第9話 学園入学編 『候補生、ついに魔法少女になる』
「準子爵ギアンが行方不明ですか」
今は職員の姿もまだ少ない職員室。生徒にもかかわらず当たり前のいるルージュがフレアの隣で報告する。
「現在彼は例の事件の容疑者として部下に調べさせているわ」
それはパティの実家が無魔に襲われた事件のことである。
「学内の魔法少女候補生周辺の警戒も一層強化してください」
「わかっているわ」
「同時に生徒の家族にも人を回しましょう。北方領域内ではじじ様にお願いして軍を回してもらいます」
「ではそれ以外は渡り商人が受け持つわ」
そこでフレアは怒りをにじませる。
「ふ、ふふふ、私の魔法少女に手を出そうなんてどこの馬鹿か知りませんが必ずみつけて滅ぼしてやります」
人間に無魔の力を与え、脅迫を手助けした協力者がいる。それをフレアは許すつもりなどない。
「でも護衛にも限界があるわ。直接的なものは防ぐけど手紙などを介しての圧力を完全に防げる訳じゃないわ」
それは近頃、貴族出身の魔法少女候補生の様子がおかしいことを指摘していた。
「そうですね。そのことに関してはひとつ考えがあります」
フレアは金属製の頑強なケースを持ちだしてルージュに見せる。
「ああ、ついにやってしまうのね」
「ええ、やっちゃいます」
2人して意味ありげに笑い合う様子をリリアーヌは黙って見守った。
(この2人、放っておくと何するかわかんない。誰か止めて。私には無理!)
今日も常識人のリリアーヌはフレアに振り回されて辛労を重ねていた。
――いつものことである。
ここは新校舎の魔法演習施設。
広い金属の内装に覆われた特別な演習施設。それも魔法少女の出力にも耐えられるように設計された壁は遺跡の魔導技術がつかわれている。
表面には鉄壁の魔法結界を張り巡らせ、更に魔法を吸収する機能まである。これで周囲への被害も心配ない。
フレアが設計し建造されたこの施設は安全に魔法を試すことができる最高の環境であった。
クラスの面々をそこに集めてフレアが喜々として語った。
「さあ、皆さんが学園に入学して2か月余りが経ちました。そろそろだと思うのです。いえ、もう待てません。もうやっちゃいましょう」
整列する生徒たちはぐいぐい前のめりになるフレアの情熱に圧倒されっぱなしだ。まるで暴れ馬を落ち着かせるかのごとく補佐のリリアーヌが静止する。
「はいはい、フレアっち。落ち着いて。いろいろ飛ばしすぎてみんな置いていかれてるよ」
「はわっ、それはいけません。皆さんに嫌われてはお布団をかぶり1か月は引きこもってしまいます」
何人か打ち解けてきた生徒が2人のやりとりにくすくす笑ってしまう。
リリアーヌは知っている。フレアなら本当に寝込むかもしれないと。そのくらい魔法少女に特別な思いを抱いている。
「で、アタシもききたいのだけど今度は何を企んでいるの」
「企むなんてそんな、私を何だと思っているのですか?」
「片っ端から貴族をなぎ倒す悪魔?」
「失敬な、私はそんな野蛮なこと理由なしにしませんよ。魔法少女の障害となったときだけです」
「そんな理由で貴族と渡りあうことがどれだけすごいかフレアっちは自覚するべきだと思う」
特に平民の生徒がしきりにリリアーヌの意見にうなずく。
「私にとって魔法少女は至高。それ以上の理由など存在しません。私からすれば貴族とか平民とか身分差は些事ですし、男性だ女性だという差別は論外です」
きっぱりと言ってのけるフレアに一部女子生徒の間から尊敬のまなざしを向けられる。ここ最近ではフレアの一般生徒からの人気が右肩上がりだ。それを知っているリリアーヌは内心面白くない。
「フローレア教官、憧れます」
そう言われてはフレアもまんざらではない。ましてや魔法少女から言われてはほっこりした笑顔を見せる。
「フレアっち、顔がだらしなくなってる」
「リリー、どうして機嫌が悪いのですか」
フレアは心底分かっていない様子でリリアーヌはぷいっとあらぬ方を向く。
つれない様子にフレアは後で何かしらフォローしようと心に留め置く。今は授業中なのだ。
目の前の生徒たちに視線を巡らせると、そこでフレアは気がつく。貴族の魔法少女候補たちの表情がぎこちないことに。
特にアリアはあからさまに思い詰めているように思えた。それゆえにフレアは予定を前倒しにして用意してきたものがあった。
(これで少しは気が晴れるといいのですが)
「さあ、皆さんのお待ちかねの魔装宝玉です。これで魔法少女になりましょう」
