第105話 魔技研編 『不穏な予言』
魔技研の取り潰しが決定した。王都の外れにある魔技研本部はグローランス商会が国から施設を借り受け引き続き稼働させることになった。
現在はダグラスらの指導によってグローランスの技術をたたき込む訓練がスパルタですすめられている。
「てめえら、部品1本たりともなくすんじゃねえぞ。たかが小さな部品と見逃せば命に関わる重大な事故にもつながるってことを体と心にたたき込みやがれ」
工房ではダグラスの怒声が響き渡る。ここでたたき込まれるのは技術や知識だけではない。重大な人的エラーをなくすための整備のマニュアルなども教えている。
現在は移動魔工房のメンテナンスを元魔技研の職員にたたき込んでいる。部品を取り外し使ったなら目印があるシートの上に違わず置いて進める確実な作業を繰り返していた。これは部品のつけ忘れや、工具等の紛失をおこさないよう癖を覚えさせるための訓練だ。
「整備中に置き忘れた工具で事故なんて起こしてみろ。ただじゃおかねえぞ」
そこで早速部品を紛失してあたふたする若い技術者を見つけてダグラスは近寄る。
「どうした?」
『あわわ、すみません。ボルトが1つ見つからなくて……』
ダグラスがシートの方を見るとやはりというべきかマニュアルを無視した作業をしていた。
「てめえーー、シートを使ってなかったな?」
『それは、いちいち指定の場所に置いていたら作業時間が……』
「馬鹿野郎!! それでボルトを探すのに時間をかけてたら日が暮れちまうぞ。それに怒られるのが怖くて紛失を放置した場合は最悪だ。この移動魔工房って車輌はは大勢の人を乗せて移動し、時に避難民の収容、時に戦闘地域にも突っ込むんだ。そのときに事故ってみろ。大惨事だ」
ダグラスに叱られた作業員はそこまで言われて横着した自分を恥じ入った。自分のミスで大勢の人を傷つけるなど技術者の矜持が許さないのだろう。
『申し訳ありませんでした』
「ふん、それでいい。二度と同じ失敗やらかすんじゃねえぞ」
それからダグラスはこの場にいる作業員たちに言った。
「それはそれとしてなくしたボルトは絶対に探せ、連帯責任だ。見つかるまでお前ら全員飯抜き、休憩無し。居残りだ」
『『『ひいいいーーーー』』』
若い技術者たちからは悲鳴が上がった。特に今日はフレアが魔技研に来てねぎらいに昼食を振る舞うことになっている。それを食べ損ねることを思うと彼らは死ぬ気でボルトを探し始めるのだった。
そして、心に刻む。横着は絶対にしないと。
その頃。フレアは別の工房施設にて指導を行っていた。ジョージとリリアーヌを伴って悪戦苦闘する若い技術者たちを見て回る。
ここでは新型の魔導剣、並びに魔導銃の魔導回路構築と魔法金属への落とし込み作業を指導して回った。
「それにしても素晴らしい性能だな。魔導剣の威力は従来の魔技研のそれとは比較にならない。それを量産して指揮官クラスだけでなく兵にまで支給させようとは……」
魔導剣はこれまで手間と費用がかかりすぎて名のある騎士やお金のある貴族しか持つことができなかった。それがより高性能で大量に作れるようになるとなれば王国の戦力は一気に上がることが見込まれる。兵たちも心強いことだろう。
リリアーヌもそれを見て頷く。
「通常の兵は魔力を宿した金属製の通常武器を持たされるだけだもんね。無魔の強さによっては全く攻撃がとおらない。今後はその心配も減るんじゃないかな」
無魔の兵卒級でも大型種になれば魔力を混ぜ込んだだけの武器では攻撃がほとんど通らなくなる。それでも戦わなければならない絶望的な戦いをリリアーヌはずっと見てきた。故郷が滅ぶときももっと兵にまともな武器があればと思ったこと頻りである。
ここの魔導兵器が普及すれば人類は無魔と対等に戦えるかもしれないのだ。リリアーヌは何とも言えないかつてのもどかしさを抱きつつ、新型の武器に期待をむけるのだった。
