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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
アバウト・ア・ガール
40/93

アバウト・ア・ガール(3)

(1)

 ライブ予定がない日のバブーシュカはオープンマイクという、誰でもステージで演奏できる状態になっている。

 ライブと違って気楽に歌い、演奏できるオープンマイク目当ての客は多く、あのベース弾きの青年もかつてはその一人だった。

 勿論、フレッドのように基本は飲みが目当ての者もいるが、大抵はゲイリーかエイミーに『一、二曲何か演ってみたら??』と勧められるか、他の客の演奏に触発されるかして、何だかんだステージで遊んでしまうけれど。


「お、いいねぇ!やろうやろう」

「やりましょう!」

 フレッドからのセッションの誘いにゲイリーと青年は揃って目を輝かせ、すっかり乗り気だ。

「曲は何にする??ブラックシープ(フレッドのバンド)の曲でもいいぞ」

「それはやめとく。オープンマイクの時くらいはカバーで遊びたいし。曲……、そうだな、××××××の▲▲▲▲・▲・▲▲▲とか」

「俺はいいけど」

 ゲイリーは青年にちらっと視線を送る。

 青年は、んー、と眉を寄せて曖昧な笑みを浮かべた。

「君が生まれる前の曲だから知らないよなぁ」

 フレッドとゲイリーが揃ってメロディを口ずさんでみるも、「ごめんなさい、僕、聴いたことないです」と頭を振られてしまう。

「あ、でも、YouTubeでちょっと確認してみますね。そんなに難しいコード進行じゃなければ何回か聴いてるうちに拾えるし、曲全体の雰囲気も掴めますし」


 青年はベースを持ってテーブル席からカウンター席へ移り、メニュー表と共に立ててあるタブレット端末を手に取った。

 このタブレット端末はゲイリーの私物だが、主に演奏時に歌詞やコード譜をインターネットで検索する用で店に常時置いてある。

 フレッドのすぐ隣ではなく少し席を空けて座った青年がYouTubeを開き、検索キーワードをタップして十数秒後、件の曲が流れだした。

 小さな画面の中で、長めの金髪に不精髭の男がアコースティックギターを弾きながらだるそうに歌っている。

 曲を聴きながらベースのルート音を辿る青年を横目に、聴こえてくる音に合わせて小さく口ずさむ。


「何となくだけど音拾えたし、もう大丈夫です」

 何度か曲を繰り返し聴いた後、青年はYouTubeの画面を閉じて立ち上がった。

「待たせてしまってごめんなさい」

「いや、気にしなくていいさ。よし、じゃあやるか」

「エイミー、卓の方頼むわ」

「はーい」

「ゲイリー、店のアコギ借りるぞ」


 フレッドは席を立つとカウンターから見て正面のステージへと進み、後方の壁に掛けられたギター数本の内一本を手に取った。

 各々が演奏準備に取り掛かり、ステージ脇の音響卓に移動したエイミーがマイクや各楽器の中音の返しの確認を行う。

 サウンドチェックを一通り終えると、ゲイリーがスティックを叩いてカウントを取り、演奏が開始される。


 スキップで歩くような軽快なベースとドラムに乗せて、乾いたアコースティックギターが店内に響き渡る。

 砂のようにざらついた声でガールフレンドへの想いを切々と、それでいて明るく歌い上げる。

 内省的かつ激しい曲が多いバンドにしては、この曲の明るさは異色作とも言われているが、フレッド自身が特別好きな曲、という訳でもない。

 一向に止む気配がない雨のせいで、じめりと陰気な空気がガラス越しから漂ってくるし、店内にそこはかとなく流れる気まずい雰囲気を払拭するには明るい曲の方がいいだろうと判断しただけだ。

 現に、自身も含めステージで演奏する三人の顔つきは実に楽しそうだったし、音響卓の前で音を調整するエイミーも満面の笑みを浮かべて軽くリズムを取っている。


 観客はゼロ、スポットライトに代わって蛍光灯の光が輝く、低いステージの上。

 ドラムセットの前で丸椅子に腰掛け、足でリズムを取っては歌うフレッドもまた、自然と口許を緩ませていた。











(2)


 演奏を終えて間もなく青年は雨が降りしきる中、店を後に帰っていき、残されたフレッドは元いた席へ、ゲイリーとエイミーもカウンター内へと戻っていく。


「エイミーも何か演ってみれば??」

「え、私??うーん、でもなぁ」

「大丈夫だって、今なら俺とフレッドだけしかいないし。それにさ、いつも言ってるけど、エイミーは歌も鍵盤も自分で言う程下手じゃないぞ、なぁ??」 


 何でいちいち俺に振るんだよ、と内心舌打ちしつつ、「別にオープンマイクで演る分にはいいんじゃないか??」とだけ言っておく。

 我ながら素っ気ない気もするが正直反応に困るし、他に何と言えばいいというのか。


 エイミーは鍵盤で弾き語りするのだが、ほろ酔い状態で気が緩みきっている時以外、人前ではなかなか演奏しようとしない。

 本人が乗り気でない以上、余りしつこく言うのもどうかと思うが、少々強引な質のゲイリーは「じゃ、俺、卓の方行くわ」と、エイミーの返事を待たずに音響卓の方へ行ってしまった。


