自己紹介
朝部の到着を待って、全員が席に着く。それと同時に、軽食が運ばれて来た。簡単な物だが、朝以来何も食べていないので話そっちのけで口に運ぶ。おにぎりを三個食べた所で一息付き、改めて自己紹介から入る事になった。
「さて、んじゃまずは俺から‥‥序列第一位『限定英雄』櫻木晃だ。メイン職業のせいで自分の『大切な者』以外簡単に見捨てるから、助けとかは気にしないでくれ」
「じゃあ次は俺だ。序列第‥‥変わると面倒だから初期の序列にしようぜ?あと、お前は名前呼びな。何時までも職業で呼ぶな」
『狂戦士』が自己紹介をしようとすると、呼び方の提案をしてきた。確かに、いちいち変えるのは面倒だな。
「そうだな。それでいいんじゃないか?‥‥名前知らなかったんだからしょうがないだろう」
「よし、んじゃ‥‥序列第八位『狂戦士』黒川だ。狂戦士ってぐらいだから、狂暴になるのかと思ってたんだが‥‥何も変わらず代償無しだ」
いや、それは元々が狂暴だったから変わらないように見えただけでは?
他の奴等もそう思ったのか、胡散臭そうに黒川を見ていたら、朝部が大きく頷いていた。俺達の予想は当たっていたのだろう。コイツも苦労してるな‥‥
「では次に私が。序列にはいない。『忍者』の朝部と言う。一応、この人の部下だ。代償は大型の武器を扱えなくなった。ということだ」
やはり『忍者』と野島先輩の『アサシン』は似ていたようだが、『夜目』や、夜の間のパワーアップが無いことから『アサシン』の劣化版のように思える。
軍所属の二人の紹介を手早く済ませ、『戦巫女』の順番になるのだが、よほど腹が減っていたのか、まだ詰め込み中だったので順番を飛ばしてテンの紹介になる。
「えっと、序列二位の『勇者』天宮天牙です。テンか、天宮って呼んでください。代償は‥‥特に無かったです」
うん。やっぱり名前はコンプレックスか。しかし、『勇者』なんてやってて代償無しか。羨ましい奴め。
レイの『愛の勇者』はコイツの劣化版だな。多分、『愛の力がレベル差が気にならなくなる』という効果で釣り合いを取っているのだろう。この他にも、『~~の勇者』が居ても可笑しくは無さそうだ。
「では、最後に私が‥‥序列にはいません。『軍師』の天宮朱里です横にいる弟と、幼なじみを連れて此処まで来ました。一応、リーダーと言う扱いになっていますが、これからは皆さんの指揮下に入ろうと思っています」
やはりテンの姉がリーダーをやっていたようだ。これからは朝部と一緒に此処を死守してもらう‥‥のも有りかな。まぁ、まだ完全に信用は出来ない。連れてきた奴等にどんな爆弾がいるか分からない。今までは何とかなったが、さっきのデブみたいなのがいるかも知れないからな。
「さて‥‥そろそろ良いだろ。お前も自己紹介だ」
「ふぁい。‥‥ングッ!えっと、序列九位『戦巫女』有栖川胡桃です。戦闘も出来る代わりに、通常なら回復系統の魔法を使用すると魔力消費が四分の一だったのが、二分の一になる。っていうのが代償です。千葉の包囲網が突破されて、オークがデカいブタになった時に此処に来ました」
ふむ。と言うことは完全な回復系統の職業は四分の一で治癒する事が出来るのか。前線には出れないが、これは良いことを聞いた。誰かになってもらおう。
巨豚の件や触手付きは後回しだな。今は別の事を考えねば。
「よし。全員終わったな。じゃあこれからの事を考えよう。先ずは、『壊れかけの政府を完全に壊す組』と『此処に残って魔物を殺す組』それと『九州組』に別れるぞ」
「この三組に分ける意味はなんですか?」
手を叩いて次の行動に移り、三つの組に分かれる事を言うと、すかさずテン姉が質問をしてきた。質問して来るのは嬉しいな。そんな事しそうなの朝部しか居なかったから。
「じゃ、順番に話すぞ。『壊れかけの政府を完全に壊す組』ってのは、偉ぶってるデブ共を皆殺しにして邪魔されないようにする組だ。今、一番危険なのはレベルアップ者が居ない九州なんだ。そこを叩かれたら俺はおまえ等の敵に回る事になる。そうならないように、先に潰す」
