第112話 魔技研編 『凶悪!? 魔法少女パティのディバインモード発動』
『最高の魔法だと?』
ジャッカスよこし魔は魔法少女パティからただならぬ魔力を感じ取り身構えた。パティの周囲では光が舞い踊り、彼女を祝福しているようでもある。
だが、次に取ったパティの行動に困惑を深める。パティが突如として大粒の涙をこぼしたのだ。
『貴様、なぜ泣く?』
「きっとあなたたちは無理やり魔物にされているだけなんだよね」
『いや、我らは自分の意思で……』
「――言わなくていいよ。シンリーに操られているからとっても外道で卑劣になっちゃってるだけだよね。かわいそうに、クズ過ぎて死にたくなるよね。でも必ず助けるから」
『お前は馬鹿にしているのか?』
そんな会話にセリーヌは額に手を当てて『始まってしまいましたよお……』と嘆きにも似た声を漏らす。パティの恐ろしさが身に染みているセリーヌはこれから起こることを想像し戦慄いた。
『こちらを怒らせたことを後悔させてやる。”このカスどもがっ”』
「――っ?」
ジャッカスよこし魔の一喝によって邪悪な波動が周囲に広がり避難している人々が次々に膝をついた。彼らの顔から笑顔が消えて絶望が広がっていく。
『ああ、俺ってカスなんだ。生きていく価値なんてないんだ』
『もう駄目、助からないんだわ。おしまいよ』
「みんなどうしたの?」
「皆さん、しっかりしてください」
次々に気力をなくしていく人々。ジャッカスの毒舌が通じなかったアンジェとセシルが必死に周囲を励ますが効果はないように思える。人々が苦しむ姿を見てジャッカスが愉悦を浮かべた。
『そうだ。守られているだけしかできない貴様らはカスだ。生きている価値はない。カスはカスらしく惨めに生きろ。いや、死ね』
ジャッカスの毒舌の波動が一段と広がり、次々に人が生きる気力を奪われていく。
人々の心が絶望に染まるだけシンリーの手にあるオーブは黒く染まり力を蓄えていった。
「良い調子だし。そのまま人間を絶望のどん底に落とすと良いし。人間がもたらす負の感情が集まりきったとき、グラハム様の力が完全に復活するのよ」
ジャッカスは自らの力に酔いしれる。当然パティも毒舌の波動に戦意を喪失しているものだと思い饒舌に語り出す。
『ふはは、恐れ入ったか。我が言葉には人間を絶望に追い落とす力がある。いかに魔法少女とて無事では済むまい』
「ん? 何かしたの」
まるで通じていなかったパティはけろっとしていた。むしろ何が起こっているのかすら分かっていないようである。これにはジャッカスが理解に苦しむ。
『……なぜ平然としているのだ』
「もしかして王都の人たちが落ち込んでいるのって君の仕業なの?」
『今気がついたのか、どこまで鈍感なのだ貴様』
パティは慌てて人々に向けて駆け出した。
「みんなーー、元気を出してーー」
『もう駄目だ。俺に価値なんかないんだ』
パティの呼びかけにも人々は後ろ向きだ。それでもパティは諦めず人々を励まし続ける。
「そんなことないよ。人は価値で生きるわけじゃない。隣人にとってあなたはかけがえのない人なんだよ。元気を出して」
『私たちは助からない。おしまいよ』
「私たちはみんなを見捨てない。お腹がすいてるから気持ちが塞ぎ込んじゃうんだよ。これを食べて元気を出して」
パティが襲撃される前に配っていたパンを食べさせると落ち込んでいた女性は晴れやかな表情を浮かべて笑顔になった。
「ああ、おいしいわ」
それを見ていたアンジェとセシルも人々を励ましながらパンを与え人々を立ち直らせていく。
その様子にジャッカスはがく然とする。
『何!? 絶望におちた人間が笑顔になっていく。これはどういうことだ』
「アンジェが言ってたでしょ。あのパンには力がある。人々を笑顔にする力が」
『たかがパンだぞ。そんな力あるはずがない』
「それだけじゃないよ。人の笑顔にはあなたの邪悪な力がこもった言葉だってはねのける力があるんだよ。だから、誰1人カスだなんて言わせない」
パティの言葉に一層魔力光が強くなり、ついにはパティの魔装法衣にすら変化がもたらされる。
「変身・超級魔装法衣、ディバインモード」
