第103話 魔技研編 『技術者の誇りと魂を守り抜け』
「魔技研の訴えの1つにこうある。無魔との戦争が続く前線に武器防具、薬等補給物資を不当な低価格で売りつけて取り引きを独占し、魔技研に多大な損害を与えたとな」
ダグラスの言葉にゴーマンが声を大にして話す。
「その通りでゲス。魔技研の武器や防具に対してグローランス商会は赤字の低価格で販売し、魔技研を取り引き停止に追い込んだでゲス。これは違法な営業妨害でゲス」
そうだ、そうだ。
こちらの損害を賠償してもらうぞ。
と魔技研の高官たちからも同調するヤジがダグラスに向けられた。ダグラスは彼らを冷め切った視線で流し見ると首を振った。
「言いがかりも良いところだ。確かに魔技研に比べてグローランス商会はとんでもない低価格で売っているさ」
「認めるでゲスね。魔技研の技術を盗んで近い性能値まで持ってきたようでゲスが所詮は劣等品でゲス」
「劣等品?」
ダグラスはそのせりふに頭が沸騰しそうなほど熱くなり腹に力を込めて吐き出す。
「ふざけんな。旧態依然とした性能評価で俺らの製品を劣等品扱いするんじゃねえ。むしろ、前線において使えねえ劣等品は魔技研の方なんだよっ!!」
ダグラスの反論に聞いていたゴーマンは性能値を示した資料を掲げてあざ笑う。
「ゲショゲショゲショ。バカでゲスか。この資料を見れば魔技研の方が優れていることは一目瞭然でゲス」
ゴーマンの主張に裁判官たちは頷き、魔技研の傍聴する高官たちもダグラスを嘲笑した。それは傍目に見ればとても品が悪い態度で神聖な裁判風景とは思えないものであった。本来は厳粛な進行を主導するべき裁判長イヤンも完全に魔技研を擁護し助長しているのが残念でならない。
ダグラスは拳を握りしめて悔しがる。
(これほどまでに魔技研は腐ってやがったのか。こいつらわかっていやがらねえ。今前線ではどれだけ疲弊し、魔技研はどれだけ王国の足を引っ張っていたか。それを未だに理解してねえ。……なんて情けねえんだ)
ダグラスは腕のある技術者ゆえに上司からおとしめられ魔技研をやめた。その後、前線で一技術者として何かできることがないか現地に赴いた3年以上前のことが脳裏に浮かんだ。
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ダグラスは無魔との戦争の最前線、その惨状を見て言葉を失った。そこは死の匂いが充満し、張り詰めた緊迫感が常に途切れることがない場所であった。
城壁はボロボロで子供や老人すら修繕に駆り立てられている。
(前線はこんなに追い詰められているのか。王都やその周辺に住んでいる奴からすれば誰も信じないような光景だ)
すれ違う兵たちを見れば無傷の者などいないように思える。何より気になったのはボロボロの剣や槍、そして壊れた鎧のままですぐに戦いに赴こうとしていることだ。
「おい、そんな装備で戦いに行こうというのか。自殺行為だぞ」
ダグラスの言葉に呼び止められた兵の視線は厳しい。
『その綺麗な身なり。中央の人間か。あんたらにはわかんねえさ。一体どこに満足な武器防具があるんだ? 俺たちはそれでも戦いに行かなきゃならない。無魔と戦わなきゃ家族を守れないんだよ』
乱暴に押しのけられたダグラスは兵の言葉に衝撃を受けてただ見送るしかない。
「武器防具がないだって?」
信じられないと前線の防具屋をかけこむとダグラスは店主から話を聞いた。
「おい、なんでこんなにまともな装備がないんだ。あんたも技術者なら死ぬ気で修理しやがれ」
『無茶を言うな。どれだけの数があるとおもっている。手が全く足りないよ』
「だったら中央の技術者を呼んだりいろいろあるだろ」
『あんた中央の人間か。だったらわかんねえよな。魔導回路のある装備は魔技研が独占し秘匿している。俺らには無理だ。何より仮にできたとしても魔導具で商売すると魔技研に多額の特許税をおさめなきゃならん。疲弊している前線の貴族が捻出できると思うのかい?』
「なんだって……」