コウが敵に回る。それは、今のところ日本最強を敵に回すと言うこと。それだけは避けなければならない。しかも、黒川と朝部はオーガウスとアシッドと直接顔を会わせたことが有り、その時の感じから分かっていた。「自分たちでは、苦戦はするだろうが最終的に殺される」だからこそ、この一つ目の組は絶対に必要だと感じていた。
それは、他の皆も使い魔に会っていなくても分かっていた。
「わかりました。では、次の『此処に残って魔物を殺す組』は分かります。最後の『九州組』はなんですか?政府を潰せば其方は必要無いのでは?」
確かに、テン姉の言うことは正しい。九州に貴重な戦力を連れて行く必要はない。此処で、また巨豚や触手付きみたいなイレギュラーが起こったときの対処要員はいくら居ても足りないくらいなのだ。そんな戦力を、わざわざ九州へと送る意味が分からなかった。
「まず一つ目に、俺は九州にテン姉の言う『新しい国』の下準備に使おうと思っている。彼処には今、信用出来る奴らを集めているんだ。そこで下準備をお前らの誰か主導で行い、最終的にはコッチに『国』を作ろうと思う。此処は日本という島国の中心辺りだからな。何が合っても対処出来るだろう。二つ目、テンとテン姉は知らないが俺には使い魔がいるんだ。ソイツらだけだと手が足りないから、いざという時にもうちょっと護衛をちゃんとしておきたい。‥‥要するに、俺が心配なんだよ」
それらしい理由を並べて九州に人を行かせる必要性を考えてみたが、結局は自分が安心する為に人を送ろうとしていたのだ。
だから、これは別に断られても良い。そうなったら、新しく『守護精霊』を召喚し、ディーダの下に送ればいい。
「‥‥なるほど。では、どうやって三つのチームに分けるんですか?」
少し考え込んでから、納得したのか次の指示を仰いでくる。反対されると思っていただけに、少し面食らってしまうが、話が進むのは嬉しいのでそのまま進めていく。
「まず、政府のブタを始末するのは黒川と朝部‥‥出来れば黒川だけでなんとかして欲しいが、取りあえず二人だ。次に、九州行き。これは有栖川に行って貰う。お前は治癒が出来る。俺達は回復薬があるが、向こうは少し心許ないんだ。だから、回復役として動いて貰う。最後に、此処に残るのは俺とテン達だ。正直、触手付き‥‥後で詳しく話すから今はスルーしてくれ。ソイツや、巨豚はハッキリ言って別格。俺一人じゃ勝てなかった。だから、二位である『勇者』と俺で対処をする」
さっきは有栖川のお陰でなんとかなったが、また触手付きか現れた時、俺一人ではどうにもならない。テンの戦闘スタイルがどんな物かはまだ知らないが、二人で対処出来るだろう。その間、テンの連れてきた連中に他のを任せれば良い。
「ぼ、僕ですか?」
情けない声を出したのは、テンだ。顔に冷や汗をかいている。別に可笑しな事を言ったつもりは無かったので、少し驚いてしまう。
「なんだ?お前はこの中で二番目に強いんだ。一番危険な所に置くのは当たり前だろう?」
「いや、そうかもですけど‥‥それなら、少し条件を出しても良いですか?」
「条件‥‥テン姉は『此方の指揮下に入る』と言ってたんだがな」
「‥‥可笑しいとは分かってます。でも、僕の連れてきた彼女達を九州に送ってくれるだけで良いんです。お願いします」
頭を机スレスレまで下げてくるテンをみて、少し思案する。
レベルアップ者は貴重だ。出来るだけ此方に残しておきたい。九州には回復役がいないだけで戦力は十分に足りている。レイに先輩。オーガウス、アシッドも行く。これだけ居れば、暫くは安心出来るのだ。だから、今は此処を出来るだけ長い間守る事が一番。
「良いぞ。ただし、レベルアップ者は此処に残ってもらう」
「なっ!?全員連れて行って下さい!!此処には僕が残れば良いはずです!!」
「今の言い方だと、テン姉も九州に向かわせる気か?」
「‥‥‥えぇ。僕以外は上位陣ではない。問題はないと思います」
「大有りだ。いいか?今はまだ軍が動いているせいでこれ以上のレベルアップ者は望めないんだ。今の戦力でどうにかするしかない。‥‥さっきの反応だと、何人かレベルアップ者がいるんだろう?連れてこい」
