第107話 魔技研編 『拡大する戦火』
王都の住民に人ならざるものたちが牙をむく。体は金属ににていて通常の鉄の武器では歯が立たない。彼らを倒すには魔力とそれによって引き起こされる奇蹟の力、魔法が必要だった。
警備兵の武器は魔力をなじませただけの剣や槍。それでようやく刃が届くのだが巨大な個体の前にはなかなか致命傷は与えられずにいる。
『くそっ、剣では貫けない。もっと良い武器があれば……魔導剣があれば。うわああああ』
身体能力で人を凌駕する無魔の兵卒級にただの兵は簡単に倒されてしまう。無魔を相手には数で対抗しなくてはならない。それも、突然王都の町中に出現した無魔の襲撃で兵が組織だって戦えない。
もうどうしようもなかった。兵は各個撃破され、命を刈り取られるだけだ。
その有様に人々は無魔の恐ろしさを痛感し、悲痛な叫びを上げて逃げる。
『きゃあああ、だれかーー』
『うわああ、もうだめだあーー』
そして、武器も持たない一般の人々はただ泣き叫び、無秩序に逃げ惑うしかない。
それでは追いすがる無魔の餌食になるだけだ。しかし、絶望の状況下で希望はあった。十代の若い少女が無魔に立ち塞がったのである。
華やかな法衣を纏った少女が持つのは極めて強力な力を持った杖。その先から魔法の力で形成された精霊結晶の刀身が伸び無魔を両断していく。
「無魔の好きにさせませんわ」
狼型の素早い個体から、熊型の大きな個体までアリアは無魔を事もなげに両断していく。刀身は伸縮自在。面白いように無魔が切り伏せられていく。その杖は開き直ったフレアによって魔装系装備に改修されたアリアの専用装備『イマジンロッド』だ。兵卒級であれば大きさに関係なく、一撃で屠れるだけの攻撃力をたたき出す。
助けられた人々はあ然とした。兵ですら蹂躙されるだけだった無魔があっという間に返り討ちにされていくからだ。
アリアが人々に向き合って呼びかける。
「ここはわたくしが食い止めます。民の皆さんは安全な場所に避難して下さい。ここからだとグローランス商会の支店が近く安全ですわ」
アリアの背後には何十という無魔が波のように押し寄せ迫っていた。
『危ない、うしろ』
切迫した人々の声にもアリアの表情に焦りがない。
「ガンマギカナックル、マシンガン」
牙を突き立てようと迫る無魔たちの横から、切り裂くような魔法砲撃の雨が鋭く突き刺さる。無魔は次々に断末魔の悲鳴を上げて消滅の憂き目をみた。
パティの拳から何百という風の魔法砲撃が射出され、アリアに迫る敵を一掃した。
それを見て魔物から怒りの咆哮が上がる。その声はまるで地獄から突き上げられたかのようにおぞましく、聞いた人々を萎縮させた。その魔物は『よこし魔』と呼ばれる。体長10メートルを超える巨大な体から呻るような暗黒の邪気が集約し、轟音を立てて人々に迫り来る。
『うわああーー』
視界を埋め尽くすような大きな邪気の砲撃に絶望の悲鳴が上がる。しかし、人と邪気を隔てるように神聖な光が一帯を染め上げる。
「女神リュカ様、邪悪より我らを護りたまえ」
シスターでもあるロザリーの祈りによって女神の圧倒的な加護が人々守護する。
「神聖魔法『不可侵聖域』」
無魔と人々の境界に不可侵の絶対障壁を築きあげ、脅威から人々を守る。
「あたしもほどほどにがんばりますか」
セリーヌは専用装備である魔装銃剣を抜き、足裏に込めた魔法で大地を踏み抜く。するとセリーヌの前方に突如としてうっすらと氷の膜が張り巡らされ、無魔たちは次々に足を滑らせていく。
次弾を口から放とうとしたよこし魔もすってんころり。砲撃はあらぬ空の彼方へ消えていく。
つるつると滑り、動けなくなった無魔たちを見て好機と判断したアリアが呼びかける。
「今ですわ。フィニッシュアタック用意」
「「「了解」」」
アリアたちはキラキラと幻想的な結晶体の杖《ミラクルマギカロッド》をそれぞれ招喚する。4人は1カ所に集まると一斉に無魔たちにロッドを向ける。
ロッドを中心に虹色の精霊の力に満ちた空間が広がるとアリアたちの魔法は一気に増幅されていく。ミラクルマギカロッドの先には特大の大きな魔法の光が集まると無魔たちに放出された。
