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第97話 魔技研編 『魔技研の罪とフレアの功績』

 漆黒の金属に覆われ現代の新幹線を思わせる移動魔工房はガランを飛び立った。重力制御による軽やかな浮上と魔法で光り輝く線路を空に延ばし、魔法の線路の上を力強く疾走する。見た目にも改良が進んだ結果、先頭車輌は大気を切り裂くような鋭いくちばし型の形状。加えてあらゆる障害物も砕きながらはじき飛ばす攻撃的な装甲がなんとも威圧的だ。主砲の魔装砲や魔装銃、対地及び対空魔導砲もふだんは装甲裏の亜空間に収納され、戦闘時には装甲が開き、中から展開される仕組みとなっている。


 これを見たシルヴィアは移動要塞だと危機感を抱き、ティアナクランは見るたびに凶悪になっていく移動魔工房にめまいを起こした。そもそもにしていまだに工房と呼称するのにはあまりにも語弊がある。

 現在も馬車がメジャーな移動手段である王国でこの乗り物は異常だ。文明レベルを一足飛びで何段も跳ばして駆け上がったかのような超技術の塊。当初の馬車の延長線上で説明された乗り物の面影は全くない。

 現在、フレアたちGクラスの生徒とマルクスら選抜された魔導騎士並びに魔法使いの候補生を乗せて王都に向け移動していた。

 

「うう~~ん、いい風ですわね」


 シルヴィアは移動魔工房の車輌の上に立ち、肌に当たる風を感じて体を解きほぐす。成長著しい体は肉感的かつ扇情的で艶めかしい。そして立ち姿はどの場面を切り取っても絵となり神秘を印象づける。

 窓からは身を乗り出して多くの騎士候補生が注目しシルヴィアの美に憧れた。その心を射止めんとマルクスを含む男の騎士候補生らはこぞって意欲を見せ、互いに牽制し合う。しかし、はじける大きな胸に『おおーーっ』と興奮する彼らは女性陣から冷めた視線が突き刺さり、大事な何かを失っていく。

 

 竜人は空にあることに誇りを抱く。車上からうかがう空は安心感を与えるのだろう。シルヴィアが男たちのゲスな視線を気にした様子もなくリラックスしきった顔で流れゆく景色を眺める。

 広がる広大な緑の大地に真っ白な雲。差し込む日の光にシルヴィアの髪は青空より透き通り映える。

 そんなシルヴィアに申し訳なさそうなフレアの声が響く。


『シルヴィア様、車輌の中に入って下さい。危ないですよ。間もなく超高速推進飛行に突入します。ほんと危ないので中に避難して下さい』


 拡声器を通して先頭車輌にいるフレアがシルヴィアに警告する。それでもシルヴィアは全く動く気配はない。


「焦らないでくださいな。私は竜人ですのよ。超高速推進飛行がどれほどのスピードなのか知りませんが空の覇者たる竜人が振り落とされるものですか」


 余裕を見せつけ動こうとしないシルヴィアを心配してシャルが車輌の上に登ってくる。シャルは超高速推進飛行の被害者2号(ちなみに1号はリリアーヌ)としてその恐ろしさをよく知る人物だ。実感を込めて強めに注意する。


「シルヴィア様、お言葉ですが超高速推進飛行は本当に危ないんです。早く中に入って下さい。泣きを見ることになります」

「くどい。竜人の風圧耐性は伊達ではありません。むしろそれほどの速度から見える景色です。とても素晴らしい眺めとなるでしょう」


 ついにフレアは強行に出る決断をする。


『仕方ありません。シャルさんは戻って下さい。5秒後に超高速推進飛行に突入します』

「ちょ、5秒とかありえないでしょ。わたしが避難するまで待ちなさいよーー」


 シャルが泡を食って車輌内に戻っていく。5秒しか(ゆう)()がないこともあってシャルはもう必死だ。もはやシルヴィアを案ずる余裕すら持ち得ない。

 先頭車輌ではマイクのスイッチを切り忘れたのかやりとりが聞こえてくる。


『フレアっち、まずいって。ちゃんとシルヴィア様を避難させないと』

『はいはい、そうですね。――ぽちっと』

『きゃああ、フレアっちほんとに起動しちゃったーー。どうして押したのおっ』

『いやあ、フリだと思って』

『そんなわけないじゃない。シルヴィア様、命がけで何かに掴まって下さい。もう止まれませーーん』


 何やら楽しいやりとりが聞こえるのでシルヴィアは笑っていた。


「楽しいそうね。こんなに大きな乗り物です。たいした速度はでないでしょうに」


 シルヴィアは知らない。かつてリリアーヌやシャルがマジ泣きすることになった超高速推進飛行。この恐ろしさは実際に体験しないと分からないだろう。

 移動魔工房の車輌の巨大な推進器が両側面装甲奥から顔を出すと凄まじい勢いで風と熱量が吐き出され突然の加速を開始する。それも爆発的な加速だ。

 

