表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

死神との出会い

 濃紺の色紙に白いビーズを散りばめたような美しい星空の下、背の高いビル郡に囲まれた小さな貸ビルの屋上の端に、一人の男は立っていた。

 底の擦り減った黒い革靴を履いて、くたびれたスーツを着た、その男は、顎に無精髭を生やし、寝癖混じりの髪の下から眠たげな瞳を覗かせている。

 彼の名前は鈴木広文(ひろふみ)。この貸ビルの2階を間借りしている町田運送の係長である。


 彼は今日と言う日に覚悟を決めて、今、屋上の端にある手摺のような立ち上がりの上に立っている。後は一歩、踏み出すだけだ。

 だがその時、ビルの屋上にヒビを入れる程の凄まじい衝撃と共に、《それ》は着弾した。


「 うわぁああっ!? 」


鈴木は着弾の揺れで体勢を崩して、背中を打つような格好で屋上に倒れる。

 そして、目を開けると眼の前には、黒いフード付きの丈の長いジャケットを纏い、片手に身長ほどもある黒い大鎌を持った、明るい紫の髪の女性がこちらの顔を覗き込んでいた。


※〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・※

第1話

「 死神との出会い 」

※〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・※


 髪を後ろで1つに結んだその女性は、明らかに見覚えのない女性である。鈴木は倒れたままの姿勢で、彼女に尋ねた。


「 えっと、どちら様ですか? 」


尋ねられた女性は鎌を持っているのと逆の手でジャケットの中を探ると、そこからA4用紙を取り出して、こちらに見せつけるように突き出す。


「 私は死神。田中十蔵、あなたを迎えに来たわ 」


 彼女が突きつけている紙を見ると、そこには頬に十字の傷がある、強面の男性の写真が貼られていた。

 鈴木は少し考えてから、淡々と言う。


「 人違いです 」


 謎の女は紙を持ったまま、呆れたように体の横で両手を持ち上げる仕草をする。


「 あら、往生際が悪いのね。地獄送りが嫌なのは分かるけど、この通り証拠は上がってるの、観念しなさい 」


鈴木は足を屋上の縁から下ろして、屋上のコンクリートに手をつき、起き上がりながら真顔で言う。


「 いや、地獄送りは別にいいんですけど、ホントに人違いです 」


女は自分の口上を無視されたのが不満なのか、口を尖らせて自分の持っている紙を見る。


「 そんなわけないでしょ。この写真はどう見たってあなたの…… 」


 そして、無言になった。彼女は紙と鈴木の顔を見比べるように交互に3回ほど見る。

 彼女は改まったように、控えめな声で鈴木に聞いた。


「 えっと、あなた、田中十蔵よね? 」


鈴木は答える。


「 鈴木広文です 」


女性はもう一度尋ねる。


「 鈴木広文という名の田中十蔵よね? 」


鈴木はもう一度答える。


「 鈴木広文です 」


その場になんとも言えない空気が流れた。

 するとそこに、


「 誰か助けてっ! 」


という中年女性の悲鳴が聞こえる。どうやら、下の路地から聞こえたらしい。

 鈴木が後ろを振り返って路地を覗き込むと、先程の写真と人相がそっくりな男が、刃物片手に中年女性を襲おうとしているのが見えた。

 鈴木は無関心な顔で呟く。


「 あ。田中十蔵だ 」


すると、紫の髪の女は何を思ったのか、鈴木の首根っこを掴み、そのままビルから飛び降りた。

 鈴木は当然のように


「 え、ちょっ!? 」

 

