第106話 魔技研編 『魔法少女、戦闘開始』
「おのれええ、グローランス商会め。それと王族もだ」
ジャッカスは怒り任せにテーブルに手を叩きつけた。家具はきしみ怒りのほどがうかがえた。
王都にある隠れ家の一室でジャッカスとゴーマンらは集まり、今後の方針について話し合っていた。
「魔技研を潰してどうするのだ。王国の物資供給を下支えしてきた我々がいなくなればこの国は立ち行かぬだろうに」
「全くでゲス。王国をあげて支援するのが筋でゲス。王族は判断を誤ったでゲスよ」
そうだそうだ、と魔技研の高官らも賛同の声を上げていた。
そうはいうものの彼らこそが王国にとっての膿であるという自覚はない。民の誰も彼らが復権することなど望んでいない。
それでも彼らはいまだに国に必要とされていると妄信的に信じていた。
「我々が呼びかければ多くの民が魔技研の再建を願うだろう」
「その通りでゲス。今も魔技研を潰した無能な王に不満を叫ぶ民の声が聞こえるようでゲスよ」
ちなみにゴーマンのこの発言は全くの妄想だ。王都では思い切って魔技研を潰した国王を称賛する声がささやかれる。
王都では魔技研による特許税を巻き上げるなどといったマフィアのような脅迫もなくなり、個人商らが活発な商売を始めて経済に良い影響が出始めている。
むしろ魔技研がいかに害であったかが王都の民の間でささやかれているのだ。
憤る元魔技研の高官らを遠巻きに眺めていたシンリーは溜め息をこぼす。
「あーあ。こりゃもう駄目だし。それなりに力は集めさせてもらったけどまだ足りないし」
シンリーの隠し持っている黒のオーブは人間の汚れた力を回収するものだ。以前に比べれば色は濃く禍々しい暗黒が渦巻いている。それでも、グラハムの力が復活するにはまだ足りないとシンリーは判断した。
「ちっ、ザイアークが嫌がらせの邪魔をしなけりゃあ、とっくに溜まっていたのに。忌々しいし」
他の八英公の庇護があるのでザイアークから陰湿な言葉をネチネチと突かれる程度で済んだもののシンリーの機嫌はすこぶる悪かった。
「もうういいや。この辺が潮時ね」
手で指鉄砲を構えたシンリーは指先に邪法の力を集めると、次々に魔技研の幹部たちを撃ち抜いていく。
『ぎゃあああーーーー』
「な、何ごとでゲスか!?」
撃ち抜かれた幹部は黒い結晶体にとらわれ、歪んだ感情を糧に巨大な魔物が急激に成長していく。
「バン、バンッ、バーーン」
シンリーは狂ったように叫びながら嬉々としてその場にいる人間を魔物へと変えていく。
「その邪悪な力……まさかお前は無魔だったのか」
ジャッカスがようやくそのことに気がつくが後の祭りだ。
「あははは、今頃きづくなんておそすぎーー」
「なんてことでゲスか。無魔を引き入れてしまったでゲスか」
「もうあんたらに利用価値がなくなったから最後に有効活用してやるじゃん」
「ゲショーー」
ゴーマンが邪法に撃ち抜かれてると殊更大きな力があふれ、底冷えするような瘴気が部屋に充満していく。
「あはははは、すごいじゃない。人間の分際でこんなに薄汚れた魂は初めて見たわ。こいつとっくに心は魔物に変質してたんじゃない?」
そして、最後に残っていたジャッカスもシンリーは容赦なく魔物へと変えた。
「おのれえええい、このカスがっ!!」
「そりゃあ、あんたのことでしょ」
ここにいた人間たちは予想以上に腐っていたようだ。だからこそ、強い魔物『よこし魔』が生まれようとしている。そのことを確信したシンリーはその場でステップを踏むほど愉悦に酔う。
「うーーん。これは最高傑作の予感がするし。本来《よこし魔》は強い正の感情を負に反転させ魔物に変える秘術よ。でもこれほど腐った魂だと反転させなくともかつてない魔物ができそうだし」
シンリーの手にあるオーブには今も急速に負のエネルギーが蓄えられていく。
「さあ、よこし魔よ。王都を死と悲鳴と理不尽が支配する地獄に変えるといいし。負の感情がオーブに集まるほどにグラハム様の復活が近づくのよ。あははは、あーーっはっはっは」
よこし魔が王都に解き放たれる少し前のこと。
Gクラスの魔法少女たちはといえば、王都観光も飽きてそれぞれ思い思いの行動を取っていた。