それからダグラスは前線を回り数十日の調査によって悲惨すぎる現状を把握するに至った。
「魔技研があまりにも高額で武器防具を売りつけるから前線は満足な武器が行き渡らねえ。そもそも魔技研にいた俺なら分かる。魔技研の上の奴ら、原価の5倍以上で売りつけてやる。こんなのぼったくりだろうが」
そして、ダグラスは領民に囲まれている1人の騎士をみた。周囲の民は皆涙し、その騎士の母親と思われる貴婦人が泣きついていた。
(あの死んでいる騎士は恐らくここをおさめる貴族の息子か。若いのにかわいそうに……)
そして、もっと近づいて見るとダグラスは愕然とした。
「なっ、なんで貴族の騎士がこんなにボロボロの剣と防具で戦ってんだよ」
ダグラスのつぶやきに顔を上げた貴婦人が涙ながらに睨む。
『あなたは察するに中央の技術者ね。なんて白白しいの。わたくし知ってるのよ。魔技研は法外な値段で西の貴族に武器や防具を売りつけて私腹を肥やしていると。この子はちゃんとした装備があれば死ぬことはなかったでしょう。この子だけではない。多くの兵や民は魔技研に殺されたも同然よ』
ダグラスは周囲に広がる殺意に身の危険を感じ全力で逃げ出した。そして、その街の人気のない裏路地に逃げ込むと手のひらに爪が突き刺さるぐらいに拳を握りしめて天を仰いだ。
「チクショーーーー」
ダグラスは知らなかった。魔技研の下にいる技術者は必死にやっているつもりだった。それでも足りなかった。
何より汗水たらして国のために、人類のためにと作り上げた道具が暴利を乗せて売られていた事実にダグラスは嘆いた。
(俺の技術が、魂が上の奴らに汚されていた。くそがあっ!!)
ダグラスは血の涙を流しその場で崩れ落ちる。そんなときだ。小さな手がダグラスに差しのべられたのは。
「自分の技術が踏みにじられた痛み。私はよく分かります」
ダグラスは見上げると手を差し伸べられた手の主が小さな少女だったことに失望する。その少女こそフレアだった。
「……嬢ちゃんに何が分かる」
「自らの魂を込めたものは技術者にとって子供のようなもの。あなたが今感じている痛みはまさに子を奪われた親の気持ちのようでありましょう」
「…………おまえ」
ダグラスの感じている気持ちはフレアの例えに正に当てはまりダグラスははっとする。
(おいおい、ほんとにこんな小さな嬢ちゃんに分かるっていうのかよ)
そして、改めてフレアの目を見ればその瞳は深い悲しみに染まっていて本当に理解してくれているように思えた。
(技術者の勘だがわかる。この嬢ちゃんは本物の技術者でウソは言ってねえ)
「私はあなたのような技術者を探していました。どうかこの国に技術者の魂と誇りを取り戻すために一緒に戦ってくれませんか」
「戦う? まさか魔技研と戦うっていうのか」
「魔技研がこのまま王国をむしばむ癌となるならばいずれそうなるでしょう」
「勝てるわけがねえ。相手は国家機関だぞ」
「これを見てもそう思いますか」
そういってフレアが見せたのはただの小さな部品の数々。しかし、どれも同じボルトである。
「この部品は一体なんだ?」
「ボルトといいます。これがあれば道具の小型化はもとより、長年の修練を擁する技術者育成も必要がなくなるでしょう」
「一体何を言って――まさか!?」
ダグラスは気がついた。フレアが見せる部品の凄さに。どれもが正確で緻密。太さも長さもネジ山の深さも間隔も角度も……成形に粗もなく美しい部品に見惚れてしまう。
「そして、大量生産方式による人件費と製造時間短縮。仕入れ費用のコストカット。この国の技術に革命を起こしてみませんか。そして、この国、人類のために戦わんとする熱き技術者の魂を救いましょう」
それから語られるフレアの信じられない構想と方法の説明を聞き、ダグラスはまるで技術の神にでも会った気分だ。あまりにも革新的な方法に夢でも見ている心地だった。だからこそ確信した。
(この嬢ちゃんなら魔技研を変えられるかもしれねえ。いや、変えるんだ!!)
