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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
アバウト・ア・ガール
49/93

アバウト・ア・ガール(12)

(1)


 昨今の異常気象の影響か、八月の後半に差し掛かってもまだ暑い日が続いていた。

 例年であれば、夏が終わり初秋に近づくこの時期は長袖の服を着用するのだが、長袖どころか五分袖のオックスフォードシャツですら暑かった。


 平日の昼過ぎ、むわりと熱気が籠る地下鉄の車両内にはフレッドの他に、夏季休暇中の学生と思しき若者数人が乗っているだけで、彼らの服装もまた、長袖だったり半袖Tシャツだったりとまちまちだった。

 自宅最寄駅から目的地の駅まで左程時間がかからないため、あえて座席に座らず吊革に掴まり立ちしながら、ひょっとして彼らと同じ場所に向かっているかもしれない、などと考えている内に、アナウンスが目的地の駅名を告げたので扉の前に移動する。

 フレッドの予想通り、同じ車両にいた若者全員が彼に続いて同じ駅で降りていく。


 改札を抜けて出口に続く階段を上がっていくにつれ、出口を囲む黒い鉄柵が見えてくる。

 出口から歩いて三〇秒もかからない目と鼻の先といっていい場所には、羽を大きく広げて矢を番える天使のブロンズ像と噴水があり、その周辺には待ち合わせするために多くの人々が集まっていた。

 靴底からアスファルトの熱が伝わってくるのを感じながら、エイミーに到着したとLINEを送る。

 ブロンズ像前でごった返す人・人・人の中に赤い髪の小柄な若い女がいないか、きょろきょろと視線を巡らせていると、握りしめていたスマートフォンがブー、ブーッと震えだした。


「はい」

『おはよ、もう着いたの??』

「あぁ。どこら辺にいる??」

『えっと、エロス像の矢尻が上向いているとこの真下??』

「……わかるような、わからんような」

『あ、やっぱり』

「服はどんな感じなんだ??」

『ブルーグリーンの小花柄ワンピースよ。フレッドさんは??』

「ダークグレーのシャツで、白のスリムパンツを穿いている」

『ん、わかった』


 服装を伝え合ったことで、電話を切ってから三分と経たずにフレッドとエイミーは互いの姿を無事に発見すると、待ち合わせ場所から程近い映画館へと向かった。





『遅めの夏季休暇を取ったから映画でも一緒に観に行かないか』

『確か、もうすぐエイミーが好きな小説の映画が封切られるって聞いたし』


 ブノワの一件が落ち着いた頃、フレッドは思いきってエイミーをデートに誘ってみた。

 好意を示された途端に引いてしまう彼女だから断られるかもな、と、余り期待せずにいたのだが――


『お誘いありがとう、嬉しいです。ぜひ行きましょう!ちなみに火曜日なら終日空いています』


 意外にも乗り気な返事に少々驚きつつ、待ち合わせ場所と時間を決めて――、今に至る。


 彼女と会いたければ今まで通りバブーシュカに行けばいいだけの話だし、実際、あれからバブーシュカにも何度か足を運んでいる。 

 でも、それはあくまでライブ出演者、お客と、一従業員という一定の距離が置かれた関係でしかないし、音楽を通じての交流が主となる店ではむしろそうあるべきだ。

 フレッドが会いたいのは一従業員の彼女ではなく、一人の女性として会いたいし向き合いたかった。







(2)


「原作のイメージ崩れないか心配だったけど、想像以上に良かったね!」


 シャンパンゴールドの光を発した電球が低い天井から幾つも吊り下げられた階段で、やや興奮気味のエイミーの声が反響する。

 平日昼間の時間帯に加え、二人が観た作品は「知る人ぞ知る話題作」で劇場の観客もまばらで少なかったが、お蔭で二時間弱しっかり映画鑑賞に集中できた。


「映画化を渋る原作者を制作陣が猛説得したとか、主役の女優も『細身の男装美少女』の役柄に合わせて20ポンド以上減量したとかいう話だしな」

「ね、凄いよね!あの女優さん、演技は良いけどグラマーな印象だったからイメージじゃないって思ってたのに、しっかり役になりきってて。仕事のためとはいえ大幅なダイエットに成功するとか私には無理だなぁ」

「別に太ってるわけじゃないし、あんたは痩せる必要ないんじゃないか」

「うーん、まぁ、そうなんだけど……、あっ」

 話に夢中になり過ぎて階段を上ってくる人にぶつかりかけたエイミーの手を取り、引き寄せる。

「……ったく、危なっかしい」

「はい、すみません……」


 エイミーが俯いたのはフレッドに注意されたせいだけではない。

 さりげなく手を握られて気恥ずかしさが込み上げたからだろう。

 別段嫌がっている訳じゃなさそうなので、振り払われない限りこのままで離さないでおくつもりだ。

 エイミーが黙って俯いていたのは最初の内だけで、一階まで下りて映画館の外に出る頃にはまた二人で映画の感想を言い合っていた。


「薬屋店主の過去話が一番映像映えするだろうと思っていたけど、銃撃シーンとかウォルター・ケイン邸脱出は迫力あったな」

「原作読んでるから結末分かってるけど、それでもハラハラさせられたよね……って、フレッドさんもあのシリーズ好きなの?!」

「あぁ、まぁ……、エイミー程嵌ってないけど、何だかんだ全作読んでるぞ」

「そっかぁ。あ、私ね、映画版で一つだけ不満があって……、ハルさんの配役だけは納得できないの!チャラすぎるもの!!私の中ではジョ〇ー・〇ップが良かったのに!!」

「あぁ……、まぁ、わからんでもないが……、ハル役が〇ョニー・デ〇プだとちょっと、いや、だいぶ年齢が上じゃないか??一〇年ぐらい前ならまだいけたかもしれんが。というより、あんたがジョ〇ー・〇ップ好きなだけだろ」

「う、バレた……」

「あと映画の話もいいけど、この後はどうする??遅めの昼でも食べに行くか??この辺りには色々レストランとかカフェもあるし、少し歩けばチャイニーズタウンもあるから、そこに行ってもいいし」

「うーん……」


 繋いだ手はそのままに交差点で信号待ちする人の邪魔にならないよう、二人は建物の外壁に寄って立ち止まる。

 エイミーは頭上を仰ぎ、雲間からうっすらと覗く空の色を確かめた後、こう切り出した。


「北に向かって一駅分歩いた先に、国立美術館と教会を囲む広場があるでしょ??今日は天気も良いし、どこかでテイクアウトしたものをそこで一緒に食べたいなって思うの。屋外でも木陰なら涼しいだろうし……、ダメかな??」

「全然。たまにはそういう気軽なのもいいんじゃないか」

 上目遣いで反応を窺うエイミーに、フレッドはフッと軽く笑ってみせる。

「一駅分なら散歩と思えば大したことないし、広場に行く途中のコンビニとかで何かしら売ってるだろ」


 曇った空から降り注ぐ陽射しが肌を照りつけるのも構わず、散歩と称して広場へ向かう。

 これが一人であれば暑さに負けて行く気など失せるし、そもそも一人で行こうなどとは考えもしない。

 彼女と一緒なら、彼女と一緒だから。


 繋いだ掌から伝わる温もりが愛おしくて、また手放したくなくて。

 少しだけ、ほんの少しだけ強く握り直した。

さりげないクロスオーバー。

そして、デート回後半に続きます。

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