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第111話 魔技研編 『パンと笑顔を守り抜け』

 王都の一等地に堂々と店を構えるグローランス商会の支店。その大きな敷地には大勢の民が避難のため押し寄せていた。多くの人々が突然の無魔の襲撃に驚き不安にうつむいている。


「王都内部に無魔を呼び込むなんて失態ですね」


 ティアナクランは民の顔色を見て回ると肩を落とす。この事態に王族の1人として責任を感じていた。無魔をとどめるはずの城壁も、内部に入り込まれていたのでは役目を果たせなかった。水際対策が不十分であったと悔やまずにはいられない。

 そもそも無魔がこれほど王都深くまで侵入すること自体まずあり得ないことだ。だからと油断があったことは否めない。


「それよりも殿下、あんまりここを手薄にしない方がいいんじゃないんですかあ」


 セリーヌが軍師として意見を述べる。王女のティアナクランがいるこの避難拠点は無魔が見れば格好の攻撃目標だろうとセリーヌは心配しているのだ。

 現在、ティアナクランの指示で魔法少女や連れてきた戦力の多くを周辺に派遣している。ここにいるのはティアナクランとセリーヌ、そして、ダールトン率いるわずか50人の近衛騎士だけである。


「無魔は王都の各地で暴れています。今も助けを求める人々がいるのに私だけ安全な場所で守られているわけにはいきません。それに自分の身は自分で守れます」


 ティアナクランは王国で最強の魔法少女といわれている。それだけの実力は有しているがセリーヌが言いたいのはそうではない。


「(視野がせまくなってますねえ)」


 手元がおろそかになっている現状は非常に危うい。その結果より大きな被害を生む危険性にティアナクランは考え及ばない。


「(まあ、そこをフォローするのがわたしの役目ですか)」


 そんなときだ。一帯に突香ばしい小麦の焼ける良い匂いが漂ってきたのは。

 塞ぎ込みがちな人々の心が上向き、美味しい匂いにつられて顔が上がる。そこに元気いっぱいなアンことアンジェがバスケットいっぱいに積み上げたメロンパンを抱えてやってきた。


