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第96話 魔技研編 『技術は誰のために』

 不機嫌な靴音が廊下に響く。カツカツ、カツカツと上質な革靴が音を立てている。(せい)(ひつ)な廊下によく響きこの施設で働く技術者はこちらに来ないようにと祈るような気持ちで息をひそめてやり過ごす。魔技研で絶対の権威者が研究室に近づいていた。その靴音の主は魔技研所長のジャッカスである。職員たちにとって徐々に大きくなる靴音は理不尽と恐怖の来訪を告げる音だ。音がここに向かってくると理解すれば途端に全員が出迎えの準備に動き出す。

 

 研究室の目立つ壁にはジャッカスの肖像が飾られており、その功績を褒め称える言葉がでかでかと掲げられている。どこの独裁者だ、と言いたくなる有様。ジャッカスは自己顕示欲が強い。地位を守るためには出る杭を打つ。他人を数多く蹴落とし不幸を量産し今の地位にいる。彼に向けられる恨みもきっと山のようであろう。厚顔なジャッカスは隣の部下に視線を向けた。


「設計図を手に入れたというのになぜいまだに一つも魔導具が完成しないのだ」 


 金魚のふんのごとくこびへつらい従う部下を連れてジャッカスは高圧的に迫った。

 手をすりあわせ冷や汗だらけの部下は低い姿勢で言い訳する。


『ええ~~それがグローランスの製品は驚くべき高い技術によって作られていまして難航しております』

「もっと具体的に言え。何が壁となっている?」

『えっと、何だったかな?』

『何だっけ?』

『ああ、ジョージ室長が何か言っていたような……』

 

 部下が部下に確認し、その部下はまた更に部下に確認していく。ここにいる者たちは技術の腕でのし上がったのではない。優秀な部下の手柄を奪い、他人をおとしめて昇り詰めたものばかりである。役職に中身が余りにも釣り合っていない。技術的な話になると答えに窮するこの無能ぶりだ。これではお話にならない。しかし無駄に伝統ある大きな組織にはよくありがちな話である。


「このぉ、カスどもがっ!!」


 雷鳴のごとき怒声が廊下に鳴り響いていく。ジャッカスの一喝が廊下を駆け抜けて魔技研本部を震え上がらせた。答えられない部下に苛立ち、話にならんとこうしてジャッカス自ら現場に出向かなければならない事態となっている。

 元はといえば魔技研をここまで腐らせる風潮を築いたのはジャッカスだ。それを棚に上げての叱責は救い難い。魔技研はもはや末期の組織なのだ。


「ジャッカス所長に敬礼」


 研究室にたどり着くと室長のジョージが職員とともに出迎える。皆緊張した面持ちで整列し出迎えた。

 ジャッカスは高圧的な口調でジョージに早速質問する。


「室長、まだグローランスの商品が何一つ複製できていないとはどういうことか?」

「申し訳ありません」

「詫びよりも何が問題なのだ。危ない橋を渡ってまで司法を動かし、グローランス商会から設計図を押収したのだ。王国最高の技術者が集まる魔技研だぞ。なぜこのようなことになっている」

「問題は3つ。魔導具の心臓部とも言える魔導回路。その魔導術式を魔法金属へ刻み込むのに圧縮術式が使われているであろうことです」


 思いがけない内容に誰もが息を飲む。それは術式情報の圧縮により回路のコンパクト化を可能とする超古代文明で使われていた技術である。今の人類には再現不可能なはずの技術なのだ。

 高官らは『あり得ない』と口々にさえずり、ジョージに『でたらめをいうな』と非難の声を上げた。彼らはジョージが力不足をごまかす言い訳に圧縮術式を持ち出したのだとかたく信じていた。