フレアが持ってきたケースには大切に保管されている30個の意匠が施された宝石が輝いている。それを見た生徒たちは驚き見た。
「これって魔装宝玉じゃ……。しかも30個もあるじゃん?」
パティが身を乗り出すようにのぞき込んだ。
「えっ? 魔法少女の定員は20名ではありませんの?」
アリアが思わずそう口にするとフレアは言った。
「ええ、手違いで本年度は60個生産できちゃいました」
何気にとんでもない発言が飛び出し、生徒たちは一様にあ然とする。そんな様子をフレアは気にもとめず進行する。
「みんな魔法少女になれますよ。ティアナクラン王女には報告済みです。……そうちゃんと報告したのに。ぐすん」
フレアはばつが悪そうに目をそらし涙目になった。その理由をリリアーヌは知っている。王女に本当の魔装宝玉の生産数を報告した際フレアがこってりと叱られたのだ。
魔法少女に怒られたことでフレアはそれから2日は食事が喉をとおらなかった。
ちょうど5日前のこと、実は年に100個つくれることを白状したときの王女の反応は実に気の毒だった。頭痛の余り頭を抱えてふらふらと蹲ってしまった様子はリリアーヌの記憶に強く残っている。
アリアは王女のときと同様に頭を抱えていた。
「手違い、……手違いで3倍もつくれるものなのですか? ありえませんわよ。王国最高の技師たちが5年でやっと1個つくる魔装宝玉を、1年で60個? ありえませんわ」
(ほんとは100個造れるんだけどとても言える空気じゃないわね)
リリアーヌはフレアを責めるような視線で見つめる。
フレアはといえば気を取り直し、これから始まる魔法少女の変身に期待を胸一杯に膨らませ、今にも破裂してしまいそうな勢いだ。
「さあさあ、さあさあさあ。早速変身の練習を始めましょう。クラス全員それぞれに調整済みなので呼ばれたら受け取りに来てくださいね。いや、呼ぶ時間ももったいない。やっぱり私が配布して回ります」
待ちきれないフレアはケースを抱えて次々と生徒たちに渡して回る。
生徒たちは憧れの魔装宝玉を突然渡され驚く。しかし手にすると歓喜の声で受け取ったり、感涙し言葉を失う。
誰もが魔装宝玉を大事そうに手に持っている。貴族の生徒たちでさえこのときは喜びに表情が明るくなっている。
「これがあれば故郷を、家族を守れる」
「両親もこれで私を誇りに思ってもらえるわ」
フレアは満足そうに見守っているとリリアーヌに目配せした。リリアーヌは意図を汲んだ。
「はーーい、では早速変身の仕方を説明しますよ」
リリアーヌは首に下げられた自身の魔装宝玉に手を当てると。
「まずは魔装宝玉と契約を交わします。自身の真の名を唱え刻み込む。その際には自分が魔法少女になって何をしたいのか、願いを強く思い描くといいですよ」
早速試したパティから声が上がる。
「うわっ、頭の中に名前が浮かんできた。これって……」
「それがあなたの魔装宝玉の名前です。その名は魔法少女の相棒となる魔装宝玉の名前であり初回認証の鍵となります。その名と併せてこう唱えます。
『変身・魔装法衣』と。
以後は略式で魔装宝玉の名前は省いても変身できますので覚えておいてくださいね」
パティは言われたとおりにすると簡単に魔法少女に変身してしまった。赤と白が基調のフリルが多めな法衣。その可愛らしい衣装に周囲から歓声が上がった。
「さすが成績上位のパティさんですねえ。1度で成功させるとはすばらしい才能ですよ」
フレアは手をたたいて拍手する。そして他の生徒には優しく話す。
「きっと中には変身のコツを掴むまで苦労する人もいると思いますがそれは魔法少女の強さとは必ずしも一致しません。みんなで支え合って全員で卒業しましょう。大丈夫、ここにいるみんなには十分資質があります。それは保証しますので焦らず頑張りましょうね」
フレアとリリアーヌは生徒たちを回り魔法少女たちに変身の仕方を教えて回った。
今日は演習施設を貸し切って魔法少女の変身の授業に力を注いだ。だが時間が経つにつれて問題が表面化してくる。平民出身の生徒は次々と変身に成功する中で貴族出身の生徒はほとんど成功していなかった。
さすがに周囲の生徒たちはおかしいと感じ始めていた。
「どういうこと? どうして貴族出身の子は変身できないのかしら」
女子が1人心配げにいった。それは嘲るものではない。純粋に心配してのことだった。貴族の子の中には悔しくて泣き出す子もちらほらといる。
