第98話 魔技研編 『帝国の影の皇帝』
グローランス商会の支店で裁判に向けた確認が終わったフレアとレイスティアは余った時間を王都観光に費やすと決めた。
王都を歩いていると多くの若い男性が驚いてふり返る。正面からレイスティアをみたものは魂を抜かれたように惚ける者もいるくらいだ。
「注目されていますね」
「はい、どうしたことでしょうか」
頬に手をあてて淑女らしい仕草がよく似合う。それを見ては周囲から溜め息が漏れ聞こえる。
レイスティアは有事にいつでも変身できるように美少女になっている。呪いで性別が変わってからというものこちらが今の本当の姿と言える。
「その姿のときは徹底して(女性を)演じてますね」
「はい。堂々としていた方が逆に良いのです。それにこの呪いは体だけでなく心と魂も変質するようです。そうでないと魂の均衡が崩れるとか……」
今も風によって流れるレイスティアの香りは人を虜にする魔力があった。それでいて容姿に優れ、落ち着いた雰囲気、貴人の振るまい、女性らしい魅惑のスタイル、全てにおいて男性の恋心を刺激し陥落させていく。
レイスティアを天女のようである誰かが言う。その表現も納得できる注目を集めていた。中には声をかけようと考える者もいるのだが隣にいる少女を見てぎょっとする。
(ティアちゃんに手を出したら潰す!!)
言わずとも伝わってくるフレアの殺気と気迫におじ気づき躊躇うのだ。それに気がつかず踏み出そうとする愚か者は周囲の男が止めに入る。そして、こう忠告することになる。
『やめておけ。あそこにいるのはブリアントの悪魔だぞ』
『げっ、あのグローランス商会の!?』
それだけでナンパを抑止するには十分。悪い意味で大きくなっているフレアの威光にレスティアが乾いた声を漏らした。
「フレアちゃん、王都の民からも恐れられるって、何をやらかしたのですか?」
「いいえ、誤解です。善良な民に何かするはずないじゃないですか」
「ではあの反応は?」
そこでフレアは心当たりにポンと手を打つ。
「あっ、王都の支店オープン前に商会ギルドが入会を迫ってきましたね」
「やはり何かしたのですね」
ジトーッとした疑惑の目を向けられてフレアは慌てて弁解する。
「いや、だって、相手が悪いのですよ。法外な会費を迫ったり、拒否したら建設中の店舗に火をつけられたり、脅迫されたりで……」
「ギルドもギルドでマフィア顔負けの悪党ですね」
「頭にきたのでやり返しただけです。ギルド幹部の秘密を握って……」
「既にきな臭いですね」
「その家族にまで手を出すのはやり過ぎなので丁重に保護して……」
「それは立派な人質です」
「それでごろつきと傭兵300人ばかり支店を襲撃してきたので私とルージュさんで血祭りに上げてやりました」
「それ印象最悪じゃないですかっ!!」
「あはは、その場面を大勢の民に目撃されましたからねえ」
300人の鮮血で染め上げられた大地を冷酷に見下ろすフレアとルージュ。そんな光景を見せられたらトラウマになることだろう。想像したレイスティアは頭が痛くなった。
「ゲーショゲショゲショゲショ。王都を観光とはのんきでゲスなあ」
王都の街を巡っていると嫌みったらしさ満載で魔技研副所長のゴーマンがあらわれた。
楽しい時間を邪魔されたフレアは実に不機嫌な様子で口を開く。
「この気色の悪い笑いはまさか……イチマン?」
「ゴーマンでゲス」
「せめてサンマンですね」
「何の話をしてるでゲスか!?」
からかわれていることに気がついたゴーマンは早速顔を真っ赤にして叫んだ。既に血圧が心配なる興奮具合である。
それよりもレイスティアは気になることがあった。
「あなたは賄賂で逮捕されたはず。どうして解放されているのですか」
「ふふ、ようやく気がついたでゲスか。グローランス嬢がこれほど早く王都に来たことは驚きでゲスがそんなもの無駄なあがきでゲス」
「どういうことですか?」
「ゲショゲショ、まだ分からないでゲスか。司法はこちらの手にある。逮捕されようがすぐに無実で釈放されるでゲス」
「そんなばかなことが……」
驚くレイスティアにゴーマンがニタニタと笑った。
「ゲショ、証拠は共和国の証言。他国の者の証言などより魔技研の副所長の証言が重視されるに決まってるでゲスよ。そして、司法の裁判官は大半がこちら側でゲス。この意味が分かりますか」
「まさか……」
