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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
シーズ・ソー・ビューティフル
82/93

シーズ・ソー・ビューティフル(14)

今回短いです。


(1)



 時は進み、十二月十九日を迎えた。




 

 ギターアンプの前でチューニングしていると緞帳が上がる。フレッドの背中越しに客席の喧騒が伝わってきた。本番前の期待と緊張に満ちた空気の中に立つのは慣れている。慣れているが――、小学校の全校生徒とその父兄、一般参加客も含めると一〇〇人近い、もしかしたら一〇〇人を超える人々の前での演奏は学生時代以来かもしれない。全く緊張していない、と、言えば嘘になる。

 だが、今回が初ステージかつステージの主役のシャーロットは自分よりもずっと強い緊張を強いられているだろう。案の定、マイクテストをする声がほんの少しだけ震えていた。


 チューニングする手は止めず舞台下手側、ベースアンプより少し奥まった場所に視線をちらと向け、キーボードの音量調整するエイミーを盗み見る。

 緊張するシャーロットも気になるが、一週間ほど前からエイミーは微妙な体調不良を引き起こしていた。本人曰く『生理前だし、クリスマス前の繁忙期で何かと忙しいし疲れているだけだと思う』らしいが、やたらと眠い、だるいと訴えている。今週に入ってからは食欲も落ちている気がする。

 今日も車でここまで来たのだが、約一五分程度乗っただけで「車酔いしたかも……」と到着早々トイレに駆け込む始末。

 リハーサルが始まるまでには落ち着いたし、本番直前の今も落ち着いているので演奏に支障をきたさないと思うが――、などと心配しながらもアンプの調整、エフェクターボードの準備を終えて客席の方へ向き直る。エイミーも始め、ベースとドラムのメンバーも準備万端のようだ。

 緞帳の影に控えていた司会役の女性教師が舞台へ進み出る。

 マイクを握るシャーロット、演奏するフレッド達を簡単に紹介すると、「ではお願いします!」と高らかに叫び、速やかに舞台袖へとはけていく。女性教師の姿が舞台から消えると同時に客電が落ちる。

 薄闇に包まれる体育館、舞台のみを照らす地灯りがギター、ベースのボディ、ピックアップ、ドラムセットに反射し、舞台全体の輝きが一層増していく。ドラムスティックでのスリーカウント後、いよいよ演奏が開始される。


 ステップを踏むように跳ねるリズム、煌びやかな音の波が、幼さの残る伸びやかな声を乗せて客席に流れ込んでいく。ミュージックビデオで研究したという振りつけで踊るシャーロットの元気な歌声に歓声が次々と上がった。音と、観客の高揚が一体化していくのを目で、耳で、肌で感じる瞬間は何にも代えがたい快感だ。

 ベースとドラム担当の父兄とフレッド達の予定がなかなか合わず、練習はたったの一回のみ。ぶっつけ本番のセッションに近い形だし、フレッド以外ステージ慣れしてない面々で不安が遥かに大きかったが――、蓋を開けてみれば、演奏が想像以上に安定しているし、何より楽しい。他のメンバーも同様らしく、本番直前まで固い顔付きだったのがいつの間にか皆笑顔に変わっていた。これなら何の問題もなく、最後までいけるだろう――、二番のサビ後、少し長めのギターソロをノーミスで弾き切り、最後の大サビの手前まできたところでシャーロットがフレッドの傍に近づいてきて、縋るように振り返った。

 咄嗟にシャーロットからマイクを奪い取る。

 ギターを弾くのを止めて、オクターブ下で大サビを唄い始めたフレッドに他のメンバーと観客の間で一瞬混乱が生じた。しかし、理由をいち早く察したエイミーが『そのまま何事もなく最後まで続けて』とリズム隊に目線を送ったのでメンバー間の混乱はすぐに収まった。観客の方でもこういう演出なんだと思い込み、シャーロットのミスに気付くことはなかった。










(2)


「ごめんなさい!ほんっとうにごめんなさいぃ!!」


 舞台に緞帳が降りた瞬間、シャーロットは泣きそうな顔でフレッド達に謝り倒していた。

 その年頃にしてはすらっと伸びた長身を竦め、反省しきりの様子にシャーロットを囲む大人達は苦笑を禁じ得ない。


「……まぁ、こんな広い場所、しかも大勢の観客の前での初ステージなんだ。歌詞が飛んじまうのも仕方ないっちゃ仕方ない。初めてであれだけこなせれば上出来だって」

「そうそう、シャーロットちゃんはよく頑張ったって」

「オールドマンさんのところにマイク渡したのだって大した判断だよ」

 すっかり項垂れるシャーロットを口々に慰める中、エイミー只一人がやけに静かだった。

 珍しく優しい慰めの言葉をかけないエイミーを気にしてか、シャーロットは彼女の方を見れないでいる。

「エイミーだって気にしてないよな??」

「…………」

 黙り込むエイミーに、さりげなく話を振ってみせるが反応がない。

「エイミー??……エイミー!」


 少し強めに呼びかけると、エイミーはやっとのことで俯きがちにしていた顔を上げる。その顔は病人のように青褪め、苦悶の表情を浮かべていた。


「……あ、ごめん……。演奏が終わってホッとしたら、急に調子が悪くなってきて……、つい、ボーッとしてた……。シャーロットちゃんのことを、怒っている訳、じゃないの……」

「エイミーちゃん?!」

「エイミー!」


 立っているのですらもう限界なのか、エイミーは崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。フレッドはぐったりとするエイミーを抱きかかえ、片付けもせずに急いで舞台袖へ引っ込む。

 とりあえず、片付けの間だけでもパイプ椅子に座らせるか、二、三脚集めて寝かせておかなくては。


「オールドマンさん!」


 フレッドが袖へはけたのを見計らったかのように、司会役の女性教師が慌てた様子で駆け寄ってきた。丁度いいところに来てくれた――、と、事情を説明するべく口を開きかけたが、それよりも早く女性教師がまくし立ててきた。


「すみません……!この後出演予定の聖歌隊の到着が遅れていて……。あと一、二曲程、何でもいいので演奏続けてもらえないでしょうか?!」

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