 この推進機構は現代のターボジェット・エンジンを参考にしており、火属性魔法の燃焼排気の噴出による反動、風の魔法制御とタービンよる空気圧縮によっておそるべき加速を可能としている。

 更に無極性魔法による位置エネルギーと運動エネルギーを演算し書き換えも同時に行っているのでその加速は凶悪度を増している。これは竜人のシルヴィアとて未知の飛行速度なのである。


「えっ、ちょ、ちょちょ、ちょおっとおおおおーーーー」


 あっという間にシルヴィアは立っていられなくなり車輌にしがみつく。一定の速度になると爆発的な音が響き何かと衝突したような衝撃が広がっていく。これは車輌が音速を超え、大気とぶつかった音だ。音速を超えて飛ぶなど翼で風をとらえて飛ぶ竜種でも希有である。そして、この超高速推進飛行は音速をはるかにぶっちぎって加速が衰えない。シルヴィアの認識は甘かったのだ。フレアの発明はいろんな意味でぶっ飛んでいる。シルヴィアはようやく身をもって知ることになった。


「ありえないでしょおおおおおーーーー」


 シルヴィアの叫びは空の彼方へかき消えて無情にも王都に向けて駆け抜け続けた。当然お分かりのことだと思うがシルヴィアは空の景色を楽しむなど超高速推進飛行の中にあってあり得なかったのである。

 ただひたすら走馬灯を眺め続ける結果になった。



 

 フレアたちは現在、召喚状に応じて王都の裁判に出廷するため移動魔工房に乗って旅路を急いでいた。なぜ急ぐかといえば本来王都に辿りつくには馬車を用いても10日以上はかかる道のりを最短でたどり着くためだ。

 魔技研も10日以上はかかるだろうと準備をしているはずだ。あり得ない足の速さで応じることで相手の出鼻を(くじ)き、満足な準備をさせない狙いがある。


「し、死ぬかと思いましたわ」


 王都が近づき超高速推進飛行が終わると現在はほぼ慣性飛行状態である。徐々に通常速度へと減速している状態だ。

 ようやく降りられるようになったシルヴィアは疲れ切った顔で先頭車輌にやってくる。フレアはシルヴィアを振り返り聞いてみた。


「シルヴィア様、いかがでしたか。空は竜人にとってお友達のようですしとても良い景色を楽しめたと思いますが」


 それはもう皮肉たっぷりのフレアの言葉にこの場にいる皆が目をむいた。


「「「(ドSだ!!)」」」


 このときばかりは皆が心を1つにしてそう思った。

 重苦しい空気となったが運転席の正面に見える窓からの景色はそんな空気をいっぺんに塗り替える。


「もう王都が見えてきましたよ。空から王都を眺めるというのもなかなか経験できることではないですし楽しんで下さいね」


 フレアの言うとおり総構えの城壁に囲まれた広大な王都は息をしていることも忘れるほどに壮観な眺めである。

 多くの建物が建ち並び、計画的に整備された王都の美しさは雄大な木々が生い茂る自然とはまた違った美しさがある。シルヴィアも先ほどまでの怒りも疲れも忘れ窓から見える景色に魅入っていた。


「空からみると不思議ですね。以前の王都襲撃ではゆっくり見る時間がありませんでしたけどあそこには何十万という人が生活しているのよね」


 ティアナクランが窓に手を当てて感慨深く王都の町並みを見下ろす。空からでは小さいがそこに確かな人の営みがある。かけがえのない守るべき民を眺め王女の顔が自然にあらわれた。