「裁判の内容にかかわらず魔技研の主張が認められることになる。これは既に決まっていることでゲスよ」
「司法は独立した重要な機関です。特定の勢力に傾くなどあって良いはずがありません」
「そちらは賄賂の件で南の貴族の力をそいだと考えているようでゲスが甘いでゲス。あれしきの額、南の貴族がため込んでいる財力の一端でしかないでゲス」
「それほどに南の貴族は民から重税を搾取しているということですか」
レイスティアは悔しさに拳を握りしめた。食糧が安定しているにもかかわらず南の民はお金がなく痩せ細っているとは聞いていた。国家予算に匹敵する額を取り締まってもまだ余裕があるというのだから南の貴族の強欲ぶりは度し難い。
「ゲーッショッゲショゲショゲショ。これで思い知ったでゲスか。南の貴族のしぶとさはゴキブリ以上でゲスよ」
「ん?」
「ため込んだ財も山のごとし。貴族は肥え太り、豚のような体型を見れば明らかでゲス」
「何気にひどいこと言ってはいませんか」
「卑劣さに欠けては並ぶ者なし。そんな奴らに喧嘩を売ることがどれほど愚かか思い知るがいいでゲス」
「あなたの発言も大概貴族に喧嘩を売ってますよ」
「違うゲス。これは褒めているのでゲスよ」
「そうなのですか?」
どう聞いてもひどいそしりに聞こえたのだがこれを褒めていると言い張るのだから南の貴族の常識はおかしい。
黙り込むフレアにゴーマンは気をよくした。
「ゲショゲショゲショ。ようやくお前たちは何を敵に回したのか理解したでゲスか。魔技研は国家機関。その力を個人でどうにかできるほど世の中甘くないでゲスよ」
これまで黙って聞いていたフレアだがようやく重い口を開く。
「1つ良いですか」
「ふふん、今更許しを請うても遅いですよ」
「いえ、あなたたちは勘違いをしています」
「なに?」
「人あってこその技術です。作り手の思いと魂が乗ってこそ技術は受け継がれる。ゆえに人は川、技術は水のようでありましょう。裁判に負けるから何だというのです。人があれば滅ばないでしょう。しかし、人がいなければ滅ぶしかない」
「何を言っているか分からないでゲス。負け惜しみでゲスか」
「いいえ、裁判に負けるつもりもありません。裁判官とて人です。本物の技術者の心意気を聞けば必ず正義が示されるのだと信じています」
「ゲーショッショッショ。随分青臭いことをいうでゲス。ちょっとお前を過大評価していたようでゲス。世の中きれい事ばかりではないことを教えてやるでゲスよ」
もはや勝利は揺るぎない。そう確信したゴーマンは高らかに笑い去っていった。
それを見送りながらレイスティアがフレアを案じていると。
「与し易し」
そう呟くフレアはとても悲壮な決意を抱いているとは思えずレイスティアはぞくりと鳥肌がたった。
だが直後にさらなる強烈な存在感を感じ、レイスティアは体が震える。
背後からよく響く拍手が打ち鳴らされた。まるで時が止まったかのように周囲が静まり返りなおさら不気味であった。
振り向くと覇者の雰囲気を纏った貴婦人が馬車から降りてくるところだった。
豪華な貴金属で飾られた煌びやかな馬車やただ者ではない雰囲気を放つ礼装の御者。それだけでも中から出てきた貴婦人がやんごとない人物だと推察できた。
妙齢にみえるが奥が深い瞳は直視すると引き込まれてしまいそうでレイスティアはとっさに気を張った。
(何て懐の深い目をしているの)
まるでフレアに初めて会ったときを思い出す。人の体に収まりきっていない大きな器が感じられる。その違和感がよく似ていたのだ。
「聞いていて気持ちの良い娘である。感心したぞ。この顛末興味がわいてきた」
その女性は興味深くフレアを凝視した。するとフレアの体はびくっとはじけ後ずさる。
「あ、ああ……」
レイスティアが横を見ると信じられないものを見る。フレアが他人を見て怯えた目をしていたのだ。こんな姿想像もできないし、したこともない。
あのフレアがここまで誰かを恐れることに衝撃を受けた。同時にレイスティアはすぐに気がつく。目の前の人物はフレアにとって恐ろしく危険な人物であるのだと。とっさに背後にかばいつつレイスティアがたずねる。
「失礼ながらどなたでしょうか。私の連れが怯えているようです」
「ほむ」
まばゆいドレスの女性はレイスティアを一瞥するとわずかに目が光り輝く。レイスティアは彼女が何をしたのかすぐに察した。
(これは瞳術の発動?)
