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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
ネヴァー・イズ・ア・プロミス
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ネヴァー・イズ・ア・プロミス(11)

今回短いです。

 

 ――地下鉄爆破事件の翌日――



 数年前に建て替えられた病院の割に待合室の長椅子は随分と粗末で、座面は硬く端っこが所々破れていた。お世辞にも座り心地が良いと言えない長椅子に座り、診察の順番を待つこと約一時間半。手に握る紙に記載された受付番号が、受付カウンターに表示されるまでまだ時間がかかりそうだった。

 隣に座るフレッドを窺えば、特に苛立つ様子もなく静かに本を読んでいる。

 ホッとする一方、一人で平気だというエイミーに仕事を休んででも付き添うと言って聞かなかったのは彼の方だし……、と、エイミーもまた自分の本の頁を開きかけて手を止める。 

 赤紫色に腫れあがった目元や口元、頬や額に残る複数の痛々しい傷痕に、周囲から向けられる好奇の視線に気付いたのだ。視線は自分だけじゃなくフレッドにも向けられている。


 視線に怯み、目深に被るキャスケット帽を更に深く被ろうとして――、やめる。

 それどころか徐にキャスケット帽を脱いでさえみせる。

 恋人に暴力振るわれて怪我をした訳じゃない。

 恥じ入る理由など一つもないのだから、堂々としていればいい。


 そう、堂々と――







『今すぐ迎えに行くから待っていてくれ』

「外出は控えるよう勧告されてるだろうし、タクシーでも捕まえて自力で帰る」

『あのなぁ、こんな時まで変な意地を張るなよ』

「意地なんか張ってないわよ」

『張ってるだろ』

「張ってない」


 いつも通りの時間に家を出ていればよかった訳で、事故に巻き込まれたのは半分自己責任のようなもの。交通機関も地下鉄以外であれば運行しているだろうし、自力で帰れないこともない筈――、と、どんなに説明しても、フレッドは頑として『迎えに行く』の一点張りであった。

 人に借りた電話で延々と揉め続ける訳にはいかないので、最終的にはエイミーが折れ、大人しくフレッドの迎えを待つことになった。


「電話、ありがとう……、すごく助かった。あ、あと、通話が長くなってしまったから」

「いいのよ、気にしないで頂戴。あぁ、通話代も結構よ」

 ジョーンズ嬢の手にスマートフォンを返した後、鞄から財布を取り出そうとしてきっぱりと制されてしまった。

「でも」

「本当に気にしないで。それよりも……、やっと敬語を使わなくなったのね」

「あ……!」

 口許を抑えて焦るエイミーに、ジョーンズ嬢は少し呆れたように笑い、肩を竦めてみせる。

「違うの、敬語じゃなくて普通に話してくれる方が嬉しいって言いたいのよ。仮にも同級生なのに敬語使うなんておかしいし、何だか壁作られているみたい」

「…………」

「正直な話、今までモートンさんのこと、とっつきにくいと感じていたけど……。敬語取り払って喋ってくれたし、職場の人や同居相手と話す姿見て、接し方次第で本当は案外話しやすい子なんじゃないかな、って思えてきたわ。今日は色々と最悪な日だけど、モートンさんと少しだけ仲良くなれたことだけは良かった気がするの」

「私も……。ジョーンズさんとちゃんと話す機会が持てたのは良かったと思う……」

 耳に痛い言葉も交えつつ、概ね好意的な言葉を吐露するジョーンズ嬢に、エイミーもまた素直な気持ちを打ち明けた。

「ありがとう、じゃあ、そろそろ階段上がって外へ出ましょ??」

 指先で階段の上部を指し示し、薄く微笑むジョーンズ嬢をエイミーはしっかりと見返して頷いた。





 地下鉄の出口から外へ出ると警察及び救急車両の回転灯が薄闇の中、ぎらぎらと赤く光っていた。

 野次馬の喧騒に紛れてポリスラインを潜り抜け、通行止めの区域を抜け出し、フレッドに指定された通りまで移動する。

 爆破事件の影響で地下鉄は全線不通となり、道路交通はいつにも増して混雑を極めていた。歩道も、バスやタクシーを待つ人々が寒さと不安と戦いながら列をなしている。

 雨は止んだものの粉雪混じりの風に晒され、エイミー達も身を震わせながらフレッドの迎えを待ち続けた。


 渋滞する車道のあちこちからクラクションが鳴り響く。

 ヘッドライトとテールライトの輝きがどこまでも長く連なる様は、まるで何かの幻想生物――、例えば、鱗の一部が光る竜とか――、のように見える気がする。思うだけで絶対口に出さないけれど。

 寒さに凍えること一時間弱。ようやく二人の前に、フレッドが運転する深緑色のローバー・ミニが停車した。


 降車したフレッドを見るなりジョーンズ嬢は大きく目を瞠り、エイミーと彼をさりげなく見比べた。フレッドは余所行きの笑顔と非常に丁寧な言葉遣いで簡単な自己紹介を述べ、エイミーに親切にしてくれた礼で送っていくと、ジョーンズ嬢に後部座席に座るよう促した。

 扉を開けた時、驚いたことに助手席にはヴィヴィアンのキャリーバッグが置かれていた。

 フレッド曰く、『何も知らない筈のヴィヴィアンが、爆発が起こったであろう時間帯から終始落ち着きなく、室内の至る所をウロウロと歩き回っていたので思い切って連れてきた』らしい。キャリーバッグを膝に乗せて助手席に座れば、エイミーの気配や匂いを感じ取ったのか、バッグ越しからヴィヴィアンの鳴き声と内側をカリカリ引っ掻く音が聞こえてきた。

 ごめんね、と小さく謝り、バッグをそっと撫でている間に車が発進する。

 先にジョーンズ嬢を下宿先まで送り届け(帰り際、エイミーは彼女の連絡先を教えてもらう)、二人のアパートへの帰路を走る。

 沈黙に支配された車内、終始無言で運転するフレッドの横顔を、エイミーは時折そっと盗み見ていた。

 ジョーンズ嬢とのやり取りから芽生えたある種の自信を元に、一つの決心を胸に抱いて。







「なかなか呼ばれないな」

「初診だし、診察だけじゃなくて検査予約も兼ねているから遅いのは仕方ないよ」

 本に目を落としたままため息混じりで呟くフレッドに、同じく本に目を落としながら答える。

 病院に来院したのは怪我の治療以外に、(顔を蹴られたり踏まれた影響で)念のために脳の検査もするべきだと、昨日怪我を処置した救急隊員に勧められたからだ。

「……と言いつつ、もうそろそろ呼ばれたいよねぇ」


 苦笑を漏らし、ぐるり、待合室全体を見回した時だった。


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