第99話 魔技研編 『歪められた真実を追え』
「何かがおかしい……」
移動魔工房の研究室内でフレアはレイスティアの呪いについて分析していると違和感に気がついた。以前よりずっと何かが引っかかっていたのだが、エレンツィアとのやりとりをきっかけにそれは大きくなっている。
「エレンツィア様は真実の姿を見抜く目を持っている。そして、その後の彼女の会話がどうにも気にかかる」
フレアは覚えている限りをレイスティアに書き起こしてもらっている。その文章を読み返す内にとある質問に注目する。
『アルフォンス準公爵、確認なのだが今の其方はどっちだ。女性か、男性か?』
という部分。エレンツィアが先に女性かと聞いた場面に注目した。
「最初に女性かと聞いてますね。……これはおかしい。ティアちゃんはもともと男性です。真実を見抜くはずの目を持ちながらなぜ最初に女性を聞くのでしょうか?」
たまたまただっただろうか。しかしエレンツィアの瞳術にはレイスティアの姿が真実女性だと映っていたのだとしたらこの順番に説明が付く。
まさか、と首を左右に振って目を背けようとするが疑問は膨らむばかりだ。
「いやいや、ティアちゃんは魂も呪いで変質すると言っていました。……でもそれは信用ならない女神ミルから聞かれた話でしたね」
エレンツィアはもともとフレアに用があって声をかけたという。しかも、レイスティアの話では彼女の目的はフレアの中にいる『マコト』らしいことだ。
「エレンツィア様はマコトと知り合いだったのでしょうか。ああ~~、5歳以前の記憶がほとんどないのは以外と不憫なのですね」
頭を抱えるもフレアは1度冷静になってみる。エレンツィアとマコトが知り合いで行方を捜すくらいには親密だったと仮定してみる。
「もらった神具はお祝いだと言いましたよね。しかもよりによって指輪。男のマコトとおそろいの指輪を贈るなんて相手が女性だった時以外にあり得ませんよね。よほど寛大で理解のある人ならともかく……」
そう思うとフレアはだんだんとこの推論が正しい気がしてきた。
「また会おうと言ってくれましたし今度時間を作って頂いて聞いてみた方が良いでしょうか」
まだ確たる証拠はないがフレアは『レイスティアが元々女の子だった』説が濃厚であると確信に近い思いを抱く。それならばたまに素で女の子っぽい仕草や癖も説明が付く。
これが一体何を意味するのか。フレアは情報が足りないとため息をつく。
「考えられるのは誰かかがティアちゃんの生まれる時に呪いか何かで男に変えたということになります。そして、女神ミルの呪いで再び本来の性別に戻ったということ」
フレアは最大の容疑者に女神ミルを想定した。ミルは人類を守るということにおいては信じられると考えている。だが、将来ピュアマギカとなり得るレイスティアを阻害する理由が分からない。犯人がミルだったとするなら人類の守護者を詐欺まがいに契約して殺そうとしていることになる。それは矛盾する気がした。
「どっちにしろティアちゃんの問題は根が深い気がします。ルージュさんが何か心当たりを調べてくれているようです。報告を期待して今は私にできることをしますか」
今は魔法学的に呪いをどうにかできないか解析する。これがフレアの今できることであった。明日は裁判があろうともフレアにとってはレイスティアを助けることも大事だった。
一方、ルージュは無魔の支配領域に深く入り込み旧ビッテンブルグ騎士国に入るという危険な任務を遂行していた。
グローランスの商会にはティアナクラン王女にも秘密の魔法少女部隊が存在する。その名も『御園衆』。特徴は多くが難民出身者であることだ。将来は国を無魔から取り戻す、その思いとフレアへの恩義から非常に忠誠心が高い精強な部隊となっている。
その精鋭を5個小隊引き連れてルージュは精霊の加護が薄く、無魔が徘徊する危険な場所を横断していた。
「右翼より報告。敵集団1000規模相当」
オギンの報告を受けてルージュは迂回を指示する。オギンはかつてベルカの共和国との模擬試合で解説していた人物だ。
「左に避けて突き進むわ。戦闘は極力回避。今1度全部隊に指示の徹底を」
「了解」
オギンは改めて戦闘を厳に慎むよう魔法回線で指示を出す。3つの小隊を右翼、中央、左翼と配置し中心にルージュの部隊、背後にも一小隊配置する陣形を組みつつルージュたちは目的地に突き進む。