「「「ミラクルマギカブレス!!」」」
圧倒的な浄化の魔法に無魔の体は瞬時に消滅し、よこし魔も依り代となった人間の体を残し消滅していった。
そして、後に訪れるのは無魔のいなくなった住宅街である。
自分たちを救った少女を見て誰かが呟く。
『……魔法少女だ』
『本当だわ。間違いない。魔法少女よ』
人々は人類の希望、魔法少女の姿に歓喜し、喜びの声を上げた。
「皆さん、まだ王都には邪悪な気配が数多く残っています。慌てず避難をお願いしますわ」
魔法少女の言葉は人々にとって力がある。魔法少女に守られているという安心感から人々は落ち着きを取り戻し避難を始めるのだった。
『師匠。魔法少女だったんだね』
パティにパン作りを教わった少女は憧れに輝く瞳で駆け寄ってくる。
「うん、私がばっちり皆を守るから安心して」
『私も師匠のように、魔法少女でパン職人になりたいです』
そう言われては悪い気はしないパティはその子の名前を聞いていなかったことに気がつく。
「君の名前は?」
『私の名前はアンです』
「そっか、だったら来年魔法少女科の編入試験を受けてみればいいよ。教官には話をしておくからさ」
『はい』
その後、王都の空には無魔のおぞましい声があちこちから響き渡る。瞬間、アリアたちの表情は引き締まる。
「敵はまだまだいるようですわね。とはいえ闇雲に動いても……」
「どうするの?」
パティの言葉の後、一斉にセリーヌへ視線が注がれる。
「……なんで皆してこっち見るんですかあ。あ、なんかめんどい予感が」
「「「軍師セリーヌ、指示をお願い」」」
「それみたことですかーー」
セリーヌは頭を抱えながらも渋々と空戦型魔装法衣に変身し、上空から俯瞰して指示を出すことになる。
その頃、フレアたちは移動魔工房が収容されている魔技研の工房にたどり着いていた。
「ダグラスさん、王都が無魔に襲撃されました。移動魔工房は出せますか?」
「何だって!?」
言われたダグラスは顔をしかめて整備中の移動魔工房に視線を向ける。
「すまねえ姫嬢ちゃん。新人どもの研修に整備をやらせてたんだがドラブルで遅れてる。残念だが出せそうもねえな」
それは主に整備中に紛失したボルトを探しているせいだった。
「見たところ足回りの整備のようですね。ならば運転室の『光学魔導指揮システム』はつかえますね」
「ああ、それなら問題ねえ」
「分かりました」
フレアたちはそれだけ話すと慌てた様子で先頭車輌に駆け込んでいく。
フレアたちから焦りを感じ取ったダグラスは呻る。
「ううーーん、こりゃあまずいことが起こってるのかもな。こっちでもやれることやっとくか」
ダグラスは近くの職員に指示を出す。
「グローランスの技術者を集めてくれ。ジョージにも連絡を。手透きの奴がいたら魔導装備をありったけ集めさせろ。急げ」
『はい』
職員は慌てた様子で工房を出て行く。
「さて、今できる最善を尽くすとするかね」
フレアは運転室にたどり着くとすぐにエンジンを起動させる。壁には無数のモニターがあり、手元にはずらりと並ぶ操作盤に光がともり主の入力を待っていた。
「光学魔導指揮システム起動。すぐに王都にいる魔法少女たちと通信接続」
するとすぐに無数のモニターから魔法少女たちの魔導具から映像を共有し王都の状況がもたらされる。
既に大量の無魔が王都各地で暴れており、大勢の犠牲者も視界に入る。それを見てティアナクランは息を飲む。
「王都の民にこれほどの被害が……」
道に倒れ、痛々しい血の赤が広がっていく。それがどのモニターにも見受けられ王女のショックほどは計り知れない。
「ティアナ、ショックを受けるのは後です。今は1人でも多くの人を救うことが大事ですよ」
震えるティアナクランの手をフレアはぎゅっと握り、奮い立たせようとする。
「ええ、そうですわ。わかっていますとも」
今も魔法少女たちは各々で民を守るために戦いを始めていることが分かる。その姿に王女自身が力を分けてもらえるような気がした。
手元にあるマイクからティアナクランが魔法少女たちに呼びかける。
「移動魔工房からGクラス魔法少女へ。こちらティアナクランです」