レイスティアは自身に異常はないか。魔法で体の異常を精査しつつ更に警戒を強くする。
「ほう、面白いな。其方は呪い持ちか。しかもこの気配。昔戦った者の力によくにておる。だが、はて……?」
そこで護衛の騎士たちが女性に何やらささやく。騎士の鎧からレイスティアは分かったことがある。
(あの鎧、帝国の紋章の刻印がある。つまりこの人は帝国の貴人か)
「――ああ、そうだったな。私はエレンツィア・M・ユリエル。神聖オラクル帝国の皇后である」
想像以上に大物の登場だった。皇后エレンツィアといえば病に伏せっている皇帝に代わり、帝国を導いている実質的なトップ。畏怖と尊敬をもって影の皇帝とまで呼ばれている。無魔にはジャイアント級と呼ばれる山のように巨大な怪物がいる。帝国は既に2体と交戦した過去があり、その内のトカゲ型は彼女が1人で討ち取ったとうわさされている。
そんな彼女は固まっている2人に対して馬車の中へと招く。
「挨拶は中でしようか。ここでは何かと目立とう。なあに、取って食おうというのではない。王城近くまで移動するあいだ話相手となれ。否はない」
今や人類最強の軍事力を持つ帝国の皇后に言われては拒否するという選択肢はない。レイスティアは震えているフレアの手をぎゅっと握って微笑みかけるとエレンツィアに応じた。
馬車に入って驚くのは亜空間の魔法によって中が恐ろしく広かったことだ。
幾つかの扉と廊下を過ぎるとようやく来客用の部屋に落ち着く。馬車の中にあって幾つも部屋があるなど何を言っているのだという話だが実際に部屋はあった。どれほど内部を拡張しているかは見通せず想像も付かない。
「驚いたかね。帝国の魔導技術もなかなかだろう」
そして、エレンツィアが指を鳴らせば勝手に食器が踊り出しフレアたちが座っているテーブルセットの上でお茶会の準備が進められていた。
カップやスプーン、どれをとってもひとりでに動く魔導具のようだ。食器がひとりでに動く珍しい光景にレイスティアは驚き固くなったままだ。
「挨拶はいらない。こちらで事前に調べさせてもらってね。声をかけたのも偶然ではない」
しれっととんでもないことを言う。レイスティアはますます身構えるのだがエレンツィアは手で制する。
「安心したまえ。ここでどうこうするつもりはない。ただその娘とお茶をして話をしてみたくなっただけだ。帝国の名にかけてこの場で不粋な真似はしないよ」
そう言って優雅にお茶を口にするエレンツィア。帝国の名を持ちだしておいて誇り高い大国が毒を盛ったりはしまいとレイスティアは少しだけ警戒が薄れる。とはいってもフレアの様子がどうにもおかしい。なぜ帝国の皇后にこれほど怯えているのかわからずレイスティアは困惑していた。
「私はきっとおまけですよね。フレアちゃんは怯えているようですので代わりに話しても構いませんか?」
「構わないよ、アルフォンス準公爵殿」
「っ!?」
姿を変えているのに正体がすっかり知られてしまっている。そのことに驚きレイスティアはふと先ほどの瞳術を思い出す。
「重ね重ね失礼をしたね。申し訳ないが瞳術で2人の状態を調べさせてもらった。あとは”草”の集めた情報と合わせた推察だよ」
相手に知られた情報がどれほどか分からない以上レイスティアは迂闊なことを口にできなくなってしまった。
(どうにも相手ペースです。これは分が悪い)
対抗できそうなのはフレアの頭脳なのだが今は期待できそうもなかった。
(私がフレアちゃんを守らないと)
気を強く持って意気込んでいると突然エレンツィアが笑った。
「それにしても、ふふっ」
「何かおかしなことでも?」
「ええ、私を前にしてもその子のことちゃん付けで呼ぶなんてよほど仲が良いのね。今も2人は手をつなぎっぱなしよ。気づいてた? ふふふふっ」
「あっ……」
帝国の皇后を前に親しい呼び方をしてしまった失態に気がつきレイスティアの顔は羞恥に染まる。謝りそうなレイスティアの先を読んでエレンツィアは手で制す。
「構わない。ここではプライベートな話だと思っていい。くつろぎたまえ」
「アルフォンス準公爵、確認なのだが今の其方はどっちだ。女性か、男性か?」
「なんの話ですか」
「とぼけなくてもいい。私の目は真実の姿を見通す。そしてみた者のある程度の未来も見通すことができる。隠そうとしても意味がない」
また一口紅茶を含むと今度は言い方を変えた。
「その子のどっちが好きなのだ。どういう意味かは聞き返すなよ。答えは”分かっている”が直接聞きたい」
(この人はフレアちゃんの魂が2つあることに気がついている。先ほどの瞳術の狙いはまさかフレアちゃんだったの?)
