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第10話 学園合宿編 『友達たくさんできました』

 フレアは悪夢に苦しんでいた。

 夢にみるのは北条真の記憶。

 学園に通ったせいなのか想起される出来事は中学生のときのこと。

 学校で困っている人を見捨てられなかった。

 社会においてそれは弱者だ。

 彼の待っていた学園生活は報復を恐れた被害者にもイケメン加害者たちにも騙され、冤罪を押しつけられ、孤立を深める日々。

 そんな地獄のような日々を知っているからこそ、フレアはなおさらイケメン貴族に追い詰められる優しき少女たちを守りたかった。


(今度こそ絶対に守ってみせます)


 

 場所は王都にほど近い東の海岸線にある王族の所有地。海が一望できる高台に立派な西洋建築風の屋敷が建っている。

 ここは第2王女ティアナクランの別荘だ。その中の1室にてフレアとリリアーヌはダブルベッドで添い寝し朝を迎える。

 護衛のリリアーヌは常に剣を傍に置いて寝ているときでさえすぐに刺客を迎え撃つ心構えでいる。

 窓より漏れる光に眠りからさめたリリアーヌは隣のフレアの方を揺すった。

 

「フレアっち、朝だよ。おきなよ」

 

 徐々に意識が覚醒する中でフレアはそっと瞳を開けるとまばゆい朝日の光を逆光にリリアーヌの姿をみる。

 

「うぅ、ぐすっ」

 

 女神のような心身を併せ持つ魔法少女。それもずっと傍にいて守ってくれる大事な友達。

 悲しみと嫌なことばかりだった前世とは違う。そう思うとかつては泣けなかったあのときとは違いフレアの瞳から涙がこぼれる。

 そっと流れ落ちる滴をすくいリリアーヌはフレアをなだめる。

 

「またうなされてた?」

「……ごめんなさい」

「謝らなくてもいいよ。寝言でイケメンに恨み言を言ってたね。ねえ、フレアっちは一体どうして……」

 

 途中でフレアは首を何度も横にふる。過去に何があってそんなに苦しむのか、尋ねてもフレアは何も語ることはない。

 

(アタシじゃまだ頼りないのかな。フレアっちの力になれないのかな)

 

 憂い顔でフレアを抱きしめるリリアーヌ。フレアが落ち着くまで優しく背中をさする。

 そうするとフレアは徐々に落ち着いた。こういう日のフレアは弱々しい様子をしばらく引きずる。だからだろうか。超弩級の言葉が飛び出す。


「こうしてるとリリーはお姉ちゃんみたいです。……お姉ちゃん」

(ちょ、フレアっち。それ、反則)

 

 とろけ落ちそうな頬を両手で押さえながらがなんとも情けない表情になる。リリアーヌは内心身をよじりたくなるほどに悶えていた。



 生徒会長ホークが中心となり圧力をかけ魔法少女を排しようとしていた。それはアリアから聞き出すことで発覚した。それを知るやすぐにフレアは行動を起こす。


 その対策として(きゅう)(きょ)親睦を目的とした合宿を企画する。それも夏が近づく中で王族のプライベートビーチと別荘を特別に借り受けての思い切ったものだった。

 聞いた当初は王族の別荘に泊まるなどと恐れ多いと生徒たちは恐縮した。だがこれがフレアの魔法少女を守るための措置だと知っている生徒たちは最終的に全員参加となった。

 王族の許しなく立ち入ることが出来ない場所で生徒を匿いつつ家族の安全を確保する。それがフレアの狙いだった。

 

 そして、今は不安を一時片隅において海水浴を楽しんでいる生徒たち。そこには事情を聞いて心配し同行するティアナクラン王女の姿があった。

 

「フローレアがお願いにくるときは難題ばかりですね。王族のプライベートビーチを貸して欲しいなどと」

 

 呆れを隠そうとしないティアナクラン。水着姿の王女は美しく、整備されたまっさらな砂浜にあって一際輝いて見える。

 ティアナクランは溜息をつく。

 

(フローレアにお願いされると断れないのはなぜなのかしら)

 

 思えば最終的に我がままを聞いてしまっている自分が分からず2つ目の溜息。

 照りつける砂上には生徒たちが水着姿で立っている。その彼女たちも王女をみて感嘆の溜め息。

 

