狂戦士
「くぁ~~‥‥‥んぁ?」
「あ、起きた?オニギリ、なに味にする?」
「ツナマヨ‥‥‥今何時?」
「四時半過ぎ。あとちょっとで出発」
すこし寝坊したみたいだ。
伸びをして起きるとコウ以外は全員起きて食事をしていたり、ストレッチしたりしていた。この後、何時間も走る為の準備だろう。皆、死にたくないのだ。
「おはよう櫻木。‥‥‥助けてくれたそうだな。感謝する」
「おぉ部長!!起きたんですね。良かった‥‥‥」
深月が用意してくれたオニギリの袋を開けて、三口で食べ終わりお茶を飲んでいると、昨日は真っ黒だった部長が、優しい笑顔で此方を見ていた。
見た感じ具合が悪そうには見えない。本当に良かった。
「部長、身体の調子がおかしかったりしませんか?黒い所とか‥‥‥」
「大丈夫だ。‥‥強いていうなら、固いところで寝たから身体が痛いな。それ以外は健康だ」
ホッとため息を付いて、もう一杯お茶を貰う。
身体の調子も良いみたいだし、今日1日此処で過ごす必要は無さそうだ。
「コウ、起きたんだね。おはよう。‥‥‥ちょっといい?」
「ん?おはようレイ。‥‥‥どした?」
部長に断ってから、レイに着いて行くと先生と先輩が待ちかまえていた。少し気難しい顔をしている。
なに?なんかあったの?
「どうかしたか?」
「美咲の事だ。‥‥‥『蘇生薬』というのを使ったらしいな。それはつまり」
「部長は一度、『黒化』しているよ。けど、生き返って普通の人間に戻ってる」
「その事について、知らせておきたくてな。『黒化』した間の事は覚えておらず、直前の記憶もないらしい。覚えているのは逃げた映画館の中で、人が異形の形に変化した。‥‥‥その後は覚えていないと。気がついたら私の横で眠っていたらしい」
人が異形の形に変化した?‥‥どういう事だ?魔物ってのは、向こうから落ちてくるものを指すんじゃないのか?
「私はね、こう考えたよ。『黒化』した人は魔力量の少ない者なんだろう?そして『黒化』した者はしていない者を狙う。狙う理由はなにか?それは魔力が狙いなんじゃないか?」
「魔力が狙い?なんで?」
「櫻木弟、コップに水を注ぎ続けたらどうなると思う?」
「えっ?そりゃ溢れますよ」
「そう、溢れるんだよ。アイツらはそれが狙いだ。噛みついて吸い取り、溢れた魔力をコップより大きな器に入れる為に進化したんだ。その進化する瞬間を見てから、美咲は倒れたんじゃないか?」
‥‥‥ん?じゃあ、あの時のオークってまさか、人がコップよりも大きい器を手に入れる為に進化した形?いや、断定は出来ない。が、その可能性もある。
「そう言えば昨日のオーク、ズボンみたいなのビリビリだったけど、スーツみたいじゃなかったか?流石に上はわかんないけど‥‥」
「これで確定かもしれないな。となると、ちょっとマズいな。東京中心部は此処とは比較にならない程に人で溢れかえっている。しかも事件が起きたのが昼時。皆会社を出て昼食に行っていたとしたら‥‥‥」
「東京中心部は、魔物化した奴らで溢れてるかも‥‥」
「そう言うことだ。急ぎ出発し、この事を伝えよう。北海道に向こうの世界の者がもう落ちてきていると言ったな?直ぐにでも連絡を取らねばなるまい」
直ぐにでも出発して、深月達を先輩の所に連れて行かねば‥‥
「よし、すぐに出発する。全員動けるな?トイレ行っとくようにな。十分後に出発だ」
「了解!!」
「おっし、今回は俺達も闘うぜ!!」
気合い十分の二人に皆を任せ、先生に向き直る。
先生にはまだ話しておく事があるからな。
「先生、これ真面目な話。‥‥‥先生とレイ、深月に南と部長。それに野島先輩は如月先輩と伊波先輩のいる九州に行って貰う。今はそっちが安全だし、俺の使い魔も付けるから安全だ」
「‥‥そんな事、彼らが良しとするかね?無論、私も反対だ。今の話だと、君は一緒に来ないみたいな言い方じゃないか。そんなの許されないぞ?」