ダグラスはそう決意しフレアの手を取ったのだ。
そして、現在裁判ではグローランス側の証人としてとんでもない大物が姿を現したことで騒然となった。
西の前線を支える西方の司令官ジルベール公爵が証人とやってきたからだ。
「なぜ、ジルベール公爵がこんな所にいるでゲスか」
ゴーマンの震える声にジルベール公爵は彫りの深い顔を一層険しくして魔技研の高官らを睨むと説明する。
「簡単なこと。魔技研の値段が高く質の悪い装備など今更前線に配備されても迷惑だからだ。万一にもそうならないよう我がわざわざ時間を割いてやってきてやったのだ」
最後に睨まれたジャッカスは苛立ちながらも立ち上がり抗議する。
「いかにジルベール公爵とて魔技研を不当に侮辱する発言。許されるはずもない。撤回を要求する」
ジルベール公爵は呆れたと言いたげに首を振った。
「なぜ取り引きされなくなったのかいまだに把握されていないとはな。よほど魔技研は風通しが悪いようだ、ジャッカス所長」
「なんですと?」
「魔技研が相手にされなくなったのはグローランスの製品が安いからだけではない。前線において兵や貴族に切望されての結果に他ならない」
「どういうことだ」
「グローランスの装備は現地で簡単に修理できるのだよ。それも職人すら必要なく兵自身がメンテナンスし十全の状態で戦場に望めるのだ」
「ばかな。あり得ない。素人が修理するなどそれこそ自殺行為。ジルベール公は夢と現実の区別も付かなくなったか」
ジャッカスの言葉に公爵が相手にも関わらず小さな失笑がもれ聞こえた。それをジルベールは一喝する。
「笑い事ではないわ。貴様らはしらんのかっ。魔技研の装備によってどれだけの兵が命を落としたと思っている」
「どういう意味だ」
「魔技研の技術者は前線を嫌って現地に来ない。修理の際には膨大な修繕費と輸送費を投じなくてならなかった。ゆえに前線は困窮し兵だけでなく有用な騎士すらボロボロの鎧で戦場にたち、命を落としていたのだ」
「だが素人が修理すればそれ以上に危険でしょう。言いがかりだ。魔技研は最善を尽くしている」
「ふんっ、話にならんな。本当に上までまともな報告が上がっておらんようだ」
ジルベールはそういうと、配下にグローランス製の壊れた鎧を持ってこさせた。そして、自らが修理をその場で実践してみせる。工具でネジやボルトを取り外し破損箇所を取り外すとそこだけ新しい装甲に取り替えまたネジとボルトでつけ直す。
その時間は10分に満たない。これで新品同様の鎧ができあがったのである。
それを着てジルベールの配下の騎士が軽快に動いて見せると会場で驚きの声が上がる。魔技研の高官らは呆気にとられて言葉も出ないようだった。
「これで分かったか。魔技研の装備がいかに時代遅れであるか。戦争とは激しい消耗戦だ。魔技研の遅さは戦場にあっては致命的なのだよ。グローランスは戦場をよく知り必要な装備を安い値段で売っている。そして、生産場所も前線の近くにおいて輸送費も最低限になるように配慮してくれる。サービスにおいてもまた魔技研は後れを取った。最善を尽くしている? 笑わせるな」
ジルベールはそれで話を終え、会場を退出していく。
すっかり大人しくなってしまった魔技研の高官らに向けてダグラスは再度問う。
「もう一度聞こうか。この部品の凄さを説明できる技術者がここにいるのか?」
ダグラスの質問に魔技研の高官らは首をひねり答えが出ないでいる。だが傍聴席の奥側にいる腕のたしかな者たちからは声がちらほらと上がり始める。
『おい、気づいているか。この部品比べて見ろよ。全く同じだぜ』
『ほんとだ。狂いが全然ない。なんて美しい仕上がりだ。たった1つの部品なのにまるで芸術品だ。だが職人がこれをやるとどれだけの時間と修練が必要なんだ?』
『ってか本当に可能なのか? こんなに大量に作るってそれだけで大変だよな』
その声を聞きダグラスはにやりと笑った。
そこに傍聴席にいたジョージが立ち上がりダグラスに確認する。
「ダグラス。お前、部品を規格化して統一したな。これなら運用しやすい。そして、魔技研にはない技術で大量に正確な部品を量産する道具と方法を開発している。違うか?」
「へっ、やっと気がついたか。その通り。この部品は千個を寸分狂いなく、1時間以内に1人で量産できる。しかも、それ用の特別な道具を使っているから職人の腕も必要ない。戦えない女子でも可能だ。いや、そもそもグルーランスの前線に支給する部品の多くは戦えない素人が作っている。だから安いのさ」