 ティアナクランは美少女たちの中でもいっそう華やいでいる。曇りすらない美白の肌はこの世のものとは思えない。あまりの美しさに生徒たちは恐れ多いやら、うらやましいやらで黙り込んでしまった。

 そこにティアナクランに勝るとも劣らない美少女が遅れてやってくる。

 

「フレアっちの思惑は分かるのだけどね。ここなら貴族でも手が出せない。王族以外許可のない人は立ち入り禁止なんだもん」

 

 メリハリのあるボディラインのティアナクラン。王女とは違い均整のとれたリリアーヌの体はしなやかで引き締まっている。騎士としての訓練は欠かしておらず変身しなくとも一流の魔導騎士に匹敵する。

 

 ティアナクランとは別種の憧憬の視線がリリアーヌに集まる。それでいてリリアーヌは所作から育ちの良さも見て取れる。それはまるで王族が2人並んで会談しているように絵になった。――水着であるという違和感を抜きにすればだが。

 

「ところでフローレアはどうしたのかしら。姿が見えませんが」

 

 リリアーヌが背後に視線を向けると砂浜のすぐ近くの更衣室、その建物に隠れているフローレアをさす。一目でフレアと分かるボリューミーな長い金髪が覗くだけで出てくる気配がない。

 

「……? フローレアは何をしているのでしょうか」

「恥ずかしいんだって。顔真っ赤にして恥じらって、水着に着替えさせるのも苦労したんだから」

 

 その割にはリリアーヌの表情には困った様子はない。むしろ嬉々としてやりきった達成感がにじんでいる。

 

「……リリアーヌ。なぜそんなにほくほく顔なのでしょうか」

 

 頬に手を当てて上品に首をかしげるティアナクラン。リリアーヌは戸惑った。

 

「……フレアっちってたまに見ていて妙な気分になるのよね」

「まさか、あなた貴族に多い特殊な嗜好の持ち主なのですか?」

 

 王女のわずかに後ずさる様子にリリアーヌは慌てて訂正を求める。

 

「ちょっと、やめてったら。アタシはノーマル。ただフレアっちって不意に男の子っぽいところがあるんだよねえ」

 

 それには思い当たる節があったティアナクランは一考する。

 

「確かに心当たりがありますわ。城内でのことなのですが横暴な貴族に困っていた城のメイドをかばって助けたことがあります。身を挺した様はまさに紳士で理想の騎士様のようでしたわね」


 王族の城に遊びに来る。それは違和感があるがいつものことである。


「城のメイドたちの間では派閥ができるほどに人気がありますのよ」

 

 その事実を受けてリリアーヌは面白くない。そんな表情がつい表れてしまう。

 

「リリアーヌ、いま恐ろしい顔をになりましたわよ」

「え、うそ。ほんとっ?」

 

 これはなかなかに深刻な病なのでは? と王女が心配しているとようやくフローレアが姿を見せる。

 少女だけの集まる空間にあって一際小柄な美少女。露出の少ないワンピース型の水着を選んで着用している。だがどう見ても子供用の可愛らしい柄。それがフレアの容姿と相まって恐るべき破壊力を生み出すこととなる。

 両手で体を抱きしめて潤んだ瞳をみると普段の意志の強そうな真っ赤な瞳が一変して弱々しく揺れる。それは強力な庇護欲をかき立てた。

 

(フレアっち、逆にすごく女の子っぽいところあるよね。――まあ、それはそれとして)

「王女様……何をしているの?」

 

 突如リリアーヌの冷たい言葉が突き刺さる。

 

「えっ!?」

 

 リリアーヌの指し示す指を辿ればいつの間にかティアナクランはフローレアを抱きしめていた。それはもう愛玩動物のようにぎゅっとだ。

 されているフレアは身を縮こまらせて震えている。

 

「きゃあ、ごめんなさい。フローレア」

 

 王女はフローレアのかわいらしさに我を失っていた。

 

「うう、ティアナ。びっくりしたのですよ」

 

 普段とは違う弱々しい態度。またもティアナクランはくらっとなる。

 

「リリアーヌの言っている意味が理解出来ましたわ。このギャップはいけませんわね」

「でしょ、むしろアタシは自重してると思うの。あまりの可愛さに思わず抱きしめるなんて()()したことないもん」

 

