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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
アバウト・ア・ガール
47/93

アバウト・ア・ガール(10)

(1)


 種類の違う風邪薬を各一箱、ミネラルウォーターや清涼飲料水のペットボトル数本、カップアイスクリーム数個、栄養ドリンク数本をカゴから取り出し、レジに繋がるベルトコンベアへと乗せていく。

 流れていく商品を横目に、自分の前に並ぶ人数を目で数えては小さく溜め息をひとつ、列の最前を覗き込めば、延々とお喋りに興じるレジ係の店員と客にもう一度溜め息をついてみせる。

 だからセルフレジの方が良かったのに――、否、一度はセルフレジで商品を通し、会計を済ませかけたのだ。

 クレジットカードの読み取りが上手くいかず、何回もエラーが発生しなければ。

 二度手間を食わされたばかりか込み合う列に並ばされ、相当な時間待たされている。


 なぜ、カフェタイムが始まる十五時過ぎにバブーシュカを出てしまったのか。

 せめてあと三十分早く出ていれば、少しでも無駄な時間を過ごさずに済んだろうに。

 内外に向けて苛立ちが募り、眉間の皺の数も増えていく。

 こうしている間にもエイミーの病状が気掛かりだった。

 真面目な彼女が休むというくらいだから、熱で伏せっているかもしれないし、咳がひっきりなしに続いて止まらないかもしれない。

 レジ係の店員と客のお喋りはまだ終わっていない。

 仕方なくスマートフォンの画面をタップ、LINEを開いてエイミーにメッセージを送る。

 寝ているかもしれないから、すぐにはメッセージに気付かないかもしれない。

 そう思い、『既読』の文字を確認することなくLINEを閉じた。

 その後、フレッドがスーパーマーケットから出られたのは夕方の十七時近く、店を出た瞬間に初夏の爽やかな風が頬を撫でる。

 まだ日の明るさが残る空を眺め、エイミーのアパートへと急ぐ。


 アパートに到着すると、フレッドはエントランスのインターホンにエイミーの部屋番号を押し、応答を待つ。

 いつものように、すぐにエイミーの返事が返って、こない。

 ベッドから起き上がれない程風邪が酷いのか、待ちくたびれて眠ってしまったのか。

 自分が先程送ったLINEメッセージを確認してみれば、『既読』の文字が残されている。

 エイミーからのメッセージは届いていない。

 もう一度インターホンを押すが、やはり応答はない。

 首を捻り、三回目を押すかどうか少し躊躇っていると、どこからか誰かが激しく咳き込む音が、微かに耳に届いた。

 エントランスの自動ドアの奥を覗いてみても、振り返って付近を見回しても誰もいない。

 空耳を疑ってみたが、またどこからかひっきりなしに咳き込む音が。

 音が聴こえる方向を探るため、エントランスから数歩後ずさる。

 耳をよく澄ましてみると、咳と共にガタン、ギシギシ、ギシギシと何かが激しく軋む音も併せて聴こえてきた。


 不審に思うと同時に、嫌な予感が胸中でざわざわとさざめき立つ。

 ごくり、喉を鳴らして上を――、アパートの上階を見上げてみる。

 そこでフレッドは、そう高くない柵から辛うじて見えた光景に、鈍器で殴りつけられたかのような衝撃を覚えた。


 エイミーの部屋番号は202、二階に位置するその部屋の前で――、部屋に押し入ろうとする男の背中と、男を中に入れまいと、咳き込みながらも必死で男を――、背格好からして()に違いない――、締め出そうとするエイミーとの攻防が繰り広げられていたからだった。







(2)


