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第102話 魔技研編 『あざ笑う者たち』

「むうぅ、無理難題を言われなければいいが……」


 帝国皇后との会食の間に向かう途中、ブリアント王国国王ビスラードは重い足を引きずるような気持ちで王城の廊下を娘のティアナクランと歩く。廊下には誰もいないからいいもののビスラードからは色濃い心労が顔に表れていた。


「お父様、それほどまでにエレンツィア様はひどい方なのですか」

「ああ、お前は初めて会うのであったな。そうさな。理不尽な方ではない。だが、何と言えばいいかの」


 しばらく思案するような顔をしたかと思うとビスラードは実に適切なたとえを思いつき自信を持って言う。


「――そう、クラウディオの孫を大人に成長させたような御婦人だ」


 ティアナクランはそれを想像すると思わず身震いし両肩を自分の両手で抱きしめた。


「それは想像すらしたくない相手ですわね。というよりも今のフローレアだけでも十分頭が痛いのにそれが更に年月を重ねて(ろう)(かい)になるなど悪夢ですわ」

「余はそんな相手と会食せねばならん。その心労察してくれ」

「ご苦労様です。お話はお父様に任せますわね。同席はしますが巻き込まないで下さい」


 王の娘は実にすがすがしい笑顔で突き放す。

 

「……実に心強いな」


 ビスラードは娘の無慈悲な言葉に思わず涙腺が緩みそうになった。



 そして現在、ビスラードとティアナクランは神聖オラクル帝国の皇后エレンツィアと会食中だ。

 ティアナクランはエレンツィアの人間離れした美しさと覇気に飲まれそうになるがぐっと抑えて気を引き締めている。

 金銀装飾がふんだんに使われ、王国の威信をかけた豪華絢爛ごうかけんらんな部屋で3人は落ち着かない食事をすすめる。重苦しい空気に気まずさが相まってせっかくの料理も台無しである。

 最初は当たり障りのない会話から始まった。


「そうそう、ブリアント王にお願いがある。この国にいる皇族を引き渡してもらおうか」


 訂正。いきなり直球が放り込まれた。ビスラードは不意を突かれて思わずむせそうになる。


「……それは何のことだ」

「ほむ。王城に至る道で面白い娘に会った。とある商会の責任者だとか。ここまで言えば分かるか?」


 ティアナクランは内心で頭を抱えた。


(あれほど王城に近づくなと言ったのに)