 そんなティアナクランに水を差すようで申し訳ない様子だがリリアーヌが大変なことに気がつき声をかける。


「大変!! 王女様。移動魔工房が空を飛んでこんなに接近して良いの? パニックにならない?」

「「「あっ?」」」


 フレアたちはうっかりがよく伝わってくる声をあげて固まってしまう。ぎこちない様子でティアナクランがフレアに確認する。


「フローレア、あなた王都に話を通したかしら?」

「いいえ。ティ、ティアナこそ通してなかったのですか?」


 違うとティアナクランは冷やせ混じりに首を振る。2人は目が合うと現実逃避するように笑ってごまかした。

 

「「…………てへっ♪」」


 しかし笑ってすまされないことに気がつくと途端に慌て出す。しっちゃかめっちゃかに車輌内をうろちょろ走り回ってどうするか考えるも妙案が浮かばない。


「はわあーー、どうしよう。根回ししてません!!」

「これはまずいわよ、フローレア。以前暴走した竜人王子による戦闘へ私たちが介入した時、王都の民は移動魔工房の魔装砲の威力を見ています。ドラゴンとワイバーンの集団を一撃で蒸発させたのです。王都駐在の兵も今頃大慌てのはず」


 リリアーヌが近くの門から大挙して飛び出す王国兵を見て指差した。


「……もう手遅れかも。王女様。諦めて彼らを説得して。王女様じゃないと殺気だって多分聞いてもらえない」


 地上を馬を駆って突き進む騎士たちは強大な力を持つ移動魔工房と知りつつも悲壮な決意と殺意をみなぎらせて向かってきていた。

 ティアナクランはそれはもうほおが痙攣し重苦しいため息をこぼす羽目になった。ティアナクランも大分フレアの破天荒に影響されてしまっているようだ。異常な事態に慣れてそれが当たり前になるという障害があらわれている。そのことに気がついた王女はそれはもう情けない思いに囚われたのだ。





 すぐにティアナクランが対応し事なきを得たが王都へ入る手続きには手間取ってしまった。それでもどうにかフレアたちはその日のうちに王都に入ることがかなう。

 生徒たちは班ごとに王都観光が許可され、それに喜び浮かれているパティが第一声叫んだ。

 

「王都だーーーーっ!!」

「やめなさい!!」


 突然叫ぶものだから王都の人々は何事だとして視線が集まった。

 田舎者丸出しのパティにアリアが委員長として恥ずかしさを堪えて注意するしかない。これでアリアもパティの同類と認識されてしまったのである。とんだ誘爆だ。


「お騒がせしてすみません」

「申し訳ない」


 セリーヌとカズハはアリアが気の毒で仕方ないと周囲に謝り衆目を散らしていく。


「ありがとうございますわ。お2人の気遣いが目に染みます」

「気にするな。数少ない良識派同士で助け合わねば心が折れてしまうだろう」

「全くですね。このクラスを王都に解き放つなど猛獣を放つのと同じことですよお。殿下もフレアさんも認識が甘いですよねえ」


 クラスの苦労人3人衆がそろってため息を吐く。


「パティさんはアリアさんに任せました。私はロザリーさんを監視します」

「拙者は年少の面倒を見よう。ミュリ殿の不運がここで爆発しないとも限らないでござる」

「他にもユーナさん、サリィさんはちょっと怪しい気がしますが協力してくれるそうです。皆で何事もなく明日の朝日を見られるよう全力を尽くしましょう」


 アリアが悲壮な覚悟で言うと2人も重々しく頷いた。大げさに言っているようだが3人ともが大真面目だ。

 例えば、ミュリは運の悪さが飛び抜けている。うっかり転ぶと馬車がそれを避けようと転倒し、馬車に突っ込まれた火を扱う露店が魔導具を暴走させて大爆発。近くの建物が崩壊し、不思議なことにドミノ倒しで一帯の建物が壊滅してしまう。そんな馬鹿げた状況をミュリはやってのける。引き起こす被害は猛獣の比ではない。セリーヌの言ったたとえは決して大げさではないのだ。

 Gクラスの生徒にはそういう危険な問題児がゴロゴロいる。王都の平和は彼女たちの奮闘に託されたと言っても過言ではなかった。

 

「何かあれば魔法通信で連絡を。シャル殿とニャム殿にソル殿も各々で問題児を見てくれる手はずでござる。ナターシャ殿は”彼女”の監視に専念してもらうべきでござろう」

 