「はーーい、皆さん。美味しいパンができましたよーー。焼きたてだよーー」


 笑顔を振る舞いながらアンジェは次々にメロンパンを人々に配っていく。特に受け取った小さな子供はメロンパンの表面にニッコリ笑顔が描かれていて自然と顔がほころぶ。


『うわあーー、かわいい』

『食べてもよろしいのですか』


 幼女の母親はアンジェにたずねる元気いっぱいに頷く。


「はい、グローランス商会が費用を出してくれたのです。お金は取りませんから遠慮せずに食べてください。よろこんで食べてもらえることが何よりの報酬です」

『ありがとお、おねーちゃ』


 ちょっと舌っ足らずな言葉にアンジュはますます笑顔が花咲く。


「私が焼いたんだよ。美味しく焼けたから食べてみて」


 幼女は小さな口でパクリとほお張ると幸せの顔を作る。


『あまーーい。ふわふわでサクサクなのーー』


 そこにパティもかごいっぱいのパンを抱えてやってくる。


「さあ、みんな。まだまだたくさんあるから美味しいパンを食べてよ。そして、元気いっぱい。幸せハッピィーだよ」


 パティたちの焼きたてパンの配給によって人々に笑顔が戻っていく。そんな光景を眺めながら頭を抱えていたのはティアナクランだ。


「パティがなぜここでパンを焼いて配っているのですか。彼女はエースの1人ですよ」


 魔法少女の差配はセリーヌの仕事である。どういうことかとセリーヌをみた。


「パティさんが避難してきた人々に是非パンを焼いてあげたいというので許可しました」

「彼女は魔法少女科Gクラスのエース。貴重な戦力をなぜ遊ばせておくのですか」

「でも、パン美味しいですよお(もぐもぐ)」

「あなたも何ちゃっかりパンを食べているのですか!?」


 いつの間にかセリーヌがメロンパンを食べ、隣にはセシルがたくさんのパンを配給している。


「妹の差し出した食べ物ならたとえ泥団子でも美味しく頂くのが姉の義務です」

「いや、泥団子は食べ物じゃありませんわよ!?」


 セリーヌの意気込みは明後日の方向に暴走していた。そのシスコンぶりにはティアナクランも呆れるしかない。

 なのだがセシルがティアナクランにパンを差し出す。


「はい、王女様も食べてください」

「しかし、今はそんなときでは……」

「こんなときだからですよ」


 セシルは周囲を指し示しながら諭そうとする。


「さっきまで人々は不安だったと思うの。すごくおびえてたんだよ。でも今はすっごく笑顔だよね。これってすっごい大事なことだよね」

「しかし……」

「王女様は命さえ守ってあげればそれでいいの? 心は守ってあげないの?」

「――っ!!」


 ここまで言われてティアナクランははっとする。目が覚めた思いだ。民のためと言いつつもティアナクラン自身民の心に寄り添えていなかったのだ。だから、民が不安に感じていることも二の次になっていた。それはとても恥ずかしいことに思えた。


「そうですわね。わたくしとしたことが情けないですわ」

 

 セシルは王女の口にパンを押し込む。強引にパンを食べさせられたティアナクランだが口の中に広がる甘みと食感に顔がほころぶ。何より皆と同じものを口にすると不思議な感動が胸にこみ上げた。


「――美味しいですわね」

「でしょーー。王女様やっと笑顔になったね。王女様が不安にしていると皆も不安になるから笑顔笑顔――だね」


 小さなセシルに元気づけられ、ティアナクランは恥ずかしくなり顔が赤くなる。


「なるほど。セリーヌさんが(でき)(あい)する理由が分かりますね。素晴らしい妹さんですね」

「ふふん、今頃気づきましたか。わたしは生まれたときから気づいてましたが」

「それはウソでしょう」

「うん。お姉ちゃんキモい」

「うわーーん、セシルにキモいっていわれたーー」


 セシルの一言にひどく落ち込むセリーヌだがティアナクランはいつものことだろうと無視した。


「それにしても本当にパンを焼かせるためだけにパティをここに残したのですか?」


 すぐに立ち直ったセリーヌは顔を上げると否定する。


「殿下、お忘れですか。あの理不尽の権化パティさんですよ」

「ひどい言いようですわね」

「コホン、パティさんは戦闘力もさることながら特出したスキルを持っています」


 そこでティアナクランもようやくセリーヌの言いたいことを理解した。


「そうでしたわね。パティはおそるべき強運の持ち主でしたわ」

「その通りですよお。彼女が空気も読まず、こんな大変なときにパンを焼きたいなどと言うのです。恐らく無意識にも残った方が良いと直感したのではないですかね」

「つまりここで何か起こるということですか?」

「あくまで可能性ですよ。運なんてあてになりません」


 そんなときである。突如としてシンリーに率いられたよこし魔が集団で現れたのは。


「さあ、間抜けにも王国の王女が守りを薄くしてるし。計画通りだし。よこし魔やっちゃうし」

「「ほんとにきたーー!?」」

 

 王女とセシルはそれはもうびっくりしてパティを見る。


「殿下、呆気にとられていないで指揮をお願いします。こちらの数は少ないんですよお」

「分かっています。近衛騎士よ、前へ。民を死守せよ」

『『『応っ』』』


 体長10メートルの巨大なよこし魔に対し、さすが近衛騎士だけあって臆することなく立ち向かっていく。前に出て民への進行を押しとどめた。

 特に王国最強の騎士と言われるダールトン卿はよこし魔を相手に雷の魔剣を駆使して逆に押し返す勢いだ。

 それをセリーヌは他人事のように拍手し眺める。


「おおーー、すごいですねえ。さすが精鋭騎士。よこし魔と渡り合ってますよお」

「彼らは特にダールトン卿直属です。近衛の中でも精鋭ですよ。――それよりセリーヌ。あなたも戦いなさい」

「ええーー、軍師が戦ったらおしまいですよお」

「妹さんがみているのにですか?」

「よーしっ、張り切ってよこし魔をぶっコロがしますかっ」


 態度を180度ひっくり返したセリーヌが意気込んで前にでると、少数の近衛騎士の隙を突いてよこし魔が3体抜けてきた。


「お姉ちゃん、危ない」


 心配そうなセシルの声に心配ないと手を振り、よこし魔を攻撃しようとした矢先、突然横合いから鋭い魔法の拳が弾丸のようによこし魔めがけて突き刺さる。


「セリーヌちゃん無事?」


 魔法少女に変身して駆けつけたパティによるガンマギカナックルがよこし魔にさく裂したのだ。よこし魔の巨体は圧倒的な魔法に吹っ飛ばされてそのまま這いつくばり目を回している。