実はジョージはあらかじめフレアと接触を持ち、共同戦線を張っている。このやりとりも予定調和なのである。上には偽った報告をあげ、魔技研の慢心を誘ったジョージの役割は大きい。
「ば、ばかな。ありえないでゲス。でたらめをいうなでゲス」
「でたらめじゃねえよ。そもそも魔技研とは生産のアプローチからして違うんだ。鎧1つ全てを職人が作る必要はねえ。それぞれの部品だけを特化して極め、それだけを作る。そして、各部品を流れ作業で組み立てるだけなんだ。その生産効率は半端ねえぞ。同じ時間でこっちはお前らの何十倍も作り上げるんだよ。コストが安くなるのは当たり前だろ。そして、各部品をつなぎ止める大事な部品が提示したこいつなのさ」
ダグラスは改めて自信をのぞかせボルトを1つつまんで掲げてみせる。ここまで説明されてようやくジャッカスたちもグローランス商会の強みを理解する。これが事実なら、赤字での提供という魔技研の訴えは誤りということになる。
だがゴーマンらは諦めが悪かった。
「ふ、ふん。と、当然魔技研は知っていたでゲス。その手法も魔技研の技術だったでゲスよ。最上位の機密だったため裁判でも言えなかっただけでグローランスの技術は魔技研のものでゲス」
そうだ。
と魔技研の高官らが声を上げ、
「魔技研の主張を認める。たかが一商会にそのような手法思いつけるはずもない」
裁判長がダグラスの主張を強引にねじ伏せにかかった。
魔技研の職員らと裁判官らも一緒になって口汚くフレアを盗人だ、恥知らずなどと罵声を浴びせかかるとフレアは悲しくなった。
この状況は前世でもよくあったことでフレアの脳裏に平和のために作ったアンドロイドを奪われ利用されてそれに殺されてしまった悪夢が浮かんだ。
「ふみゅ……」
裁判でのあまりにもひどい悪意に落ち込んでいるとダグラスが会場を震わせるほどの怒気で包んだ。
「恥知らずはてめえらだっ!!」
とんでもない気迫に飲まれた愚か者たちは萎縮し、あっという間に会場は静かになる。
「生み出した技術は技術者にとって子供同然だ。それをよこせなど子供を攫うも同然だと知れ。そんな要求をするやつは外道だ。もう人間でもねえ」
「そこの姫嬢ちゃんの技術には愛がある。人の役に立つものを作りたい、幸せにしたい。守りたい。そんな思いがあるからこそ現場に寄り添った技術ができたにきまってんだろうが。今の腐ったお前らにこんな技術は作れるはずもねえ。この小さな部品を笑いやがったてめえらにできるはずねえんだよ。自分たちが私腹を肥やすことしか頭にねえてめえらにつくれるかっ!!」
ダグラスの熱い言葉がさすがに効いたのか魔技研の高官らにも自らを恥じ入りうなだれる者も出始める。
そして、ダグラスは何よりもまだ本物の技術者が魔技研にいると信じて傍聴席の若者たちに呼びかける。
「俺たちは国を守り、人々の暮らしを守るために技術者になったんじゃないのか。いつから自己保身に走るだけのクズになった」
ダグラスの言葉に傍聴席の技術者たちは違うと言いたげに強い決意と意志をもって見返した。ならばとダグラスは呼びかける。
「違うというのなら――まだ技術者としての誇りがあるのなら俺についてこい。すべてをなげうってでも飛び込んでこい。俺とうちの姫嬢ちゃんが最悪にきつくて最高にやりがいのある技術者の戦場に招待してやる。そこにあるのは技術者の誇りと魂、何より最高の技術が見られるぞ」
おおーーーーーー。
傍聴席にいる下っ端に押し込められ鬱屈した技術者たちはそろって奮起して立ち上がりダグラスに応えた。
それを見ているとフレアは知らず涙がこぼれた。レイスティアは隣から心配し、優しくハンカチで感情の滴を抑えた。
「フレアちゃん、どうしたの」
「ティアちゃん、私の前世では最後には誰も味方してくれなかった。信頼していた皐月だって裏切った」
レイスティアはフレアに前世の記憶があることを聞かされている。その悲しい最後も……。
「……ぐすっ、でも今はダグラスみたいに私の思いに共感してくれる人がいる。それもこんなにいた。それがこんなに嬉しいことだなんて知らなかった。今の私は幸せです」
ポロポロと涙が止まらないフレアをレイスティアは優しく抱きしめて頭をなでる。
「私もフレアちゃんの味方です。次は私が出ます」
「えっ」
「フレアちゃんの泣き顔を”みんな”に見せたくないから私が出る。いいね」
「……ティアちゃん」
レイスティアは戻ってくるダグラスと視線を交わすと立ち上がった。
「それにフレアちゃんを泣かすとか……魔技研はもう潰します」
吐き捨てるように言い放ったレイスティアは完全にぶち切れていた。フレアのことになると沸点が低くなるのは相変わらずのようである。