「それにこの魔導銃という武器。あらかじめ魔法を込めた弾を撃ち出すだけだからな。魔法の使えぬ兵でも遠距離砲撃を撃てるそうだ。魔技研ではまだまだ実用に向けて遠かった構想をグローランスは完成させている。大したものだ」
「まあ、魔装銃に比べればそれほど威力はないですがね」
ジョージはそこで学園祭で見たフレアのあの馬鹿げた威力の魔法砲撃を思い出す。
空をおおう雲を切り裂く馬鹿げた兵器にジョージは頬が引きつる。
「あれは……むしろ普及させていいものか? 如何せん威力が強すぎる」
「王族も似たような理由でお蔵入りを命じました。あれはもう魔法少女にしか支給できない代物ですね」
工房内を見回すと四苦八苦している技術者たちが目立つ。グローランスの技術に理解が追いつかず困惑が見て取れる。
「どちらにしてもこの量産型にすら元魔技研の職員は苦労しているようだ。グローランスの技術がいかに先をいっていたのか思い知らされるよ」
魔導回路が難解すぎて1度教えただけでは理解できない者が大半だ。技術者が互いに教え合いながらようやく進んでいるという状況であった。
「ジョージさんはしかしさすがですね。既におおよそグローランス商会の製品技術は習得したのではないですか」
「そうでもない。俺なら分かる。グローランス嬢はまだ技術を全て公開していない。もっと高度な技術も完成させているはずだ」
それにはフレアが少し意外そうにしてたずねた。
「どうしてそう言えるのですか?」
「わかるさ。商品の中にはその片鱗をのぞかせる魔導回路が流用する形で使われている。つまり、元となるとんでもない兵器か道具が俺の知らないところで完成しているってことだ」
ここまで言われるとフレアは実に切実な表情でジョージにお願いする。
「ジョージさん。そのことティアナには絶対内緒にしてくださいね」
「……やはり報告していないのか?」
「ええ、確実にティアナは失神する代物ですから」
「それほどのものなのか?」
「しかも、その後のお説教はきっと恐ろしいことに……」
フレアはこの世の終わりのような顔を作ると頭を抱えて震えあがった。ジョージは恐る恐る護衛のリリアーヌにたずねる。
「グローランス嬢は王女殿下が苦手なのか?」
「あはは、アタシの口からは何とも言えないかな~~」
そうこう話しているとレイスティアがフレアの元にやってくる。
「フレアちゃん。ティアナクラン殿下が面会に来てますよ」
その名を聞いてフレアはビックーーンと体を仰け反らせた。ちょうどティアナクランの話をしていただけに心臓に悪い。ボタボタと重い脂汗をこぼしふり返った。
「な、ななな、用件は何でしょうか。もしかして、魔法少女の秘密部隊のことがばれたのでしょうか? それとも特区の秘密基地で建造中のあれの情報が漏れたのでしょうか。それともそれとも……」
フレアは怒られる心当たりがありすぎて次々とぼろが口から漏れ出る。
「グローランス嬢。おまえどれだけ後ろめたいことがあるんだ?」
「フレアっち、心配しすぎだって。もしかしたら褒められる話かもよ」
「いいえ。王女がわざわざ足を運ぶ事態です。呼びつけても逃げられるからわざわざ会いに来たのでしょう。ということは絶対にお説教です。――よし、逃げよう」
フレアはわたわたと逃走準備に入るのでジョージとリリアーヌは呆れるしかない。そこで申し訳なさそうにレイスティアが付け加える。
「それと帝国のエレンツィア様と共和国のシルヴィア王女も一緒です。逃亡はまずいと思うなあ」
それを聞いて窓から逃げだそうとしていたフレアはほっと胸をなで下ろす。
「なーーんだ。それを早く言ってください。それならお説教の線はなくなりますね」
「ええ、フレアちゃんを交えて話しておきたいことがあるとエレンツィア様がわざわざ来て下さったようですよ」
「ほむ。では来賓部屋にお通しして下さい。素早く厨房でお持てなしのお茶請けを作ってきますから」
「わかりました」
その後、魔技研の来賓を迎える部屋にてフレアたちはエレンツィアたちを出迎えていた。