 出番を奪われたセリーヌはキッとパティを睨み、屈辱とともに皮肉めいた感謝を述べる。


「わざわざ余計な援護をありがとうございますぅ」


 それにはパティが嬉しそうに笑って応じた。


「えへへ、感謝なんて良いよ。友達を助けるのは当たり前だもん」

「皮肉が分からないのですか!?」


 そして、極めつけはセシルがパティをキラキラした憧れの視線で見ているのだからセリーヌはやるせない。


「うわあーー、パティさんとっても強いんですね。尊敬します」


 これには腹の底から煮えたぎるような声でセリーヌがパティに詰め寄る。


「ほんっとにお節介アリガトウゴザイマス」

「えへへ照れるよ」


 これだけ言ってもパティはセリーヌの誠意を疑わない。これほどわかりやすい皮肉も通じないパティにセリーヌは頭を抱えて理解に苦しんだ。


「うがあーー、誰かわたしからこの天敵パティを遠ざけてください。憎しみで人が殺せそうです」

「セリーヌ、いつまでもふざけてないで援護しなさい。このままでは民に被害が出ます」


 ティアナクランが周囲に広域の魔法障壁を張り巡らせて避難してきた何千という人々を一気に包み込んだ。その障壁は無魔にとっては特に忌み嫌う光の魔法障壁である。触れただけで並の無魔は消滅してしまう。

 それでもシンリーは兵卒級の無魔を大量に呼び寄せるとその障壁にけしかけていた。兵卒級の無魔たちは障壁に体当たりしては大量に消滅していく。兵卒級は完全に捨て駒である。


「さあ、特攻するし。いかに強力な光の障壁でも圧力をかけ続ければほころびが出るものだし」

「くうっ~~」


 ティアナクランは必死に障壁を強化して一体たりとも無魔を通すまいと耐えている。

 

「頼みの魔法少女たちも周りにいないっしょ。というか戦力を分散させる私の作戦見事にあたったし~~。お優しい魔法少女の王女なら絶対罠にかかると思ってたわ」

「それでも民を見捨てないのが魔法少女です」

「ふひゃははは、それで大局を見誤ってるようじゃ指揮官失格じゃん。ここであんたをころせば王国は総崩れだろうし」


 次々に無魔をけしかけるシンリー。止めようとパティとセリーヌが駆けつけようとするが一際異色のよこし魔2体が2人に立ち塞がる。


『ゲーッショゲショゲショゲショ。ここは通さないでゲス』

『カスがっ、失せろ』


 この特徴的な口調にセリーヌは眉をひそめた。


「まさか、このよこし魔は元魔技研のツートップじゃないですかあ」

「えっ、そうなの。かわいそうに。今すぐ人間に戻してあげるね」


 同情し泣きそうになっているパティだがセリーヌの見解は異なる。


「助けが欲しそうには見えませんね。むしろ進んで無魔に従っているように見えますがっ」

『正にその通りでゲスよ。みるといいでゲス。この圧倒的なパワーを』


 ゴーマンよこし魔は巨大な体でもって腕を振るうだけですぐ近くの建物が破壊され、人々の悲鳴が上がる。


『ほら、人間がゴミのようでゲス。さあ、魔法少女を足止めするでゲス』


 それを合図に4体のよこし魔がゴーマンよこし魔の指示でパティたちに襲いかかる。

 一方でジャッカスよこし魔は人々が慌てて逃げたためテーブルに置き去りにされた大量のパンを目にし、鼻で笑う。


『フン。先ほどはたかがパンごときで随分と騒いでいたようだな。くだらん』


 テーブルごと蹴飛ばされたくさんのパンが地面に散らばっていく。


『あっ……』


 先ほどアンジェにパンをもらった幼女がそれを見てパンを拾おうととびだす。


『ああ、だめ。戻りなさい』


 母親が呼び戻そうとするが幼女は手をすり抜けてメロンパンを大事そうに抱えた。

 