 だがさすがにジャッカスは頭ごなしに否定しない。残念ながら高官らに中にジョージに勝る技術者はいないとジャッカスがよく知っているからだ。


「それは本当か?」

「間違いありません。設計図に記された魔導術式が複雑で膨大にもかかわらず小さな回路におさめてあるのです。それ以外に考えられないでしょう」

「あと2つの問題はどういったものだ」

「次は更に信じられないことなのですが術式言語が超古代語で行われているのです」

「なんだとっ!!」


 あまりにも難解でいまだにどの国も解明できていない超古代語。それを術式に使っているということはフレアが超古代語を理解していることに他ならない。


「信じられん。いや、だからこその圧縮術式なのか」

「恐らくは」


 ジャッカスは理解しているようだが付き従う高官たちはまるで分かっていないようだった。この事実がもたらす意味に気がつかない彼らの無能ぶりを嘆きつつもジャッカスは語る。


「フローレア・グローランス。神童とは聞いていたがここまでとはな。超古代語を解明できていたのか。だとすれば超古代文明遺跡の技術を盗み放題だ。グローランス商会の技術の高さにも説明がつく」


 フレアは前世で現代の記憶を持っている。そして超古代語がなぜか日本語だったために理解出来たことだ。彼らはそれを知るよしもないが超古代語を理解する意味は大きい。ようやく聞いていた者たちはことの重大さを理解する。


「フローレアの価値を見誤っていたな。このことが他国に知られればフローレアの所有権を巡る戦争が起こるぞ。このこと(かん)(こう)(れい)を敷かねばなるまい」

「私もそう考えます。――というか上にはそのことも報告していたはずですが」


 ジョージは責めるような視線でジャッカスに従うだけの無能たちを()()ける。彼らはばつが悪そうに目をそらし、ジャッカスは『カスどもが』と呟いた。


「超古代語ゆえに術式の解明と昇華は現段階で不可能と断言します。手を加えるためにはフローレア・グローランスを手に入れなければなりません」

「仕方ない。裁判が終わるまでは術式の流用、複製で対応するしかあるまい」

「幸い、術式を刻み込む魔導具は押収してあるようです。それは可能でしょう」

「ならば付加価値は金と資源、材料、人で補うしかないな。魔技研の国家機関としての強みを最大限に使え」

「利益度外視の高コストになるでしょう」

「裁判に勝てればどうとでもなる。まずは間に合わせることだ」

「はっ」


 そこでジャッカスは思い出す。


「そういえばもう1つ問題があるということだが?」

「それは金属の鋳造、成形技術です。これもコスト度外視のお許しが頂けたのでどうにかなるかと」

「ではもう問題ないな」

「はっ」


 ジャッカスはきびすをかえして去って行く。それを頭を下げて見送る職員たち。恐怖と傲慢の象徴が過ぎ去ったのを確認すると彼らは安どの息を吐き持ち場に戻る。雰囲気は弛緩し、グローランスの技術について話題がのぼる。


『それにしてもグローランスの技術はすごいなあ。この術式なんてもう別次元だよ』


 とある職員は目を輝かせて設計図と押収した製品を分解した部品を眺める。精密で規格を統一した形は大量生産と安定した品質をもたらすことだろうと呻らざるを得ない。それを部品から読み取れるほどにここには本物の技術者がそろっている。


『魔技研に潰されることがなかったらグローランスに転職してたかも』

『だな。やりがいがある仕事だっただろうな』


 職員たちの間ではグローランスが潰されることは確定事項のように語られる。実際それだけの窮地に立たされているように彼らにはうつるのだ。魔技研の権威と力は一商会ごときでは対抗できるものではない。

 職員の中にはガランに赴いた者もいる。その職員はガランの商品展示会での驚きを思い出し語る。


『惜しいな。グローランス商会の製品は人を幸せにするために作られている。それが手に取ってみても伝わってくる。しかし世の中最後に笑うのはいつも汚い手を平気で使う奴らだ。これが現実か……。将来に希望を持てないなんて嫌な世の中だよ』


 魔技研では腕が確かでものし上がることはできない。現場の職員はずっと下っ端でこき使われるしかないのだ。そんな未来のない彼らからはグローランスへの同情が次々あがっている。


