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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
シーズ・ソー・クール
6/93

シーズ・ソー・クール(5)

(1)

 

 走行する車のサイドミラーに夕陽が反射し、目を瞬かせる。

 それでもジルは景色を眺める振りで視線を無理矢理窓の外へ向けていた。

 隣の運転席からは煙草の煙が流れてくる。


「煙たかったら窓開けてくれていいですよー??」

「平気です。私も喫煙者ですし」

「じゃ、ギャラガーさんも吸います??灰皿なら車内にありますし」

「結構です」


 そうですかー、と、なぜか残念そうに眉尻を下げ、チェスターは信号待ちの間にシャツの胸ポケットから携帯灰皿を抜き出し、咥えていた煙草の火を揉み消した。


 車窓越しに映るのはオレンジからマゼンタに染められていく街並み。

 夕刻の幕に終わりを告げる薄闇の緞帳が降ろされ、夜の幕が始まる。

 カーステレオから流れていた曲も終わり、新たな曲が流れだす。

 信号の色が変わり、車は再び発進した。


 どうしてこうなった。


 今日は久しぶりの一日休みだったから、前日の晩から真夜中過ぎまで読書に耽っていた。

 気が付けば、読み終わった本を手にしたままベッドで眠ってしまい、起きた時には正午をとっくに過ぎていた。

 特に予定のない日ではあったがとてつもなく損をした気分になり、とりあえず借りていた本を返しに図書館へ出かける準備を始めた。


 そう、昨夜借りてきた本を全て読破していなければ。

 貸出期限までまだ日にちはあったというのに。

 何故、自分は今日に限って図書館に出向いてしまったのか。

 否、出向いただけなら、まだ良かったのだ。

 天気がいいからと、図書館に隣接する公園のベンチで本を読もうなどと思ってしまったのか。


 そして――


 大してない筈の親切心で、所謂「人助け」なんてしてしまったのか。


(……何で、こうも私はオールドマンさんと関わってしまうのかしら……)


 相変わらず、さりげなくチェスターから視線を外したままでジルはこっそりと溜め息を零した。








(2)


 ――遡ること、数時間前――



 そこは遊具も花壇もなく、よく手入れされた芝生、公園を囲う柵の内側に銀杏や楓の木々が植樹されているだけの小さな公園だった。

 図書館の職員がベンチで昼食を食べる、又は利用者が芝生の上で寝転がって本を読んだりするくらいで、いつ訪れても閑散としていたが、却ってジルには居心地よく感じられた。


 木陰に置かれたベンチの内の一つに腰掛け、借りてきたばかりの本の頁を開いていく。

 頁を一枚、また一枚と捲るごとに物語の世界に入り込んでいく。

 一番心が落ち着く時間――、が過ごせるものだと思われた――が。


「ちょっと待てよ!アルフレッド!!」


 聞き覚えのある声と名前のせいで、突然、現実の世界に引き戻された。

 またか、とうんざりしながら本から顔を上げれば、視界に飛び込んできた光景まで昨日とほぼ同じだった。

 ジルとの間に少し距離が空いていること、昨日よりも彼らを取り巻く空気が緊迫していることで、彼らの目にジルの存在は全く入っていなさそうだが。

 私には関係ない、と再び本に目を落とそうとするが、大きくなっていく一方の騒ぎ声が集中を乱してくる。

 何より気になったのは、メアリと呼ばれていた少女の姿がなく、フレッド只一人が少年達に取り囲まれているのだ。

 多勢に無勢ということも含め、取っ組み合いの喧嘩となったら間違いなく彼は負けてしまうだろう。

 当のフレッド自身は自分より体格が勝る少年達に囲まれていても全く怯んでいない。

 むしろ醒めきった無表情で本を脇に抱えて少年達を見上げていた。


「アルフレッド、無視してるんじゃねぇよ!」

 アルフレッドと呼ばれると、フレッドは昨日と同じくあからさまに眉間に深い皺を寄せた。

「見たかよ今の!なっ、俺の言った通りだろ!!こいつさ、アルフレッドって呼ばれるとすっげぇ嫌な顔するんだぜ!!」

「本当だ、おもしれぇ!!」

 ゲラゲラ大笑いする少年達を見下すように、フレッドは冷ややかな眼差しを送った。

 投げかけられる視線の意味に気付いた少年の一人が、わざとらしく肩をいからせてフレッドに近付いていく。フレッドは微動だにしない。

「何だよ、その顔は?俺達をバカにしてんのか?!」

「……だって馬鹿だろ??そんなくだらないことで笑えるなんてむしろ羨ましいくらいだね。俺が図書館から出てくるのを大勢で待ち伏せしてさ。ストーカーかよ、気持ちわりぃ。あと、メアリがいない時を狙ってくるとか、どんだけあいつにビビってんの??ついでに臆病者のレッテルも貼っておいてやるよ」