『ゲーッショゲショゲショ、わざわざ殺されにきたでゲスか。たかがパンのためにバカでゲスねえ』


 ゴーマンよこし魔が幼女に近づこうとするとアンジェが前に立ち、手を広げて立ちはだかる。


『……矮小なガキが何のマネでゲスか?』

「訂正して」

『はあ?』

「たかがパンじゃない。このパンはすごい力があるの。馬鹿にしないで」

『すごい力でゲスか? それはなんでゲスか』


 その答えをアンジェに代わってなく幼女が涙目になりながらも、それでも必死に主張した。


『皆を笑顔にしてくれた』

『はあ? たったそれだけでゲスか』

「それだけなんて言わないで」

『カスが。そのパンがお前らをどう守ってくれるというのだ。力とは外敵を殺す圧倒的な力こそをいうのだ』

 

 ジャッカスよこし魔が地面に拳を打ち下ろせば大地は震え、踏み固められた土がつぶてとなって周囲に飛び散る。

 その力を前に恐怖に震える幼女だがそれでも言い返した。


『皆がパンで笑顔になったの。すごく怖い顔をしてたのに明るくなったの。それがとても嬉しかったのーー』

『くだらないでゲス。そのせいで殺されることになるでゲスよ』


 目の前に来て腕を振り上げるゴーマンよこし魔にアンジェが力の限り叫んだ。


「ししょーー、助けて」


 アンジェたちに大きな豪腕が振り下ろされる瞬間。

 パティの怒りの拳がゴーマンよこし魔の右ほほにたたき込まれた。


『おぼおおぉーーーー』


 自分よりもはるかに体格の小さいパティにゴーマンよこし魔は奇声をあげて吹っ飛ばされる。


『なんだとっ、足止めのよこし魔はどうした』


 視線を向けるとセリーヌの魔装銃剣ガンマギカブレードによって斬り伏せられるよこし魔が4体。あっさりと負けてしまっていることに驚愕する。


「あなたたちも運がなかったですねえ。Gクラスの魔法少女の中でもわたしとパティさんはこれでも最強格ですよお。他の魔法少女なら善戦できたでしょうが相手がわるかったですねえ」

『バカな。我々は圧倒的な力を手に入れたはずだ。こうもあっさりと……』

「偽りの力に溺れて天狗になっただけのバカにわたしたち本物の力には勝てはしませんよお」

『偽りだと!!』

「偽りだよ!!」


 パティが珍しく怒りを滲ませた表情でジャッカスよこし魔に歩いていく。それだけでいいようのない圧力を感じたジャッカスよこし魔は後ずさる。


「私たち魔法少女は人々の笑顔のためなら力がわいてくる。その気持ちが力をくれるの」

『くっ、くるなあああ』


 ジャッカスよこし魔から膨大な邪気を孕んだ砲撃が手のひらから次々と撃ち出される。直撃すれば人などまとめて何人も吹き飛ばす圧倒的な砲撃をパティは風の魔力を纏った拳で次々と殴り飛ばして霧散させる。これではパティの歩みは止まらない。


「もしも、笑顔が外敵から守る力を指すならそれは私たちのことよ。人々の笑顔を踏みにじるものを魔法少女は許しはしない!!」


 すると、パティからかつてない過剰魔力が外にあふれ吹き荒れていく。周囲には光として可視化できるほどの精霊たちがパティの周りに集まり力を貸した。


『うわあ~~、魔法少女の周りになにかいっぱいいる。綺麗』

「うそ、あれって精霊なの? 私にも見える……」


 アンジェも、周囲で見ていた人々もざわめき出す。精霊とは通常人の目には見えるものではない。人型の力のある数少ない個体だけが人々に認識されているのだ。まさかこんなにも身近な存在だとは思いもしなかったのだろう。

 パティを祝福する精霊たちの発現に人々は魅入った。


「今なら私だけの最高の魔法フィニッシュアタックが撃てそうだよ」


 アンジェたちの言葉に心動かされたパティは今、新たな力に目覚めようとしていた。


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