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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
シーズ・ソー・ビューティフル
83/93

シーズ・ソー・ビューティフル(15)

(1)

 

 手にした楽譜の束から目当ての曲を探すべく、雑に捲り上げる。一刻も早く舞台に戻らなければならないので、一枚捲るごとに指先の動きは速まっていく。

 エイミーの具合が悪いにも関わらず、演奏続行するのは決してフレッドの本意ではない。本意ではないけれど――


「……私なら、少し休ませてもらえば、大丈夫、だから……」

 毛布代わりに自分とフレッドのコートを身体に掛け、集めたパイプ椅子の上に横たわるエイミーの顔の青白さといったら――、なのに。

「……ほら、リハーサルする前だって、休んだら、大丈夫、だった、じゃない??それに……、『例えアマチュアだろうと平気でステージに穴あけるヤツが許せない』って……、いつも言ってるじゃない……」

「そりゃ、そうだけど……」

「10分。10分程度でいいから……ってお願い、されたんでしょ……??そのくらいなら、私、大丈夫……」


 こんな時まで彼女特有の強がりというか、頑固さを発揮させるとは。

 心配と呆れで溜め息が自然とでてくるが、いつまでも病人と押し問答を繰り拡げていても埒が明かない。無駄に喋らせて体調を悪化させたくないし、さっさと10分だけ演奏して、さっさとここを出て病院に連れて行くのが最善な気がしてきた。ベーシストとドラマーも、自分達が知っている曲なら演奏は多分何とかなると言っていたし――、と、持ってきた楽譜の中で彼らも弾ける曲を探している最中だった。ちなみに演奏するのは二曲。どの曲にするかはもう決めていた。歌はフレッドがメインで唄い、サビに入ったところでシャーロットと一緒に唄うことに。


 しかし、一つ問題があった。二曲の内の一曲は、不可欠と言っていい程ピアノの音が目立つのだ。別の曲に変えればいいかもしれないが、『いっそのこと、この国の国歌にすればいいのに』と冗談交じりに語られるくらい、幅広い年齢層から認知され、支持を得ている名曲である。

 ギターの弾き語り風にして歌うか、などと考えていたところで、舞台裏から外廊下へと繋がる扉が開く音が微かに聞こえた。










(2)


 鉄柵に囲まれた校庭へと一歩足を踏み入れる。闇の中に白く浮かぶサッカーコート、複数の遊具を横目に、二歩、三歩と歩みを進める。正面に建つ赤煉瓦造りの平屋建て校舎ではなく、校舎と隣接する体育館に向かって。

 火が消えたように暗く静まり返った校舎に対し、体育館からは煌々と暖かそうな光が各窓から漏れている。近づくにつれ、外壁に飾り付けられたクリスマスリーフやオーナメントまで見えてくる。入り口のクリスマスツリーは電飾でピカピカチカチカ輝き、集まった人々の賑やかな雰囲気までもが伝わってきた。

 クリスマス会の参加者は小学校の関係者かつ家族連れがほとんどという状況、若い女が一人で参加するのは浮いている気がして仕方ない。それでも、あのまま屋敷で過ごすよりはここにいる方が比べ物にならないくらいマシだった。


 フレッド達の家に押しかけ、外泊した日以来、父とあの女と、サスキアの関係は更に悪化していた。

 ナンシーが仕事の合間を縫ってはこれまで以上に屋敷に入り浸るようになり、屋敷の女主人同然に振る舞い始めたのだ。当然ながら、サスキアは彼女と顔を合わせないよう、徹底して避けていたのだが。


『また日を改めて三人でお茶でもしましょう』

 性懲りもなくナンシーは再び誘ってきたのだ。日時は十二月十九日、今日である。だから、言ってやった。

『兄達が母校の小学校でコンサート行うから観に行く予定がある』と――


 その時のナンシーの顔ときたら!常に余裕ぶった、鼻持ちならない笑顔が凍り付いた瞬間、胸のすく想いがした。同時に加虐心が湧き起こり、更なる追い打ちをかけてやる。


『そう言えば、貴女もお兄様の元に訪ねたそうね。学年や学部は違えど同じ大学出身みたいだし、お兄様はお父様そっくりだし、もしかして』

『サスキアさん、何を言っているの……』

『その反応だとお兄様と何かしらの関係があったのかしら。まぁ、私にはどうでもいいけれど。私はお父様と貴女の結婚は絶対に認めないし許さない。結婚を強行するつもりなら……、お父様との長年の不倫関係を各報道機関に流すわ』


