃で撃ち砕いた。
それは王都の民が目を疑うような光景だった。城壁よりも高い化け物が王都の防衛の象徴たる壁を破壊していくのだ。更に蹴りによって金属製の西門がひしゃげ、二蹴りで巨大な門が王都内部にふっ飛んで王都の建物を押しつぶした。
突破された西門からぞろぞろと岩の鎧兵団が侵入していく。
『うわあああ、西門がやられたあああ』
『敵が、大軍がせめてくるぞーー』
王都の空は悲鳴が支配し、恐怖が蔓延した。
「さあ、戦争を始めようじゃないか。ホロウによる一方的な虐殺になっちまうがね。ひっひっひ」
圧倒的な暴力と破壊により王都は地獄に変わろうとしていた。