 幼い少年にしてはえらく豊富な語彙での罵倒だな、と、感心半分呆れ半分で成り行きを見守っていると、つっかかってきた少年の顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。

 あ、これはまずい、とジルがベンチから立ち上がったのと、少年がフレッドの胸ぐらを掴みかかったのは同時だった。

 だから、駆け付けた時には、フレッドはすでに芝生の上に転がっていた。


「取り込み中悪いんだけど。いい加減静かにしてくれない??元気が有り余ってんのは分かるけど、煩くて読書の邪魔なのよね」

 唖然とする少年達の群れの中へ入り、尚もフレッドを殴りつけようとする少年の腕を掴み取る。

 突然仲裁に現れた見ず知らずの女に少年は驚きつつ、乱暴にジルの腕を振り払った。

「何だよ、おばさん」

「失礼なガキ。これでも二十二なんだけど」

二十歳(はたち)過ぎたらババアだよ!!」

「……ったく、親にどういう躾されてんだか……。それ以上この子に手出すつもりなら、警官呼んでくるよ。ガキとはいえ歴とした暴行で補導されるだろうね」


「警官」という言葉を出した途端、さっきまでの威勢の良さはどこへやら。

 少年達は芝生や落ち葉を蹴り飛ばしては、脱兎のごとく公園から退散していく。


「ほら、あんたもいつまでも座り込んでないで。さっさと立ちな」

 殴られた際に落とした本を拾い上げ、付着した汚れを払い落とす。

「……っっつ!…………いってぇ…………」

 フレッドの殴られた左頬は腫れ上がっていた。

 下唇も切ったらしく、形の良い薄い唇にうっすらと血が滲んでいる。

「あんたも馬鹿だね。下手に挑発するから殴られるのも当然よ。折角の顔が台なしじゃない」

「………………」

「……まあ、気持ちは分からなくないけど……」


 反論の余地はないけれど納得もしていない。

 むっつりと不貞腐れた顔だけを見れば、どんなに大人びていてもまだまだ一〇歳の少年でしかないのだ。

 持っていた本を差し出してやると、受け取りながらフレッドは立ち上がった。

 察する力も年の割に随分と長けている。


「……ありがとうございました……、……ジル・ギャラガーさん??」

「何でそこで疑問形になるのよ。それはともかく、何で私の名前を知っているの??」

「……父さんの仕事での知り合い、だから??あ、父さんの名前はチェスター・オールドマンです。知ってますよね??」

「あぁ、何回か仕事で一緒になった程度だけどね」

「あと、俺の幼なじみが、父さんの店に置いてある美容雑誌に載っていたギャラガーさん見ては、この人かっこよくて大好き!って騒いでいたから顔と名前を覚えてて……」

「だから、一目で私が誰だか分かった訳か……。……ところでさ、あんた一人で帰れる??家までの道教えてくれたら送ってあげるよ」

「……大丈夫です……。俺、一応は男だし、女の人に送ってもらうのは……、さすがに……」


 切れ長の薄灰の双眸に戸惑いと警戒が滲み出す。

 ジル自身も少し入り込み過ぎている気がしてきた――、にも関わらず。

 内心とは裏腹な言葉ばかりが次々と口から飛び出してくる。


「……帰る途中であのクソガキ共の闇討ちに遭うかもよ??あんたチビだし、力では勝てないでしょ」

「チ、チビッ…って……」

「それに顔の怪我の説明とか。どうせ、転んだとか適当に嘘つくつもりでしょ」

「人の心読まないでください」

「じゃあ、クソガキ達に絡まれたことはあんたのお父さんには黙っておく。だから、帰りを送るだけはさせてほしいかな」


 フレッドはジルの顔を穴が空きそうな程見つめ続けた。

 彼女の言葉に裏がないか探るよう――、否、実際探っているのだろう。

 ジルは彼の気が済み、最終的な答えが下されるまで辛抱強く待った。

 夕方に射し迫る中で樹々の緑陰は深まり、互いの顔に落ちる影も色濃くなっていく。


「……初対面の人にこんなこと頼むの、ちょっと……、すごく気が引けるけど……、お願いします……」


 答えを待つこと数分。

 遂に根負けしたフレッドは渋々といった風に、投げやりとも取れる口振りで「送って欲しい」と答えたのだった。

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