精霊たちの祝福の力でパティの魔装法衣はより厳かに美しい装いへと変化していく。神々しい光を帯びてまるで天女と見間違うばかりの神秘の衣に昇華する。
その法衣の上にはかつてないほど力を宿した武具を身につけ、戦乙女のごとく姿を変えたパティが誕生する。
まるで後光が差すように背後から広がる光は人々の負の感情を吹き飛ばしていった。
『おおーー、なんだ。この光は。元気が沸いてくる』
『あの光じゃ。あの少女の光がわしらに元気を与えてくださる』
『なんと神々しい光じゃ。まるで天上の女神のようではないか。ありがたやありがたや』
「お、拝まれてますよ!?」
パティの変身した姿についには拝み出す人まで現れる。それを兵卒級を蹴散らしながら見ていたセリーヌはあきれて眺めた。
『ば、ばかな……』
ジャッカスもあまりのことに顎が外れんばかりに口が開き言葉を失っている。
パティは胸に手を当ててジャッカスに訴える。
「例え心臓を貫かれても笑顔で誠心誠意話せばわかり合えるって私は信じてる」
『いや、心臓を貫かれたらその前に死ぬぞ?』
「あっ、それもそうだね。じゃあ、今のは無しで」
『ぬおーーーー、貴様、おちょくってるだろ!!』
「私はいつでも大真面目だよ!!」
『なおさら悪いわ!!』
ジャッカスよこし魔はパティのペースに引き込まれ息が荒い。セリーヌはパティのペースに引き込まれつつあるジャッカスよこし魔に同情の目を向けた。
「あ~~あ、哀れですね。パティさんを敵に回すなんてわたしなら全力で回避しますよお。味方でもおかしくなりそうなパティワールドに巻き込まれては発狂必至ですよねえ」
『それはどういう……』
しかしジャッカスよこし魔の会話は途中で途絶えた。素早く踏み込んできたパティに強力なパンチを叩きつけられたからだ。
『ぐはあーーーーっ』
よこし魔の巨体が小さな少女に軽々と吹っ飛ばされてジャッカスよこし魔は夢でも見ているのかと正気を疑う。それほどにたかがパンチ一発に込められた力が余りに重すぎた。いかに魔法少女の身体強化魔法とはいえこれほどとは思っていなかった。
いや、そもそも話せばわかり合えると言った少女が何のためらいもなく実力行使に出たことに意表を突かれた。
『ぬうっ、説得するという話ではなかったのか?』
「私の教官が言ってたよ。悪い人たちには誠心誠意”力の限り”説得すればきっと分かりあえるって」
『はあっ? それと今の攻撃に何の因果あるというのだ』
びしっとパティは拳を突き出し言った。
「だから心を込めて肉体言語で説得するんだよ」
『それは説得とはいわん!!』
ジャッカスは混乱の極みにあった。パティのいうそれはわかり合うのではなく、力で相手をねじ伏せることだ。だが当の本人は大真面目にそれが説得だと信じているのである。
話が通じない。
それがインテリだったジャッカスにとってはいいようのない恐怖となる。それは毒のようにじわりじわりと精神が侵されていくような感覚だ。
「純粋すぎるってほんとにこわいですよお~~。それって相手には理不尽な暴力以外のなにものでもありませんからねえ」
セリーヌの言葉にジャッカスはゴクリと喉を鳴らした。自分はとんでもない相手を敵に回したのかもしれないとようやく考え至った。今更ながらにジャッカスは怯え出す。
パティはそれに気がつくと努めて優しい口調で語りかける。
「傷つけられると痛いでしょ。そんなの嫌だよね。だったらやめようよ。そして手を取り合い、許し合えば皆ワクワクハッピィになれるよ」
大きなよこし魔の手を取り握手するパティ。殴ったかと思えば今度は聖母のような優しさでジャッカスを包み込む。もはやジャッカスの脳は焼き切れそうなほどに混乱し狂う寸前である。
『ぬおおーー、なんなのだ貴様は』
気がつけば周囲には無邪気な精霊が可視化するほどに活性化し、虹色の精霊境界が広がる。魔法少女の力を格段に高めてくれる精霊の世界でジャッカスを浄化の光で包み込む。
パティはジャッカスよこし魔を抱きしめると言った。
「フィニッシュアタック《ディバイン・マギカ・エンブレイス》」
強力で真っ白な浄化の光に満ちていく。本来ならばジャッカスは完全に無魔の力に飲まれていたため浄化されては一緒に消滅していたことだろう。
