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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
シーズ・ソー・ビューティフル
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シーズ・ソー・ビューティフル(11)

 アビゲイルがフレッドに何度となく言い聞かせてきた言葉がある。


『アルフレッドがパパに似ていて本当に良かったわ。でなきゃ、私一人で育てる自信なんてなかったもの』


 その度に幼心に思った言葉がある。思うだけで実際に口にしたことは一度もなかったが。


『お母さんは、お母さんがパパと呼ぶ人に僕が似てなかったり、男の子じゃなくて女の子だったら、一体どうしていたんだろう』


 アビゲイル本人には言えない代わりに、チェスターに心情を吐露してしまったこともあった。

 チェスターは『アルフレッドがパパに似てなくても女の子だったとしても、ママは君のことが好きだよ』と答えてくれたが、今ならそれは嘘だと確信できる。アビゲイルはマクダウェル氏の身代わりが欲しかっただけだから。

 アビゲイルがフレッドを、息子と言うより男を見るような目で見ているとしばしば感じる時もあった。気持ちが悪かったし、それゆえ素直に甘えられずにいた。

 サスキアは果たしてあの女に愛されていたのだろうか。

 少なくとも自分と違ってサスキアはあの女を愛し、必要としている。

 彼女に対する苛立ちは傲慢な態度や厄介ごとを持ち込む煩わしさ以上に、母親への愛情を臆面なく口に出せることへの嫉妬や羨望もある――、かもしれない。認めたくはないけれど。








 サスキアの世話はエイミーに丸投げし、買ってきた食料品を冷蔵庫に仕舞っていく。イライラしている時は手を動かして気を紛らわせるのが一番手っ取り早い。出掛けるきっかけになった空腹は治まり、夜食を作る気はとうに失せている。

 わざわざ悪天候下で買い出しに出掛けた意味も失せ、苛立ちは益々募っていく。


 冷蔵庫の扉を閉めると、足元に温かな気配を感じた。ヴィヴィアンがフレッドの脚に身を摺り寄せ、パンツにカリカリと爪を立ててきたのだ。

 エイミーがサスキアの世話を焼いていて構ってくれないので、代わりにフレッドの元にきたのだろう。分かっていても、甘えられて悪い気はしない。悪い気はしないのだが、パンツに穴を空けられるのは困る。

 フレッドがしゃがむと、待ってましたとばかりにヴィヴィアンは床に寝転がった。豊かな黒い被毛をもしゃもしゃと、特に背中や腹を念入りに撫でてやる。

 目を細めてごろごろと喉を鳴らし、ゆったりと尻尾を上下に振る様を見ていると、不思議なことに苛立ちが鎮まっていく気がした。

 しかし、どうせならソファーの上で撫でてやるかと抱き上げようとした途端、がぶっと手を噛まれてしまった。驚きと痛みで手を引っ込めると、ヴィヴィアンは顔をぶるぶる振り、ふん!と鼻を鳴らして起き上がった。