「先生、今のレベルで逃げるのはマズい。多分、俺がこの世界の人類で最強‥‥‥は言い過ぎだとしても、ある程度の実力者だ。そんな奴が最前線から逃げる訳にはいかない。これは、『限定英雄』として、先生達『特別な人』を守るためなんだ。‥‥此処に居られちゃ、迷惑なんだよ」
「‥‥‥‥‥‥‥彼らは君に、『英雄』なんて求めていない。ただ、一緒に居て欲しい。そう思ってるだけなんだぞ?」
わかってる。けど、わかってるからこそ、俺は‥‥‥
「その『ただ一緒に居る』これが今は難しいんだ。それをもう一度実現する為に、今は一緒に居られない。いざとなったら深月と南と部長だけでも連れて九州に行ってくれ。レイと先輩ぐらいなら俺一人でもなんとかなる」
「ダメだ。そんな事は許さん」
「先生、お願いだ。協力してくれよ‥‥‥」
「ダメだ。私達だけ逃げるなど、そんなの許さん」
「先生っ!!」
「ダメなものはダメだ!!いいか、絶対にダメだからな!!」
そのまま話は終わりだと言わんばかりに早歩きで行ってしまった。
先生、お願いだから、言うこと聞いてくれよ‥‥
ーーーーーーーーーー
「おい櫻木、お前あの後先生となに話してたんだ?なんかすっげー機嫌悪いんだけど?それになんで俺と櫻木弟は非常時以外戦闘禁止なんだよ?」
学校を出発して三十分。この人数だと小走りが限界だった。
が、学校を出たときよりは確実にペースが上がっている。これは俺のレベルが上がったことや、チートな使い魔達のお陰だろう。
いやぁ、使い魔最高!!
「オイコラ櫻木!無視してんじゃねーよ!!」
「先輩、大声出さないで下さい。余計に集まってくるでしょ?」
目の前にいた一体を、右手を一振りして斜めに斬り落とす。‥‥‥おっ、レベル上がった。あと3レベルかぁ。先は長い。
「わ、悪い‥‥じゃなくて、なんで俺達は待機なんだよ!?」
「先生とは少し喧嘩みたいな物。先輩達を出さないのは、防衛ラインに着いたときレベルアップ者は多分戦闘を強いられる。そうなったら、深月達を守る人が居なくなるんだよ。それは避けないといけない。だからレベルアップしてないフリをして欲しいの」
「は‥‥そ、そうなったらお前はどうなるんだよ?またこの地獄に戻るってのか?」
先輩が思わず足を止める。目の前に迫っていたのにそれを無視して、だ。
危ないから動いてくれない!?
「そうなりますよ‥‥っと!!先輩、足止めてないで動いてくれません?今ちょっと危なかったですよ?」
先輩が足を止めたことで一瞬隙が出来てしまった。なんとか首を跳ねる事ができたが、今のは危なかった‥‥
「いやいや、ダメだろそれは?だってお前、九州に彼女居るんだろ?だったら、直ぐにでも行かなきゃ‥‥」
「その事に関しては彼女と一緒にいる部活の先輩に話して、なんとかして貰ってます。ちなみに、先輩も行くんですよ?深月達と一緒に九州に」
「はぁ!?なんで俺も!?」
何を言ってるんだろうこの先輩は?
目の前に10人ぐらいの団体さんか来たので、先輩を置いて少し先に行く。
剣をクロスにして二体の首を斬り落とし、返す二刀で奥にいたもう二体の胴体を斬り裂く。
「ふっ‥‥‥!!」
右手で真ん中から真っ二つに斬り落とし、左手で向かって来ていた一体の両腕を飛ばす。
「主っ!前からオークだ!!知能持ちじゃねーから大丈夫だろ!!」
アシッドの声が後ろから響いてくる。
何気に初めてだな。魔物を斬ってポイントにするのは。オークはオーガウスが吹っ飛ばしたし、アシッドの時もアイツ以外は居なかったからな。
「雀羽織っ!!」
残り四体と、左右にいた七体も巻き添えにして、『雀羽織』で焼き尽くす。もはや防具じゃなくて武器だな。
「ブモォォォォっ!!」
「うっせぇんだよ豚ぁっ!!」
雄叫びを上げるオークに真正面からぶつかって行き、振り下ろしてきた右腕を棍棒と一緒に斬り飛ばす。
「ブモァァァァァ!?」
「これで、終わりぃっ!!」
まさか斬り飛ばされるとは思ってなかったのだろう。数歩下がったところを狙って、跳躍し、首を斬り落とす。
テッテレーン!レベルが18になりました!!