フレアお手製のデザートがテーブル一面に広がり、鮮やかな色が目を楽しませる。
現代知識より作られたお菓子たちはエレンツィアにはとても新鮮だったようだ。しばし魅入っていた。
「ほう、グローランス商会の長は一流の腕前を持つと聞くがこれはなかなかに美味しそうだね」
リリアーヌが集まった各国の重鎮たちに紅茶を用意し給仕する。
「突然だったのでたいしたものは作れませんでしたが精一杯のものをご用意させて頂きました。ご堪能下さい」
「構わないよ。急に押しかけたのは私の方だからね」
この部屋にあっては一番格上の帝国皇后が紅茶を1口含み、ようやく周りも緊張が弛緩する。
遠慮していたティアナクランとシルヴィアもようやく息をつきティーカップに手を伸ばした。
「ところで私にお話があると聞きましたがどのようなことですか?」
「そうさな。本題に入る前に少し雑談といこうじゃないか」
「それは構いませんが」
「なに、たいした話ではないよ。グローランス嬢を帝国に招きたいと思ってね」
それにはフレアが目を丸くして驚き、ティアナクランは思わず吹き出しそうになった紅茶を慌てて飲み込み話に割って入る。
「けほっ、こほ、失礼しました。ですがお待ちになっていださい。フローレアは今や王国になくてはならない人材です。引き抜きは困ります」
「帝国としては優秀な人材は幾らでも欲しいところでね。どうだろうかグローランス嬢。今以上の待遇を保障するし、人類の未来を憂うのならば大国でその手腕を振るうのが世界のためにもなるだろう、返答いかに」
フレアはすぐには返事をせず1度目をつむり、思案するそぶりを見せる。これを見るとティアナクランはどうにも胸がザワつき不安になった。
「フローレア?」
心細そうな消え入る声にフレアはティアナクランをみると頷いた。
「せっかくのお誘いですが私にはここで守るべきものができました。帝国に仕えるつもりはありません」
「ほむ。そうか。それは残念だ」
さも断られるのが分かっていたかのようにエレンツィアはあっさりと諦める。だからだろうか、フレアは言うほどには残念そうに見えなかった。
「其方が来てくれるのならば皇族や貴族を説き伏せて魔法少女を帝国で奨励したのだがな。実に残念だ」
「ほへっ?」
「そうなれば無理矢理使役されている契約精霊も解放できるかもしれぬと思ったが実に残念。一応帝国の法で可能な限り契約精霊の人権は守ることにしている。だが契約精霊のシステムはどうにも私は気に入らなくてね。常々廃止したいと考えていたのだよ。だが代わりとなる戦力を提示せねば周りも納得すまい」
「むむむ」
「帝国ならば多くの民がいる。魔法少女の適合者も多かろう。魔法少女の軍隊ができればさぞ頼もしかろうに。残念よなあ」
「魔法少女の……軍隊。魔法少女が、いっぱい……ぱい」
白白しくエレンツィアはフレアに流し目を向ける。フレアはといえばあまりの魅力的な未来を提示されて心が思いっきりぐらついていた。それはもう今にも帝国に屈してしまうほどにゆれ動いている。
リリアーヌはここに来てエレンツィアへの認識を改める。
(すごい。この人フレアっちの弱点を的確に突いてる。このままだとフレアっち陥落すんじゃないかな)
そこで不安に耐えきれなくなったティアナクランが思わずフレアの手を取り握りしめた。
「フローレア、帝国に、行かないで。お願い……」
今にも泣き出しそうな顔で魔法少女にお願いされてはフレアもはっとして我を取り戻す。改めて丁重に断った。
「すみません。ティアナは私の大事な友達なんです。友達を見捨ててこの国を離れる気はありません。ブリアント王国は気を抜けばすぐに滅びてしまうような小国なのです。少なくとも今この国を離れることはあり得ません」
「ほむ。そうか。そこまで決意が固いのならばしばし待とうか。それにこの国はどのみち長くはないかもしれぬでな」
不吉な物言いにフレアとティアナクランは不信感を抱きながらエレンツィアを見やる。