『『『ティアナクラン殿下!?』』』
突然の通信に戦闘中の魔法少女たちから驚きの返事が返ってくる。
「既に多くの民に犠牲が出ています。悲しみに足が止まりそうになるかもしれません。しかし、今ここで人々を守れるのはあなたたち魔法少女だけです。あなたたちこそが希望なのです」
一度言葉を切り、ティアナクランは無魔への怒りをぐっと抑えて魔法少女たちに命令を出す。
「――魔法少女に命じます。民を守り、無魔を撃退なさい!!」
『『『了解』』』
すぐにフレアが通信をかわりユーナに呼びかける。
「こちらフレア。ユーナさん応答して下さい」
『こちらユーナ。指示を』
「あなたの魔装法衣に搭載された新システムを使います」
『ああ、例の観測とマッピングを行うマギカイージスユニットのことね』
「はい、哨戒ユニットを使って王都の上空から敵の索敵と民の避難状況を把握します。お願いできますか」
『了解よ』
既に空中に待機していたユーナは背中に機械の翼があるかのように広げて展開すると哨戒ユニットを射出。四方の上空に飛ばしていく。
哨戒ユニットからおくられてくる情報はすぐに移動魔工房が受け取り、立体映像として部屋の中心で立ち上がる。そこには縮小して見ることができる現在の王都の様子がリアルタイムで確認できる。
あまりの技術力にティアナクランはめまいを覚えた。
「フローレア、あなたまたわたくしに内緒でこんな技術を……」
「まあまあ、王女様。抑えて。いまはフレアっちを怒る暇ないでしょ」
「そうなのですが」
立体映像の王都は破壊された建物も正確に再現され、無魔がいる地点、魔法少女がいる地点にはわかりやすく光点マーキングで表示されている。
それを見ては今までの王国の技術がいかに低かったのか思い知らされティアナクランは頼もしいと思う反面、どこからこのようなアイディアと知識がわくのかと呆れずにはいられない。
「シャルさんとニャムさんは南にいるキャロラインさんと合流して前衛役についてください。砲撃手であるキャロラインさんの援護を」
『了解』
「サリィさんの小隊は王城に向かう無魔を防いで下さい。カズハさんとミュリさんはティアナと合流するために無魔を掃討しながら来て下さい」
『む、拙者は魔技研本部に向かえば良いのでござるな』
「はい、途中強力な無魔が待ち構えている可能性もあります。注意してください」
その後も各魔法少女に指示を出した後、フレアはセリーヌに指揮を委譲する。
「セリーヌさんは王都グローランス商会の支店に合流。そこに移動魔工房と同じ指揮システムがあるので指揮の引き継ぎを」
『それって全体の指揮をしろってことですか。責任重大ですよお、めんどうですね』
「支店には妹のセシルさんもいるのですが」
『任せて下さい、すぐに向かいます』
『『『(シスコンだ!?)』』』
セリーヌは一転して態度を変えて快く指示に従った。ちょろいですね、とフレアのつぶやきをリリアーヌは引きつった顔で聞かなかったことにする。
「フローレア、ここで指揮をするのではないのですか?」
ティアナクランの疑問にフレアが頷く。
「先ほどエレンツィア様から聞いた予言が気になります。ここは王都から離れていますし、何か不測の事態に際して対応できるよう移動するべきでしょう」
「そうですわね」
直後、モニターで大きな異変が起こった。王都の各所から大きな爆発が起こり、被害が急速に拡大していく。
「これは何があったのですか?」
中央の立体映像には各地から火の手があがり、被害は散見している。焦りを見せるティアナクランとは別にフレアは各情報をすぐに分析して理解する。
同時にユーナからも報告が上がる。
「『これは王都の外からの長距離砲撃』」
ユーナは空からしっかりと元凶となる攻撃を視認できていた。南側から城壁を越えて凄まじい勢いの砲撃が入り込むと王都の街に突き刺さった。
建造物も人も等しく悲鳴を上げて痛ましい砲撃の傷跡を刻んだ。
『フレアさん、敵は南側の王都外から長距離砲撃を加えているわ』
更に空を飛ぶユーナにも精密な砲撃が跳んでくる。
『神剣《アクアカリバー》』
