シーズ・ソー・クール(21)
(1)
オレンジ、グリーン、イエロー……と、鮮やかなビタミンカラーに、半袖、もしくはノースリーブにホットパンツ、膝上ミニスカート姿のモデル達が舞台上手から中央、中央から花道に向かって、飛んだり跳ねたりと元気よくステップを踏んでいく。
軽快な動きと健康的なセクシーさを意識した衣装を纏うモデル達は全員一〇代、明るい色調の衣装に合わせた暖色系の地灯りの下、露出した手足に塗りつけたラメがきらきら輝いている。
弾ける若さを存分に発揮させる少女達に客席から歓声が湧き上がり、少女モデル達が一人、また一人と舞台に飛び出すごとに、巨大風船が一緒に袖から飛んでくる。
舞台袖奥では、次の出番を待つ二〇代モデル達の出番前最終チェックが行われ、舞台裏は戦場と化していた。
もっと大規模なファッションショーであれば、出番が終わり次第、舞台裏で各スタッフや他のモデル達が行き来する中でも迅速に衣装を着脱しなければならない。
今回は小規模なショーなので着替えは控室で行うが慌ただしさは変わりなく、他のモデル達と共にジルのヘアメイクも、舞台裏で出番を待ちながら行われていた。
少女モデル達全員が花道を一巡し、各々が風船を腕に抱えながら舞台上で一列に並ぶ。
二分間の撮影タイム後一人ずつ下手にはけていき、最後の一人が舞台から去ったところで暗転――、三〇秒後にバックライトが灯され、ジル達の出番が開始する。
出番が近づくにつれてジルの緊張は高まっていき、衣装のスカートを握り締めていた。
ブルーシルバーの古代ギリシア風ドレープワンピースは、色味といい、スカートの裾がアシンメントリーになったデザインといい、ジルの髪と目の色、クールな雰囲気によく映えている。
「顔、もう少し上げてもらえますか??」
知らず知らずのうちに、俯いてしまっていたらしい。
一瞬でも手間取らせてはいけないと瞬時で顔を上げる。
「あと、シフォン生地とはいえ、そんなにギュッと掴んだら皺になっちゃいますよ」
「…………」
ジルの髪を手早く櫛で逆立てるチェスターと目が合う。
ヘアメイクの直しも秒刻み、その場で迅速かつ臨機応変に動き続けているため、珍しく笑顔は消え、真剣な表情で向き合っている。
他のヘアメイク達と違い、どんなに迅速に動いていても、髪を無理に引っ張ったりとかしないのはさすがというべきか。
呑気に感心する間にも、チェスターはスプレーを振りかけてふわふわと逆立てた髪が崩れないよう固定させていく。
客席から袖を隠すカーテンから垣間見える舞台では、最後の一人が下手へはけていくのがちらりと見え、暗転する。
いよいよ、ジル達の出番だ。
短いようで長い、長いようで短い三〇秒の静寂の後、流行りのダンスミュージックが大音量で流れ出す。
トップバッターが舞台に登場し、二番目、三番目と後に続いていく。
ジルの出番は七番目――、近付いていく出番に緊張が更に高まっていく中、四番、五番目の者が立て続けに袖から舞台へと消えていく。
六番目がカーテンの影で待機し、そろそろ動かなければ――、と、ぎこちない足取りで一歩踏み出した時――、背中を大きな掌でそっと押されたのを感じ、次いで、小さな声で『がんばれ』と聞こえてきた。
驚いてさっと振り返った時には、掌と声の主はジルに背を向けていたが、視線を感じたらしい彼もまたジルを振り返る。
ジルは返事の代わりに笑ってみせた。
『当たり前よ』と、わざと自信満々な振りで唇の端を引き上げて。
本当は緊張に押し潰されかけているのに。
強気な作り笑顔に対し、チェスターは片眉を持ち上げてみせた。
その表情の意味を考える余裕はなかったが、多分きっと、悪い意味は含まれていないだろう。
都合良く解釈し、ジルはカーテンの影に張り付いた。