「人を幸せにする技術か……」


 ジョージもグローランスの技術に衝撃を受けた1人だ。若手の職員たちの気持ちも分かるので本来であれば聞き逃せないせりふも黙認する。

 素晴らしい技術。今間違いなく人々の役に立っているのはグローランス商会の技術と道具だ。それを潰す手助けをしていることにジョージは天を仰ぐ。

 技術者としての魂が訴えるのだ。本当にこれでいいのかと。


「俺は一体何をやってるんだ。……俺は何がしたかったんだ……」


 友を蹴落としてまで所長に上り詰めたがなかなかそれ以上上がることはない。ジョージの腕を警戒したジャッカスが室長に押し込めて昇進させないのである。

 ジョージもそのことに薄々気がつき魔技研にはほとほと嫌気がさしている。


(ここで動かなければ俺は本当の意味であいつに顔向けできなくなる)

 

 ぎゅっと拳を握りしめてジョージは歩き出す。


『室長。どこに?』

「用事を思い出した。すぐに戻る」


 ジョージはとある決意を抱き動き出した。技術者としての信念を貫くために。

 出て行くジョージを部下の職員たちが止める。


『室長。水くさいじゃないですか。その顔、何考えてるか丸わかりですよ』

『そうそう、俺たちも協力させて下さい』


 すがすがしい顔たちがジョージの前に並んでいる。彼らにも決意と覚悟が見て取れた。それを見たジョージがはっとする。ここには本物の技術者が、人の役に立つ物を作りたいと願う思いがこんなにもあるのだと。


「おまえら……」

『今の魔技研は技術者の理念も信念もなく魂がありません。だったら私たちにもこの国のためになることをさせてほしいんです』


 若い技術者たちの思いにジョージは胸が熱くなる。


(魔技研もまだ捨てたものじゃないよな)


 ずっと忘れていた昔の情熱を思い出しジョージは力強く頷く。


「わかった。今回の企てはバックに南の公爵家、貴族が絡んでいる。本来であれば勝ち目はない。だが勝機はある。それはグローランスのバックが王族だということだ。短期的な訴えは意味がない。もみ消されるか再び似たようなことが繰り返されるだけだ。ならばここはあえて勝てない裁判で勝って確実に潰すしかない」


 若い職員たちはジョージの話を真剣に聞き入った。フレアの人を幸せのする技術が本物の技術者たちの心を動かした瞬間だった。技術者の良心と誇りが意地を見せようと動き出していた。




 不愉快な知らせはフレアがレイスティアの呪いを研究していた中で届けられる。ろくな睡眠も取っていないのでフレアは疲れた様子でもたらされた手紙に目を通した。

 

「ほむ……」


 フレアは憲兵から届けられた召喚状の内容を読み終わり目を閉じる。難しい顔をしており椅子に座り黙って思案している様子から工房内に息苦しさが広がる。

 ティアナクランとリリアーヌも読ませてもらったがティアナクランはとんでもない話だと不快感を隠せない。


「グローランス商会の技術が魔技研から盗んだ物ですって……。ありえません。司法もこのような言いがかりを許すとは度しがたいですね」


 フレアの技術と知識は本物だ。それをティアナクランは嫌というほど知っている。このような頭のネジがぶっ飛んだ発明をフレア以外に誰が作り出せるのかと割とひどい根拠でフレアの無実を信じている。