 ビスラードはとぼけつつも(けん)(せい)する。


「何のことかは分からぬが帝国は大国よな。まさか武力を背景に身柄の引き渡しを要求されるのか?」

「私は皇帝や貴族などと違ってそのような真似はしないよ。美学がない。これでも天より遣わされた大天使でね。それは美しくないやり方だ」


 ワインを1口含んで頷くと話を変える。


「話を変えようか。実は紛らわしい言い方にした。そちらがどこまで知っているのか反応をみるためでね」

「話が見えないのだが……」

「私にも可愛い息子がいてね。1番可愛い時期だというのに親友の裏切りもあってホロウに攫われてしまった。その事件が11年以上前のことだ。今もずっと探しているよ」

「それはお気の毒に……」

「だが貴殿の国に私の息子がいると情報を掴んでね。私の本当の目的は我が息子の返還要請なのだよ」

「あいにくとそれには全く心当たりがない」

「だろうね」


 そこでエレンツィアはティアナクランにもたずねる。


「あなたはどうであろうか」

「わたくしもありませんわ。名前などは手がかりはないのですか」


 ティアナクランは魔法少女である。本来の優しい性格が出て思わず必要以上にふみこんでしまった。


「私の息子はアレス。ホロウからはマコトと呼ばれているようだ」

「――っ、それって……」

「心当たりがあるようだね」


 ウソが苦手なティアナクランだが何よりマコトのことであからさまに動揺した。エレンツィアにも容易に見破られてしまう。


「まあいい。しばらく私は王都に滞在させてもらうよ。息子を狙ってホロウが幹部の刺客を放ったらしい。いざというときは最優先で守らせてもらう」

「待て。それはエレンツィア殿が王都で戦うということか。それはまずい」

「だろうな。ではどうする」

「わたくしが守ります!!」


 ティアナクランが思わず立ち上がりそう言い張った。


「敵は強いぞ。失礼だが王国の戦力で守れるとは思えない。魔法少女であってもだ」

「それでも、王都の人々は王族のわたくしが守りますし、その……アレス様もわたくしがお守りします」

「ほむ。そうきたか」


 エレンツィアは実に愉快そうに笑うと納得した。


「なるほど。ではおまかせしよう。私も王都で暴れ回るのは本意ではない」

「ありがとうございます」


 ほっとするティアナクランは嫌でもわかってしまった。一瞬だけエレンツィアは覇気を解放しそれだけで強さのほどが分かってしまった。今の自分ではたどり着けない強さを肌で感じ愕然がくぜんとしたがアレス、いやマコトが絡むと聞いては思わず心のままに声が出てしまった。

 だからこそエレンツィアは見透かし、この状況を面白いと判断してティアナクランに委ねてみるという選択をしたのだ。


「しかし、これは予想外だ。意外と私の息子はモテるようだね。まさか其方も気があるとはおもわなかったよ」


 これには今度はビスラードが立ち上がって娘に問い詰める。


「何だと。我が娘よ。それは本当か?」


 可愛い娘に男の影が見えるとビスラードはものすごい剣幕となったのだがティアナクランはそれどころでない。父親の嫉妬を無視してエレンツィアに問う。


「エレンツィア様。其方”も”とはどういう意味でしょうか」

「ほむ。実は私の息子にすっかり惚れ込んでいる娘と出会ってね。婚約祝いに神具の指輪を授けてしまった。少し早まったと思ってな。相手は女神ゆえに相応しいと思っていたが私は地位よりも恋愛を重視するのだ。結論を急ぎすぎたか……」

「女神!? それはどういうことですか、それに婚約指輪!?」

「それよりティアナクランよ。アレス殿とはどういった関係……いや、どこまで進んでいるのだ。詳しく説明せよ」

「お父様は黙ってて!!」

「……おおう。何やら修羅場になってしまったね。ふふっ、これも予想外だよ」

 

 会食の場はエレンツィアも驚く混沌こんとんへと陥った。しかし、最初の空気に比べると実に良いとエレンツィアは楽しそうだった。


(どうにも魔技研の裁判に立ち会うこと、言いそびれてしまったな)