 体内を巡る血液が瞬時に逆流し、一気に脳の方へと上っていく。

 発汗する程気温は高くないのに、身体が異様なまでに熱くなる。

 その一方で驚く程冷静な思考も残されていた。


 二人の動向に目を配りつつ近くの警察署へ通報すると、フレッドは更に数歩後ずさる。

 そう広くないアパートの敷地からはみ出て、敷石が敷かれた歩道まで出たところでスマートホンを掲げ、エイミーと争うブノワの姿を何枚か撮影した。

 撮影を終えるやいなや、フレッドは再びエントランスまで戻って三度目のインターホンを押すが、当然応答はない。

 オートロック式ゆえに、エイミーの応答がなければエントランスの中にすら入ることができない。


「くそ……!」


 そもそも、ブノワはどのようにして部屋の前まで侵入したのだろうか。

 この時間は仕事に出ている筈のエイミーが部屋にいることを知っていたのか。

 次々と湧いてくる疑問を考察したいのは山々だが、それよりも今はエイミーを助けることが最優先だ。


 中から入れないのなら……、と、祈るような思いでアパートの裏手に回り込む。

 良かった、あった!

 外付けの非常階段を慎重に、音を立てずに数段上り、踊り場まできたところで足を止める。

 二階に近づいたことでエイミーとブノワの会話がより鮮明に聞き取れるようになったが、会話というよりも、苦しげに咳き込み続けるエイミーに向かってブノワが一方的にまくし立てているだけであった。


「ここまで通してくれたんだったらー、入れてくれたっていいだろー??なぁー??」

「い、いや……、げっほげほ!!あん、たじゃ、なく、フレッドさん、だと、げほげほげほ!!ごほっ!!思っ、た、か……、うっ、げっほ!!」

「ほらぁ、そんなに咳き込んでちゃあ、すっげぇしんどいじゃーん、オレが看病してやるからー」

「やだ……、ほんと、げほ、か、かえって、よ……!」


 ブノワが扉と、扉の縦枠の間に手を差し挟んでいるだけでなく、僅かにできた隙間からもう片方の手を差し入れ、チェーンを外そうとしているのが分かった途端、フレッドの怒りは遂に限界点を突破し、残されていた冷静さも弾け飛んだ。

 カンカンと音を立てて非常階段を駆け上がれば、ようやくフレッドの存在に気付いたブノワは「げぇ、諦めて帰ったかと思ったのに!」と叫ぶと両手をさっと戻し、外廊下から階下に向かって脱兎のごとく駆け出した。


「おい!待て!!」

「やなこったー!!」


 チッと舌打ちを鳴らし、慌てて非常階段を駆け下りる。

 証拠写真を撮影した上で通報したのだから、警察がくるまでは何としても足止めしなければ。


 ブノワがエントランスの自動扉から出てきたのと、フレッドがエントランスのポーチまできたのはほぼ同時だった。

 まさか追いつかれるとは思っていなかったのか、ブノワはぎょっと目を剥き、ほんの一瞬動きを止めた。

 その隙を見て、フレッドは腕に提げていた差し入れの袋を放り出し、ブノワとの距離を詰めて胸ぐらをきつく掴んでは締め上げた。


「ちょ、フレッド、さん……、くるし、苦しいっす、よ……。なに、マジに、なってん、すかぁ……」

「黙れ」


 フレッドより一〇㎝近く背の低いブノワを冷たく睨み下ろせば、呻きつつも余裕ぶりたいのか、締まりのない笑みを何とか浮かべようとしている。

 気が済むまで殴り飛ばしてやりたいけれど、暴行罪で逮捕されてしまう。

 少年時代、何度も悪ガキ達から身体的・精神的暴力を振るわれた経験から、相手が誰であれ暴力を持ち出すのは彼の本意ではない。


 遠くから警察車両のサイレンの音が近づいてくる。

 腕の力を緩めると、フレッドを突き飛ばすようにしてブノワは身を離した。


「……警察、呼んだんすか……。へっ……、でも、証拠は」

「ある」

「は??」

「エイミーの部屋に押し入ろうとするところ、何枚かスマートホンで撮影させてもらった」


 んぐ?!と喉に食べ物を詰まらせたかのような呻き声を発した後、ブノワの笑みが消え、代わりに顔から色が消えていく。

 この場から何とか逃げようと、手足を無駄にバタバタさせて周囲をきょろきょろと窺ったものの、時すでに遅し。

 車体の両サイドを青×蛍光イエローで塗装し、ボンネットには『POLICE』と印字された一台の警察車両がアパート前の歩道脇に止まった。

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