ここでようやくフレアは確信する。
(やはり貴族の生徒たちに何かあったようですね)
フレアは貴族の生徒たちに説明する。
「魔法少女は善なる心の象徴ともいえる力の顕現。内に負の感情を抱えているときなどは思うように変身できないのですよ。ましてや初めての変身のときは、ね」
フレアは特にアリアという少女に近づいて語りかける。
「ここ数日あなたの表情が陰りを帯びていることには気がついていました。あなたに、いえ、貴族の生徒たちに何があったのですか。話してはくれませんか。力になりますよ」
「それは……」
アリアは逡巡するが顔を背けた。他の貴族の生徒も俯くだけでかたくなに無言を貫く。
フレアはそれでも誠実に語りかける。
「大丈夫なのですよ。周辺の敵対貴族たちによる監視は全て排除してありますから遠慮せずに話してください」
アリアははっとしてフレアを見る。
「――っ、どうしてそれを?」
アリアは出入り口に視線を向けると見知らぬ少女たちが3人ずつで固めてある。フレアの渡り商人に所属するものたちだ。職員や生徒になりすまして潜り込み、学園内の不穏な動きを監視していた。
「あの方たちは?」
「彼女たちは私の味方です。ですから安心してください。ここでの会話は絶対に敵に漏れることはありません」
アリアの瞳は揺れ動き何かを言いかけるも悔しそうに唇を強くかみしめる。
「駄目ですわ。いえませんの」
かぶりを振るアリア。
「そうですか。それもいいでしょう。きっと格上の貴族に脅されているのですね。実家を人質にされているのですか?」
フレアの言葉に一層アリアの顔色が青ざめていく。それを見ていた周囲の生徒はざわめく。
人質……、そうなの?
事情を知らない生徒は誰もがうつむく仲間の苦境を慮り悲しそうだ。
「そして、あなたたちは私たちをおとしめる命令を強要されたのですね」
平民側の生徒たちは動揺し貴族側の生徒たちを問いただすような視線を向けた。
それを見てリリアーヌはフレアに耳打ちする。
「フレアっち、いいの? 悪い空気だよ」
リリアーヌは平民側と貴族側で溝が深まる危惧を抱く。
「いいのですよ。――だってアリアさんたちの様子がおかしくなってしばらく経ちますが私たちには何も起きていません。きっとそういうことなのです。ずっとで抱え込んで、だけどクラスメイトを守ろうと沈黙という抵抗をしてきたのでしょうね」
フレアの憶測は当たっていて貴族の生徒の1人が耐えきれずに泣き出してしまった。
その反応から誰もが理解した。圧力は本当にあったのだと。
フレアはすぐに駆け寄ってあげたい衝動に駆られるがぐっとこらえた。それは信じていたのだ。魔法少女の強さを。
いち早くパティがアリアに駆け寄った。
「ばかっ」
「え?」
なぜ、バカ呼ばわりされるのか理解できずにいたがすぐに続く言葉で真意を知る。
「どうして相談しないのよ。相談してくれたら私――陥れられて危険くらい被ったって構わないのよ」
「どうして、自分が傷つくかもしれませんのよ」
「馬鹿にしないでよ。こう見えても私だってもう魔法少女なんだから。困っているなら仲間だって絶対に助けるんだから。そのために傷ついたとしても後悔はしないよ」
パティの言葉に次々と賛同の声が上がる。
「そうよね。私たちの仲間を追い込んだ貴族を教えてよ。一緒に戦おう」
「気付いてあげられなくてごめんですよーー」
「仲間を泣かせるやつはゆせないっしゅ」
「いや、人質がいるなら助けにいかなくっちゃ」
貴族の生徒たちは級友の優しさに包まれて誰もが涙腺が緩む。そしてつきものが落ちたように表情が晴れていった。アリアはもう降参だと肩を落として笑った。
「ふふ、みんなお人好しばっかり。罠にかけるなんてできるわけがありませんわね。――ごめんなさい。それと、ありがとう」
一歩引いて様子を見ていたリリアーヌはフレアに尋ねる。
「フレアっち、こうなるって知ってたの」
「ええ、だってみんな魔法少女ですよ」
自信たっぷりに言い切られると、リリアーヌは呆れつつも不思議と納得してしまう。
「それ、理由になってない気がするけど、そうね。これが魔法少女なんだね」
フレアが改めてアリアに近寄る。
「では、改めて聞かせてください。一体どこのバカがあなたたちを脅しているのかを」
怒りを抑えきれずフレアはみているもの全てをひるませすほどの迫力を見せる。
リリアーヌは確信した。きっと今度の黒幕は徹底的にフレアにたたき伏せられることになるだろうと。