 ナンシーとフレッドの関係はあくまでサスキアの邪推でしかないし、マスコミ云々について勿論、本気でするつもりは毛頭ない。そんなことをすれば、母も、母だけじゃなくて兄を始めとするオールドマン家の人々まで巻き添えを食ってしまう。この女が世間から叩かれる分には一向に構わないが、如何せん、それ以外で傷付く者達が余りに多すぎる。

 とりあえずナンシーを黙らせることに成功したし、と、屋敷を抜け出し今に至る。


 入り口からリノリウムの床を踏み出し、子供から大人まで大勢が密集した館内へ。檀上では、低学年の子供達による生誕祭の劇が行われ、聖母役の女子生徒が赤ん坊の人形をゆりかごから抱きあげている。

 予定より時間が押しているのか、と腕時計で時間を確認しながら人だかりを掻き分けていると、誰かの腕に肩がぶつかってしまった。


「あぁ、すみません」

「いえ、こちらこそ……」


 頭上から振ってきた声に今度はサスキアが凍り付いた。

 瞬時に固まったサスキアに気付くと、デジタルカメラを右手に、三脚を左手に持ったチェスターは困ったように眉を寄せた。

 気まずさで顔を伏せたサスキアはチェスターの表情は見ていない。見ていないけれど、彼の困惑は嫌と言うほど伝わってきた。考えてみれば、コンサートの主役は兄や兄の妻ではなく、あくまで兄の義妹なのだ。その両親がこの場にいることをなぜ想定できなかったのだろう。やはり、自分はここに来るべきではなかった。


「ちょっと待ちなよ」


 声にならない謝罪と共に、さっき潜ったばかりの入り口に戻ろうとしたところでやんわりと手首を掴まれた。恐る恐る振り返ると、やけにスタイル抜群の顔立ちのきつい美人がサスキアを睨みながら鋭く告げる。


「あんたにちょっと話あるから。一旦外に出てよ」


 ちょ、ジルさん?!と慌てるチェスターに、「悪いけど、チェスターはここで待っててくれない??シャーロット達の出番までには戻るから」と言い置いたジルによって、サスキアは入り口の外へと、引き摺られるようにして連れ出されていった。







(3)


 蛇に睨まれた蛙、猫に追いつめられた鼠とは、まさにこんな状況かもしれない。

 開放された入り口の端、ちょうど雨よけ屋根の柱と重なる物陰で、腕組みしながら壁に凭れるジルにサスキアはすっかり萎縮していた。

 普段であれば、不遜な態度の相手にはわざと神経逆撫でする発言や態度を返すというのに。今のサスキアは聞かれてもいないのに、エイミーに誘われてコンサートを観に来ただけで他意はないと必死に弁解し、更には以前マシューの元へ押しかけた非礼を丁重に謝っていた。

 他人への弁明や謝罪など弱みを曝けだすようで、これまでのサスキアならば容易にできることではなかったのに。エイミーといいジルといい、彼女達に対する時は鎧のような意固地さ、頑なさは不思議と顔を見せない。


「あんたの母親に会ってほしいとか言いにきた訳じゃないなら、別にいいよ」

 サスキアの弁明を一通り聞くと、ジルはふっと表情を緩めた。口調は変わらず蓮っ葉だが、声色も先程より穏やかに。

「……じゃあ、私、コンサートを観てもいいの、かしら……」

「いいも何も。誰にも迷惑かけてないことで、あんた個人の行動を制限する権利は誰にもないと思うけど。話は分かったから、中へ戻るよ」

 ジルは呆れた顔でサスキアを一瞥すると、壁から背を離す。先を歩き出したジルの背中を呆然と眺めていると、「早くしなよ」と手招きされる。

 後をついていってもいいのか戸惑い、立ち竦むサスキアにジルの呆れは益々色濃くなった。

「実はエイミーから事前に話は聞いていて、もしもあんたを見掛けたら頼むって。それに……」

「それに??」

「何となくだけど、あんたを一人にさせない方がいい、って思った」

「…………」

「なに笑ってるのよ」

「……別に、随分とお節介だな、と思っただけ」


 お節介、と笑いながら言ってしまったが、決して馬鹿にした訳ではなかった。

 ジルにも伝わったのか一瞬だけ眉を顰めた後、「否定はできないわね」と苦笑した。


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