レイスティアはエレンツィアの真意がまるで分からない。ただこの返答は慎重に考える必要がある。そう思えた。
なぜなら答えを待つエレンツィアの目は全く笑っておらず真剣である。不粋なことはしないと言うが返答によってはこの場で殺されるのではないか。そんな凄みすらあった。
(先ほど未来も見通すと言ってました。恐らく本当なのでしょう)
帝国の皇后がブラフを使うわけがない。国のトップにいる人間というのは言葉にも重みを求められる。その価値をおとしめる軽い発言はそうそう言えるはずもないのである。
そして、なぜかレイスティアは自分でも不思議なのだが目の前の恐ろしい人物に心の内を語り出す。
「私は本来死ぬはずでした。ですがそれを救ってくれたのがフレアちゃんです」
「……ほう、運命を切り開いて見せたと。それは容易なことではなかっただろう」
「はい、不治の病だった私を一緒になって励まし治療法を見つけて救ってくれました。ですから”2人とも”私にとって大事な人です。ですがあえて言うのなら……」
その後語られる話をエレンツィアは静かに聞き続けた。
レイスティアの話を聞き終えたエレンツィアは満足げに頷き納得を示す。どこかレイスティアをみる表情が柔らかくなったようにも見えたのが不思議だ。
「其方の気持ちはよく分かった。――誰か。例の物を」
手を叩きエレンツィアが叫ぶと2人の従者が大きなケースを持ち込んだ。ティーカップを片付けてテーブルの上にはケースの中身が開かれる。
台座の上に5つの対となったアクセサリーが輝かしい光を放ち辺りを照らした。
「話し相手になってくれた礼だ。そのケースにあるどれか1組をくれてやろう。これは2人1組であるからこそ意味を持つ」
「……魔導具ですか?」
「正確には神具と呼ばれるものが1つまぎれておる」
「そんなもの頂けません」
「無論ただではないよ。賭けをしよう」
「賭けですか?」
「神具を見事引き当てたなら其方に未来をくれてやろう」
「未来?」
「だが間違えば未来を失うだろう」
その未来が何をさすのかは知らないが不吉なものを連想させた。レイスティアは真剣に考えざるを得ない。
(何かを試されている?)
いきなり選べと言われてもレイスティアは迷った。しかし、ここでレイスティアは思い返してみる。そして思い至る。本当にいきなりだったのかと。
(思えばエレンツィア様は筋は通す方だと見受けます。それは少し話をしてみても分かること。ということは今までの会話にヒントがあったのでは……)
レイスティアは思い返して材料となるかもしれないことを選び取っていく。
(私は確かにフレアちゃんのおまけだったはず。しかし、私は興味をもたれた。なぜ?)