――生徒会室の一室にて。
これは貴族の魔法少女たちが脅迫される直前に起こったことである。
旧校舎の誰もいない生徒会室でホークは憎しみをつのらせていた。
「おのれええ、フローレア」
腹の底から憎しみをはき出していく。狂乱の中で天に向けてほえる。そして周囲の備品に当たり散らす。とても余人には見せられない醜態をさらしていた。
「卑劣な手を使いおってぇーー」
貴族は新校舎を使えない。特に男性貴族の生徒は入ることすらできないでいた。
見事にフレアにしてやられたホークの求心力は今や地に落ちている。周囲のホークを見る視線はガラリと変わり格下の貴族すらホークを軽んじる。
公爵家として育ち王以外に礼を払わなくてもとがめらいない身分であるホークにとって現状は地獄と同義だった。
「公爵家だぞ。なぜフローレアは俺に逆らう? 身分も解せぬ田舎者があっ。あの新校舎は貴族が使ってこそであろうが」
まるで王宮と見間違うほど立派な新校舎をみるたびに他の貴族の生徒はホークに恨みごとをささやく。
余計なことをしてくれた、と。
「よくもこの俺に恥をかかせてくれたな」
平民の生徒もホークの本性を聞いたことで完全に敵愾心を持たれてしまった。もう甘いマスクに惑う女子もいない。あの言葉は本当に迂闊だった。
平民の女性生徒の支持を失ったことでホークの発言権はないに等しい。今や誰もがフレアの言動に注視し、学園は彼女を中心に回っている。
「あいつは危険だ。いずれ全ての貴族の敵となるに違いない。今のうちに排除しなければ」
だがフレアの周りには常に魔法少女のリリアーヌが護衛についている。
更にいつも邪魔が入り計略が成功した試しがない。時に刺客を向かわせるも謎の護衛集団に阻まれことごとくを排除されている。
「フローレアの排除は難しい。その護衛の能力は認めざるを得ない」
ふと、そんなときに閃いたのがフローレアが何より大切にしているであろう魔法少女を陥れることだった。
「奴が大事にしている魔法少女か。しかし、魔法少女がいなければ無魔の脅威が問題だ。忌ま忌ましいな」
〈無魔が驚異にならない方法があるじゃないか?〉
ふいに聞こえた言葉にホークは周囲を見回す。まるで頭の奥からわいて出てくる声にホークはおびえた。
「だ、誰だ?」
注意深く一帯に目を走らせるが怪しい人物は見当たらない。
〈とぼけるなよ。気がついているのだろう。鏡を見てみろよ〉
「鏡だと!?」
部屋の隅に置かれているスタンドミラーに立つとホークは尻餅をつく。
「ひっ、無魔だああ」
とっさに両手で頭をかばい降りかかってくるであろう攻撃を予想するも何も起きない。
おそるおそる鏡を再び見ると気がついた。鏡に見えた無魔は顔から徐々に金属の肌に変わり始める自分の顔だったことを。
「なぜ? 無魔は人間の魔力に阻まれ寄生できないはずだ」
〈そんなことはどうでもいい。お前は俺だ。お前が無魔となればもうおびえる必要はない、それどころか〉
「フローレアに復讐もできるという訳か」
それを思うとホークは醜悪な声を漏らす。
「ふふふ、ふはははは。そうだ。そうしよう。フローレアの守る魔法少女を絶望に追い込み奴を殺す。それがかなうなら悪魔にも魂をうってやる」
ホークは間もなく全身を無魔に寄生されたあと人間に擬態した。
その様子をずっと遠く、10キロも離れた場所から見通し、上空から眺めていた無魔がいる。
人型ながら顔に目が3つある。まるで悪魔のような形相と爪に牙、何より背中の翼を雄大に羽ばたかせて空に静止している。
これまで飛行能力を持った無魔は確認されていない。
飛べる虫に寄生した虫級も金属の体ゆえに重さから空高く天に昇ることはかなわない。跳躍程度がせいぜいだ。
だが今いる無魔は背中の翼だけではなく、反魔の力も利用し空にとどまっている。
指揮官級すら凌駕する未確認の無魔。
産まれながらに無魔にして純粋種。
支配者級とも呼ぶべき敵がわずかに口元をつり上げた。
よく見える3つ目には学園にいるフレアの存在も捉えていた。
「みつけたぞ。奴を殺した者が無魔の王となれる。この俺グラハムの覇道の贄となれ」
グラハムの体から解き放たれる反魔の波動は大気を振るわせ、大地がおびえるように悲鳴を上げた。その影響か直下の森の植物は葉を枯らし力なくへたっていく。
強大な力を持つグラハム。その魔の手が徐々に王国に忍び寄る。
ブリアント王国はこのときよりかつてない強敵に捕捉されることとなった。