 この日、ついに裁判が始まった。

 王都の裁判所は(げん)(しゅく)さと公平さを表す女神の像が中に入ると出迎える。これを見て多くの人が裁判を神聖にして正しく裁かれる場所だと畏怖を心に植え付ける。

 この裁判、魔技研がグローランス商会を潰し、その高い技術力を我が物とするためのでっち上げなのだ。訴えも強引で、証拠も証拠たり得ない。

 それでも魔技研側は勝利を確信している。なぜなら裁判官らを買収しどう転んでも公正な裁判はあり得ないからだ。


 フレアはダグラス、レイスティアとともに裁判所にやってくると魔技研所長ジャッカスに副所長のゴーマンと対面する。


「ゲショゲショ、のこのことやってきたでゲスね」

「こちらには後ろめたいことは何1つありませんからね」


 にこりと微笑みフレアは優雅に会釈する。


「ふん、魔技研の技術を盗んでおいて盗っ人たけだけしい」

「その言葉そのままお返ししますよ。そちらの元となったとという魔技研の証拠の製品はもともと盗んだ設計図から作ったのでしょう?」


 フレアがジャッカスを見つめると彼はしれっととぼける。


「何のことか分からんな」

「まあ良いでしょう。それも裁判で明らかになることです」

「グローランス嬢」

「なんですか?」

「裁判は過程が大事なのではない。結果がすべてなのだよ。判決が全てだ」

「…………ならば私はそれを結末で否定するだけです」

「どういう意味だ」


 それ以上応じずフレアとレイスティアは去っていく。ジャッカスはダグラスに向けて声をかける。


「お前ほどの男がそのような小娘につくとはな」

「魔技研にいても未来はねえからな」

「今にグローランス商会はなくなる。腕をふるう場所がなくなるぞ」

「技術者の魂を捨ててまですがるものでもねえよ。それにあの嬢ちゃんを甘く見ないことだな。ほんとおっかねえぞ」


 手をひらひらと振って去っていくダグラスにゴーマンがその場で地団駄を踏む。


「なんでゲスか。せっかくの所長の温情をふいにするとは無礼な奴でゲス」

「ふん。どれだけの証拠があろうと裁判で負けることなどあり得ない。ばかなことをしたな。ダグラス」


 ジャッカスは鼻で笑うと歩き出すのだった。



 裁判には多くの魔技研の技術者が出席した。これはジャッカスが逆らえばこうなるとグローランス商会を見せしめにする意味合いが大きかった。

 また、裁判を傍聴できるVIP席が存在する。部屋の上部の窓から気づかれず様子を眺められる。魔技研や司法にも内緒でビスラードとティアナクラン、エレンツィアに共和国の王女シルヴィアも出席していた。


「すまぬな無理を言って」

「いや、かまわぬ。だがみて面白いものでもないのだが」

「エレンツィア様、同席をお許し頂きありがとうございます」

「いや、共和国の至宝とまで呼ばれるシルヴィア殿と話せる良い機会だと思ってね」


 ビスラードの内心ではエレンツィアの出席は是非とも遠慮願いたいところだがそれを口にすることははばかられた。帝国の力を背景にエレンツィアに押し切られた形だ。ビスラードはため息を何度こぼしそうになったことか。

 なぜならこの国の恥部とも言える魔技研の腐敗ぶりと、恐らくフローレアが何かやらかしてくれるだろうという確信がビスラードの胃粘膜を激しく攻撃し続けるからだ。


(ぬうう、既に今から胃に穴がきそうだ。穏便に事が済んでほしいものだ)


 だがそれは望み薄だとビスラードは信じて疑わない。あのフローレアが絡んで穏便に済む未来など全く想像できない。むしろそうなったらフローレアを偽者と疑うべきだとまで思っている。


 既に裁判は始まっており、魔技研の訴えの内容がよみあげられ両者の主張、そして証拠の提示が始まっている。

 今はゴーマンが意気揚揚とした口調で魔技研の正当性を説いていた。


「みるがいいでゲス。ここにある魔技研の照明器具の数々。素晴らしいでしょう。素材も一流であれば作り上げた技術者も一流。それに比べてグローランス商会の商品のみすぼらしいこと…………」


 魔技研の提示したのは照明器具の数々。ろうそくと燭台が一般的だった中でグローランス商会が微弱な魔力だけで起動する魔導照明を開発した。このことで王国の暮らしに革命を起こした人気商品の1つだった。

 それを元は魔技研の技術だったと主張しているのだ。世に出していなかった理由は戦時中ゆえに武器防具の製造に人を取られてたこと、()(こう)(ひん)に人を割く余裕はないと判断してお蔵入りしていた、という苦しい言い訳。

 だがそんな主張を裁判長は好意的に肯定するのだ。


「なるほど。魔技研の主張はとても説得力のある話だ。対してグローランス商会の話は(しん)(ぴょう)(せい)を疑う」

「なぜだ。魔技研の主張の方が明らかに苦しいだろう」


 ダグラスが反論する。そもそも公平であるはずの裁判官があまりにも魔技研よりに話すのだ。公平さなどあったものではない。


「ゲショ、グローランスの製品は貧乏くさいでゲス。なんでゲスか、その安くさいつくりは。模造品だと言わんばかりでゲス」

「これは民に安価で流通しやすいものをと出している商品だ」

「それにみるでゲスよ。どれも魔技研の製品はグローランスの製品よりも圧倒的に明るいでゲス。質の悪い製品であることが一目瞭然でゲス」


 これには裁判官たちが口々に納得の声が上がる。だが……話している最中に魔技研の照明は突然光を放つことを忘れる。故障したのである。

 それも1つ消えると次々に続き、用意された30の照明の内、半数が消えてしまった。


「な、これは何事でゲスか?」

「あーーあ、王都のお店にあった照明器具の設計図って実は試作段階のものだったのでいろいろ(ぜい)(じゃく)なんですよね。そう、ちょうど魔技研の照明のようにすぐに魔導回路が駄目になるのです。それなのに明るさを無理にあげようとしたからなおさらその照明はすぐ壊れますよね」