舞台に躍り出た六番目の動きを確認している内に、いよいよ出番が回ってくる。
全体的に明るくポップだった少女モデル達の舞台とは違い、落ち着いた地灯りの下、特別に取り付けられた巨大ディスコボールの赤、青、紫……と、何色もの小さな光が会場中に反射している。
チェスターに向けた強気な笑顔で舞台と花道を進むジルからは、先程までの緊張は微塵も感じられなかった。
背筋をピンと真っ直ぐに張り、高いヒールで颯爽と舞台を歩くジルの姿は衣装も相まって、神話の女神のような神々しさに満ち溢れている。
強さと気高さ、そして、僅かな憂いを帯びた彼女特有の美しさに、観客の誰もが惹きつけられた。
会場中の羨望の眼差しと賞賛の声を一身に浴びながら、ジルの心中は静寂に包まれた月の夜のごとく穏やかだった。
各照明の光、止むことのないBGM、密集する人間の体温で上昇した場内の気温も喧騒も、どこか遠くのものだと思える程に。
与えられた役割を、与えられた以上に――、何もない自分が現時点で唯一出来ることを、自身が納得できる形で全うさせたい。
それが出来れば――、今までの自分を変えられるかもしれない――、否、変えられる。
根拠はないけれど確信した途端、嘘のように気持ちが落ち着いたのだった。
(2)
花道の最前でポージングを取ると、一際大きな歓声と拍手が巻き起こった。
今のジルには会場中を見渡す余裕があり、ポージングを変えながら観客を見渡した。
場内の薄暗さ、チカチカと明滅し続ける照明の光の下にあっても、意外と人の様子はよく見える。
しかし、一階席を一通り見渡して二階席に視線を移した時にふと心が激しく波立った。
危うく動揺しかけたせいで、ほんの一瞬だけ表情が歪んでしまった、かもしれない。
幸い、ごく些細な表情の変化など誰も気付かなかったし、くるりとターンした後、客席に背を向けて花道から舞台へと戻っていく間に動揺は少しずつ収まっていく。
それでも、舞台で他のモデル達と並んだ時も、並びながら残るモデル達の出番が終わるのを舞台上で待っている時も、全員が舞台に並んでの写真撮影タイムの時も、二階席のある一定の場所を正視できなかった。
会場の客層は一〇代~二〇代の若者が大半だが、中年以上の年齢層の客も少なからず見掛ける。
けれど、彼らは他の若年層の客と同じく、ファッションセンスに一家言ありそうな者ばかり。
だから、彼らの姿は余りにも場違いで――、場違いすぎたせいで、ジルの目に留まってしまったのだ。
彼らは二階席の端の端――、会場内の熱気やお洒落な若者達の雰囲気に全く馴染めず、大変居心地悪そうに座席に浅く腰掛け、舞台を眺めていた。
父は唇をへの字に曲げた仏頂面で食い入るように、母は周囲をきょろきょろ見回したり、仏頂面の顔色を窺ったりと落ち着きがない。
全然嬉しそうでも楽しそうでもなければ、今更何をしに来たと言うのか。
でも、ひょっとしたら、彼らもまた、現状を変えようとしている、のかもしれない。
きっとそう、そうであればいい――、舞台から下手へとはけていく中、ジルはそう願わずにはいられなかった。
(3)
舞台は再び暗転し、舞台裏や控室が再び戦場と化す。
華やかな戦場の中で素早く新しい衣装に着替え、ヘアメイクも変えて再び舞台に向かう。
髪をきっちり編み込み、身体の曲線を強調させた銀色の膝丈ミニワンピースと同色のブーツ姿で、再びジルは颯爽と歩き出す。
チェスターだけじゃない、両親にも自分を認めて欲しい。
例え、彼らが認めなかったとしても、自分を誇れる自分でいたい。
真っ直ぐ踏み出した足を一歩進めるごとに、そんな想いを強く込めていた。
届いて欲しい、伝わって欲しい。
届かなくてもいい、伝わらなくてもいい。
――届いて欲しい、伝わって欲しい――