ルージュがあえて戦闘回避を指示するのには訳がある。連れてきた部隊の半分はもともとビッテンブルグ騎士国出身の魔法少女だからだ。無魔への怒りと故郷の現在の惨状を見て冷静さを失い戦闘に走りやすい心を戒めたのだ。
「それにしても妙ね」
「はい。定期的に無魔の支配領域の偵察と調査は行ってきましたが今回は遭遇率が低すぎます。それに集団を発見したときは数が多いですね」
ルージュの疑問をオギンが代弁した。
「恐らく強力な統率者によって無魔を集めているのよ」
ルージュの推察にオギンは空寒い予感に怯えた。
「まさかそれって……」
「ええ、近いうちに無魔の大きな侵攻作戦があると見るべきだわ。ひとまず目的地で陣地を設営し遠距離魔法通信で連絡だけはしましょうか」
本来であればすぐにでも戻って知らせるべき一大事である。しかし、これから行うことも重要な調査であると分かっている。
「そうですね。でも今は……」
「ええ、任務を続行するわよ。帰ったらすぐに大規模調査隊を組織するわ」
ルージュに従う魔法少女たちは頷いた。
御園衆は諜報から影の護衛、フレアの魔法学の理論実証に新兵器のテストなど任務は多岐にわたる。それらを任される彼女らの実力は王国現役の魔法少女たちすら凌駕する。特に各隊長クラスはルージュが特別に鍛え上げた精鋭のため王国現役の魔法少女と比較にもならない力を持っている。
オギンも隊長格の1人である。ほかは右翼にユーフェリア、中央はホウショウ、左翼はマヘリア、背後にもエリザベートという隊長格がいる。
「あの、今更ですがフローレア様はアルフォンス準公爵に関する報告が遅かったこと、どう感じていらっしゃるのでしょうか」
オギンの恐縮しきった発言に周囲の魔法少女も気になってルージュに注目する。
「何もないわ」
「えっ、本当ですか? 怒っていらっしゃるとばかり」
「そういうことはなかったわ。でもそうね。一言だけ」
「それは?」
「信じている。それだけだったわ」
ルージュからの言葉が彼女らに染み渡ると心からの安どが広がる。背任とも疑われかねない行為。レイスティアがうわさの魔法少女だと報告が遅れたことに対して信じていると返してくれたことは彼女らにとっては何よりの言葉だ。
「本当にどうしてあれほど大事な報告が後回しになったのか、本当に今も分かりません。調査してみても皆が見落としていたと不可解な報告ばかりでした」
「ええ、これは明らかな異常よ。人為的なミスではない。だからこそ報告は慎重に期する必要があった。できればその謎の正体を掴んでからにしたかったけれどね」
その前にフレアが自分でレイスティアの正体に気づいてしまったわけだ。
「ですが、今回の調査で何か分かるとルージュ様はお考えなのですね」
「ええ、私の考えが正しければね」
「いかに無魔の支配域とはいえ、連れてきた隊長格は正に精鋭。過剰とも言える戦力の気がしますがルージュ様は必要だと判断したわけですね」
ルージュは後ろ髪を掻き上げながら頷く。
「既に幾つかの心当たりは当たったけれどどこも完全に消されていた。まるで都合の悪い事実を隠すかのようにね」
「確かに、誰かが意図的に破壊し証拠を隠滅したように見えます」
「次が最後にして本命の場所よ。そこで戦闘があるかもしれないわ。それもかつてない強大な敵が潜んでいるやも……。皆気を引き締めなさい」
ルージュの声に聞いていた全員が頷く。
「今向かっている地はビッテンブルグ騎士国が滅ぶ前にわたくしのお母様が精力的に調査していた場所なのよ」
「ルージュ様のお母様と言えば……」
国が滅びてブリアント王国に逃げる途中で命を落とす不幸にあっている。気を遣う周りにルージュは構わないと続きを話す。
「お母様はとある考古学者の話に興味を持ち支援していたのよ。王やピアスコートの母親は馬鹿にして相手にしなかったけれどね」
「……その考古学者の話とはどのようなものなのですか?」
「それは人類ならば知らぬ者はいない預言書に関する説よ。預言書には世界から抹消された結末が存在する。そして、現在に伝わる予言は全て恣意的に残されたものばかりである、とね」
世界に伝わる預言書は次々人類に起こる悲劇や災厄を当ててきた。それゆえに人々に信じられ注目されてきた。そして、預言書の最後は幾つか差異はあるがどれも人類にとって受け入れ難い最後となる。大勢の犠牲を出すもどうにか一握りが救われるというものだ。
