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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
ネヴァー・イズ・ア・プロミス
59/93

ネヴァー・イズ・ア・プロミス(4)

(1)

 

 クリスマスまで残り二日を切った。


 多くの人々はクリスマス休暇に入り、思い思いに休日を楽しんでいたが、中にはまだ仕事を続けている者もいる。エイミーもその内の一人だった。

 バブーシュカは昨日から26日のボクシングデイまで休業するものの、ネットライティング(副業)の原稿がまだ仕上がっておらず、自室でノートパソコンの画面を睨みつけて必死にキーボードを叩き続けている。

『バレンタインを自宅で過ごすカップルへのお薦め映画』というお題の原稿の締め切りは本日十五時まで。

 あと二時間以内に仕上げた原稿をpdf化し、依頼先に添付メールを送信しなければならない。

 通常ならば締め切り間際ではなく、もっと余裕を持たせて原稿を送るのだが――、引っ越しでパソコンのインターネット回線がしばらく繋がっていなかったため、こんなギリギリになるまで原稿を送れずにいたのだ。

 ネットが繋がっていない間でノートに原稿の下書きを書き綴っていたけれど、更なる推敲を何度も重ねる間にも時間は刻々と過ぎていく。

 機嫌よさげに喉を鳴らし、くつろぐヴィヴィアンの重みで膝もだんだん痺れてくるのにも構ってなどいられない。


「よし、できた……!」


 画面右下に表示された時刻は13時45分、ここから原稿をpdf化させメールに添付し――、締め切りまでに充分間に合う。

 書き上がってホッとしたせいか、それまで意識していなかった肩の張りや目の疲れがどっと押し寄せてきた。

 五分だけ休憩、と、パソコンは開いた状態で学習机に突っ伏して目を瞑る。

 スカーレットというペンネームで行うネットライティング活動で書く記事は、大半が音楽や映画、読書等、エイミーの趣味が高じて得た知識が元となっている。

 読書は物心ついた頃から親しんでいたが、音楽や映画はある人の影響で関心を持ち始めたのがきっかけであった。






(2)


 その人は――、エイミーが登校拒否していた中学校(セカンダリースクール)|時代、実家で働いていた若い家政婦だった。

 エイミーの母はアナイスが学校に出掛けると共に、彼女曰くお友達とのお茶会や複数の習い事、セラピーなどで毎日のように外出しては、アナイスが学校から帰ってくる頃まで家を不在にしていた。

 父は仕事を理由に母以上に不在がちであり、両親とアナイスがいない家で一人エイミーは自宅学習し、合間に読書やピアノを弾く日々を過ごしていたが、ある時、キッチンの換気扇の下で隠れて煙草を吸っていた家政婦の姿を目撃してしまったのだ。


『お、お嬢さん!どうか、このことは奥様やもう一人のお嬢さんに内緒にしてくれませんか?!』

『誰にも話したりしないわ。だって私、お母さんともアナイスともできるだけ口利きたくないもの』

 そう言って、何事もなかったかのようにキッチンから出て行こうとしたエイミーの背に『……なんで、そこまで家族を嫌うのかな??』と、遠慮がち且つ不躾な問いが投げかけられた。

『何でって……』


 今ならば家政婦に悪気が一切ないと分かるだろうが、その時のエイミーはまるで責め立てられているような気分に陥り、一瞬でカッと頭に血が昇った。

 母やアナイスへの不信と不満の数々を家政婦相手に散々ぶちまけたあげく、過呼吸まで引き起こしてしまった。

 家政婦は嫌な顔一つ見せず黙ってエイミーの話に耳を傾け、過呼吸に苦しむ彼女を丁重に介抱さえしてくれたのだった。

 それ以来、家政婦はエイミーの話相手になってくれ、時には彼女が好きな音楽や映画について語ってくれたり、家族には内緒でCDや映画のDVDなどを貸してくれさえするようになった。

 また、『例え大学に進学できなかったとしても、各種(ファーザー・)職業訓練校(エジュケーション)には入った方がいい。家を出て一人でも暮らしていけるような資格を取るべき』と勧めたのも、その家政婦である。