 フレアのつぶやきにゴーマンがはっとする。


「なっ、なぜそんなものを大事に保管してあったでゲスか」

「ふふ、その反応はグローランスの設計図を盗んだと認めるのですか」

「ち、違うでゲス。魔技研はそもそも国家機関。たかが1商会に新しい技術を作れるわけがないでゲスよ」


 ゴーマンの言い訳に裁判長のイヤンが素早く認める。


「確かに、魔技研の主張がもっともである。グローランス側の主張を認めない」


 これにはダグラスが納得がいかないと立ち上がる。


「おい、さっきからおかしいだろ。魔技研の提示した道具の故障は急造の模倣品であるなによりの証拠だ。お前らの目は節穴か?」

「静粛に。グローランス側はそれ以上の暴言は控えるように」



 これらのやりとりを見ているとビスラードはますます胃が痛む気がして腹部を押さえついでに頭も抱えることになる。

 見ていて気持ちのいいものではない。シルヴィアも思わず本音が漏れる。


「はあっ、何ですのこれ。聞くにたえないのですが?」

 

 エレンツィアはビスラードに皮肉たっぷりの顔で言った。


「これほどお粗末で不公平な裁判は見たことがない。本来はグローランス商会が優勢のはず。裁判官の方がよほど暴言を吐いているように思える。ビスラード殿、これが王国の司法、そして魔技研か。素晴らしいものだな」

「……いうてくれるな」


 皮肉たっぷりの言葉にビスラードは内心はらわたが煮えくりかえるようである。帝国皇后の前で恥をかかせられたのだ。ビスラードの怒りは察するに余りある。

 ティアナクランも頭を抱えて俯いてしまっている。この状況を魔技研のジャッカスたちは知らない。知ったら卒倒しかねない話である。



 ゴーマンによる魔技研側の主張が終わるとついにグローランス商会側の主張が始まる。


「工房長。もうどうでも良くなってきました。思うように主張してきて良いですよ」


 フレアもここまで裁判官の態度がひどいと証拠を提示して言い負かすことに投げやりだ。


「いいのか?」

「ええ、もともとこの裁判に勝てなくともいいと考えてましたから。それよりもここに集まる技術者と人々の魂に訴える話を期待してますよ」

「ん? よく分からんがそれなら任せな」

 

 ダグラスは立ち上がると部下に指示を出しとある証拠物件を用意させる。それも、聞いている傍聴席の技術者に向けてもその証拠を大量に配布していく。


「今から俺が主張するのはこれについてだ」


 ダグラスが手に持っているのは大量のネジやボルトである。

 それには1度会場がシーーンと静まり返ると一斉に失笑が広がった。


「ゲーーッショゲショゲショゲショ。ついに負けを認めるでゲスか。こんな小さな部品が一体何だというのでゲスか」


 特に魔技研側の上役にいる幹部たちはお腹を押さえて笑い、口汚いヤジが飛び交った。


『くだらない。どんな技術や証拠が飛び出すかと思えばたかが小さな部品ではないか』

『グローランス商会は終わったな。このようなものを証拠として出すしか手がないのだ。これこそグローランスに技術力がない証拠ではないか』


 裁判官たちもいやらしく笑いものにしてダグラスを指差し、裁判長のイヤンも止める様子がない。

 このような有様にあってダグラスは失望が顔に広がると魔技研の高官たちに向けて一喝した。


「てめえらっ、黙りやがれーーーーっ!!」


 ダグラスは残念でならなかった。”これ”をみても何も思わない魔技研の無能さが情けなかった。


「そんなにわからねえなら教えてやる。これがどれほどすごいものなのか。耳の穴かっぽじってよーーく聞きやがれ!!」


 ダグラスの熱い思いと主張が語られようとしていた。


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