「それはどういう意味でしょうか」
ティアナクランの質問を流してエレンツィアはレイスティアをみる。
「其方には話したな。私の瞳術を」
「はい。相手の真の姿とその者の未来を見ることができると」
「おおよそそれで合っている。まあ未来予知がどの程度の精度なのかは言えぬが高い確率で王国は滅びをむかえようなあ」
「それは聞き捨てなりませんね」
「今日の訪問はそのことに関してだよ。ここには王国の未来を左右する者がそろっているのでな」
「それを私に話すということは、まさか」
「そのとおり。王国が滅びるかどうかはここにいる者の行動次第であろう。本当はもっと早く警告したかったのだがこの国の王族が頑なに会わせようとしなくてな。これほどまでに差し迫ってしまったな」
ここでフレアは不穏なフレーズに気がついた。
「ちょっと待って下さい。差し迫ったとはどういう意味ですか?」
「言葉通りだ。今日にも王国の未来を左右する大事件が起こる。この王都で起こる戦闘はかつてない規模となろう。その戦いで人類を左右する『希望』と『守護者』が失われるだろう。そうなれば王国の滅びは確定する」
そして、エレンツィアはティアナクランに向けて厳しい視線を向けた。
「約束通り私は手を出さない。王国を守りたいのならば死ぬ気で戦うがいい」
フレアは『希望』に心当たりがありレイスティアを不安に揺れる目で見つめた。ティアナクランはわずかにフレアに視線を向けた。
その直後である。王国の近衛兵が慌てて駆け込んできたのだ。
『ティアナクラン殿下。緊急です。王都の中心街で大量の魔物が出現。突然のことで王都の民はパニックに陥り、被害は甚大』
「……始まったな」
エレンツィアの言葉をうけてフレアたちに一層緊張が走る。ティアナクランは拳を強く握りしめて立ち上がると報告を聞いた。
「魔物の種類は?」
『見慣れない魔物ですがおそらくはガランで出現報告があった『よこし魔』であると推察されます。数は不明』
「よこし魔であれば並の兵では相手になりません。すぐに近衛軍の出動を。ダールトン将軍にも出撃要請。私も急ぎ現場に向かいます」
『はっ』
報告に来た近衛兵は敬礼をすると急ぎ部屋を飛びだしていく。
「フローレア、よこし魔がいるということは近くにそれを生み出した強力な無魔もいるはずです。手が足りません。G組の魔法少女たちの手を借りたいのですが」
「分かりました。移動魔工房の魔法回線で王国にいる魔法少女へ連絡を取ります。ティアナ。命令はあなたから発して下さい」
「分かりました。すぐに向かいましょう。エレンツィア様。こういう事情なので失礼させて頂きますわ」
「構わんよ」
エレンツィアは慌てて出て行くフレアたちを見送るとまだ残っているシルヴィアに視線を向けた。
「シルヴィア殿はいかないのかね」
「お戯れを。わたくしにも話があると誘っておきながら未だに触れられてはおりませんわ」
「ふふ、其方に頼みがある。なあに、無魔は前哨戦のようなものだ。本当の脅威はその後にやってくるホロウの幹部たちよなあ」
シルヴィアは最後の言葉でようやく事の深刻さを理解した。
「一体でもこの国を滅ぼせるほどホロウの幹部は強いですわよ。それが複数とはまずいどころではありませんわね」
「その通りよな。そして、先に語った失うものの1つに私の息子が含まれていてね」
「それを知っていて静観なされるのですか?」
「しがらみがあるというのは意外と窮屈でね。助けてくれないかな」
シルヴィアといえどホロウの幹部と戦うことは高いリスクがつきまとう。同盟国の危機とはいえすぐには返事ができずにいるとエレンツィアから思いもよらない名前が出た。
「私の息子はホロウからマコトと呼ばれているそうな。助けてくれたのならば褒美を考えるが……」
そこでシルヴィアはエレンツィアの手をがしっとつかみと快諾した。
「お任せ下さいお母様」
「――んん!?」