 手短に確認し、散っていった問題児たちを追って3人は別れていった。それらを眺めていたフレアが軍事作戦でもするかのような会話に首をひねった。


「アリアさんたちはどうして慌てていたのでしょうか。たかだか学生の観光ですよ」

「フレアちゃん、そう言いながらかなりの護衛を皆につけてますよね」


 レイスティアの指摘にフレアがにこっと笑う。


「魔技研がばかなことをしないとも限りませんからね」


 レイスティアが感知しただけでも300人以上の人員が動いている。1人当たり10人護衛体制という過保護ぶりには乾いた笑いを禁じ得ない。

 

「あはは、……そうですか。そういえばティアナ姉さんはどこに?」

「ティアナは王城に向かいましたよ。何でも急に国賓級の人物がやってくるとかで慌ててましたね」

「ああ、それで急いでいたのですね。ですが国賓ならばフレアちゃんが(きょう)(おう)(やく)として呼ばれてもおかしくないはずですが」


 それほどにフレアの料理人としての名声が高まっている。国賓をもてなすために厨房に入って欲しいとビスラードから依頼が来てもおかしくなかったはずである。


「それがむしろティアナに今日は王城に近づくなと厳命されましたよ。私がいては都合の悪い国賓のようです。逆に興味がわきますが」

「一応釘を刺させてもらいますね。フリではないと思います」

「えっ!?」


 心底驚いているフレアの反応にレイスティアはやっぱりという思いにかられた。釘を刺したレイスティアが正解だ。


「駄目ですよ。姉さんが意味もなく止めるはずがないですから。言うとおりにした方がいいです」

「……そうですね」


 レイスティアにちょっときつめに注意されただけでフレアは意気消沈。大人しく頷いた。

 そこでレイスティアは周囲を見回すと顔見知りが1人もいなくなっていることに気がつく。

 

「あれ、誰もいないのですね」

「シルヴィア様も陛下に挨拶へ行きました。リリーは2人の護衛につけましたよ」

「じゃあ、フレアちゃんの護衛はどうするのですか?」

「それは、えっと……、ティアちゃんが守ってくれますよね?」


 フレアの照れたような仕草にレイスティアはほおを赤らめながらも嬉しそうに手を差し伸べる。


「はい、全力で守ります」

「お願いしますね」


 フレアが手をとり2人は仲睦まじく歩き出した。

 相変わらず王都は賑やかである。これが戦時中とは思えないほど多様性に富んだ見世物と商店が並び大量の物が行き交う。

 特に難民の特区がもたらす種類豊富な農作物と畜産が食糧の安定供給を可能としている。戦時中にもかかわらず物価が安定していることがこの活気を支えていた。食べ物が安定して食べられ飢える心配がなければ取りあえずお金は循環する。

 それが巡り巡って様々な産業を下支えし、国の防衛力を底上げしてきた。

 

 難民を受け入れ特区をつくり、食糧の自給率を高め、国を富ませ国力を上げる。この功労者がフレアであることをレイスティアは知っている。なにやら誇らしくなり自然とレイスティアの足は軽やかになっている。


「そういえば魔導具を取り扱う店が目立ちますね。昔はそれほどでもなかったのですが……」

「それは魔技研の力が弱まっている影響でしょう」

「どういうことですか?」

「魔導具は魔技研が取り仕切っています。独自に個人が開発しても魔技研の技術を盗んだと脅して馬鹿げた特許税を巻き上げていたのです。そのため値段が跳ね上がり庶民には手が出なくなって廃業に追い込まれました。取り扱う店も魔技研の息がかかった商会しかあり得なかったのです」

「魔技研はそんなことまで……。まるでマフィアですね」

「国家権力がある分もっとたちが悪いですよ」


 それが今や魔導式の武器屋、防具屋だけでなくアクセサリーや魔法薬、日用品の魔導具まで出回っている。

 自動でお掃除してくれる(たけ)(ぼうき)や、便利グッズを思わせる圧縮袋など活発な新規産業が生まれつつある。

 物珍しい道具を手に取って買い求めるのは王都の人だけではない。行商人もこれは地方でも売れる、と目をつけて買い求めるのだ。


「――だから王族の後ろ盾があるグローランス商会が保証となって個人の店を守ることにしたのですよ」


 昔レイスティアが王都を見たときよりもはるかに人に笑顔があふれている。これを眺めるとレイスティアは決意を新たにする。


「この流れを逆行させてはいけませんよね」

「ええ、そのためにも魔技研は1度壊す必要があるのです」


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