 ティアナクランは粗相をとがめられて肩を落とす。

 ティアナクランは可愛いものに目がない。

 フレアたちが遊びに来る折には片付けられているが、実はクローゼットには所狭しとつぶらな瞳の人形たちが彼女の帰りを待っていたりする。

 王女としてこの秘密は絶対に死守しなくてならない。だが今のフレアはティアナクランにとって急所をつく可愛らしさだ。

 

(もしかしたらわたくしがフローレアに甘い理由はこの反則的な可愛さに勝てないからかも知れませんわ)


 そこで居心地が悪そうな様子のフレアが立ち去ろうとする。

 

「やっぱり『移動魔工房』に戻って生徒たちの魔装兵器調整に入りますからみんなで楽しんでください」

 

 フレアはうつむいたまま顔を上げられないでいる。フローレアの少女としての意識はあるものの、前世は男だった経験があるため複雑な思いがある。普段着ならいいが水着になるとフローレアは罪悪感を覚えるようだった。

 そんなフローレアに生徒たちが群がってくる。

 

「きゃあああ、フローレア教官ちょーーーーかわいい。ね、今度からフレアちゃんって呼んでいい?」

「はわっ、何なのですか!?」

「一緒に遊ぼ」

「やっ、だってはずかしい」

 

 消え入りそうな声にますますフレアは生徒たちにかわいがられながら海へと引き釣り込まれていく。

 

「はわーー、リリー、助けて。みんながこわいのです」

 

 リリアーヌは達観した様子で手を振るのみ。

 

「いいのですか? フローレアが呼んでいますよ」

「無理ね。あそこでフレアっちを取り上げたらものすごく恨まれるわ」

 

 クラス内でもフレアの人気は高まっている。それで今の可憐な様子を見せられてはクラスの女子たちも黙ってはいられないのだろう。ここぞとばかりに親しくなろうとアプローチをかけている。

 

「ではわたくしたちだけで内緒話といきましょうか」

「そうね」

 

 砂浜に設置したベンチとパラソル。日陰に2人並び腰掛ける。

 

「いま、脅迫されている生徒の実家にフレアっちが手を回してるわ」

「手は足りてるのかしら?」

「それは大丈夫。北方の軍はフレアっちの味方だから。それに渡り商人は優秀だし抱えてる人数にも余裕があるから北方以外の方も何とかなるかな」


 王女は渡り商人という組織の名を聞いて考え込む。もはやフレアの私兵代わりにもなりうる強大な組織。警戒感を抱かざるを得ない。フレアが魔法少女である王女と敵対しないだろうことはわかっていてもだ。

 

「その渡り商人なる組織。恐ろしいですわね」

「そうね。アタシの祖国でも裏の組織があるにはあったけどフレアっちのは規模と練度が桁違いだよね」

(ちょう)(ほう)程度にそこまで人とお金をかけられないという側面もあります」

 

 ティアナクランの言うとおり諜報組織はとにかくお金がかかる。数々の発明によってお金に余裕があるフレアだからこそ立ち上げられたことでもある。

 

「アタシも祖国じゃあまり重用してなかったけどフレアっちは違う考えみたい。実際フレアっちが貴族たちを抑えていられる強さの秘訣でもあるみたいだし、アタシにまだ国が残ってたら多分無理してでも組織するかな」


 それほどまでにリリアーヌは諜報組織の有用性を実感していた。

 同時にリリアーヌは過去の悔恨の念が思い起こされて表情が陰る。思えば国が滅びる前に不思議と内部がごたつき裏切り者が続出した。それがきっかけでリリアーヌの祖国は滅んだのだ。

 だからリリアーヌは思う。十分な諜報組織があったのならそれが防げたかもしれないと。

 

「……リリアーヌ。あなたはもしや祖国では大貴族か王族だったのではありませんか?」

 

 視点が一般人とは異なる。前々からティアナクランは身についた作法などから考えていたことである。

 

「あはは、何言ってるのかなあ。全然違うよ」

 

 からっと否定するリリアーヌにティアナクランはすんなりと引き下がる。

 

「そうですか」

 

 リリアーヌはわざとらしく早口に話を戻す。

 

「それでそれで、首謀者は公爵家のホーク。さすがに処罰しなきゃならないかも」

 

 1度完膚なきまでに叩き潰したのにもかかわらず未だに事を起こしてくる。それを思えばもはや生やさしい処分で解決することは難しい段階にある。

 

「そうですね。公爵家を処断するとなれば政治も絡んできましょう。フローレアでも手に余るかもしれません」

「まあ、むしろフレアっちは勢い余って何するか分からないから王族を頼ったって感じかな」

 