「ちょっと、ゲイリーさん!私、まだやるって……」

 言ってないのに……、と、言葉を尻すぼみにさせながら、エイミーは小さく肩を落とす。

「ステージに立つと緊張するから嫌なのか」

「嫌って訳じゃないけど……」

 エイミーはフレッドではなく、カウンターの天板に視線を落としながらぽつりと呟く。

「……歌もピアノも好きだけど私には才能ないから。妹と違ってコンクールに入賞したこととか一度もないし、人前で演奏していいレベルなのか……」

「妹??」

 フレッドの問い掛けにエイミーはしまった、と一瞬だけ息を飲んで言葉を詰まらせたが、すぐに「うん、双子の妹がいるの。双子って言っても二卵性だから私と全然似てないけどね」と、答えてくれた。

「妹はね、チビの私と違って背がスラッと高くて、地元でも評判の金髪美人なの」

「へぇ」

「ピアノだけじゃなくて勉強もスポーツもできて、チアリーディングとボランティアやってたりして凄く活動的で……、皆に優しくて気配りも出来る、自慢の妹なの……、あ、いらっしゃ……」


 視線をカウンターに落としたままだったせいか、激しい雨の音で扉が開く音を聞き逃してしまったのか。

 新たな客がまた一人来店したことに、エイミーはすぐに気付けなかった。

 エイミーの話に集中して耳を傾けていたフレッドも同様に。

 しかし、新たな客の顔を見た途端、エイミーの青白い顔は益々青くなり、フレッドに至っては露骨に眉を顰めてみせる。


「どもども、ゲイリーさん!おひさしぶりっすー!今夜はひっどい降りっすよねぇ!」


 彼が床を歩くごとに、スニーカーの靴底がキュッキュッと鳴るのがひどく耳障りで不快だ。

 日に焼けた浅黒い肌、若い割にやや小太りに近い体型、よれた皺が目立つネルシャツにくたびれたジーンズと格好こそ冴えないが、人を食ったような不遜な笑顔。


「おぉ、ブノワじゃん!久しぶり!!いつ帰国したんだよ?!」

「ふっふっふ、そいつはぁ、ひみつー、ですよぉ??」

「何だそりゃ、訳分からんノリは相変わらずだなぁ。最後にここに来たのは二年前だったっけ」

「でしたっけぇ??僕、あんまり覚えてないっすけどぉ、ふと思い立ってひっさびさにバブーシュカ寄ろっかなぁ、と思ってー」


 苦虫を噛み潰した顔のフレッドとは対照的に、ゲイリーは音響卓からブノワの元へと駆け寄り、互いに軽口を叩き合っている。

 先程、ベーシストの青年に感じたものの比ではない、こめかみに血管が浮きそうなくらい強い苛立ちをどう抑えるか。

 とりあえず、気を落ち着かせるために二杯目を注文しようとしたところ――、エイミーに異変が起きていた。


「エイミー??」

「…………」

 まるで身を隠すかのように、エイミーはカウンター内の床にしゃがみ込んでいる。

「あんた、何やって」

「……シーッ!」

「…………」

「……ちょっとしばらくの間、厨房の片付けしてくるから。悪いけど、注文はゲイリーさんにお願いします」


 そう言い残すと、エイミーはしゃがんだままの姿勢でカウンター最奥に続く厨房へ移動していった。

 接客業にあるまじき態度の数々にフレッドはすっかり閉口したが、普段は明るく真面目に仕事に打ち込むエイミーのこと、余程の理由があってのことなのか。


「おーい、エイミー。ブノワにギネス・ビールを……」

「……エイミーなら厨房の片付けの最中だ」

「えぇ?!そっか、じゃ、俺がやるよ」

 ゲイリーは特に気を悪くする風でもなく、カウンターに戻ってブノワのビールを用意し始める。

「エイミー……さんって、ここに立ってた赤毛の娘っすかぁ??アッ!どもども、フレッドさん、おひさしぶりっす!!いやー、久々に会ったのにぃ、相変わらず超―っ、男前っすよね!」

「……そりゃどうも」

 あろうことか、ブノワはカウンター席へ、それもわざわざフレッドの隣の席に座ってきた。

 二年前に散々迷惑かけておきながら、どの面下げてへらへらと話しかけてくるんだ。

「にしてもぉー、赤毛のエイミーさん!チラッと見ただけだけど、いいっすねぇー、可愛いっすねぇー」

「おいおい、帰国早々、もう女の尻追っかける気かよ。エイミーはダメだぞー、うちの大事な看板娘だからな、お前みたいにふらふらしている奴にはやれん」

 フレッドの煮えくり返る肚の内を察したか、エイミーを守るためか、おそらく両方だろうが――、ジョッキを受け渡しながらゲイリーがやんわりとブノワに釘を刺す。

「やだなぁ、ゲイリーさんオヤジくさいすっよ??それに、僕、可愛いって言っただけで、別に口説こうとか思ってないしぃー」


 ブノワはゲイリーの忠告をひらひらと手を振って笑い飛ばしたが、だらしない笑みに紛れて粘着質な視線を厨房に注いでいた。

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