 キッチンからリビングへ去っていくヴィヴィアンを唖然と眺めていると、「どうしたの」とエイミーが声を掛けてきた。


「ヴィヴィアンを抱き上げようとしたら噛まれた」

「え?!こら、ヴィヴィ!ダメじゃない!!」

「今更叱っても多分遅いと思う……」

 ローテーブルの下に身を置いたヴィヴィアンは素知らぬ顔でそっぽを向いている。

「大丈夫??消毒しておく??」

「まぁ、本気噛みじゃなくてちゃんと加減したみたいだし、軽く歯型の跡がついたくらいだから大丈夫だろ」

「ああああ……、ホントごめん……」

「いいって。それよりも……、落ち着いたのか??」

 エイミーはフレッドの言わんとすることを瞬時に理解し、頷いた。

「うん、今、シャワー浴びてもらってるとこ」

「そうか……」

「ごめん、怒ってる、よね……」

「怒ってないと言えば嘘になるけど……、何か言いたそうだな」


 ため息混じりに指摘するとエイミーは徐に目線を左右に泳がせた。あえて追及せず、フレッドは彼女が口を開くのを黙って待った。

 エイミーが迷っている答えの中に、サスキアの肩を持つ理由が隠されている気がしてならない。だが、フレッドを傷つけかねない事柄も一緒に隠されている気もする。

 言っても言わなくても、この際どちらでも構わなかった。しかし、それすらも敢えて伝えずに黙っていた。エイミーの判断に任せるつもりとは我ながら狡いし、彼女を試しているようでもあるけれど。


「本当は黙っているべき、かもしれない、けど……」


 歯切れの悪い態度かつ非常に言い辛そうに、エイミーは外出先での出来事をフレッドに訥々と語った。成る程、サスキアの肩を持ちたくなるのも納得の理由だ。心優しいエイミーなら尚更。

 動揺を全く見せないフレッドにエイミーの方が狼狽えるので、ついつい笑いが込み上げてしまう。呻くようなくぐもった笑い声まで漏れ出でてくる。


 そんなフレッドを、心配と不安の色を表情に浮かべたエイミーが見上げていた。唇が半開きなのは、何か言いたいけれど掛ける言葉が見つからないからだろう。下手な言い訳や慰めの言葉なんてフレッドは欲していない。今回に限って、彼女の優しさがサスキアの方へと僅かに傾いてしまった、ただそれだけのこと。頭では納得している筈なのに――、気付けば、エイミーの小さな身体が腕の中に収まっていた。


 抱きしめるというよりも抱き付いている。

 大人の男が愛しい女性を、というよりも、小さな子供が母親を離すまいとしがみついてるかのようだ。

 フレッドは母に上手く甘えられなかった分、エイミーに甘えている。エイミーも承知の上で黙って受け入れている。

 女性は男性のリハビリセンターではない、と、誰だったか、著名な人物の発言が脳裏を掠めた。うるさい、黙れ、わかったような口を叩くなと喚き立てる自分、いつまで傷付いた子供時代を引きずり続けるのか、いい加減大人になれよと醒めた目で嘲笑う自分。対照的な二人の自分が頭を抱えて蹲る三人目の自分のを囲んでぐるぐる回っている。

 そして、三人の自分を俯瞰の視点で見下ろしている四人目の自分がひとりごちる。



 今はまだいい。でも、この先は??

 例えば、エイミーとの間に子供が生まれたら??

 子供が生まれなくても、五年、十年、二十年――、死が互いを分かつまで、エイミーに甘え、寄り掛かるつもりなのか??

 優しい彼女のこと、フレッドの傷と弱さを終生受け入れ続けてくれる筈――、本当にそれでいいのだろうか??









 浴室の扉が開く音と共に、フレッドはエイミーを解放した。


「サスキアさんはこのまま来客用の寝室に連れて行くよ。お互いに話どころか、顔を合わせられる心境じゃないだろうし」

「…………」

「彼女も心配だけど、それ以上にアルフレッドの方が……、ううん、そうさせてしまったのは私だもの。私にそんなこと言う資格はないよね……」

「…………」

「今日一晩だけ家に泊めるの、許してくれてありがとう……、ごめ」

「違う、謝って欲しい訳じゃないんだ……」


 謝罪を遮り、離れようとするエイミーの手首をそっと掴んで引き止める。

 怯えた顔に胸が痛んだが、構わず言葉を続けた。


「二階に連れて行かなくていい。彼女をここ(リビング)へ呼んでくれ」


 サスキアのためなんかじゃない。もちろん、アビゲイルのためなんかでもないし、ナンシーやマクダウェル氏に至っては端からどうでもいい。

 長年、己自身を蝕み続ける呪縛を解くための一歩を踏み出したかった。

 もしかすると、踏み出すどころか後退するかもしれないが――、こればかりは踏み出してみなければ分からない。




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