おぉっ!やっぱり『黒化』した奴らより経験値が多いみたいだ。良いこと知れたぞ。
「このまま突っ切る!暫くしたら休憩を取るから、そこまで死ぬ気で走れ!!」
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あれから二時間動き続け、小さいスーパーで休憩をとっていた。
中の『黒化』した奴らは片付けてあるので安心だ。飲み物も合ったし、脱水症状とかはこれで大丈夫だろう。
なんでも良いから一人一本ポケットに入れて貰い、それからの出発だ。
うまくいけばあと三時間足らずで到着だが、万が一と言うこともある。あと少しだからこそ、慎重に動きたい。
「フゥッ‥‥‥オーガウス、脱落者は?」
「0だ。昨日1日に感覚を掴んだんだろう。近付かれても普通に避けていたぞ」
まぁ昨日1日は闘えるの俺だけで自分の身は自分で守らないとだったからな。イヤでも覚えるか。
「そうか、わかった。五分後に出発だ。おまえ等も少し休んでくれ」
「わかった。見張りもやっておくから、主こそ休め。そして二つ目のサブ職業を決めておけ」
休めって言ってるのに‥‥まぁ良いか。今はアイツらに任せよう。
あれから、オークやスライムに何度か遭遇してレベルが21にまで上がっていた。
いやぁ、流石魔物だな。経験値が比べ物にならない。
ゴブリンなんて初めての魔物にも遭遇したが、残念ながら知能持ちは居らず、全てポイントに変えた。
さて、サブ職業はなにも増えてなければ『召喚士』にしたいんだが‥‥増えてるな。『殺戮者』酷い名前だなぁ。
殺戮者‥‥何を斬ってもなんの感情も持たなくなり、女子供でも容赦なく殺す。殺せば殺すだけ感情が消えていき、消えた感情の分だけ強くなる。
アウトォーーッ!!これ無し絶対!!!俺は別に殺したくて殺してる訳じゃ無いっての!!
これは無し。絶対だからな‥‥‥他に増えたのは無いな。
じゃあ召喚士に決定。
一瞬身体が強ばったが、メイン職業を決めるときのような激痛は無く、ホッと一安心だ。あれは最初だけらしい。
此処で召喚をするわけにも行かない。何が出るか分からないし、召喚途中で何かが起きても対処出来ないと判断したからだ。
残り一分も無く、飲みかけのお茶を一気に煽ってペットボトルをそこら辺に放り投げ、入り口の方へと歩いて行く。
皆は準備出来ているようだ。後は俺だけだった。
「さて、ここから神奈川に出来ているであろう防衛ラインまで休み無しだ。少し危険だが、さっきよりもペースを上げていく。隊列はさっきと同じ。付いて来れなかったら置いていく。‥‥行くぞ」
スーパーの外に出て、目の前に居た『黒化』した二体を斬り捨てる。
そのまま走って奥にいた奴らも斬り捨てると、スーパーから全員が出たのを確認した。
「うしっ、もう少し‥‥‥‥‥っ!!」
ーーーーーーーーーー
「ハァ、ハァ‥‥‥っ見えたな。お前ら!!あと数百メートルも無いぞ!突っ走れ!!」
スーパーを出て三時間半。少し先でバリケードを張った自衛隊が『黒化』した奴らを手で押さえていた。
なにしてんのコイツら?まさか、レベルアップした奴が一人も居ないとか‥‥‥?
目の前にいた三体を瞬時に斬り捨て、アシッドを呼ぶ。
「どうした主?」
「俺は先に行ってあのバカ共に群がってる奴らを斬ってくる。その間前は頼んだ!!」
「りょうかい主。暴れてこい!!」
アシッドに前を任せ、一気に駆け抜ける。
身体能力が上がっている今、数百メートルなんて十秒掛からない。
自衛隊員に群がっている奴らを一体ずつ斬っていたらキリがない。
取りあえずアイツらが通れるぐらいの道は確保しなければ‥‥っ!!