強力な水属性の剣が振るわれるとユーナは襲い来る砲撃をなぎ払う。
『私はこれより長距離砲撃に対して迎撃を行います。可能な限り王都の被害は防いでみせるわ』
ユーナは飛来する砲撃に対して高速で飛行し、神剣で撃ち落としにかかる。それでも1人で王都をカバーするにはあまりにも広すぎる。対応できない砲撃は王都に突き刺さり今もなお被害は拡大しつつあった。
ユーナからおくられてくる映像と報告をうけてフレアが厳しい顔つきに変わる。
「映像を拡大しても敵がとらえられない?」
フレアが射線を逆算して発射地点を割り出し、画像の解析をするも敵の姿が映らない。更に問題なのはそれだけの長距離であれば威力も相応に減衰するにも関わらず、王都に目を覆いたくなる被害をもたらしている。
「これほどの砲撃となると敵は無魔純粋種クラスの仕業でしょうね。しかも得体の知れない能力をもっている……」
「フローレア、近くにキャロラインがいます。応戦に向かわせるべきでは?」
「そうですね。キャロラインさん、お願いできますか?」
『かまわないけどうちに勝てると相手とはおもえんわ』
「牽制程度で構えいません。敵の射撃精度を落とせばいいのです。護衛にはシャルさんたちもつけます」
『ならええけどね』
となれば誰がこの敵にあたるのか。当然の疑問にフレアは答える。
「その敵は私が相手をします」
『『『ええーーーー!!』』』
通信先からは『危ないよ、フレアちゃん』などと反対する声が響く。
「その通りです。フローレアは魔法少女ではありません。それどころか魔法も満足に使えないではありませんの。認められませんわ」
強く反対するティアナクランにフレアはスキル『亜空間操作』によって長距離用の魔装銃を取り出した。
「魔装銃に魔法の才は関係ありません。それに長距離砲撃戦闘は私の最も得意とするところです。現地にはシャルさんたちがいるはずですし、リリーとティアちゃんにも来てもらいますから」
「えっ、アタシ?」
「リリーに高速推進飛行で運んでもらうつもりです」
「まあ、構わないけど」
「それも王都の高層建築を縫って超低空飛行をしてもらいます」
「――んっ!?」
それを聞いてはリリアーヌが一気に青ざめて首を振る。リリアーヌの脳裏には超高速で建物にぶつかり、ブチッと潰れて即死する未来がおもいうかんだ。
「いやいやいや、それ自殺行為だから。ぶつかったら死んじゃうって」
「とは言ってものこのこ空を飛んでは敵に狙い撃ちされます。これが最も安全です」
「安全の最低基準低すぎでしょ」
「(ぼそっ)それにぶつかりそうになったら魔装銃で消せば良いし」
「フローレア、何やら不穏なせりふが聞こえたのですが?」
「空耳ですよ」
フレアはそれはもう気持ちの良い笑顔ですっとぼけた。
その後、セリーヌがグローランス商会の支店に到着し指揮をひき継ぐと、外で待機していたミレイユ率いる赤虎騎士団とマルクスら学生騎士を率いて王都へと急いだ。
その頃、王都の南門外よりもはるか遠くに反魔五惨騎のカノンがいた。腕を長い砲身へと変化させ、恐ろしく収束率の高い反魔の力が凝縮した砲撃が放たれる。
「ヒャッハーー、今日の俺はご機嫌だぜ」
ザイアークから受けた嫌がらせの鬱憤を晴らすがごとくカノンは盛大に攻撃をぶっ放す。
「このまま俺のイカしたショットで王都を焦土にかえてやんよ」
2発、3発と砲撃を放つと不意に近くで爆発が起こる。
「何?」
遅れてカノンは王都からの砲撃だと気がつく。
「この距離で届く砲撃か。ちっとは面白くなりそうじゃん」
直撃にはほど遠い。これはまだカノンの場所を正確に把握していないことを示す。
「とはいえ俺の射線を計算してここまで寄せてくるか。さっきみたいにばかすか撃つわけにはいかねえじゃんよ」
カノンはもう一方の手を双眼鏡の形に変えて望遠すると城壁の上からこちらに向けて狙い撃つ魔法少女の姿を確認する。キャロラインである。
次の砲撃は更にカノンに近づき地面に着弾した。
「へえ、あの距離でまた寄せてきたか。ちょっと移動するかね」
それからニターーと粘つくような笑みを浮かべるとカノンは気配を消した。
「ワクワクしてきたじゃん」