その答えはその後の会話から推察できる。
(色恋事を聞かれたときはただの興味本位と思ったけれど違うんだ。それこそ彼女には重要だった。そして、私のだした答えに満足し褒美を出した)
ここまできて違和感はないとレイスティアは頷く。
(つまりエレンツィア様の狙いはフレアちゃんである一方で目的は”フレアちゃん”じゃなかった。怯えているのはきっと……)
そこまで答えが出るとレイスティアはエレンツィアのケースの中身を見せた会話を思い出しヒントにたどり着く。こうなるとエレンツィアはほとんど答えに近いこと言っていたことに気がつく。
レイスティアはフレアに向き合うと手を重ね呼びかける。
「フレアちゃん、大丈夫。何があっても守るから怖がらないで」
「あ、あぅ……」
フレアが怯えきっていて何かを言おうとしているようだがまるで聞き取れない。だた縋るように弱々しく手を握り返す。
それをじっと観察して待っているエレンツィア。レイスティアがいろいろ声をかけるも反応は薄い。レイスティアは無力感を覚えながらもう1人のフレアを頼った。
「お願い、私だけじゃ声が届かない。力を貸して下さい。マコト様」
レイスティアに名を呼ばれたマコトは意識が強く覚醒しはっとしたように我に返った。
「あれ、私はいままで何を?」
不思議そうにしながら周囲を見回し、そしてエレンツィアを見て首をひねった。
「はわっ、あなたは誰ですか。ここはどこ?」
「ほむ、そうきたか。なるほどな」
そう呟いたエレンツィアの表情はどこか寂しげであったのをレイスティアは見逃さなかった。
「改めて言おう。私はエレンツィア・M・ユリエル。神聖オラクル帝国の皇后である」
「はっ、ええぇーーーー!!」
気がついたら帝国の皇后と相対していたのだからフレアもさすがに驚いた。
「ちょっとティアちゃん、これってどういうことですか」
「あはは……、説明します」
――――――
――――
――
「なるほど、ということは私は帝国の皇后にとんでもない失礼を働いたという訳ですか」
「――申し訳ございませんでした」
土下座しかねない勢いで謝罪するフレアにエレンツィアは手で制してやめさせる。
「構わない。面をあげよ」
「お許し頂きましてありがとうございます」
「もう良い。いま私の胸中は複雑な思いにある。察しろとは言わないが普通に接するように」
「はあ、わかりました」
許しを得たことでフレアは頭を上げた。そして、ケースに視線を向けるとレイスティアに確認する。
「それでここから神具を選び取れと?」
「はい。そういうことです」
「それにしても未来を失うとは物騒ですね」
「ええ、できれば神具をつかみ取りたいところです。ですが2人でなら正解をつかみ取れる。エレンツィア様はそのようなヒントを下さいました」
「なるほど……」
フレアは思案する。
(見る者の未来を見通す瞳術ですか。エレンツィア様はもしかしたらティアちゃんの未来を見たのかもしれません)
そして、それは恐らくあまりよくない未来だったのではと予想する。嫌な想像がよぎりフレアはかぶりを振る。
(神龍眼の『鑑定スキル』ならば一発なのですが、あれは知の女神ミルのもたらした能力の可能性が高い。使ったら思うつぼですよねえ)
鑑定結果にミルの注釈が入り込んでいる辺り間違いないとフレアは確信している。鑑定スキルはいかにも知の女神らしい能力だ。
敵対するミルの干渉を防ぐため封印の魔導具を開発して腕にはめている。だが自ら引き込んでは封印の魔導具も意味をなさない。急造の魔導具はスキルを見逃し干渉だけを遮断するといった柔軟さには欠けていた。
「ならば千里眼ですかね」
フレアは見えないものすら視覚で捕らえる千里眼のスキルを持つ。これならば何か分かるかもしれないと使ってみると見事本物の神具のありかを探し当てる。
「ほむ。なるほど……そう来ましたか。答えが分かりました」
「フレアちゃん、本当ですか?」
「ええ、間違いないでしょう。これは勘に頼っては絶対正解にたどり着けない賭け事でしたね」
「どういうことですか?」
「いかにもと並べられた5組のアクセサリー。その全てがフェイクだからですよ」
「ええーーーーっ!?」
驚くレイスティアとばれたかと苦笑するエレンツィア。フレアは確信してケースの台座部分を取り外す。すると中から神々しいまでの光を放つ1組の指輪があらわれた。
「おめでとう。これは2人が力を合わせた未来でのみ正解にたどり着けるものであった。準公爵、よく私のヒントに気がついた」
「……指輪」
レイスティアが思いも寄らないプレゼントに呆然となる。
「2人で1つずつ持つがいい。私から2人へのお祝いだよ。それは絆と縁を結ぶ神の力が宿る神具だ。その指輪は死に別れても大切な人と引き合わせるという伝説がある。今は意味をなさないがいずれ大きな役割を果たすこともあろう」
「死んではもう会えませんよ」
「ふふっ。所詮は伝説だよ。真に受けるな」
レイスティアの場合は笑い事ではない。呪いの進行はかなり危険な域に達しているのだ。フレアが思わず怒気を強める。
対してエレンツィアは涼しい顔で付け加えた。
「来世で再び巡り会えるのかもな。なかなかロマンがあって良いじゃないか。生まれ変わっても変わらぬ愛を私は美しいと思うぞ」
ちょうどそこで部屋がぴたりと動きを止める。ようやくフレアとレイスティアはここが馬車の中だったことを思い出した。
「止まったか。大分城に近づいたらしいな。とても有意義な時間であった。また会おう」
こうしてフレアたちと因縁深い苛烈な関係となるエレンツィアとの出会いは意外なことにも穏やかに過ぎていったのである。