その中でパティは王都中のパン屋を食べ歩いていた。
「王都のパンはワクワクがいっぱいだあーー」
上機嫌に小躍りしながらパティが叫ぶ。アリアははしたないと思いつつも疑問を投げかける。大量のバゲットが入った袋がアリアによって抱えられていた。
「パティさん、こんなにパンばかり買い集めてどうしますの?」
パティだけでは持ちきれないのでアリアとロザリー、セリーヌも荷物持ちにされていた。
「いろんなパンを食べ比べて研究しようと思ってるんだ。私の家パン屋だし」
「ああ、そういえばそうですわね」
「王都のパンの流行も把握しておきたいしね。フレアちゃんが言ってたけどマーケティング? って大事らしいよ」
「ああ、フレアさんが市場調査とか授業で話していましたわね」
「フレアちゃんは無魔との戦争を何時までも続ける気はないみたい。あと10年ぐらいを目標に勝って終わらせるつもりみたいだよ。私も戦後のこと考えておかないとね」
アリアはパティがそんなことを考えていることに驚きを隠せない。セリーヌは無理無理と手を振った。
「むしろ人類の方が十年以内に滅ぼされそうですよ。逆に勝つなんて夢を見すぎじゃないですかあ」
「私はフレアちゃんを信じてるよ。戦争が終わったら美味しいパンを売って皆ハッピーにするんだ」
「相変わらずお花畑思考は健在ですねえ」
現実的に現状を考え無理だと悲観するアリアとセリーヌだがロザリーはパティの意見に前向きだ。
「そうですね。神様はおっしゃいました。人はパンのみに生きるのでないと。生きるためには明日を生きる希望も必要なのでしょう。無論、今をしっかり見据えて生きることも大事でしょうけれどもね」
ロザリーがまともなことを言うのでセリーヌが仰け反りそうなほど驚いた。
「まるで本物のシスターみたいなこといってますよ」
「いや、シスターですわよ!?」
パティたちは王都でもちょっと裏に入った一般の住宅が連ねる場所にたどり着いた。すると寂れたパン屋を見つけた。
「あそこも見てみよう」
パティは持ち前の行動力でアリアたちが止める暇もなく突撃していく。だがパン屋にたどり着くと閑古鳥が鳴いていそうな様子をみて足が止まった。
「潰れたのかな?」
「パティさん、言い方」
一応、少なからずパンが並んでいるようだが全くお客は寄りつかず、売れている形跡がない。そして、店に立つのはまだ少女のようである。
その少女に先ほどの言葉が聞こえていないことをアリアはせつに願う。
「おっはーー、ねえ、ここのパンって売ってるの?」
パティはこれでも全く悪意はない。ニコニコと少女にたずねた。それを受けてお客様だと気がついた少女がぱあっと笑顔を咲かせて頷いた。
『あ、はい、売ってますよ。いらっしゃいませ』
背伸び感がある精一杯の接客にアリアたちは少しほっこりながらパティの次なる行動にぎょっとする。お金をさらっと支払うとその場でパクッとパンを口にする。
「あ、まずい」
「このバカ。言葉に気をつけなさい」
アリアがスパーーンとどこからともなくハリセンを取り出しパティの頭をはたいた。
「でも、ほんとにまずいよ。アリアちゃんも食べてみて」
パティにひとちぎりのパンを口に放り込まれる。びっくりしつつも咀嚼し、アリアは水分が抜けきった乾燥のお麩を食べているような気分になった。口には出さないがしかめた顔が何よりの感想を述べていた。
「あはは、アリアちゃんの顔おもしろーーい」
「そこ、あとで覚えていなさい。それとごめんなさいですわ」
アリアが少女に謝ると相手は首をふるふると振る。
『いえ、本当のことですから』
パティは店内の様子を見るに親の姿がないことに気がつく。
「もしかしてこれ君が作ったの?」
『はい。両親は以前王都を襲った無魔の衝撃で死んじゃったんです』
「それは、申し訳ありませんでしたわ」
『いえ、謝っていただく必要はありません。でもパンはお父さんたちの記憶を頼りに作ったから上手くいかなくて……』
少女1人で生計を立てるためにパンを続けたが思わしくないようだ。そして、重苦しい事情を知りアリアは肩を落とす。
その戦いではアリアたちが活躍して無魔を押し返したもののやはり犠牲者は少なからず出ていたことに責任を感じていた。