取りあえず自衛隊員に群がって一体もコッチに向かってこないのはありがたい。今のうちにどうにか‥‥
すると、自衛隊員がいる方とは反対側から、男が手を振って何かを言っている。
少し近づいてやっと聞こえる範囲に入った。声小さくね?
「おいキミっ!コッチから入れる!!後ろの方にいる子たちも入れるから、先に入りなさい!!」
はぁ!?なに言ってんだコイツ!?こんな状態で中に入れようとしたら、確実に突破されるぞ!!
「自衛隊員が惹きつけてくれている。だから早く!!」
「アホかっ!なんで斬るなり銃です撃つなりしない!?あの状態じゃ持たないぞ!!」
「なっ!?あれは感染病だ。殺すなんて何を言っている!?」
くそっ!やっぱりレベルアップ者はいないのかよ‥‥っ!!
さっきまで俺が斬っていたのを見ている筈だが、どうやら遠くから俺達が来ているのを知って慌てて出てきたようだ。
装備から『魔弾銃』を取り出し、魔力を込めて自衛隊員に群がっていた一体の頭に向けて発砲する。パァァッン!!と、心地いい音が、辺りを支配する。
一瞬遅れて『黒化』した奴らが自衛隊員を無視してコッチにやってくる。
「な、なにをやってるんだキミィィィィッ!?」
次いでコッチに来いと五月蝿かった男の絶叫と、自衛隊員達の息を呑む声。それらを全て無視して『黒化』した奴らを斬り刻んで行く。
全て斬り終え、灰に変わっていった頃、皆が到着。中に入るよう促す。
全員が入ったのを確認し、最後にコウと殿を努めていたオーガウスが入っていく。バリケードを潜ると、何故かいきなり取り囲まれ、拳銃を向けられた。
自衛隊の後ろで、何かを叫びながら連れて行かれる深月達が見えた。レイと先輩はアシッドが止めてくれてる。
今の二人はコイツら簡単に吹っ飛ばせるからな。
「‥‥‥これはどういうつもりだ?俺は一応、健全な一般市民で、拳銃なんて向けられる事は無いと思うんだが?」
「ハッ、何を言ってるこの人殺し!!お前、あんなに殺しといて何を言っている!!それに、ソイツの角はなんだ!?」
ハァ、本当にレベルアップ者が居ないんだな。邪神が心配になる訳だ。
「お前ら、アイツらが生きてるって、本当に思ってるのか?あんな真っ黒になって生きてるわけ無いだろ。現実みやがれ」
「お前こそ何を思って人を殺した!?動いているのが何よりの証拠!!何故死んだと思う!?」
「いやだって、邪神に話聞いたし。つか、世界中で同じこと起こってるから、何かしら政府から言われてても可笑しくないと思うんだけど?」
「なっ!?世界中‥‥ば、バカ言うな!!そんなはず‥‥‥」
「そこまでだ。そこの男の身柄は、此方で預かる。‥‥来い。そこの角男もだ」
「あ、朝部二等陸佐っ!?」
おっ、なんか偉そうな奴出てきた。‥‥コイツ、レベルアップ者か。
「‥‥わかった。けど、まずは‥‥‥」
「一緒に来た者達なら責任を持って此方で預かる。不当な扱いなどせん。いいから付いて来い」
信じていいものか?此処で暴れて全員を助け出すことは出来るだろう。しかし、その後はどうする?
これから魔物も増える。また中に入ったら全員を助けるのは不可能。‥‥ついて行くか。
しぶしぶといった感じで一等陸佐と呼ばれた男に付いていく。‥‥どれだけ偉いのか全くわからん。
「‥‥ここで俺の上官が待ってる。入れ」
連れてこられたのは映画などで偶に見る軍用キャンプだった。
本物は始めてみるので、少し興奮する。
中に入ると、厳ついオッサンが葉巻を咥えてニヤリと笑っていた。怖い‥‥‥
「‥‥よぉ、待ってたぜ『限定英雄』始めまして。第八位の『狂戦士』だ」