 場合によっては実力で攻め滅ぼす強硬手段をとるかもしれない。そこでフレアは自制してティアナクランを頼ったというのが経緯だ。

 

「フローレアなら十分にあり得ますわね」


 怒り狂って公爵家に部隊を送り込むフレアが想像できてしまい、ティアナクランは思わず納得してしまう。

 

「魔法少女の増員は国策。ジルベール侯爵家のしていることは国の方針に逆らう行為です。公爵家といえど罰は免れないでしょう」

 

 平民出身の魔法少女を物理的に排除しようとする指示もあったというのだからティアナクランも無視できない。国王より許可をもらいこの事態に王女が対応に当たることとなった。

 本音を言えば公爵家と事を構える事態は避けたいが現状は難しい状況になりつつある。

 

「難儀ですわね」

 

 実に悩ましいそうにいうティアナクランは海辺で悲鳴を上げるフレアを見るとくすっと笑みをこぼすのだった。


 

 一方悲鳴を上げているフレアはといえば必死に飛び交う水弾から逃げていた。

 本来であればきゃきゃっと海水を手ですくい、それを掛け合うような和気藹々とした戯れになるはずであった。だが魔法少女だとそうはいかない。

 

 魔法で大量の水をすくい上げ信じられない大波を引き起こし、殺傷能力を高めた水鉄砲が飛び交う。もはや銃弾飛び交う戦場さながらの気分をフレアは感じていた。


「こんなの遊びというレベルではありませんよおお」

 

 魔法少女ならば魔法防御を展開すればいい。だが魔法が使えないフレアはそうもいかない。

 

「私、魔法が使えないのですよ、し、しんでしまいますーー」

 

 その言葉が意外だったのか、知らなかった生徒たちは慌てた。教官が全く魔法が使えないなど思いもしなかった。

 そんなとき強烈な水弾がフレアに襲いかかる。


「いけない」

「させませんわ」

 

 パティとアリアが同時に割って入りフレアの盾になる。2人の魔法障壁に水は飛散して散っていく。

 

「た、助かりましたああ」

 

 パティはポニーテールが特徴のエネルギッシュな少女。親がパン屋を営む一般の学生である。魔法の模擬戦では実力以上に武運を発揮し不敗。『勝利の女神』に愛されていると冗談交じりに言われている。

 

 アリアは縦髪ロールの由緒正しい伯爵令嬢。家柄を大事にしつつも(おご)ることなく向上心が高い秀才。人を統率する能力に長けていて誰からも頼りにされている。年長の13歳ということもありクラスのまとめ役、委員長にも選ばれた。

 

 パティとアリア。2人はクラスでそれぞれ一般と貴族の中心的な人物で実力が(きっ)(こう)していた。ライバル関係である。

 

「ちょっと、フローレア教官が怪我する所だったよ。気をつけてよね」

「何をおっしゃるのやら。飛んできた水弾は一般側の子が撃った魔法でしてよ。どこに目をつけていらっしゃるの」

(この2人仲がいいですねえ)

 

 フレアは妙なところで感心している。喧嘩はいつものことなので誰も止めない。フレアにはじゃれ合っているようにしか見えない。

 

「言ったね、よーし。今日のお泊まり。フローレア教官の抱き枕権をかけて勝負だよ」

「じょーとうですわ。受けて立ちましてよ」

 

 だがすぐにフレアは撤回を求める。

 

「はわあ、それは困ります。抱き枕なんて私いやですよ」

 

 もみくちゃにされる未来が予想できるのでフレアはあたふたしながら抗議する。だがフレアの抗議は誰も聞いてはいない。

 

「ふふ、では私がフレアさんをしっかりガードするわ」


 そう立候補したのはルージュだ。後ろに回ってフレアを抱きしめる。


「はわ、ルージュさん? なぜ抱きしめる必要が?」

「私がしたいからよ。それ以上の理由は必要ないわ」


 そういって耳元に息を吹きかけられてフレアは体の力が抜けてしまった。


「はうっ、ルージュさんは参加しないのですか?」

「必要ないわ。私が出たらそのチームが絶対勝つもの。それって不公平でしょ」

「それはそうですが……」


 現状ではリリアーヌよりも圧倒的に強い。

 そもそも遺跡で発見した9つ目の闇の後期型魔装宝玉シュバルツを始めとして、フレアが最初に完成させた魔装宝玉をプレゼントし、以前の授業で配布した最新型のものと合わせて3つ所持し使いこなしている天才だ。