暗い空気に耐えきれなくなったセリーヌがロザリーに無茶振りする。
「セリーヌさん、あなた曲がりなりにもシスターでしょ。この空気なんとかして下さいよお」
「曲がりなりにもは余計です。それとシスターに何を期待しているのですか」
「ここはお得意の説教で場を明るくして下さい」
プレッシャー、とこぼしつつロザリーは落ち込んだ少女を笑顔にするべく全力で取り組んだ。その結果がこれである。
「人生の中で最も恐ろしいものを知っていますか、セリーヌさん」
「はあ、何でしょうねえ。魔王とか邪神とかですかあ」
「違います。答えはお金です」
「はあ? お金大好きなあなたがそれ言うんですか。その心は」
「――『お金はおっかねえ』」
少女はあんぐりと口を開けたまま絶句し、ロザリーは言った後で羞恥に顔を赤く染める。それみたことかとセリーヌに詰め寄った。
「いやああーーーー、はずかしいです。無茶ぶりするからどん滑りです」
だがセリーヌやアリアには結構うけていた。
「あはははははははは、ロザリーさんがお金怖いとかあり得ないでしょ」
「……ぷっ、そ、そうですわね。お金大好きなあなたがお金怖いとかあり得ませんわね。ふふっ」
すると少女も遅れて少しだけ笑ったのだ。暗い雰囲気なら違ったかもしれないが、笑いが増えて明るい雰囲気ができれば、自然と笑顔も広がっていく。
「よーし。だったら美味しいパンの作り方、私が教えてあげるよ。美味しいパンで皆を笑顔に。笑顔を見れば私たちもドキドキはっぴぃーだよーー」
『え、そんな申し訳ないですよ。それにパン作りってとっても難しいんですよ』
「任せてよ。私もパン屋の娘だし。それにパン限定だけどフレアちゃんの1番弟子だからね」
少女は当初『誰?』と疑問符を浮かべていたがすぐに有名な料理人の名と結びついた。
『それって今話題の『伝説の料理人』、フローレア・グローランス様のことですか!?』
少女の向ける視線が突然尊敬のまなざしに変わった。これをうけてセリーヌがアリアに耳打ちする。
「聞きましたか? いつの間にやらフレアさんが伝説になってますよ」
「うわさとは時に飛ぶ鳥を落とす勢いにもなりますのね。恐ろしいですわ」
「まあ、フレアさんのスペックはいろいろとぶっ飛んでますからねえ」
続いて夢見る少女によるフレアの美化は止まらない。
『フローレア様って慈愛の女神のような容姿を持つ美女だとか。それで料理も完璧かつ王国最大の商会まで経営されているなんて。世の女性の希望です』
セリーヌは一部おかしな発言を耳にして首を傾ける。
「はっ? あのお子様体型のフレアさんが美女。幼女の間違いじゃないですか」
「おそらくですがフロレリア教官と混同されているのではなくて?」
「それなら納得ですね。あの人もフレアさんの母親なのに外見年齢18歳とかいろいろスペックおかしいですからねえ」
それからすぐにパティによるお節介料理教室が始まったのである。
「まずはしっかり掃除すること。これは料理人の基本だよ」
『はい、師匠』
「なんで私たちまで掃除を手伝わされてますの?」
一方でロザリーは文句も言わずそつのない掃除をこなしている。
「これも人助けです」
「「絶対ウソでしょ」」
アリアとセリーヌはロザリーが少女を教会の信者に引き込むつもりだと確信し2人でガードすることを決めた。
材料と道具はパティがグローランス商会に連絡を取り、良質な材料を格安で卸してもらえるように話を通した。
「料理はしっかりとした計量が大事だよ。これをサボって感覚でやるようになったら駄目だからね」
「分かりました、師匠」
それからもパティの熱血指導は続き、ついにパンができあがる。基本的なバゲット、それからビスケット生地をふわふわなパンにのせたメロンパンが完成する。
小麦粉が焼ける香ばしい香りに刺激され、早速パティたちは試食に入る。アリアが目を見開いてバゲットを味わった。
「おいしいですわね。先ほどと違って中はもっちりとしていてお水が欲しくなるというこもありませんわ。何より焼きたてのパンとはこれほど美味しいものなのですわね」
「そうですねえ。噛めば噛むほどほどよい甘みがあっていいんじゃないですか」
「食べ応えもあってこれだけでお腹が膨らみそうです。ごちそうさま」