「まあ、フレアっちの可愛い物好きのセンスをとっても魔技研ではあり得ないよね」


 リリアーヌの話にティアナクランは大いに頷いた。


「ええ、フローレアの美術センスは神がかって素晴らしいですね。魔技研にこのようなものは作れないと断言できます」

「いや、まあそうなんだけど……(そりゃあ格式ある魔技研の技術者がフレアっちのような少女趣味な道具を作るなんてありえなっしょ)」


 2人の意見は一致を見ているようで大きな食い違いを見せている。大人なリリアーヌはその指摘をぐっと堪えて首肯するフリをする。

 それを聞いていたシルヴィアが気遣いを台無しにする。


「リリアーヌ様、正直に言うべきですわ。フローレア様のセンスは悪趣味だと」

「ちょ、シルヴィア様。ほんとのこといっちゃ駄目ーー」


 リリアーヌもどさくさで結構ひどいことを言う。

 聞き捨てならないティアナクランはシルヴィアとプリンセス同士、割りとどうでも良いことで対立する。視線で火花を散らす両者にリリアーヌがあたふたしていると天然マイペースのレイスティアがフレアに空気を読まずにたずねる。


「フレアちゃんそんなに厳しい状況なの? 困っているのならアルフォンス公爵家と北方貴族連合が力になりますよ」


 そこで意識を現実に引き戻したフレアがそうではないと説明した。


「いえ、召喚状の根拠となる魔技研の設計図と製品なんですけどね。これ偽物なんです」

「「「はい?」」」


 どうしてそんなことが言えるのかと問えばフレアから驚愕の言葉が次々とびだしてくるのだ。

 

「魔技研が南の貴族連合に働きかけ王都のグローランス商会を強制捜査、設計図を押収。それを憲兵から横流してもらって製品を作り上げ厚かましくも自分たちの技術だと主張することは分かっていたのです」

「「「はっ?」」」

「ですので押収された設計図は偽物とすり替えてあります。そのまま設計図通りに作るとすぐに壊れる欠陥品のできあがりです。そんな物で本物を主張するなんてちゃんちゃらおかしいですよね~~」


 徐々にフレアのいっていることを理解して、同時にそれ以上の疑問が湧き上がる。ティアナクランはフレアに慌てて問いただした。


「ま、待ちなさい。でしたら先ほどはどうしてあのような不機嫌な表情だったのですか?」

「えっ、だって設計図を手にいれておきながら製品が完成するまで一ヶ月もかかっているのですよ。魔技研の技術力の低さに泣きたくなってきまして」

「えっ、そんな理由だったの!?」


 リリアーヌはおもいっきり心配してしまった気持ちを返して、といいたい。


「ということは強制捜査も設計図を押収させたのもわざとですの?」

 

 ティアナクランの疑問にフレアはすがすがしいまでの笑顔で凶悪な陰謀を明かした。


「それはもう魔技研を完全に潰すためです。いらないでしょう。この程度の技術しかない国を腐らせるだけの機関なんて。税金の無駄ですって」


 それはもう可愛らしい姿からは想像もできないおっそろしいせりふがフレアの口からとびだした。ティアナクランはとんでもないとフレアに自制を促す。もし魔技研が潰れれば王国の混乱は免れない。王族だって責任追求は免れないのだ。


「あ、心配はいりませんよ。王族にほとんど迷惑はかけません。南の貴族に全て責任をなすりつける準備は整っています」

「ほとんど?」


 ティアナクランはフレアの言葉を全く信用していない。こういうときのフレアは全く当てにならないと経験上嫌というほど学んできた。

 王女の不信感いっぱいの視線を無視してフレアは実にいい笑顔で言い切った。

 

「安心して魔技研を潰しましょう」


 もはや決定事項として語られる魔技研潰し。ティアナクランは愕然がくぜんとして言葉を失った。

 ティアナクランは思う。なぜフレアが北方貴族連合からブリアントの悪魔と恐れられるのか。魔技研という巨大な組織すら謀略で壊滅させる少女はきっと悪魔にちがいない。


(これがブリアントの悪魔、いいえ、これはもう魔王よ)


 ティアナクランは知らない。フレアのターゲットは魔技研と南の貴族連合だけではない。司法機関にすら及ぶことになる。これによりフローレア・グローランスの力が王国中に知られることになるのだ。

 フレアが『ブリアントの悪魔』から『ブリアントの魔王』にクラスチェンジする日もそう遠くなさそうだ。


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