 

「始まったようね」


 そうこうしているうちにフレアの抱き枕権争奪戦が始まってしまった。

 一般生徒と貴族生徒が2つに分かれて水を使った応酬。雪合戦ならぬ水合戦を開始する。

 

(これは拒否権ないっぽいですねえ)

 

 もはやあきらめ、諦観の境地で試合を見守る。

 両陣営に分かれてはいるが互いに楽しそうだ。そこには身分の壁はなくなりつつある。

 

「力だけで言えば一般生徒側が優勢ですね」

 

 魔力の総力が魔法の出力に直結しやすい。一般生徒の方が力で押している。これは一般生徒の魔力の総合力の方が高いことを意味する。

 

 だが貴族の生徒たちは器用にいなし、多様な魔法で水弾を防ぐ。それはまるで曲芸のような軌道の水弾を駆使し応戦する。これは貴族の生徒たちの方が魔法の制御力が高いことを表していた。

 

「しかし、幼い頃から魔法教育を受けた貴族は魔法も多彩です。魔力受容体も勝っているかも知れません」


 魔法の応用が乏しい一般の生徒が障壁の甘い側面や頭上に打ち込まれ徐々に押されている。それを成したのはユーナという貴族側の少女だ。元々水の魔法においては他者の追随を許さない。それは王国でも数えるほどしかいない治癒魔法をクラスで唯一習得していることからも明らかだ。

 戦線の崩壊をパティが飛び出し前衛で支える。魔力にものをいわせて前面を魔法の壁で覆い射線を大きく制限する。

 

「パティは機転が利きますね。単なる特攻ではないところが素晴らしい」

「おーほほほ、そんな大きな障壁では一点突破の攻撃にもろくてよ」

 

 アリアがすぐにパティの魔法障壁を数人がかかりで挑むように指示を出す。一点集中型の攻撃にパティは辛い状況に追い込まれている。

 

「いい判断です。決断の速度も速い。アリアは前線指揮が向いているかもしれませんね」

 

 指揮官としては完全にアリアはパティを上回っているとフレアは評価する。

 

(でももう一波乱あるでしょうね。だってあのパティさんですから)

 

 貴族側の優勢に傾き勝負は見えたように思える。

 ――だが最後にいつもパティはミラクルを起こす。今回も例に漏れず突然横から自然の大波が押し寄せる。お互い被害は同じだが力押しの一般生徒と陣形と組織力で対抗する貴族側。大波によって受けた被害の影響はあまりにも違う。

 

「あっぶなかったー、よし。好機を逃すなっ」

「何でいつもこうなりますのーー!?」

 

 大波によってばらばらになった貴族側は各個撃破されて脱落していく。それを眺めながらフレアはうなずく。

 

(パティさんの武運は一種の才能ですね)

 

 お互いの良さが分かったところでふとつき刺さるような視線を感じる。

 

「この剣のように鋭い気配は?」

 

 見れば砂浜で王女と話していたリリアーヌがフレアを殊の外不機嫌な様子でにらんでいた。

 

(はわーー、リリーが怒ってます。私何かしましたか?)

 

 リリアーヌはルージュに抱きつかれているフレアをみて嫉妬心を抱いていた。フレアはそれに気づかない。フレアはしばらく剣のごとき嫉妬に刺され続けるのだった。


 

 食事にはフレアが手配した海の幸をふんだんに使った料理の数々が運ばれる。生徒たちは贅を尽くした料理に舌鼓をうちつつ露天風呂を堪能した。

 その後、夜も更け、生徒の発案によって大広間に布団を敷き生徒たちが雑魚寝するという事態になった。

 そこにはフローレアの姿もあり布団をかぶって赤くなっていた。

 

(うう、恥ずかしすぎます)

 

 中には年相応以上に発育のいい生徒もいる。

 少女としてのフレアの意識は同じ年のこの中にあってとりわけ発育が悪いように思えた。フレアは自分の体に劣等感を抱く。

 

(うう、私の体、ちっちゃいし、胸もぺったんこだし恥ずかしいーー)

 

 本当に同じ年齢なのかと疑いたくなるとんでもないスタイルの生徒もたくさんいる。もう大人といってもいいような発育にうらやましくなると同時に悲しくなってくる。

 