と悲鳴を上げるが、女はそれを無視して鈴木を掴んだまま、凄まじい衝撃波と共に路地に降り立った。

 あり得ないほどの砂埃が飛び散り、本物の田中十蔵は驚いて、ガラの悪いしわがれ声を上げる。


「 な、なんじゃ、お前はっ! 」


紫髪の女は「 ふん 」と鼻を鳴らすと、堂々と言った。


「 ……随分手間取らせてくれたようだけど、ようやく見つけたわ。田中十蔵、今日こそ死んでもらう! 」


十蔵はナイフをこちらに向けて怒鳴る。


「 いきなり現れて、何を訳のわからん事を! お前から先にくたばりたいんかっ! 」


 紫髪の女はそれを鼻で笑うと、手に持った大鎌を振り上げ、そのまま十蔵をに振り下ろした。


「 ええ!? いきなり切り付けた!? 」


鈴木は驚いて声を上げるが、すぐに異変に気がつく。確かに真っ二つになるように切られたにも関わらず、十蔵の体からは血の一滴も出ておらず、服すら切れていない。

 驚いて止まっていた十蔵も、安堵したように、またガラの悪い声を上げる。


「 なんじゃ、なんも起きんじゃないか。脅かしよって、やっぱりお前から殺したる! 」


しかし、その隙を見て、後ろにいた中年女性が逃げ出すと、十蔵は鈴木たちを置いて、慌ててそれを追いかけた。


「 なっ、お前っ! 誰が逃げていいなんて、言ったんじゃ! 待てっ! って、うわぁっ!? 」


だが、少し追いかけた所で男は急につまづき、自分の手に持ったナイフの上に倒れ込む。そして、それきり動かなくなった。

 鈴木は明らかに可笑しな事態が起こったと理解して、隣の女を見る。


「 え、死んだ……? 」


そして、ぎこちない笑顔を浮かべながら女に尋ねた。


「 まさか、本物の死神……? 」


女は得意げな笑顔を浮かべて、こちらにグーサインを決めた。




 紫色の炎がぼんやりと照らす広い空間には、規則的に机が配置されている。奥に法壇、法壇の前には書記官席。左右に検察官席と弁護人席といった具合である。それらはどれも巨大で人間の身長の3倍ほどの高さがある。

 その巨大な議長席に座っているのもまた小山ほどもある赤ん坊だった。赤ん坊は黒に黄色の線が入った《閻魔大王》のような装束を着て、堂々とした態度で紫髪の女に言う。


「 いやぁ、お手柄だったね。トピア。 1年も不正生存してた男を捕まえるなんて、流石だよ。」


褒められた紫の髪の女、トピアは両手を腰にやって得意げに鼻を鳴らす。

 赤ん坊はそれを微笑ましそうに見届けると、机の上にあった巻物を手にとって封を解く。


「 えーと。この人の罪はっと…… 」


封を解かれた巻物はくるくると回りながら、巻き取っていた紙を吐き出し、その長さはすぐに議長席の床へと達した。

 赤ん坊は苦い顔をすると、ポツリと呟く。


「 うわっ、長っ……。読むの面倒くさいし、地獄送りでいいや 」


 鈴木はなんとも言えない顔で赤ん坊を見つめた。鈴木の視線に気がついた赤ん坊は巻物を机の上に置くと、トピアに話しかける。


「 そういえば、君の横にいる人は誰? 」


トピアは肩をびくりと動かして、目線を泳がせた。


「 え、えっと……。 」


彼女は数秒の思考の後、思い切ったように言う。


「 十蔵弐号です! 」


赤ん坊は冷たい目線をトピアに向ける。


「 ……もしかして、間違えた? 」


トピアは大慌てで鈴木の前に立ち、両手をブンブンと上下に振る。


「 ままま、まさか、そんな訳ないじゃないですか! 」


赤ん坊は興味なさそうに頷いた。


「 そう、ならいいけど。仕事中の姿を見られたなら、冥界送りか、辺境送りにしないとだよ。どうする? 」


鈴木はトピアの後ろで片手を上げて赤ん坊に言う。


「 あ、冥界送りでお願いします。丁度、行こうと思ってたので 」


赤ん坊は「 そっか 」と納得すると、机の上にいつの間にか出てきている赤いボタンを押そうとする。

 トピアはそれを止めるように大声で宣言した。


「 私の助手にします! 」


鈴木は白い目をトピアに向ける。


「 は? 」


赤ん坊はボタンにやりかけた手を元の位置に戻して、こくりと頷いた。


「 そっか、じゃあ後は宜しくね。はい、これにて閉廷。お疲れ様 」





二人が去った後の裁判所。

赤ん坊は机の上の資料に黙々と目を通しながら呟く。


「 彼女がドジなのは数百年前からだけど、まさか人違いまでするなんてなぁ 」


そして、ある資料を見てピタリと動きを止めた。


「 ……ん?これって…… 」


彼の手元にあるのは、トピアが持っていた手配書である。手配書には彼女の手にあった頃と同じく、写真が貼られている。

 ただ、その写真は少しだけズレており、下にもう一枚、写真が見えた。


「 写真が2枚重なってる? それに、下のこの写真の男って…… 」


 田中十蔵の写真の下にあったのは、顎に無精髭を生やし、寝癖混じりの髪の下から眠たげな瞳を覗かせている男の写真だった。

 赤ん坊は難しい顔をして考え込むが、入口の扉を叩く音が聞こえると、


「 ま、いいか 」


と言って紙をくしゃりと丸めて足元のゴミ箱に放り込んだ。



《つづく》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