しかしディバインマギカエンブレイスは従来のミラクルマギカブレスとは比較にならないほどの浄化力だった。それは邪悪なものを決して許さず塗り替えてしまうほどの圧倒的な救済の光。
暖かい力に包まれてジャッカスは生まれ変わるような気持ちになる。いや、それよりも質の悪いことになっていた。
『おおーー、人類皆兄弟!!』
魔物から人に戻ったジャッカスは意識がはっきりしだすと突然叫び出す。両手を天に掲げると実に晴れやかな笑顔を浮かべていた。よこし魔だったときの態度がウソのようである。まるで別人のように性格が変わっていた。
「あ、あれ? なんか人が変わってませんかあ」
セリーヌは以前、魔技研の裁判の様子を見ていた。そのときのジャッカスとはあまりにも印象がかけ離れていて違和感を覚える。
ジャッカスは燃えるような熱意を瞳に宿し駆け出すとアンジェに滑り込み土下座を決めた。
「先ほどは申し訳なかった。お許し願いたい」
「え、ええーー!!」
その豹変ぶりはアンジェを困惑させるには十分な威力があった。
「……か、変わりすぎもいいとこでしょう。どうなってるんですかあ」
改めてパティに視線を向けると今度はゴーマンよこし魔に対して近寄っていく。一部始終を見ていたゴーマンはすっかりパティを警戒していて怯えきっていた。
『ひ、ひいいーー、くるなでゲス』
周りにいた無魔兵卒級に命じてパティに差し向けるが今のパティには焼け石に水だ。
「フィニッシュアタック《ディバイン・マギカ・ブレス》」
天から光のカーテンが降り注ぎ、強力な浄化の光を浴びた兵卒級は悲鳴を上げる間もなく消滅していく。そのままゴーマンも包み込む。浄化の光はジャッカス同様にゴーマンを人の姿に戻していく。ついでに腐った性根も塗りつぶしていく。
『ゲショーー、人類皆平等!!』
ゴーマンもまた人が変わったかのように叫ぶとすぐに避難していた人々に対して土下座に向かっていく。
そして、人々もあまりの異常さに目を丸くして毒気を抜かれてしまっていた。
「「ラブアンドピース」」
ジャッカスとゴーマンはがっちり肩を組んでにこやかに平和を叫んでいる。
セリーヌはようやくこの異変がパティの浄化魔法による副作用なのだと気がつく。
「お、恐ろしい。わたしにはパティさんの方がよほど凶悪にみえますよお」
セリーヌの心情にも気づかずパティは嬉々としてセリーヌに駆け寄った。
「セリーヌちゃんみた? これすごい魔法だよね」
「パティさん、あれは洗脳の域ですよお。今後その魔法は禁呪指定しますから」
「ええっーー、そんな!?」
時間は少しさかのぼる。
一方ではシンリーが下っ端の無魔を大量にけしかけてティアナクランの魔法障壁にぶつけていた。背後には大勢の戦う力のない人々が身を寄せ合っている。
「絶対に民は守ってみせます」
辛そうに魔法障壁を支えるティアナクランにシンリーは上機嫌だ。
「あはははは、その強がりいつまで持つのか楽しみだし。そらそら、障壁に穴が空いたら人間どもを虐殺しちゃうよ」
シンリー自身も反魔の邪悪な力がこもった砲撃を幾度も繰り出し、魔法障壁の強度をいやらしく削っていく。
猛烈な砲撃に守られている人々からは悲痛な悲鳴が上がり、子供たちは泣き叫んでいる。それを聞いているとティアナクランもやらせまいと気を張るが焦りはつのるばかりだ。
「殿下!!」
近衛将軍ダールトンは王女の危機に駆けつけようとするがよこし魔たちが立ち塞がった。体長10メートルもあるよこし魔の巨体はまるでちょっとした山のように威圧感を与えてくる。
「くっ、邪魔をするでないわっ」
弾けんばかりの雷撃を纏わせた魔剣でよこし魔をなぎ払う。ずしーーん、と音を立てて吹き飛ばすがすぐに新手が行く手を阻む。これでは埒があかない。
「くっ、殿下をお守りしろ。なんとしてもここを突破するのだ」
『『『応』』』
ブリアント王国の精鋭騎士たちが力強く応え、自分たちよりもはるかに大きい魔物に立ち向かい撃破していく。勇敢にも立ち向かっていく様は正に騎士の精鋭と言えた。
だがよこし魔と無魔の兵卒級もまた決死の覚悟でぶつかってくる。その反抗の勢いは凄まじくこのままでは王女から分断されたままだ。