「フローレア教官も、一緒に話そうよっと」

 

 フレアはパティに毛布をはがされる。そして気がつくと大勢の生徒の視線にさらされた。布団の上で羞恥に赤くなり小動物のように震える様は普段とは違う印象を生徒たちに与える。

 

「フローレア教官ほんっとマジ可愛い」

「うんうん、やばいね」

「えっ」

 

 褒められるとは思っていなかったフレアは顔を上げる。

 

「ええっと、私子供っぽくないですか」

「いや、私たちまだ子供じゃん。というかフローレア教官お人形さんみたい」

 

 特にフレアの髪は手に通すと艶やかかつ滑らかな手触りで触った生徒が感動に目を輝かせる。


「ねえ、教官は誰か好きな人はいるの?」

 

 誰かが火ぶたをきった。それを皮切りに一同のテンションは一気に加速する。

 

「ああ、私も興味あるある。そこの所どうなのよ」

 

 パティの質問にフレアは興味なさげにばっさり切る。

 

「期待に応えられなくてすみません。そういう人はいませんよ」

「ええーーどうしてーー」

 

 どうしてと言われてもフレアは男を恋愛対象に見られない。同性も(しか)り。前世の記憶があるための弊害だった。

 白けさせてしまっただろうかとフレアは肩を落とす。これで興味は他の子に移るかと思いきやアリアが爆弾を投下する。

 

「おーほほほ、何をおっしゃるのやら。あなた婚約者がいるではありませんか。それもお相手はアルフォンス公爵家の《美麗公》ですのよ」

 

 その発言を聞いて生徒たちは黄色い歓声があがった。

 

「きゃあーー、それ超うらやましい」

「うらやましい?」

 

 誰からともなくあがった声にパティは賛同する。

 

「私もみたけどものすごい美形だよね。というか一瞬美少女かと思ったもん。物腰柔らかいし、すっごく強いって評判だよ」

 

 フレアはその言葉にうさん臭いと懐疑的だ。

 

(そんな人間存在するのでしょうか。というかイケメンに善人なんているのでしょうか。裏できっとどす黒い本性を隠しているに違いありません)

「ふーーん、そうなのですか」

 

 まるで知らなかったというフレアの態度にアリアはふと気がついた。

 

「ちょーーっとお待ちになって。その反応、どうしてあなたが知りませんの?」

「どうせ政略結婚ですし、興味ありません。ですからまだ1度も会っていません。14歳の成人した際に挨拶すればいいでしょう」

 

 それにはアリアが驚愕した。それも大仰な仕草で嘆く。

 

「嘘でしょう? あり得ませんわ。そもそも公爵家にまだ1度も挨拶していませんの?」

「アルフォンス公とはたまに王城で話をしますよ。ただ婚約者とはまだ会ってないだけです」

「ええっ!? というかフローレア教官学園で出会ってるはずじゃ……」

 

 パティは不思議そうにつぶやく。これ以上踏み込んではやぶ蛇になりそうだとアリアが話題をかえた。

 

「そういうパティさんはどうなのですか? 思いを寄せる方はいまして」

「あはは、お恥ずかしながら私みたいなじゃじゃ馬好きになってくれる人いるのかな? 今は恋より魔法少女になって人の役に立ちたいよ」

 

 パティは活動的で思ったことがよく口に出るタイプだ。パティはそれを気にして恋には(おく)(びょう)になっている。

 

「弟にも私は口が悪いから男なんて出来ないよねって言われちゃったんだよね」

 

 どこかあきらめを含む寂しい言葉にフレアは強く否定する。

 

「それはパティさんの一面に過ぎません。気にしては駄目です」

「私の、一面?」

「そうです。パティさんの元気で明るいところは一緒にいて楽しいですよ。そういうときのパティさんは気づいてないかも知れませんがとても輝いています」

「でも相手を怒らせることもあるしさ」

「それだけ相手と真っ向から向き合ってくれている証拠ではありませんか。悲観することはありません」

 

 次第にパティの頬は火照ってくる。フレアの精一杯のフォローなのだがどうにも口説かれているような錯覚に陥る。

 

「わ、私そういうふうに言われたのは初めてだよ」

 

 頷いてアリアもフレアに賛同する。

 