「イヤです。彼女達はもう戦わせない。それは僕の役目だ。僕が汚れればそれでいい」
話が進まない。俺の、俺達の指揮下に入ると言ったのはコイツの姉だ。なのに、此処での戦力振り分けに文句を付けると言う。そんな事が許される訳がない。それは姉も分かっていたようで‥‥
「何を言ってるのテン!!‥‥すいません、先ほどの発言は取り下げてください「姉さん!?」テンは黙ってて。‥‥レベルアップ者以外は、九州に行かせて頂けますか?」
弟の尻拭いをして、レベルアップ者以外の九州行きを確認してきた。勿論、レベルアップしていない者を此処に残していても邪魔なだけ。
「あぁ。レベルアップ者以外は、だぞ?それ以外は残ってもらう。‥‥心配するな。有栖川と一緒に行かせる。危険はない」
いくら死線を潜り抜けて来たからと言っても、所詮はレベルアップしていない奴ら。そいつらだけで九州まで行かせる訳がない。
それを聞いてテン姉はホッと一息着いているが、弟の方はそうではなさそうだ。何か言いたそうな顔でジッと此方を睨んでくる。
「‥‥あのなぁテン。もう少し余裕が出来たらお前以外は九州に送る。だから、それまでの短い期間、頑張って貰おうってだけだろう?勿論、十分な安全を確保する。オークぐらいなら処理して貰うが、新種やさっき言った触手付きなんかが出たら俺とお前で対処する」
「それでも、僕は彼女達の手をこれ以上汚したくない。だからこれは譲れません。彼女達を全員、九州に送ってください」
「お前なぁ‥‥っ!!」
ガタッと立ち上がり、テンの胸ぐらを掴んで無理やり立たせる。その衝撃で椅子が倒れたが、今は気にしている暇はない。
「ちょ、お前ら辞めろ!!」
「テンッ!!我が儘言わないで!皆の意見も聞かずに決めるのは‥‥」
慌てて止めようとする朝部とテン姉。だが、テンには姉の声が聞こえていないようだ。コウから目を離そうとしない。
有栖川と黒川は、関係ないと言った風に食事を続けていて使い物にならなかった。
「お前らは、俺の指揮下に入ったんだろう?だったら、指示には忠実に従え」
「お断りします。僕達は、『アナタ』の指揮下ではなく、『此処』の指揮下に入ったんです。それに、指揮下と言っても絶対服従を誓った訳じゃ無い。嫌なことは嫌だと言う権利ぐらいはあると思います」
このクソガキ‥‥自分の『大切』が大事だと言うのも分かる。俺だって大事だ。一位という立場を利用して、自分の『大切』は全部九州に送って‥‥‥あれ?今コイツがしようとしてるのって、俺もやってるじゃん。俺にダメだって言う権利なくね?
貴重な戦力を九州に送った。これは、コウもやっている事だ。つまり、今まで自分の事を棚上げしてテンにダメだと言っていた訳である。
「‥‥ごめん、俺が悪かった。やっぱり送って良いぞ」
「へっ?」
いきなり了承を得られたことで、睨みつけていたテンが間抜けな声を漏らす。それほどまでにコウの変わりようは凄かったようだ。目の前で殺気をダダ漏れにしていたと思ったら、いきなりシュンとなってOKを出してきたのだ。一体コウの中で何が起こったのか、想像もできてないだろう。
「悪かったな。‥‥さて、じゃあ話の続きだ。テンと、テンの連れてきた「ちょっと待ってください!!」‥‥なんだ。話は終わったぞ」
「いやいやいや!いきなりどうしたんてすか!?今の一瞬で、何があったんです!?」
「いやぁ、ほら‥‥‥俺も同じ事やってるじゃん?だから、お前だけダメって言うのもなぁって思って‥‥‥」
この場にいた全員が、今日初めて会ったばかりで変人ばかりの人殺しだが、今、この瞬間だけは心の中が一つになっていた。
今更それに気付くのか‥‥‥ッ!? と、こんな事を思っていた
「うわぁ、今更それに気付くんですか?」
「お前バカだろ?」
‥‥‥いや、訂正しよう。約二名、心の中で考えるだけでなく、言葉に出してもいる。呆れたような声で、コウの心を抉っていった。目に見えて落ち込んでいったコウを、睨み合っていた筈のテンが慌てて慰めるという奇妙な光景が出来上がっていた。