遅遅として突破できない状況でダールトンは戦いながら部下に叫ぶ。
「伝令は、援軍はまだかっ」
『既に出しました。しかし間に合うかどうかは……』
伝令には騎士が走って知らせて回る。先ほど走らせたばかりなので援軍が到着するまで時間がかかることは分かっていたが確認せずにはいられなかった。
「ちいぃ、グローランス嬢の開発した魔法通信をいち早く導入できていれば迅速に対応できたものを」
いっても詮無きことだが思わずダールトンは愚痴をこぼす。王国への魔法通信の導入は国王ビスラードがオーバーテクノロジー故に慎重だったことで遅れている。それが今は徒となり危機を招いていた。
チラリと視線を流せばパティとセリーヌが特に強力なよこし魔2体を中心とした敵集団を相手にしている。
「こうなれば頼みは魔法少女か……」
魔法少女の魔装宝玉であれば魔法通信機能を標準装備している。魔法少女たちは更に広範囲に王都各地に派遣されているはずだった。しかし、運良くどこか近くにいる魔法少女が駆けつけてくれることをダールトンは祈る。
シンリーをはじめとした無魔の執拗な攻撃にティアナクランの障壁の一部でついに大穴が開きかける。
「さあ、そこが狙い目だし。集中して突き破ると良いし」
シンリーが兵卒級に指示を飛ばすと更に凶暴さを増した無魔が魔法障壁に怒濤の勢いで突撃していく。
それをティアナクランは自らの防御もかなぐり捨てて障壁の制御に回す。
「させるものですかっ」
人々を守護する障壁は更に強固となり、ぶつかった兵卒級は悲鳴を上げて大量に消滅していく。それを見てシンリーがニヤリと笑みを作ると素早くティアナクランに自ら突撃していく。
「隙ありだし!!」
シンリーの指先からは鋭い爪が伸びていき、ティアナクラン自身を守る魔法障壁に深々と突き刺さる。
「なっ、しまっ――」
民を守ることに注力したことで自らの防御がおろそかになっていた。ゆっくりと確実にシンリーの爪は突き進みティアナクランに迫った。
「この爪は人間なんか簡単に切り刻むほど強力だし。死ねっ、王女!!」
シンリーの爪が更に凶悪となり、より大きく鋭くなって王女に伸びていく。もう駄目かと思われる中、颯爽と駆けつけた魔法少女がいた。
素早くシンリーの懐に入り込むとまずは腰に下げた刀に手をかける。次の瞬間には抜刀術の剣閃がきらめき、シンリーの爪を根元からたたき切る。
「なっ!?」
シンリーは何者かと声を上げる余裕もない。本能が警告するまま反射的に飛び退いた。息つく間もなくまたも紫の刀身が怪しく閃光を放つ。恐ろしく鋭い斬撃は回避に遠のくシンリーをしつこく追いすがりほほを一筋切り裂いた。遅れてぞっとするような風切り音とともに剣風が巻き起こりシンリーの心胆を震わせる。
ここに来てようやく魔法少女らしからぬ殺気を纏うカズハを確認したのだ。
「チェックメイトは拙者を倒してからにしてもらうか」
「な、なめるなし」
シンリーとカズハは互いに攻撃を打ち合い、カズハはシンリーのもう一方の手から伸びた爪を紙一重でかわす。そのまま更に踏み込んでシンリーの体に突きを繰り出した。
「――あぶなっ」
脇腹をかすめつつも退いたシンリーはこの対峙が非常に危うかったことを自覚する。一歩間違えば致命傷を受けていただろう。
無魔の兵卒級をカズハにけしかけてシンリーは更に距離を取った。どう見ても近接型の魔法少女にこのままやり合うのは危険だとの判断だ。
「フッ、――せい!!」
カズハの周囲には4メートル級の熊に似た猛獣タイプの兵卒級が8体も殺到する。カズハは一度刀を鞘に戻し、カチンと鯉口をならすと次の刹那には一度に兵卒級の胴を真っ二つに両断していた。
「な、なああーーーー」
まさか一息に兵卒級を全て倒すとは思わなかった。シンリーは思わず間抜けな声をあげてしまう。
「まだ、あんたみたいなやばい魔法少女がいたの? こんなの計算外だし」
カチリと音を立ててカズハは妖刀をシンリーに向けた。
「拙者はまだまだ未熟者。すごいのはこの妖刀でござろう」
そしてまた刀を鞘に戻し、抜刀の構えを取るとカズハは名乗りを上げる。
「魔法少女カズハ、いざ参る」