「そうですわよ。人は見方や解釈によって長所にも短所にもなります。わたくしもパティさんの何事にも情熱的な姿勢は見習うべきところがあると思ってましてよ」

 

 そうそう弟君はパティのいいところ分かってないよね、と聞いていた女子が笑顔でいう。

 

「ええ、パティさんはとっても魅力的な人ですよ。自信を持ってください。きっといい人が見つかります。――正し、イケメンは絶対に反対ですがっ?」

 

 でたーー、フレアちゃんのイケメン嫌い、と周囲は呆れ気味に笑う。

 授業でもことあるごとにイケメン憎いと口にするフレアの言動はクラスの間でも定着しつつある。

 

「ちょっと、いま誰かフレアちゃんと言いませんでしたか。ちゃんはやめてください」

 

 反論するのは逆効果だ。クラスの女子たちは面白がってわざと口にする。

 

「あはは、ごめんねフレアちゃん」

「可愛いんだけどなあ、フレアちゃん」

「次から気をつけるかも? フレアちゃん」


 からかわれていると知ってフレアは頬を膨らませる。

 

「わざとですね。わざと言いましたね。私ぷんおこですよーー」

 

 今のフレアは周りの生徒たちからすればちっとも怖くなかった。というよりも言動も仕草もいちいち愛らしい。

 

「あはは、何そのぷんおこって。初めて聞いた。意味は通じるけどかーわいいなあ」

 

 パティが耐えきれずフレアを抱きしめると髪をくしゃくしゃにしてくる。

 

「はわああ、怒ってるにょに、なぜ笑うんですか。というかはなしてええええ」

「ああー、今噛みましたわ。おこってるにょに――ですって。フローレアさんもしかしてわざとですか。わざと悶えさせたいのですか?」

 

 アリアはフレアの容姿と言動に瞳が怪しく揺らめく。

 それからはクラスの女子に次々と年下の子を愛でるような過度なスキンシップにさらされる。フレアは虫の息だ。特に遠慮のないパティが率先してフレアにじゃれついた。

 

(ふにゅ、助けて、リリー)

 

 フレアが音をあげそうになっていると不意にパティから過度なスキンシップの理由が告げられる。

 

「えっとね、友達ならこれくらい遠慮なくばかやって騒ぐんだよ。どう? 今日からプライベートではフレアって呼ぶよ。拒否は受け付けないからね」

「えっ」

 

 思いも寄らない言葉にフレアは固まってしまう。

 

「はわあ。と、友達ですか?」

 

 周囲を見回すと生徒たちは皆肯定的にフレアを見る。

 

「大半の生徒が同い年だし、授業以外は友達。ねえ、いいでしょ。このままじゃ友達いなくて不憫だなってずっとみんな心配してたんだよ」

「心配、……私のことを友達と言ってくれるのですか?」

 

 前世では作れなかった学校の友達。

 

「当然だよ。よかった。嫌そうにされたらどうしようかと思ってたけどそんな様子じゃないよね。しししっ」

 

 パティはひまわりのような明るい笑顔を見せて嬉しそうだ。

 

「ふん、パティさんだけじゃありませんわよ。その、わたくしもお友達になって差し上げてもよろしくてよ」

 

 どこかぎこちなくアリアがフレアにそっぽを向きつつも歩み寄る。あまり素直なタイプではないがそれでも精一杯の勇気を振り絞り声をかけてきた。

 

「ふふふ、というかなりましょうよ。フローレアにはたくさん助けていただきましたーー。ちゃんとお礼もしたかったのよーー」

 

 おっとりした生徒もそういってフレアの手を取る。

 フレアの瞳は徐々に揺れ始める。

 

「と、友達。私に友達が、こんなにいっぱい……」

 

 感激でそれ以上言葉もない。

 

(これは夢なのでしょうか?)

 

 前世ではあり得なかったこと。

 視線を巡らせても親しげな視線が返ってくるばかり。

 

「……いいのですか?」

「いいのいいの。さあ、手を取って」

 

 フレアの目から幾つもの涙がこぼれ落ちる。

 しとしと、しとしと。

 流れ落ちるフレアの感情の滴は前世の分まで溜まった思いを洗い流す。

 

(私は、魔法少女に出会って幸せです。だってこんなに素晴らしい友達がたくさん出来ました)

 

 フレアの心を救ったのは守る対象だった魔法少女。

 掴んだパティの手をフレアはしっかりとすがるように握り続けた。


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