まだ知らない結末があると知りオギンたちはその結末に希望を見いだす。
「それはどのような内容なのですか?」
「残念ながらわたくしも詳しいことは聞いてなかったの。何せ聞く余裕もないほどにこの国は無魔にあっさりと屈してしまったから」
過去を思いだしルージュは無能な王と国を振り回し腐敗させたリリアーヌの母親に向けて怒りを滲ませる形相を作る。それも一瞬で一息おくと続きを話す。
「印象に深いのは人類の希望をみつけたかもしれないと喜んでいたお母様の姿だったわ」
「希望……ですか」
「それだけならともかくお母様は死ぬ前に私に残した言葉があるの。『ブリアント王国にいる希望を見つけ出し絶対に守りなさい』と」
「また希望ですか。なんとも抽象的ですね」
「ええ、わたくしはてっきりフレアさんのことだと思っていたわ。彼女はそれだけのことをしてきたもの」
「それは私も同感です」
「けれどもレイスティアさんが伝説の魔法少女、”希望”のピュアマギカだと知ったとき、はっとしたわ。お母様が守れと言っていたのは預言書には存在しないもう1人のピュアマギカだったのでは、とね」
「「「――っ!!」」」
直後、魔法通信が入る。
『こちらホウショウ。目的地を目視で確認。けど問題発生。どうぞ』
ルージュたちは顔を見合わせるとルージュ自ら通信に応じる。
「状況を伝えて、どうぞ」
『了解。目的地入り口前に無魔と未確認の集団多数。数はおよそ8000。戦闘は不可避と判断。魔導カメラから映像を送る。どうぞ』
「未確認? 確認するわ。各部隊、周囲を警戒しつつそのまま待機、どうぞ」
オギンが受信用の12インチほどの携帯用モニターを取り出すと受信した映像を画面に映す。映像にはかつて大きな市が賑わっていたと思われる廃墟が映された。人のいなくなった建物に無魔が大勢住み着いているのが確認できる。
そして中に無魔の特徴の1つと言える金属質な体ではない怪物がちらほら見られる。映像に映ったのは有機質の体と思われる巨大なトラである。しかも顔が3つあり翼を持ち体長も10メートルは優に超える巨体だ。
無魔たちはその怪物を恐れ従っているようにも見える。
「ルージュ様。この化け物は一体何なのですか?」
「……恐らく邪神の眷属ね」
「邪神ですか?」
「ホロウでもよく見られるそうよ。トロールやオーガなどといった邪神の手先となっている勢力が共和国でもみられる。3つ首のトラは初めて見るけどほら、上半身が人で下半身が蜘蛛の大きな魔物もいるでしょう。あれは共和国からの情報提供で見たことがある」
「強さはどのくらいなのでしょうか」
「蜘蛛人間は指揮官級より数段強いわね。3つ首のトラは最低でも純粋種の無魔と同等かそれ以上と想定しましょう。あれには隊長格を充てて対処する」
ルージュは魔法通信を起動すると全部隊に通達。
「これより、目標の制圧作戦を実行する。作戦はパターンZを採用。総員配置につけ」
ルージュの指示を受けて各小隊はすぐに動き出す。ルージュが目指すのは奥に見える巨大な絶壁に隠された洞窟。それらを背にして栄えていたかつての市にいる無魔を包囲殲滅するというものだ。
「増援を呼ばれては面倒よ。一体もここから逃すな。Z作戦開始!!」
ルージュの指示の元で周囲を囲んでいた魔法少女たちによる殲滅戦が始まった。
ルージュが無魔を逃さないように廃墟全体を大きく囲む障壁を広域展開。これで無魔の逃げ場をなくし周囲から押し込むよう正面、両側面より魔法少女たちが無魔に圧力をかけていく。
一方的な無魔の悲鳴だけが聞こえ、重なる断末魔の多さが魔法少女の攻撃の凄まじさを伝えている。無魔の兵卒レベルではまるで勝負になっていないのだ。一方的な戦いが淡々と進められている。
しばらくしてオギンが後方のエリザベート隊から報告を受ける。
「ルージュ様。エリザベート隊、殲滅魔法の準備整いました」
ルージュは徐々に包囲が狭まり、超長距離魔法砲撃の効果が十分に得られるほどに押し込んだことを確認すると指示を出す。
「これよりエリザベート隊の殲滅魔法による支援砲撃が行われる。広域魔法障壁を狭めたのを合図に前線の各小隊は一時退避」
この報告に前線の魔法少女たちに衝撃走る。合図があると彼女らは一目散に退いていく。エリザベートの部隊はムラが多く大ざっぱ。もしかしたら事故があるかもしれない。悪い意味での信頼が前線の魔法少女たちを必死にさせていた。
