とある視点
暗い。
ふと気がつけば、自分は真っ暗な所にいた。自分の体も見えない程に暗い。
寒い。
恐らくこの寒さで気がついたのだろう。体の細胞が全て凍ったのではないか、と思う程寒い。その上、暗い世界が寒さをより一層引き立たせているように感じる。ここにいると太陽が恋しくなってくる。自分を包み込む暖かさ。溢れんばかりの眩い光。だが、いくら夢想した所で手に入らない事は判っている。そう、判っているんだ。何故かは判らない。ただ、ここから出る事は出来ても、二度と太陽を見る事は出来ない。
気がついてからどれくらい経ったのだろう。既に体内時計は完全に狂っていた。数秒が数時間にも数日にも感じる。その間に気がついたのだが、ここでは妙な声が聞こえる。腹を空かした獣が唸るような声。いや、声ではないのかもしれない。その声はずっと途切れる事無く聞こえてくるから。普通じゃない。息を切らせる事無く唸り続けるなんて普通は不可能だ。……じゃあ、この声はなんだ?瞬間、慣れたと思っていた寒さがぶり返す。駄目だ、考えてはいけない。別の事を考えよう。そういえば、隣に住んでいた彼女はどうしているだろう?自分が引っ越したのと同じ日に別の所へ引っ越していった彼女。きっと彼女はここと違って燦々たる陽光が降り注ぐ所にいるんだろうな。また、あの光の中に戻りたい。
突然、眼が焼ききれそうなほどの光が射し込んできた。
自分が生んだ幻想か?しかし、その考えは次第に正常に戻る視界が裏切る。ああ、光だ、ずっと求めていた光だ。太陽のような暖かみはないが、明るいというだけでも十分心が休まる。もしかしたら太陽の元に帰れるのかもしれな……。
天から大きな手が自分を掴んだ。
圧倒的な力で自分を掴み上げた手は、先ほどまで自分にとって全てだった世界の扉を閉じる。そして自分を乱暴に白く塗られた舞台に置いた。……自分はどうなるのか、ただただ漠然とした不安が、恐怖が自分を満たす。大きな手は自分を強く逃げ出さないよう、グッと強く押さえつける。別の手が鈍く輝く銀色の刃を持った。
解体が始まった。
規則的に、単調に、そこに躊躇いなど存在せず、恐ろしさよりも何故そこまで微笑みながら切り裂けるのかという疑問が浮かんだ。薄れ消えていく意識の中、最期に聞こえたのは、
「母さん、今日の晩御飯何?」
「キュウリの酢の物よ」