 当時のエイミーが心を開き、まともに話ができたのはその家政婦だけだったのに――、突然、彼女は仕事を辞めてしまった――、否、辞めさせられたのだ。

 エイミーが彼女と親しくするのを良く思わないアナイスが、母に告げ口をしたせいで。


『あの人を辞めさせた方がいいって、私がお母さんに言ったの。だって、エイミーにくだらない音楽や変な映画を教えたりしていたでしょ??絶対悪い影響しか与えないじゃない!エイミーもエイミーよ。あんな人と仲良くなるより、もっと学校の皆や先生と打ち解けるべきなのに。大体、ロックなんか聴いたりする暇あったら、少しでも勉強してまた学校に戻る努力した方がいいと思うの、その方が貴女のためになるわ』


 アナイスはあの家政婦はエイミーに悪影響しか齎さないと決めてかかっていたが、彼女のお蔭で家を出て自立するという目標ができた。

 音楽や映画好きになり、今のバブーシュカやネットライティングの仕事、そしてフレッドという恋人と出会えたことになる訳で――、家族が自分に望んでいた姿や幸せとは大いに異なるけれど、エイミーは今現在の自分の生活に充分満足しているのだし――、ダメだ。


 この間のスーパーマーケットでの一件が未だに自分の中で尾を引いている。

 とりあえず、予定の五分はとっくに過ぎてしまったし余計な思考に耽ってしまうので休憩を終わらせよう。

 再びパソコン画面に向かうべく顔を上げた直後、「ちょっ、ぎゃあぁぁぁ?!」と悲鳴を上げる羽目に陥った。


「こら、ヴィヴィ!」

 膝の上で大人しくしていたヴィヴィアンがもごもごと身じろぎしだしたかと思えば、突然キーボードの上に飛び乗った。

 開いていた原稿は即座に下のバーに下ろしたので事なきを得たが、ヴィヴィアンはキーボードの上でごろんと腹ばいで寝転がった。

「ヴィヴィ、ニャンサムウェアは本当やめてっていつも言ってるでしょ!?原稿送らなきゃいけないからどいてってば!」

 エイミーの叱責に何のことかしら??と恍けた風になあーん、と鳴くヴィヴィアンをキーボードから抱き下ろそうと椅子から立ち上がりかけるも、足が痺れて上手く立ち上がれない。

 足の痺れに悶絶して動けないエイミーを、尻尾をぱたん、ぱたん上下に振りながらヴィヴィアンは悠然と眺めている。(ように見える)


「ニャンサムウェアってなんなんだよ……、というか、あんた、何してるんだ……」

 学習机の端に両手を掛け、立ち上がりかけの身体を支えていると、フレッドの呆れ声が背中に届く。

 彼もまた、今日の午後からクリスマス休暇を取得していて、今仕事から帰ってきたみたいだ。

「あ、あ……、アルフレッド、おかえり。あれ、ノックは」

「したけど、エイミーの悲鳴で掻き消された」

「そっか……、なんかごめん。あのね、帰ってきて早々悪いけど、キーボードに乗っかっているヴィヴィアンをどけてもらってもいい??今までずっとヴィヴィが膝の上にいたから、足が痺れちゃって……」


 背中を向けて喋っているので、フレッドがどんな顔をしているのか見えないが、絶対に面倒臭そうに顔を顰めているだろう。

 それでも傍に近づいてくる気配を感じるので、一応は頼みを聞いてくれるつもりらしい。


「あ、そうだ」

「うん、なに??」

「エイミー宛てのクリスマスカードが届いてたぞ」

「クリスマスカード??」


 エイミーがクリスマスカードを交換する相手はバブーシュカの客がほとんどで、大抵は店で互いに直接送り合うのが常だし、郵送でカードを送られてくることはほとんどなかった。

 ましてや、つい数日前に引っ越したばかりの新しい住所を知る者もいない。(フレッドと共通の友人知人は別だが)

 ん、と、フレッドが差し出してきたクリスマスカードに目を落とす。

 裏面のメッセージイラストから表面を確認した途端、机の下に置かれたゴミ箱に放り込みたい衝動に駆られた。


 アンティーク調の絵柄のバッスルスタイルのドレスを纏う貴婦人とクリスマスツリー、開け放された扉の先にはファーザークリスマスと赤鼻のルドルフのクリスマスカードの差出人の名は、『アナイス・モートン』と記されていた。

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