「オーーーーホホホホッ、オーーーーーーーホッホホ……」
後方にて待機するエリザベート隊にて。
アリアの縦巻きがいかに控えめで可愛らしいか比較してよく分かる豪華な金髪縦巻きロールの美少女が高笑いしている。理想的なまでの翻した手をほおに寄せ、胸をはって上を向く角度も完璧。模範的な高笑いが辺りによく通る。これには慌てて部下の魔法少女が静止する。
『エリザベート様、戦場で高笑いはやめてください。目立ちます』
部下の魔法少女がまたかといった風に呆れている。エリザベートは普段から部下に気苦労をかけていることがよくわかるやりとりだ。
「目立つ? ザイオン王国の王女たるこの私は普通にしていてもこの溢れる気品がおさえきれませんのね」
『そのザイオン王国もう滅びてますよね』
『あふれる気品? 一周回って下品の間違いでは?』
『いつも変だから常識が麻痺しているのね、かわいそう』
失礼で遠慮のない部下の物言いにエリザベートは豪華な装飾のセンスをたたむと部下の頭をはたいた。
『『『あいたっ』』』
「おだまり。このゴージャスにして美しい私の辞書に下品という概念は存在しません」
16歳にして背が高くムチムチで男好きする体つき。胸が邪魔になりそうなほど飛び出て本人の性格同様に暴れ回る体に部下は嫉妬混じりの視線が集中する。
『(やっぱり、見た目がエグいぐらい下品。特に胸ッ!!)』
バイーン、と擬音が飛び出しそうな豊満すぎる胸部に部下たちは悔しさに歯ぎしりするほどだ。
『あ、ルージュ様から殲滅魔法の催促が来てます。すぐに撃てと』
「ちょ、それを早くお言いなさいな」
ルージュの名を聞いてあわてた様子のエリザベートが胸を張って目標に向け羽扇子を向けると指示を出す。
「協力魔法発動用意」
『『『了解』』』
部下の魔法少女たちがエリザベートの周りに立ち大地に魔方陣が広がると魔力光の幻想的な粒子があふれ出す。
エリザベートが右手を目標に向けて突き出すと一変し真剣な表情で魔法の制御を始める。ぐんぐんと光球は肥大し彼女たちを飲み込んでも余りある巨大さにまで成長する。
「協力式特級殲滅魔法『壊全』、敵をなぎ払いなさい」
まばゆい浄化の光が巨大な塊となって放物線を描き、はじけるように前線に飛び込んでいく。
「さて、どれだけの無魔が生き残れるのやら見物ですわ。オーーホホホホホ」
『『『(うるさい)』』』
「あ、やっと支援砲撃が行われたようです」
オギンの報告にルージュは溜め息をこぼす。
「エリザベート、指示を出してから20秒の遅れ。戦場においては致命的だというのにあのバカ」
どうせ高笑いとおしゃべりの花を咲かせるのに忙しかったのだろうと怒りに目を細める。
「エリザベートは帰ったら教育が必要ね」
「ひっ……」
オギンが言われたわけではないのに短い悲鳴が漏れる。教育の内容は想像しただけで恐ろしいがだからこそオギンは自分の役目に専念する。
「と、特級殲滅魔法『壊全』の着弾まで残り5秒、……3,2,1。着弾!!」
無魔の軍勢の中心に魔法が落とし込まれると地響きが離れたここにまで及び衝撃の凄まじさが伝わってくる。無魔特攻の浄化の光に無魔たちは痛みどころか死すら気づかなかったのではないかと思えるほど一瞬で消えていく。
残ったのは邪神の眷属ばかり。それも例外なく傷ついており特に中心にいた3つ首のトラは怒りの咆哮をあげてその感情を伝えていた。
「魔法探査による状況確認終了。無魔の殲滅を確認。邪神の眷属は6体が生存。内3つ首は損傷軽微、……信じられません。特級魔法を受けてダメージがこれだけなんて」
3つ首の化け物は肌の表面が多少やけどで爛れているのみでまだまだ健在だと示すように一層大きな雄叫びを上げる。
「さすがは邪神の眷属といったところかしら。未熟なGクラスの生徒たちじゃ荷が重い相手ね」
「ルージュ様、いかがなさいますか?」
「問題ないわ。ホウショウ、ユーフェリア、マヘリアのいずれでも対処できるレベルよ。3つ首は隊長格が相手をするように。引き続き殲滅作戦を継続する」
「了解。各小隊に任務続行の指示を出します」
現在事実上人類最強の魔法少女が集まる秘密部隊『御園衆』。ついにその実力が強大な邪神の配下を相手に明らかになる。王国所属の魔法少女たちとはレベルの違う別次元の戦闘が始まろうとしていた。