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She's So ×××(改稿版)  作者: 青月クロエ
シーズ・ソー・クール
13/93

シーズ・ソー・クール(12)

今回短いです。

(1)


 リビングに戻るまでの間、フレッドはジルの顔を見ようとすらしなかった。

 扉の前まで辿り着いた時、平静を取り戻すためか、ふぅ、と深く息を吐き出したフレッドはドアノブを掴む。


「フレッド、お前さぁ、まーた一人でたそがれたのかよ」

 扉を開け放つと、呆れ顔のエドがフレッドに駆け寄ってきた。

「もう!すぐ一人になりたがるんだから……!!ちょっとは協調性もちなよ!」

 エドの隣で同じく呆れ顔のメアリが腰に両手を当て、ぷんぷん怒っている。

「あぁ、もう、二人ともうるさい……」

「うるさいじゃない!!」

 声を揃えて怒る二人をさも迷惑そうにフレッドは見上げたが、先程までの顔色の悪さや表情の昏さは消えていた。

 そのことにホッとしつつ、開けっ放しになったままの扉を閉めようとする――、と。

「待って、待って、ジルさん!俺も部屋に入りますからー」

 廊下からバタバタと慌ただしい足音と共に、チェスターの大きな手が閉めかけた扉をぐっと掴む。

 入りやすいように扉を再び開ければ、彼もまた先程までの(顔は笑っていたが)怜悧さが消え、いつも通りの朗らかさを取り戻していた。


 父子揃って取り繕うのが異常に巧すぎじゃなかろうか。

 何とも言えない気分でドアノブから手を放す、放したつもりだった。

 チェスターもまた確認もせずにジルの手がドアノブから離れたと思い込み、自身で扉を閉めようとしたのだろう。


 そう、これは事故であり、決してわざとではない。


 ドアノブごと手を握られた瞬間、ジルは目を大きく見開き素早く振り返った。

 チェスターは目を丸くさせ一瞬固まったものの、すぐに手を離した。


「すみません、まさかドアノブ握ったままだったとは」

「いえ、気にしないでください」

 ぎこちない動きで扉を閉めると、チェスターは気まずそうにジルを見下ろしている。

 目撃者はいなかったらしく、揶揄う声が飛ばされてこないのが不幸中の幸いだ。

「普段の仕事や誕生日会の準備なんかで疲れてたんですよ、きっと」


 本当に気にしてなどいない、と示す為、わざと肩を竦めてみせる。

 軽く笑ってみせれば尚いいのだろうが、生憎、仕事以外での愛想笑いは苦手な質だ。

 折り良くアガサが二人の元へ紅茶のカップを手渡しに来てくれたので、この件はこれで打ち切りとなった。


 つまらないことでチェスターを患わせたくない、と思う自分に違和感を覚えるが、温かな紅茶を啜っている内にどうでもよくなってきた。

 フレッドの寂しげな横顔、衝撃の事実、チェスターの冷たい笑顔だけは、脳裏にちらついていつまでも消えなかったけれど。





(2)


 アガサが空になったカップを片付け始めると、フレッドと昼寝から目覚めて戻ってきたマシューがそれぞれ、ゲストへのプレゼント入りのバケットを手に抱えてくる。

 参加者へのお礼であり、本日の誕生日会はお開きを意味していた。

 二人からお礼とプレゼントを受け取った者から順にリビングを後にしていく中、ジルの番が回ってくる。


「ギャラガーさん、今日は誕生日会に参加してくれてありがとうございました」


 ぶっきらぼうな口調に仏頂面を下げて、フレッドはジルにプレゼントを手渡す。

 他の者には笑顔で渡していた癖に、青いリボンで巾着状にラッピングされた銀色の小袋とフレッドの顔を交互に見比べる。

 ジルと視線がぶつかるやいなや、フレッドはさっと顔を逸らしてしまい、別の人のところへプレゼントを渡しに行ってしまった。

 まぁ、最も知られたくないことを聞かれてしまったから仕方ないのかもしれない。

 痩せた小さな背中をしげしげと眺めながら、こっそりと嘆息する。


「あ、ジルさん、待ってちょうだい」

 リビングを出ようとしたジルに、ビニール袋を提げたアガサが声を掛けてきた。

「はい??」

「これ、貴女にあげようと思ってね」

「??」

 アガサが広げてみせたビニール袋の中を覗き込めば、酸味を含んだ爽やかな香りが微かに立ち込める。

「ジルさん、オレンジとグレープフルーツ好きでしょ??」

「あ、はい」

「余り物で悪いけど、良かったら持っていって」

「え……、いいんですか??」

 目をぱちぱち瞬かせてアガサを見返せば、彼女特有の悪戯めいた笑顔を向けられる。

「いいのよ、ほら、うちは男所帯だし、マシューもオレンジとグレープフルーツはすっぱいとか言って食べてくれないのよねぇ。私一人じゃちょっと食べきれないし」

「そういうことだったら……、ありがとうございます」


 遠慮がちにビニール袋を受け取る。

 蛍光灯の下で瑞々しい光沢を放つ、三つずつ並ぶ橙と黄色が袋越しに眩しく見える。

 物理的な重みだけでなく無償の好意と優しさの重みでもあるのだろう。


「ジルさん、またいつでも家に遊びに来てね。こんなお婆ちゃんの相手が退屈じゃなければ」

「退屈だなんて、そんな……!私も、アガサさんと、もっとお話したいです」

 実母には感じられなかった母としての強さ、優しさを持つアガサにジルは心を開きかけている。

 だから、もっと話したいというのは紛れもない本心だ。

「ふふふ、ありがとう。こんな若いお友達ができちゃうなんて、何だか嬉しいわ」

「ちょっと母さん、うら若いお嬢さんをさりげなくナンパしないの」

 ふいにチェスターが二人の話に割り入ってきたので、ジルは思わず口を噤む。

「あら、いやだ。羨ましいのかしらー??」

「あのねぇ……」


 閉口するチェスターをニヤニヤして揶揄うアガサに、この二人は紛れもなく同じ血が流れていると痛感させられる。

 あんなろくでもない男を夫、父に持ったがゆえに、きっと人並み以上の苦労を強いられただろうに、一切感じさせない強さも含めて。


「貴方もね、仕事ばっかりじゃなくて……」

「ちゃんと家族は大事にしてるじゃん??今度、大きな仕事任させられるから、ちょっとばかし不義理するかもだけど……」

「そうじゃなくて」

「あ、ジルさん。今日は歩きでしたっけ??」

 アガサの説教を避けるように、チェスターは唐突に話題を変えてジルに話し掛けてきた。

 誤魔化したな、と思いつつ、「あ、運動も兼ねて歩きでここまで来ました」と答える。

「じゃあ、俺も運動代わり兼ねて送ってきますよ。ちょっと今日食べ過ぎたし」


 結構です、と断りかけて思い止まる。

 代わりに、「そういうことなら……、まぁ、お願いします」と伝えた。

 もしかしたら、あの玄関での一件についての話があってのことかもしれない。

 単に、改めて謝罪したいだけもしれないが。


 何かしらチェスターの本音が語られるかもしれないことを、心の片隅でジルは期待した。

次回はチェスター視点の閑話を挟むので、本編の続きは次々回となります。

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