少女の方はメロンパンの方を口にしてこれほどのパンを焼けたことに感動し泣いて喜んでいた。
『うう、本当に甘くて美味しいです。こんなパン初めてです』
「それはこのお店の目玉にするといいよ。フレアちゃんのレシピだけど私から話は通しておくから』
これには少女が深く頭をさげてお礼をのべた。
『これでパン屋を続けられそうです。ありがとうございます』
そういえばとアリアが少女に疑問に思ったことをたずねた。
「親がいないのでしたら王国に保護をもとめても良さそうですのにどうしてパン屋を?」
『ここはお父さんとお母さんとの思い出が詰まった場所だから手放したくなかったの。それにここにパンを買いに来るお客様の笑顔が好きだったから途絶えさせたくなかったんです』
『私は人々のお腹をみたして幸せを運ぶパン屋さんてとても尊敬できる仕事だと思うんです。だから続けたいんです』
少女の決意を知り、アリアはそれは素晴らしいことだと素直に感心し頷いた。
だがもっとも感動したのはパティだ。
「それはとっても大切なことだよ。大事にしなきゃね」
『はい』
「しばらく王都に滞在するはずだからもっとパンについて教えてあげるよ」
『お願いします、師匠』
そんなときだ。お店の外から切迫した人の悲鳴と喧騒。そして、耳障りな建物の破壊音が鳴り響く。
「この悲鳴は何ごとですの?」
アリアたちは顔を見合わせると全員で外に出る。すると住宅街には無魔の兵卒級が多数押し寄せ、その中心には巨大な魔物『よこし魔』が向かってくる。
「あれは無魔。それにあの大きな化け物はよこし魔ですよお」
「そんな、どういうことですの。城壁に守られた王都に何の前触れもなくこれほどの無魔が押し寄せるなんて何が起こっていますの?」
そうこうしている間にもよこし魔はまっすぐこのパン屋を目指して周囲の建物を破壊しながら迫ってくる。その姿は破壊の化身のようでもある。
『だめええーー。こっちに来ないで』
少女が前に出て両手を広げる。無魔の兵卒級は主に熊を思わせる化け物中心であり必死で立ち塞がる少女は恐怖のあまり足が震えている。
それでも健気に叫んでいた。
『ここは私の思い出が詰まった大事な家なの。壊さないで』
その叫びに心を動かされたパティたちは少女の前に立った。
パティたちの前には一体の無魔が迫ってきて鋭い爪をもった手を振り下ろす。
『だめ、にげてえーー』
無残に体を引き裂かれる様子を思い描いた少女の予想に反して、パティは片手で相手の太い腕を押さえた。
『えっ、うそ』
そして、パティはもう一方の手で拳を作ると風の魔法を纏う。
「ガンマギカナックル!!」
目にもとまらぬ高速の魔法砲撃がパティから撃ち出されると無魔の体に大穴が空き、すぐに光の粒子となって消滅していく。
『すごい。皆さんは一体……』
パティは振り返り、少女に力こぶを作っておちゃめにウインクした。
「大丈夫。私たちは『魔法少女』だから。ここにいる人たちも、君の大事な思いでも夢だって守ってみせる」
アリアたちも力強く頷くと手には変身用魔導具『魔装宝玉』が握られていた。
「皆、変身するよ。『ラブハート』力を貸して」
パティは後期型の特別製の魔装宝玉を天に掲げ、アリアたちもそれに続く。
「「「変身・魔装法衣」」」
変身の詠唱を受けて周囲に無魔たちが嫌う聖なる光が広がった。パティたちは神聖なる魔装法衣に身を包み、邪悪な敵を打ち破る魔法少女へと変身していく。
『ふわあ、すっごく可愛い衣装……みんなお姫様みたい』
魔法の法衣はフリフリの王侯が身に纏うような上質なドレスのようでもある。キラキラした装飾は少女趣味でセリーヌは恥ずかしいのだが、それを見つめる少女の目は羨望の輝きで満ちている。
無魔たちは天敵の存在に本能で気がつき、その気配にひるんだ。
そんな人類の敵に対して変身を終えたアリアが魔法通信を起動し、王都にいるクラスの魔法少女たちに呼びかけた。
「アリアよりGクラス所属の魔法少女に告げる。王都にて無魔の出現を確認。魔法少女たちは王女殿下より命令があるまで各自の判断で民を守る行動に移りなさい」
『『『了解』』』
アリアの指示に各地の魔法少女から頼もしい返事が返ってきたのだ。




